最適化令嬢



第27話
『予言された通電』

ソルフィア暦1264年、イオノスフィア宮執務室。窓から差し込む午後の光が、アークオム・エレクトラム・カレントリア二世の机上の書類を照らしていた。45歳の王は、対面に立つ若き技術行政官に視線を向ける。「ソルダよ、そろそろ身を固めたらどうだ」

ソルダ・サイリスタは背筋を伸ばしたまま答えた。「私は国と結婚した男ですので」23歳の若手エリートは、真面目な表情を崩さない。

アークオムは笑みを浮かべた。「堅いことを言うな」彼は書類から顔を上げる。「エミッタという優秀な技術者がいるぞ。要らんか?」

ソルダの表情が僅かに強張る。「お言葉ですが、人材の譲渡のようなお話は」彼は慎重に言葉を選ぶ。「私のような若輩には不相応かと」

「人材の譲渡?」アークオムは愉快そうに笑った。「そう聞こえたか。いや、私が言いたいのはだな」彼は椅子にもたれかかる。「お前は優秀だ。だが優秀すぎて、人間としての生活を忘れている」

「陛下」ソルダは抗議しようとする。

「聞け」アークオムは手を上げた。「エミッタ・ファリテーナは、かつて私の技術系愛妾枠に属していた。だが今はお役御免だ」彼は窓の外を見る。「ヴォルティスという正妃の子が生まれた以上、予備の血統は不要になった。彼女は今、王宮の片隅で無通電待機の状態だ」

ソルダは黙って聞いている。アークオムは続ける。「彼女は優秀な技術者だ。王室電装部門で数々の実績を残している」彼はソルダを見た。「そして何より、お前と同じく技術を愛している」

「陛下のお気持ちは有り難く存じますが」ソルダは丁寧に断る。「私は今、国家の再建に全力を注いでおります。私情を挟む余裕は」

「私情ではない」アークオムが遮った。「これは人材活用の話だ」彼は微笑む。「お前は技術がわかる数少ない技術行政官だ。そしてエミッタは、政治がわかる数少ない技術者だ。二人が組めば、カレントリアの技術政策は飛躍的に向上する」

ソルダは一瞬、考え込む表情を見せた。だがすぐに首を振る。「お言葉ですが、それは王の愛妾を譲り受けるということになります。政治的なスキャンダルを避けるべきかと」

「愛妾?」アークオムは笑った。「私は彼女と一度も通電していない。形式上の枠に入っているだけで、実態は技術顧問だ」彼は指を組む。「だから譲渡ではなく、人材紹介だ」

「それでも」ソルダは頑なに答える。「私は国と結婚した男です。個人的な関係を持つことは、その誓いに反します」

アークオムは深く息をついた。「お前は本当に堅物だな」彼は立ち上がり、窓際に歩く。「いいだろう。無理強いはせん」しばらく沈黙が流れた後、王は振り返った。「だが忠告だけはしておこう」

「はい」

「いずれ後悔するぞ」アークオムは意味深な笑みを浮かべた。「お前のような堅物ほど、現場での偶然の共鳴には弱い」

ソルダは戸惑った表情を見せる。「現場での、共鳴?」

「技術者同士の会話だ」アークオムは説明する。「お前は頭で理屈を組み立てることはできる。だが現場で、配線を前に手を動かしながら話す技術者の言葉には、理屈を超えた何かがある」彼はソルダの肩に手を置く。「もしお前が、そういう場でエミッタと出会ってしまったら」

「まさか」ソルダは否定する。「私はそのような」

「まあいい」アークオムは手を離した。「今日のところは忘れろ。ただの冗談だ」彼は机に戻る。「だが覚えておけ。人間は、設計図通りには動かん」

ソルダは一礼して退室した。一人残されたアークオムは、窓の外を見ながら呟く。「さて、どのくらいで落ちるかな」彼は笑みを浮かべる。「私の読みでは、1年以内だが」

1265年8月、王宮送電点検室。ソルダ・サイリスタは、24歳になっていた。彼は技術員たちに囲まれ、新しい配電システムの視察を行っている。「この回路の冗長性は十分か?」彼は図面を指差す。

