最適化令嬢



第24話
『失地王の沈黙』


ヴェルメは古びた封印文書を机に置いた。「アークオム・エレクトラム・カレントリア二世、通称『失地王』。彼がエミッタ・ファリテーナに対して行った支援の全容を、時系列で整理しましょう」

リーヴが金縁眼鏡を押し上げる。「王室記録によれば、エミッタの退去申請は異例の速さで承認されている」

「一ヶ月です」ヴェルメが強調する。「通常は最低三ヶ月の審査期間が必要なのに」

第一段階:危機の察知(1266年2月)
「アークオム王は、エミッタの妊娠を知った瞬間、三つの危機を同時に認識したはずです」ヴェルメが資料を広げる。

ヒノノギが読み上げる。「第一、愛弟子ソルダのキャリア崩壊。第二、エミッタ自身の生命の危機。第三、国家の血統システムの汚染リスク」

「その通り」ヴェルメが頷く。「特に第三の問題が致命的でした」

ザクランが首を傾げた。「どういうこと?」

シェライトが冷徹に説明する。「もしヴォルティス王子に万一のことがあれば、予備の血統として再びエミッタが王の寝所に呼ばれる可能性があった。そうなれば、王の子とソルダの子が異父兄弟として国家システムを混線させる」

「最悪のバグだ」ヒノノギが呟く。「だから王は、エミッタという危険な予備ポートを緊急シャットダウンする必要があった」

第二段階:ソルダへの沈黙(1266年2月-3月)
「ここが重要です」ヴェルメが別の資料を示す。「アークオム王は、この件をソルダに一切知らせていません」

リーヴが眉をひそめた。「なぜだ?」

「告げれば、ソルダは必ず責任を取ろうとする」ヴェルメが答える。「将来の宰相への道を捨ててでも、エミッタを救おうとしたはずです」

ヒノノギが鋭く指摘する。「それでは国家が失う人材が大きすぎる」

「そう」ヴェルメが頷く。「だからアークオム王は、ソルダの知らないところで、すべてを処理することにした」

ザクランが静かに言った。「それって、ソルダさんを守るため?」

「守るため、そして利用するためだ」シェライトが答える。「知らなければ、ソルダは何も背負わず、国家のために働き続けられる」

第三段階:エミッタとの密約(1266年3月)
「ここからが推測ですが」ヴェルメは声のトーンを変えた。「アークオム王は、エミッタを密かに呼び出したはずです」

ヒノノギが資料を見る。「記録にはない」

「当然です。公式な記録に残せば、後で証拠になる」ヴェルメが微笑む。「でも状況から推測できます。エミッタの退去申請書には、王の直筆サインがある」

リーヴが身を乗り出す。「通常、こういう書類は担当官僚が処理する」

「そう。王が直接サインするということは、彼女と直接会って、何かを約束したということです」ヴェルメが断言する。

「何を約束したんだろう?」ザクランが問う。

シェライトが答える。「三つだ。第一、退去を最速で承認する。第二、地方での生活を保障する。第三、ソルダには絶対に知らせない」

「そして」ヴェルメが付け加える。「第四、もし将来息子が父を探すようになったら、その時は王室として支援する」

沈黙が落ちた。

ヒノノギが呟く。「時限回路として、手がかりを残すことを約束したのか」

「そうです」ヴェルメが頷く。「S.T.のイニシャルを遺品に残すこと。それをアークオム王は黙認した」

第四段階:地方での生活保障(1266年5月-1284年)
「エミッタは地方で母子生活を営みましたが」ヴェルメが新しい資料を示す。「彼女の収入源を調べると、興味深いことがわかります」

リーヴが読み上げる。「地方電装会社への技術顧問契約。年間報酬、300万ソルム」

「高すぎる」ヒノノギが即座に指摘する。「地方の小規模会社が、そんな報酬を払えるはずがない」

「払っていません」ヴェルメが微笑んだ。「実際に払っていたのは、王室の裏金です」

ザクランが息を呑んだ。「アークオム王が、エミッタさんに生活費を送ってたの?」

「送るわけにはいきません。直接送れば記録に残る」ヴェルメが説明する。「だから、地方の会社に王室から補助金を出し、その会社がエミッタに技術顧問料として支払うという形を取った」

