最適化令嬢
第13話
『テニスコートの誓い』
カレントリア王立技術高校パロディ特典小冊子
『推しの映像と引き換えに敵国に売られた16歳の私ですが、電子回路の知識で宰相府を最適化していたら裏社会の女王になっていました~今さら宗主国の磁場王が「返して」と言っても、もう遅いですわ~』
【番外編】
カレントリア王立技術高校・テニスコート。ソルフィア暦1282年5月20日。放課後。
「緊急部員会議を開催いたしますわ」
リミッタ・エラスタンス・ソレラントは、テニス部の全部員をコートに集めた。彼女は入部してわずか二週間だったが、すでに部員たちは彼女の「最適化」の恐ろしさを理解していた。
「会議?」部員の一人が首を傾げた。「練習じゃなくて?」
「ええ」リミッタは優雅に頷いた。「本日より、テニス部の運営方式を全面的に変更いたします」
部員たちがざわめいた。
「ちょっと待って」副部長が手を上げた。「変更って、誰が決めたの?部長は?」
「部長は賛同済みですわ」リミッタは微笑んだ。「昨日の面談で、わたくしの提案を完全にご理解いただきました」
部長が、力なく頷いた。彼女の目は虚ろだった。(あの資料……50ページの改革案……圧倒的すぎて反論できなかった……)
「では」リミッタは手元のタブレットを操作した。「新体制の概要をご説明いたしますわ」
ホワイトボードに、完璧な組織図が映し出された。
【新テニス部運営体制】
・練習メニュー:AI解析による個別最適化
・対戦表:勝率予測アルゴリズムによる自動編成
・設備管理:IoT化・リアルタイム監視
・予算配分:費用対効果分析による再配分
部員たちは絶句した。
「これ……部活じゃなくて、企業じゃない?」
「当然ですわ」リミッタは答えた。「非効率な運営を続ける理由がありませんもの」
その時、フェンスの外から声がした。
「おい、まだ照明の設置終わってないんだけど」
作業着姿のリアクトル・トニトルスが、脚立を運びながら現れた。彼はリミッタの「テニスコート完全最適化計画」の実装担当として、放課後ずっと配線工事をしていた。
「あら、リアクトル」リミッタが振り向いた。「まだ終わりませんの?」
「無茶言うな」リアクトルは汗を拭いた。「お前の設計図、照明32基を1ミリ単位で配置しろって書いてあるんだぞ」
「当然ですわ。光量分布の均一性は、1ミリのズレで3%の誤差が生じますもの」
「お前の脳内、どうなってんだ……」
部員たちは、二人のやり取りを呆然と見ていた。
「あの……」一人が恐る恐る手を上げた。「リミッタさん、私たち、ただテニスを楽しみたいだけなんですけど」
リミッタは、静かに微笑んだ。「ご安心くださいませ」彼女は言った。「楽しさも、最適化の対象ですわ」
「怖い!」
その時、生徒会長のトランス・サイリスタが慌てて走ってきた。
「リミッタ!ちょっと待て!」
「あら、トランス様」リミッタは優雅に振り向いた。「どうなさいましたの?」
「どうなさいましたの、じゃない!」トランスは息を切らしながら言った。「生徒会に、テニス部の予算申請が来てるんだけど――これ、なに?」
彼は書類を突きつけた。
【テニス部予算再編申請書】
・IoT照明システム導入:120万ソルム
・AI解析ソフトウェア:80万ソルム
・高性能ラケット20本:60万ソルム
・コート改修工事:200万ソルム
合計:460万ソルム
「予算の最適化ですわ」リミッタは涼しい顔で答えた。「現在の配分では、テニス部のポテンシャルを30%しか引き出せませんの」
「30%って!」トランスは頭を抱えた。「これ、学校の年間予算の1割だぞ!」
「ええ」リミッタは頷いた。「費用対効果分析の結果、投資する価値があると判断いたしましたわ」
「勝手に判断するな!」
リアクトルが脚立から降りてきた。「おい会長、落ち着け」彼は言った。「俺も最初はビビったけど、この令嬢の計算、マジで正確だぞ」
「リアクトル、お前まで!」トランスは叫んだ。「なんでリミッタの味方してるんだ!」
「味方じゃねえよ」リアクトルは肩をすくめた。「ただ、こいつの設計通りにやると、確かに効率が上がるんだ。照明の配置だって、最初は『無駄だろ』って思ったけど、実際に設置したら光のムラが完全に消えた」
「それは……」トランスは言葉に詰まった。
「トランス様」リミッタが近づいた。「ご心配なく。予算は、他部活の無駄削減で捻出済みですわ」
「他部活の!?」
「ええ」リミッタは資料を示した。「演劇部の照明機材、購入ではなくレンタルに変更。年間30万ソルム削減。美術部の画材、一括購入で業者割引適用。年間25万ソルム削減。科学部の試薬、他校との共同購入で」
「ちょっと待て!」トランスは叫んだ。「いつの間に全部活の予算、調査したんだ!?」
「三日前ですわ」リミッタは微笑んだ。「生徒会の財務資料、閲覧させていただきました」
「勝手に見るな!」
部員たちは、完全に置いてけぼりだった。
「ねえ」一人が囁いた。「私たち、何の会議に参加してるの?」
「わからない……でも、すごく大きなことが起きてる気がする……」
◇
リミッタは、コートの中央に立った。夕日が、彼女の淡いラベンダー色の制服を照らしている。
「皆様」彼女は宣言した。「本日この場で、わたくしは誓いますわ」
部員たちが、息を呑んだ。
