最適化令嬢



第12話
『テニスコートの最適化』


カレントリア王立技術高校パロディ特典小冊子
『推しの映像と引き換えに敵国に売られた16歳の私ですが、電子回路の知識で宰相府を最適化していたら裏社会の女王になっていました~今さら宗主国の磁場王が「返して」と言っても、もう遅いですわ~』
【番外編】

カレントリア王立技術高校・テニスコート。放課後。

「リミッタさん、今日からテニス部に入部するんですか?」部員の女子生徒が嬉しそうに尋ねた。

「ええ」リミッタは優雅にラケットを手に取った。「運動不足解消と、データ収集を兼ねてですわ」

「データ収集?」

「気にしないでくださいな」リミッタは微笑んだ。「さあ、ラリーをいたしましょう」

五分後。

「なんで全部読まれるの!?」部員が悲鳴を上げた。「私のバックハンド、完全に狙われてる!」

「フォームの癖が3パターンありますわ」リミッタは涼しい顔で答えた。「軌道予測は容易です」

「スポーツじゃない!これ尋問!」

コートの外で、トランスが頭を抱えていた。「リミッタ……テニスくらい、普通に楽しんでくれ」彼は呟いた。「なんでデータ戦になるんだ」

その時、フェンスの向こうから声がした。

「よう会長。婚約者さん、相変わらず容赦ねえな」振り向くと、作業着姿のリアクトルが工具箱を持って立っていた。

「リアクトル」トランスは溜息をついた。「お前、またコートの照明の修理か?」

「ああ」リアクトルは頷いた。「昨日ショートしたらしくてな。部活終わったら直すつもりだったんだが」

二人の視線が、コート上のリミッタに向かった。彼女は優雅にサーブを打ち、相手部員を完璧に追い詰めていた。

「このコート」リミッタが言った。「風向きの最適化が不十分ですわね」

「風まで管理するな!」部員が叫んだ。

リアクトルは呆れたように笑った。「あの令嬢、どこまで最適化すれば気が済むんだ?」

「全部だよ」トランスは疲れた顔で答えた。「リミッタの辞書に『ほどほど』って言葉はない」

その時、リミッタがこちらに気づいた。「あら、トランス様」
彼女はラケットを置いて歩いてきた。「それと――リアクトルさんも」

「よう」リアクトルは手を上げた。「照明の修理に来たんだ。部活終わったら教えてくれ」

「照明?」リミッタは首を傾げた。「どこが故障していますの?」

「コート西側の3番と5番」リアクトルは指さした。「配線が古くてな。交換が必要だ」

リミッタの瞳が、わずかに輝いた。
「まあ。それは非効率ですわね」彼女は言った。「ついでに、全ての照明の配置と電圧を見直していただけます?」

「は?」リアクトルは目を丸くした。「全部?」

「ええ」リミッタは真剣な顔で続けた。「現在の配置、光量分布が不均一ですの。コート全体を最適化するには、照明の再配置が必須ですわ」

「いや、それ部活の範疇超えてるだろ」リアクトルは呆れた。

「でも」リミッタは言った。「あなたなら、できますわよね?」

その言葉に、リアクトルの動きが止まった。「……お前、俺の技術力、買ってくれてんのか?」

「当然ですわ」リミッタは微笑んだ。「あなたの配線技術は、学校一ですもの。わたくしの設計を、現場で実装できる唯一の『電流』ですわ」

リアクトルの顔が、少し赤くなった。「そ、そうか」彼は視線を逸らした。「まあ、できなくはないけど」

「では」リミッタは優雅に手を差し出した。「協力していただけますわね?」

リアクトルは、その白い手を見つめた。(この令嬢……やっぱり、ただのお嬢様じゃねえ)

彼は工具箱を置き、リミッタの手を握った。「わかった。やってやる」

リミッタの笑顔が、少し柔らかくなった。「ありがとうございますわ、リアクトル」

トランスは、二人の様子を見ながら思った。
(また……リミッタが、リアクトルと息を合わせている)
(電圧と電流。設計と実装)
(僕は……変換器として、二人の間にいるだけなのか?)
胃が、キリキリと痛んだ。



