最適化令嬢



第29話
『スフィンクスの息子』

1285年10月下旬、カレントリア王国宮廷技術開発室。ソルダ・サイリスタは、杖をつきながら息子リアクトルの作業デスクに近づいた。44歳の宰相は、右足を引きずりながら歩いている。

「父上」リアクトルが顔を上げる。19歳の技術騎士は、設計図から視線を外した。「今日は執務室じゃないの?」

「ヴォルティス陛下が『Let It Sit』のステッカーを貼った椅子に座り続けるのも飽きてな」ソルダは苦笑する。「少し気分転換にと思って」

「気分転換で技術開発室に来るのが、いかにも父上らしい」リアクトルは椅子を引く。「座って。足、まだ痛むでしょ?」

「ああ、助かる」ソルダは椅子に座り、杖を横に立てかけた。「第3補助導線くんのおかげで、何とか歩けているが」

リアクトルは作業を続けながら言う。「その杖、気に入ってる?」

「おかげで助かっている」ソルダは答える。「お前の命名センスは理解しがたいが」

「2本の足で歩けないから3本目が必要、という物理的事実でしょ?」リアクトルは笑う。「父上が勝手に『父親という第3の回路』とか感動的な解釈してただけで」

ソルダは溜息をつく。「お前は本当に、容赦がないな」

「エミッタ譲りだよ」リアクトルは設計図を片付ける。「ねえ父上、ちょっとしたシステムクイズを出してもいい?」

「システムクイズ?」ソルダは興味深そうに身を乗り出す。「構わない。カレントリアの技術騎士からの挑戦となれば、私も全力で答えねばならないな」

リアクトルは真面目な表情で問いを始めた。「『初期起動フェーズでは4点支持、定常稼働フェーズでは2点支持、そしてシステム劣化、もしくは運用上の重大なエラーによる最終フェーズでは、3点支持を要求する自律型駆動ユニット』」彼は父を見る。「これなーんだ?」

ソルダは腕を組み、真剣に考え始めた。「ふむ」彼は目を細める。「接地面積を動的に変化させる駆動ユニットか」

リアクトルは黙って父の推理を聞いている。ソルダは続ける。「初期は安定性を重視して4点支持。定常時は機動性を高めるために2点に減らす」彼は指を組む。「そしてエラー時に3点になるということは、フェイルセーフ機能として補助ジャッキが展開される構造」

「ほう」リアクトルが相づちを打つ。

「待て」ソルダは立ち上がろうとして、足の痛みで顔をしかめる。「補助ジャッキということは、可動部分がある」彼は再び座る。「最新の可変型軍用無人機か?それとも、自律走行車両の新型プロトタイプか?」

リアクトルはニヤリと笑った。「ぶっぶー。時間切れ」彼は両手を広げる。「正解は『人間』。もっと正確に言うなら」彼は父を指差す。「『推しのヒノノギ博士を追いかけて自作の配線ケーブルに引っかかり、靭帯を損傷して第3補助導線くんに頼っている44歳の宰相殿』だよ」

沈黙が落ちた。ソルダの顔が真っ赤になる。「お、お前」彼は言葉に詰まる。「それは」

「スフィンクスのなぞなぞの、カレントリア技術仕様バージョン」リアクトルは笑う。「朝は4本足、昼は2本足、夕方は3本足」

「赤ん坊、大人、老人」ソルダは呻く。「古代エジプトの有名ななぞなぞか」

「でも父上の場合は」リアクトルが続ける。「『赤ん坊、大人、推し活自損事故による負傷者』だね」

ソルダは頭を抱えた。「お前は」彼は呻く。「これは由緒ある古代の謎かけを、私の恥をさらすために改変したのか」

「いや、改変してないよ」リアクトルは真面目な顔で答える。「構造は完璧に一致してるでしょ?初期起動フェーズは赤ん坊のハイハイで4点支持、定常稼働フェーズは大人の二足歩行で2点支持、そして運用上の重大なエラー」彼は父の足を指す。「つまり推し活ダッシュによる自損事故で、3点支持が必要になった」

