最適化令嬢
第14話
『コートの女王と二人の王子様』
カレントリア王立技術高校パロディ特典小冊子
『推しの映像と引き換えに敵国に売られた16歳の私ですが、電子回路の知識で宰相府を最適化していたら裏社会の女王になっていました~今さら宗主国の磁場王が「返して」と言っても、もう遅いですわ~』
【特別編】
カレントリア王立技術高校・テニスコート。地区大会準決勝。
「さあ、リミッタ選手のサーブです!」実況が響く。
コートの中央に、リミッタが立っていた。淡いラベンダー色のテニスウェアが、初夏の風に揺れる。彼女は優雅にボールをトスし――完璧なフォームで、打ち込んだ。
「速い!」
相手が反応できない。ボールは、計算されたコースに吸い込まれていった。
「エース!リミッタ選手、完璧なサーブです!」
観客席から、歓声が上がる。
「まるでお蝶夫人みたい……」女子生徒たちが囁いた。「優雅で、強くて、完璧」
「リミッタ様!素敵です!」
ベンチで、トランスは複雑な表情でリミッタを見ていた。
(確かに、完璧だ)彼は思った。(でも)
リミッタの瞳には、冷徹な計算が宿っていた。彼女は試合を「楽しんで」いない。ただ、最適化された結果を「実行」しているだけだった。
「会長」隣に座っていたリアクトルが声をかけた。「浮かない顔してるな」
「……リアクトル」トランスは溜息をついた。「お前には、リミッタがどう見える?」
「ん?」リアクトルはコートを見た。「完璧な令嬢だろ。でも」
「でも?」
「中身は、完全に戦術AIだな」リアクトルは笑った。「3ラリーで相手の癖を読んで、5ラリーで勝率計算して、7ラリーで試合を終わらせる。あれ、もうスポーツじゃねえよ」
「そうなんだ」トランスは頷いた。「リミッタは、試合じゃなくて『データ収集』をしてるんだ」
二人は、黙ってリミッタを見つめた。
彼女は、また完璧なサーブを決めた。
「ゲームセット!リミッタ選手の勝利!」
試合時間、わずか12分。圧倒的な勝利だった。
リミッタは優雅にネットを越え、相手と握手した。「良い試合でしたわ」彼女は微笑んだ。
相手は、呆然としていた。(何が……起きたの?)
◇
試合後。部室。
「リミッタ、お疲れ様」トランスが声をかけた。
「ありがとうございますわ、トランス様」リミッタはタオルで汗を拭いた。「次は決勝ですわね」
「ああ」トランスは頷いた。「相手は、去年の優勝校だ。強いぞ」
「データは取得済みですわ」リミッタは涼しい顔で答えた。「勝率、82.7%です」
「……試合前から計算してるのか」
「当然ですわ」
トランスは、言葉に詰まった。
その時、リアクトルが部室に入ってきた。
「よお、令嬢」彼は笑った。「圧勝だったな」
「ええ」リミッタは微笑んだ。「想定通りですわ」
「でもさ」リアクトルは言った。「お前、楽しんでなかっただろ?」
リミッタの動きが、止まった。
「楽しむ?」
「ああ」リアクトルは頷いた。「テニスって、本来は楽しむもんだろ?お前、ただ勝率計算してるだけじゃん」
「それが」リミッタは言った。「最適解ですわ」
「最適解ねえ」リアクトルは肩をすくめた。「まあ、お前らしいけど」
トランスは、二人のやり取りを見ていた。
(リアクトルは……リミッタに、率直に意見を言える)(僕は、いつもリミッタの完璧さに押されて、何も言えない)
胃が、キリキリと痛んだ。
◇
翌日。決勝戦当日。
「さあ、いよいよ決勝です!」実況が盛り上がる。「カレントリア王立技術高校vs聖エレクトラ学園!」
観客席は満員だった。トランスとリアクトルは、ベンチに座っていた。
「緊張するな」トランスが呟いた。
「まあな」リアクトルは頷いた。「でも、あの令嬢なら大丈夫だろ」
「……そうだな」
コートに、リミッタが現れた。観客席から、歓声が上がる。
「リミッタ様!」
「お嬢様、頑張って!」
リミッタは、優雅に手を振った。完璧な「お蝶夫人」だった。
試合開始。
相手は、去年の優勝者。実力者だった。しかし――
「リミッタ選手、完璧なリターン!」
「また決まった!エース!」
リミッタは、圧倒していた。
トランスは、安心したように息をついた。(やっぱり、リミッタは強い)
だが――リアクトルは、眉をひそめていた。
「おい」彼は言った。「なんか、おかしくないか?」
「え?」トランスが振り向いた。
「リミッタの動き」リアクトルは言った。「いつもより、硬い」
トランスは、コートを見た。確かに、リミッタの表情が少し強張っていた。
「まさか……」
その瞬間、リミッタのサーブが乱れた。
「アウト!リミッタ選手、珍しいミスです!」
観客がざわめいた。
ベンチで、トランスが立ち上がった。「リミッタ!」
リアクトルも、真剣な顔になった。「やべえ……計算、狂ったのか?」
コートで、リミッタは冷静さを保とうとしていた。
(落ち着きなさい)彼女は自分に言い聞かせた。(勝率は、まだ78.3%。十分に勝てる)
だが――彼女の手が、わずかに震えていた。(なぜ?)
相手が、攻めてきた。リミッタは、完璧に返した。しかし、ポイントは相手に渡った。
「ポイント!聖エレクトラ学園!」
リミッタは、息を整えた。(大丈夫。まだ、最適化できる)
だが、彼女の心の奥で、小さな声が囁いていた。
(本当に、これでいいの?)(ただ勝つだけで、いいの?)