一週間後。テニスコート。
照明が新しくなり、配置も完璧に最適化された。コート全体が、均一な光に包まれている。

「すごい!」部員たちが歓声を上げた。「前より断然見やすい!」

「これなら夜間練習も完璧だね!」

リミッタは満足そうに頷いた。「これで、練習効率が23%向上しますわ」

「そういう数字出すのやめて!」部員が突っ込んだ。

コートの外で、リアクトルが工具箱を片付けていた。

「お疲れ様」リミッタが歩いてきた。「完璧な仕事ですわ」

「まあな」リアクトルは照れくさそうに答えた。「お前の設計図、めちゃくちゃ細かかったけど、その分やりがいあったよ」

「あら」リミッタは微笑んだ。「もっと難しい仕事も、お願いできますわね」

「おいおい」リアクトルは笑った。「俺を働かせすぎだろ」

「でも」リミッタは言った。「あなた、嫌そうには見えませんわよ?」

リアクトルは、黙った。確かに、嫌ではなかった。この令嬢の「最適化」に付き合うのは、疲れるけど、同時に楽しかった。

「まあ……そうかもな」彼は小さく笑った。

その時、トランスが近づいてきた。「二人とも」彼は言った。「生徒会室に来てくれ。ソルダ先生が呼んでる」

「伯父上が?」リミッタは首を傾げた。

「ああ」トランスは複雑な顔をした。「リアクトルのことで、話があるらしい」

三人は顔を見合わせた。



生徒会室。理科教師のソルダが、資料を前に座っていた。

「座ってください」彼は三人に言った。

リミッタ、トランス、リアクトルが椅子に座る。

「リアクトル君」ソルダは言った。「君の技術力、非常に高く評価されています」

「あ、ありがとうございます」リアクトルは戸惑った。

「それで」ソルダは続けた。「君を、学校の公式技術スタッフとして雇用したいのですが――その前に、確認したいことがあります」

「確認?」

「君の保護者の連絡先です」ソルダは書類を見た。「母親の名前が、エミッタ・ファリテーナとありますが」

その瞬間、ソルダの手が止まった。「……エミッタ?」

リアクトルは頷いた。「はい。母の名前です」

ソルダの顔から、血の気が引いた。「まさか」彼は呟いた。「1266年の」

「先生?」トランスが心配そうに尋ねた。

ソルダは、震える手で眼鏡を外した。「リアクトル君」彼は言った。「君は……私の」

言葉が、途切れた。

リミッタは静かに立ち上がった。「ソルダ先生」彼女は言った。「DNA検査を受けることをお勧めしますわ」

「え?」リアクトルが驚いた。

「リミッタ?」トランスも困惑した。

「わたくし、気づいておりましたの」リミッタは淡々と言った。「リアクトルさんの配線技術の癖が、ソルダ先生の報告書の記述パターンと87%一致していることに」

「なに!?」

「それに」リミッタは続けた。「顔立ちも、似ていますわ」

ソルダは、リアクトルを見つめた。確かに、自分に似ていた。

「そんな……」リアクトルは呟いた。「俺の、父親……?」

沈黙が、生徒会室を支配した。

リミッタは、優雅に微笑んだ。
「では」彼女は言った。「これで、サイリスタ家の回路がまた一つ、繋がりましたわね」

トランスは、頭を抱えた。
(従兄弟が増えた……)
(しかも、リミッタと息ぴったりの、電流タイプの従兄弟が……)
胃薬が、また必要になった。



テニスコートの照明が、夜空に輝いていた。最適化された光。完璧な配置。
リミッタの設計と、リアクトルの技術が生み出した、新しい回路。
そして、サイリスタ家という、さらに大きな回路に組み込まれた、新たな「電流」。
カレントリア王立技術高校の夜は、静かに更新されていった。


カレントリア王立技術高校パロディ特典小冊子『番外編:テニスコートの最適化』完

【著者あとがき(令嬢V名義)】
テニス部のデータ戦については、若干誇張されておりますが、わたくしが相手のフォームを3パターンに分類して軌道予測を行っていたのは事実ですわ。スポーツとは、結局のところ物理法則の集積ですもの。
リアクトルの配線技術の癖とソルダ先生の報告書パターンが87%一致していたことに気づいていた件も、事実です。ただし、DNA検査の提案は、若干先走りすぎたかもしれませんわね。結果的には正解でしたが。
トランス様の胃痛悪化については、わたくしの責任ではございません。彼の消化器系の脆弱性が根本原因ですわ。


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