最適化令嬢
第31話
『知られざる回路の帰還』パート0-2
パート0-2:調査と確信
時期:ソルフィア暦1284年末~1285年初頭
場所:カレントリア王宮・技術部記録室
シーン0-2-A:「S.T.」の正体
冬の朝、イオン宮の地下に広がる技術部記録室は、ひんやりとした空気に包まれていた。天井の電離光が淡く室内を照らし、壁一面の電子アーカイブが静かに稼働している。
リアクトル・ファリテーナは、閲覧端末の前に座っていた。軍の技術兵として、王宮技術部の過去記録へのアクセス権限を持っている。彼は母の遺品から見つけた配線図を横に置き、検索コマンドを入力した。
「1265年……送電点検……分岐配電所……」
画面に、古い記録が次々と表示される。当時の技術官の配置記録、作業報告書、設備点検のログ。リアクトルは一つ一つ、丁寧に確認していった。
そして、彼は見つけた。
【1265年8月度送電点検作業記録】
実施日:1265年8月10日~8月20日
担当区域:王都コンダクタール分岐配電所
責任者:技術部長エルマーエ・カパシタル
作業員:
・技術補佐官ソルダ・サイリスタ(24歳)
・技術員エミッタ・ファリテーナ(29歳)
・技術員ガリアト・レジスタン(31歳)
リアクトルの指が、画面の上で止まった。
「……ソルダ・サイリスタ……」
彼はその名前を、何度も読み返した。24歳。技術補佐官。母と同じ現場で働いていた。
「……今の、宰相……?」
リアクトルは別の検索を実行した。ソルダ・サイリスタの経歴。画面に、彼の履歴が表示される。
【ソルダ・サイリスタ経歴】
生年:1241年11月11日
現職:カレントリア王国宰相、技術伯
主な経歴:
1259年(18歳):カレントリア王立科学大学入学
1263年(22歳):技術補佐官インターン
1265年(24歳):王宮技術部・技術補佐官←ここ
1267年(26歳):電力管理技術審議官
1278年(37歳):技術顧問
1283年(42歳):宰相就任
専門分野:スナバ回路、電力制御、配電システム設計
リアクトルは画面を見つめた。1265年。母がまだ29歳だった頃。技術補佐官だったソルダ・サイリスタ。そして今、44歳の宰相。
彼は母の配線図を手に取った。S.T.——ソルダ・サイリスタ。間違いない。この回路設計の癖。効率的で、無駄がなく、美しい配線の引き方。
「……この人が……」リアクトルは呟いた。「私の……父……」
記録室の静寂の中で、彼の言葉だけが響いた。電子アーカイブの稼働音。遠くで聞こえる送電線の音。すべてが、静かに流れている。
リアクトルは画面を閉じ、立ち上がった。確信を得た。母が愛した人。自分を生んだ人。19年間、名前すら知らなかった人。
ソルダ・サイリスタ。カレントリア王国宰相。
「……会わなくては……」
彼は記録室を出た。母の配線図を胸に抱いて。
シーン0-2-B:父の評判を聞く
数日後、リアクトルは王宮の技術者食堂にいた。昼休み。整備兵や技術官たちが、テーブルを囲んで昼食を取っている。彼は意図的に、ベテラン技術者たちの近くの席に座った。
「なあ、聞いたか?宰相、また新しいグッズ手に入れたらしいぞ」一人の技術官が笑いながら言った。
「またかよ」別の技術官が呆れたように応じた。「あの人、推し活に国家予算使ってんじゃないだろうな」
「いや、あれは私費だって。地下2階に専用の保管庫まで作ってるらしい」
リアクトルは黙って聞いていた。ソルダ宰相の話。彼らは気軽に、時には呆れながら、しかしどこか親しみを込めて語っている。
「でもさ」年配の技術官が言った。「ソルダ宰相、技術者としては本物だぜ。あの人の設計した回路、見たことあるか?」
「ああ、スナバ回路だろ?」若い技術者が身を乗り出した。「あれ、芸術だよな」
「芸術だ」年配の技術官は頷いた。「無駄が一切ない。電流の流れを完璧に理解してる。俺が王宮に入った頃、まだ彼は技術補佐官だったけど、もう天才って呼ばれてたよ」
「マジで?」
「ああ。アークオム先王にも認められて、若くして審議官になった。今の宰相の地位も、実力で掴んだんだ。推し活は……まあ、趣味だ」
技術者たちが笑う。リアクトルは自分のトレイを見つめた。
「この人が……父……」
心の中で呟く。天才と呼ばれる技術者。スナバ回路の設計者。そして、推し活に情熱を注ぐ、少し変わった宰相。
「ただなあ」別の技術官が言った。「あの人、独身なんだよな。結婚してないし、子供もいないって」
「仕事と推し活で手一杯なんだろ」
「でも去年、隠し子疑惑なかったっけ?」
「ああ、トニトルス授与の時な。でも本人が完全否定したじゃん。『私は独身、技術一筋、回路人間です』って」
技術者たちがまた笑った。リアクトルは静かに息を吐いた。
否定された。知らなかったんだから、当然だ。母は何も言わなかった。自分も名乗っていない。父が知るはずがない。
「でも、どうやって会えばいい?」
リアクトルは心の中で問いかけた。いきなり「息子です」と名乗るわけにはいかない。父を困惑させるだけだ。19年間放置していた、という罪悪感を与えてしまう。
それに、自分には何の証拠もない。母の日記と配線図だけ。DNA検査でもしなければ、証明できない。
「……まずは……」リアクトルは決めた。「技術者として、会いたい」
血縁としてではなく。息子としてではなく。同じ電流を扱う技術者として。父がどんな人なのか、この目で見たい。この耳で聞きたい。
食堂の喧騒の中で、リアクトルは一人、静かに決意を固めていた。
「……父に……会いに行こう……」
そして、彼は計画を立て始めた。偶然を装って、父に接近する方法を。王宮の配線改修工事。宰相執務室周辺の点検作業。そこに潜り込めば、きっと……。
リアクトルは立ち上がった。トレイを片付け、食堂を出る。イオン宮の廊下を歩きながら、彼は母の言葉を思い出していた。
「あなたなら……」
母が最期に言いかけた言葉。あなたなら、きっと見つけられる。あなたなら、きっと父に会える。
「……待ってて、母さん……」リアクトルは呟いた。「もう少しで……もう少しで、父に会える……」
イオン宮の電離光が、淡く廊下を照らしていた。