◇
第二セット。
リミッタは、徐々に調子を取り戻していた。相手のパターンを読み、完璧に対応する。
「リミッタ選手、立て直してきました!」
観客が沸いた。だが――トランスは、違和感を拭えなかった。
「リアクトル」彼は言った。「リミッタ、無理してないか?」
「ああ」リアクトルは頷いた。「完璧すぎる。あれ、楽しんでねえ」
「楽しむ……」
トランスは、リミッタを見つめた。彼女は、優雅に、完璧に、プレーしている。でも――笑っていなかった。
(リミッタ……)
試合は、タイブレークに突入した。
「さあ、ここで決まります!」
会場が、静まり返った。
リミッタは、サーブの構えを取った。
(勝率、51.2%)(ほぼ互角……)
彼女は、ボールをトスした。そして――その瞬間、観客席から声が聞こえた。
「リミッタ!楽しめ!」
リアクトルの声だった。
リミッタの手が、止まった。
「計算なんかいいから!」リアクトルは叫んだ。「お前の好きにやれ!」
トランスも、立ち上がった。
「リミッタ!」彼は叫んだ。「僕たちは、君を信じてる!」
リミッタは、二人を見た。
トランス。優しくて、真面目で、いつも自分を支えてくれる。
リアクトル。率直で、技術に誇りを持ち、自分の設計を完璧に実装してくれる。
二人の「王子様」。
彼女は、小さく笑った。
(そうですわね)
(計算だけじゃ、つまらない)
リミッタは、深呼吸をした。そして――心を、解放した。
「いきますわ」
彼女は、ボールを打った。それは、計算されたサーブではなかった。ただ、全力で、楽しんで打ったサーブだった。
「速い!」
ボールは、完璧なコースに吸い込まれた。
「エース!リミッタ選手、見事なサーブ!」
観客が沸いた。
リミッタは、笑っていた。
(ああ……これが、テニスですわね)
彼女は、また打った。計算ではなく、感覚で。データではなく、情熱で。
「ポイント!リミッタ選手!」
「また決まった!」
「すごい!完璧です!」
ベンチで、トランスとリアクトルが顔を見合わせた。
「あれ……」トランスは呟いた。「リミッタが、楽しんでる」
「ああ」リアクトルは笑った。「やっと、本気出したな」
◇
試合終了。
「ゲームセット!リミッタ選手の勝利!カレントリア王立技術高校、優勝です!」
会場が、歓声に包まれた。
リミッタは、コートの中央で優勝カップを掲げた。彼女は、笑っていた。本当に、心から。
トランスとリアクトルが、コートに駆け寄った。
「リミッタ!おめでとう!」トランスが叫んだ。
「やったな、令嬢!」リアクトルが笑った。
リミッタは、二人を見た。
「ありがとうございますわ」彼女は微笑んだ。「二人がいたから、勝てましたわ」
「え?」トランスが驚いた。
「トランス様」リミッタは言った。「あなたは、いつもわたくしを支えてくださる。優しくて、真面目で、完璧な『王子様』ですわ」
トランスの顔が、赤くなった。
「そして、リアクトル」リミッタは続けた。「あなたは、わたくしに『楽しむこと』を教えてくださった。率直で、技術に誇りを持つ、もう一人の『王子様』ですわ」
リアクトルも、照れくさそうに笑った。
「二人とも」リミッタは言った。「わたくしの大切な」
彼女は、言葉を選んだ。
「仲間ですわ」
トランスとリアクトルは、顔を見合わせた。そして、笑った。
「ああ」トランスは頷いた。「僕たちは、仲間だ」
「そうだな」リアクトルも頷いた。「最強のチームだ」
三人は、手を取り合った。
観客席から、歓声が上がる。
「リミッタ様!」
「トランス会長!」
「リアクトル!」
カレントリア王立技術高校のテニス部。コートの女王と、二人の王子様。
彼らは、最強のチームだった。そして――それは、ただの部活を超えた、完璧な「回路」だった。
リミッタ(電圧)が設計し、トランス(変圧器)が調整し、リアクトル(電流)が実装する。三人が揃って、初めて完成する。
最適化された、幸福な回路。
◇
夕日が、テニスコートを照らしていた。優勝カップが、金色に輝いている。
リミッタは、二人の手を握ったまま、静かに微笑んだ。
(これが……仲間、ですわね)
(計算では、測れない)
(でも、確かに存在する)
(大切なもの)
トランスは、リミッタの笑顔を見て思った。
(リミッタが、こんな顔で笑うなんて)
(初めて見た)
リアクトルは、空を見上げて呟いた。「まあ、悪くねえな」
「何が?」トランスが聞いた。
「こういうの」リアクトルは笑った。「最適化とか、計算とか抜きで、ただ楽しむってやつ」
「ああ」トランスも笑った。「悪くない」
リミッタは、二人を見て、小さく笑った。
「では」彼女は言った。「明日から、また最適化を再開いたしますわ」
「えっ」
「冗談ですわ」リミッタは微笑んだ。「少しだけ、休憩いたします」
「本当に!?」
「ええ。3日間だけ」
「短い!」
三人は、笑い合った。
カレントリア王立技術高校。テニスコートの女王と、二人の王子様の物語。
それは、こうして幕を閉じた。優勝カップと共に。笑顔と共に。そして――完璧な回路と共に。
カレントリア王立技術高校パロディ特典小冊子『特別編:コートの女王と二人の王子様』完
【著者あとがき(令嬢V名義)】
「楽しむこと」を学びましたわ。計算だけでは得られない、大切なものがあると。トランス様とリアクトル、お二人には感謝しております。ただし、明日からは通常運転に戻りますわ。最適化は、止められませんもの。