「はい」答えたのは、29歳の女性技術員だった。エミッタ・ファリテーナは、冷静な表情で説明を続ける。「主系統と予備系統の両方にヒューズを配置しています。過負荷時の保護は万全です」

ソルダは図面を見つめた。「だがこの配置では、予備系統への切り替えに時間がかかるのではないか?」

「鋭いご指摘です」エミッタは微笑んだ。「では、実物をお見せしましょう」彼女は配電盤に向かう。ソルダはその後を追った。

配電盤の前で、エミッタは説明を始める。「この端子がメイン、こちらが予備です」彼女は指で示す。「切り替えはこのスイッチで瞬時に行えます」

ソルダは身を乗り出して確認する。二人の距離が近い。「なるほど。だがこの接点の摩耗対策は?」

「銀メッキを施しています」エミッタは端子を指差す。「耐久性は通常の三倍です」

「優秀だ」ソルダは感心した。「君のような技術者がいれば、カレントリアの電力網は安泰だな」

「お褒めに預かり光栄です」エミッタは静かに答える。「ですが、技術を理解してくださる技術行政官がいなければ、予算も確保できません」

二人は同時に笑った。その瞬間、ソルダは何かを感じた。技術者同士の、静かな共鳴。アークオム王が言っていた言葉が、脳裏をよぎる。

視察が終わり、ソルダは王宮の廊下を歩いていた。その時、後ろから声がかかる。「ソルダ殿」振り返ると、エミッタが立っていた。「少しお話しできますか?」

「ああ、構わない」ソルダは答える。

二人は静かな回廊に移動した。エミッタは窓の外を見ながら言う。「先ほどの視察、ありがとうございました。技術行政官の方々の多くは、現場の技術に興味を持ちません」

「私は例外だ」ソルダは答える。「技術がわからなければ、適切な政策は作れない」

「その通りです」エミッタは振り返った。「だから私は、あなたのような方と働きたいと思っています」

ソルダは彼女を見つめた。29歳の技術者は、冷静で知的で、そして美しかった。彼は思わず呼吸を整える。「君は、エミッタ・ファリテーナだったな」

「はい」エミッタは頷く。「王室電装部門に10年勤めています」

「知っている」ソルダは言った。「君の実績は聞いている」彼は一歩近づく。「実は、陛下から君のことを聞いたことがある」

エミッタの表情が変わった。「陛下から?」

「ああ」ソルダは答える。「昨年、陛下が『優秀な技術者がいる』と」彼は言葉を濁す。「いや、今は関係ない」

「そうですか」エミッタは微笑んだ。「陛下はお優しい方です。私のような用済みの者にも、気にかけてくださる」

「用済み?」ソルダは眉をひそめた。

「ヴォルティス殿下がお生まれになり、予備の血統枠は不要になりました」エミッタは淡々と答える。「私は今、無通電待機の状態です」

ソルダは何かを言おうとして、躊躇した。その夜、二人は技術談義に花を咲かせた。そして、ほんの一瞬の通電が起きた。

1266年2月、イオノスフィア宮執務室。アークオム王は、机上の報告書を読んでいた。「ほれ見たことか」彼は笑みを浮かべる。「1年どころか、半年で落ちたか」

側近が尋ねる。「陛下、何か?」

「いや」アークオムは報告書を閉じた。「予想通りの結果が出ただけだ」彼は窓の外を見る。「エミッタ・ファリテーナの退去申請を、最優先で処理しろ」

「承知いたしました」側近が頭を下げる。「理由は?」

「言うな」アークオムは答える。「ソルダには絶対に知らせるな」彼は微笑む。「これは私の、愛弟子への最後の贈り物だ」

側近が退室した後、アークオムは呟く。「現場での共鳴には弱い、と言っただろう」彼は笑った。「堅物ほど、一度ブレイクダウンした時の電流は激しい」

窓の外、カレントリアの空に雷雲が流れていく。だが王は、その雷が落ちないよう、静かに回路を設計し始めた。


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