「このテニスコートにおいて」リミッタは続けた。「最適化は完了いたしました」
「え?」
「練習メニュー、設備配置、予算配分、人員配置」彼女は指を折った。「すべて、再設計済みです」
「いつの間に!?」
「皆様が気づかぬうちに、ですわ」リミッタは優雅に微笑んだ。「これより、このテニス部は、カレントリア王立技術高校における最強の組織となります」
「最強って!」
「ええ」リミッタの瞳が、静かに輝いた。「来月の地区大会、優勝いたしますわ」
「無理だよ!」部員が叫んだ。「うち、去年は予選敗退だったんだよ!?」
「過去のデータは無意味ですわ」リミッタは言った。「現在の戦力、練習効率、士気。すべてを数値化し、最適化した結果――優勝確率、87.3%です」
部員たちは、言葉を失った。
トランスは、頭を抱えた。(これ……もう止められない……)
リアクトルは、腕を組んで笑った。「面白えじゃねえか」彼は言った。「やってみろよ、令嬢」
リミッタは、彼を見た。「当然ですわ」彼女は微笑んだ。「あなたの技術があれば、実装は完璧です」
「まあな」リアクトルは頷いた。「お前の設計、嫌いじゃねえし」
二人の視線が交差した。電圧(V)と電流(I)。設計と実装。
トランスは、その光景を見ながら思った。(また……二人が、息を合わせている)(僕は……いつも、蚊帳の外だ)
胃が、痛んだ。
「では」リミッタは全部員に向き直った。「誓いの言葉を」
彼女は右手を高く掲げた。
「このテニスコートにおいて、わたくしたちは誓いますわ」
部員たちは、戸惑いながらも、彼女の言葉を待った。
「最適化された練習により、最高の結果を出すことを」
「効率化された組織により、無駄を排除することを」
「そして」
リミッタの瞳が、強く輝いた。
「誰も予想しなかった勝利を、この手で掴むことを!」
彼女の声が、コートに響いた。
部員たちは、呆然としていた。そして――
「……やってやろうじゃん」
一人が、小さく呟いた。
「え?」
「だって」その部員は笑った。「リミッタさん、ここまで本気なんだよ?私たちが本気出さないわけにいかないでしょ」
「そう……だね」
「去年、予選敗退だったもんね。今年こそ、リベンジしたい」
部員たちの目が、変わり始めた。
「リミッタさん!」部長が叫んだ。「私たち、やります!地区大会、優勝します!」
リミッタは、満足そうに頷いた。「素晴らしい決意ですわ」彼女は微笑んだ。「では、明日から新メニューを開始いたします。覚悟なさってくださいませ」
「はい!」
部員たちの声が、揃った。
トランスは、その光景を見ながら呟いた。「……革命だ」
「え?」
「これ」トランスは言った。「テニスコートの誓いだ。革命が、起きたんだ」
リアクトルは笑った。「革命ねえ」彼は言った。「でも、誰も気づいてねえよな。支配されたことに」
「ああ」トランスは頷いた。「リミッタの最適化は、幸福度まで上がるから、誰も文句を言わない」
「ズルいよな」
「本当に」
二人は、顔を見合わせて笑った。
◇
夕日が、テニスコートを赤く染めていた。
リミッタは、コートの中央に立ち、部員たちに指示を出している。彼女の周りに、人が集まる。
磁場のように。いや――電圧のように。
そして、その周りを、電流が流れ始める。
「さあ」リミッタは宣言した。「革命は、もう始まっていますわ」
部員たちは、気づいていなかった。自分たちが、すでに「最適化」されていることに。
そして、それが――とても、心地よいことに。
カレントリア王立技術高校のテニスコート。ここで、静かな革命が完了した。
誓いも、宣言も、必要なかった。ただ、結果だけがあった。
◇
一ヶ月後。地区大会。決勝戦。
「カレントリア王立技術高校、優勝!」
アナウンスが響いた。部員たちが、抱き合って喜んでいる。
リミッタは、優雅に微笑んでいた。「予測通りですわ」
トランスは、観客席で頭を抱えていた。「本当に……優勝しちゃった……」
リアクトルは、隣で笑っていた。「すげえよな、あの令嬢」
「ああ」トランスは溜息をついた。「すごすぎて、怖い」
「でも」リアクトルは言った。「嫌いじゃねえだろ?」
トランスは、黙った。確かに、嫌いではなかった。リミッタの最適化は、恐ろしいけれど、同時に美しかった。
「……まあな」トランスは小さく笑った。
コートの上で、リミッタが優勝カップを掲げている。部員たちが、彼女の名前を叫んでいる。
「リミッタ!リミッタ!」
彼女は、優雅に手を振った。そして――リアクトルとトランスを見つけ、小さく微笑んだ。
「ありがとうございますわ」
彼女の唇が、そう動いた。
リアクトルは、手を振り返した。トランスは、静かに頷いた。
カレントリア王立技術高校。テニスコートの誓い。
革命は、こうして完了した。静かに。優雅に。完璧に。
誰も、支配されたことに気づかないまま。
カレントリア王立技術高校パロディ特典小冊子『番外編:テニスコートの誓い』完
【著者あとがき(令嬢V名義)】
「テニスコートの誓い」などという大仰な表現は、読者サービスです。実際には、ただの効率的な組織再編ですわ。ただし、優勝は事実です。予測通りに。トランス様の胃痛も、リアクトルさんの協力も、すべて計算済みでした。革命?いいえ、ただの最適化ですわ。