シェライトが低く言った。「迂回送金。完璧な証拠隠滅だ」

「そしてエミッタは、本当に技術顧問として働いていた」ヴェルメが続ける。「だから表向きは何も不自然ではない」

ヒノノギが呟く。「王は、彼女が自立して生きられるように、静かに回路を繋いでいた」

第五段階:リアクトルへの教育支援(1275年-1284年)
「さらに」ヴェルメが別の記録を示す。「リアクトルが技術学校に入学した1275年、彼は特別奨学金を受けています」

リーヴが資料を確認する。「カレントリア王立技術学校特別奨学金。年間150万ソルム」

「これも」ヴェルメが言う。「実質的に王室が出していました」

ザクランが驚く。「アークオム王、リアクトルくんの教育まで支援してたの?」

「当然だ」シェライトが答える。「彼は愛弟子ソルダの息子であり、優秀な技術者エミッタの息子だ。国家にとって貴重な人材になる可能性が高い」

「だから王は、彼が優秀な技術者に育つよう、密かに支援し続けた」ヴェルメが頷く。「エミッタもそれを知っていたはずです」

ヒノノギが静かに言った。「王は、図面にない回路を、19年間ずっと守り続けていた」

第六段階:最後の保険(1284年、アークオム王崩御)
「そして」ヴェルメは最後の文書を取り出した。「アークオム王が崩御する直前、彼はヴォルティス王に一つの遺言を残しています」

リーヴが読み上げる。「『ファリテーナ系譜を記録せよ。時が来れば、それは国家の財産となる』」

「これは」ヴェルメが説明する。「リアクトルの存在を、将来的に公式記録に組み込む準備をしろという命令です」

ザクランが呟く。「アークオム王、最後の最後まで、リアクトルくんとエミッタさんを守ってたんだ」

「そして」シェライトが付け加える。「その遺言に従い、ヴォルティス王は1285年の発覚時、即座にリアクトルに技術騎士の称号を授けた」

「王から王へ」ヴェルメが静かに言った。「保護の回路は、途切れることなく繋がれていた」

統合:アークオムの助けの全体像
ヒノノギが整理する。「つまり、アークオム王がエミッタに与えた助けとは」

ヴェルメが列挙する。「第一、最速退去承認による生命の保護。第二、ソルダへの沈黙による彼のキャリア保護。第三、迂回送金による経済的支援。第四、リアクトルへの教育支援。第五、将来の公式記録化への道筋」

リーヴが深く息をついた。「19年間、誰にも知られず、完璧に機能し続けた支援システムか」

「そして」ザクランが静かに言う。「ソルダさんだけが、何も知らなかった」

シェライトが冷徹に答える。「知らせないことこそが、最大の助けだった」

エミッタの視点

ヴェルメは資料を閉じた。「エミッタは、この王の支援を受け入れつつ、決して依存しなかった」

ヒノノギが頷く。「技術顧問として、本当に働いていた」

「そう」ヴェルメが微笑む。「彼女は施しを受けたのではない。王室という巨大なシステムと、対等な契約を結んだのです」

ザクランが呟く。「それが、エミッタさんのプライドだったんだね」

「そして」シェライトが言う。「それこそが、アークオム王が彼女を助けた本当の理由だ」

全員がシェライトを見た。

「王は、エミッタの強さを認めていた」シェライトが続ける。「彼女は被害者ではなく、戦う女性だった。だから王は、彼女が自立して戦えるように、盾を与えた」

ヒノノギが呟く。「スナバ回路の哲学。衝撃を和らげる盾」

「そう」ヴェルメが頷いた。「アークオム王がソルダに教えた哲学は、エミッタにも適用されていた」

ソルダの立場

ザクランが静かに問う。「もしソルダさんが、これを全部知ったら?」

沈黙が落ちた。

ヴェルメが静かに答える。「彼は、自分が19年間、師匠の盾の下で守られていたことを知るでしょう」

「そして」リーヴが続ける。「エミッタが、王の支援を受けながらも、決して自分に頼らなかった理由を理解する」

ヒノノギが最後に言った。「彼女は、ソルダに『国と結婚した男』であり続けてほしかった。だから、彼を自由にした」

シェライトが深く息をついた。「19年越しの、最も残酷な優しさだ」

ヴェルメは微笑んだ。「アークオム王の助けとは、三人を守るための、完璧な沈黙の回路でした。ソルダの未来、エミッタの尊厳、リアクトルの成長。すべてを、誰にも知られず繋ぎ続けた」

ザクランが小さく笑った。「失地王って呼ばれてるけど、本当は誰よりも守ってたんだね」

「そう」ヴェルメが頷く。「彼は失った。でも、最も大切なものは、決して失わなかった」


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