ソルダは深く溜息をついた。「わかった。私の負けだ」彼は杖を取る。「確かに私は、3点支持を要求する駆動ユニットになった」

「父上」リアクトルが椅子に座り直す。「怒ってる?」

「いや」ソルダは首を振った。「むしろ感心している」彼は息子を見る。「お前の論理構築能力は、エミッタ譲りだな」

「そう?」リアクトルは笑う。「でも、スフィンクスのなぞなぞを技術仕様に翻訳するのは、父上の影響かもしれない」

「私の影響?」

「だって父上、何でも技術用語で説明しようとするでしょ?」リアクトルが指摘する。「『国と結婚した』とか言いながら、実際は『メイン回路に接続済み』って意味だし」

「それは」ソルダは言い訳しようとする。「カレントリアの政治家として当然の」

「ねえ父上」リアクトルが遮る。「スフィンクスのなぞなぞって、実は深い意味があるんだよ」

「深い意味?」ソルダが問う。

「人間の一生を表してる」リアクトルは説明する。「赤ん坊の時は這って4本足。大人になると2本足で立つ。そして老いると杖をついて3本足」彼は父の杖を指す。「でもこれって、人が成長して、老いて、そして支えを必要とする過程でもあるんだ」

ソルダは黙って聞いている。リアクトルは続ける。「父上は44歳だから、まだ老いてはいない」彼は微笑む。「でも今、杖という第3の支えを必要としている」

「推し活事故のせいでな」ソルダは自嘲気味に言う。

「でもね」リアクトルが立ち上がる。「神話では、アンキセスは最終的に息子アイネイアスに背負われた」彼は父の肩に手を置く。「杖も、息子の支えも、どちらも『第3の支持点』なんだよ」

ソルダは息子を見上げた。「お前は」彼は静かに言う。「本当にエミッタの息子だな」

「どういう意味?」

「冷静で、論理的で、そして」ソルダは微笑む。「優しい」

リアクトルは照れくさそうに手を離す。「優しくなんかないよ。ただ物理的事実を指摘しただけ」

「その物理的事実の中に、温かさがある」ソルダは杖を握る。「第3補助導線くんという命名も、スフィンクスのなぞなぞも、すべてお前なりの優しさだ」

リアクトルは窓の外を見た。「人間はね、支えを必要とする生き物なんだ」彼は静かに言う。「赤ん坊は親に支えられ、大人は仕事や理念に支えられ、老いれば杖や家族に支えられる」

「そうだな」ソルダが頷く。

「父上は今、3つの支えがある」リアクトルが振り返る。「杖と、息子と」彼は少し笑う。「推しのヒノノギ博士」

ソルダは顔を赤くした。「最後のは関係ない」

「大ありでしょ」リアクトルがツッコむ。「推しを追いかけて転んだんだから」

ソルダは諦めて笑った。「わかった。私には3つの支えがある」彼は立ち上がる。「杖と、息子と、そして推しだ」

「正直でよろしい」リアクトルが笑う。

ソルダは杖をつきながら歩き出す。「リアクトル」彼は振り返る。「お前のなぞなぞ、見事だった」

「ありがとう」リアクトルが答える。「でも次は、もっと難しいのを用意するよ」

「期待している」ソルダは扉に向かう。「ただし、私の恥をさらさない範囲でな」

「それは約束できない」リアクトルが笑う。「だって父上、自分で恥を作り出すから」

ソルダは溜息をつきながら退室した。一人残されたリアクトルは、窓の外を見る。杖をつき、少し足を引きずりながら、それでも背筋を伸ばして歩く父の姿が見えた。

「スフィンクスのなぞなぞはね、人間の弱さを教えてくれる」リアクトルは呟く。「誰でも、いつかは3本足になる。でもそれは恥ずかしいことじゃない」

彼は作業に戻る。「父上は今、杖という支えを受け入れた。そして俺という息子も」彼は設計図を広げる。「エミッタは一人で俺を育てたけど、本当はアークオム王という見えない支えがあった」

窓の外、廊下を歩くソルダの姿が遠ざかっていく。第3補助導線くんが、父をしっかりと支えている。

「人間は一人じゃ歩けない」リアクトルは微笑んだ。「4本足から始まって、2本足で立って、そして最後は3本足になる。それが人生なんだ」

カレントリアの午後は、静かに過ぎていった。スフィンクスのなぞなぞは終わったが、人生という謎は続いている。


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