最適化令嬢
第11話
『学園祭事故と壁ドン従兄弟』
カレントリア王立技術高校パロディ特典小冊子
『推しの映像と引き換えに敵国に売られた16歳の私ですが、電子回路の知識で宰相府を最適化していたら裏社会の女王になっていました~今さら宗主国の磁場王が「返して」と言っても、もう遅いですわ~』
【第3話】
学園祭準備二日目。放課後の体育館裏。
「おい、そっちの配線、電圧上がりすぎてるぞ!」リアクトルが叫んだ。彼は泥だらけの作業着のまま、学園祭の目玉である巨大オブジェ「サンダーランス」の配線をチェックしていた。
「あら」リミッタは優雅に設計図を見ながら答えた。「わたくしの計算では問題ありませんわ。あなたの配線技術が未熟なだけでは?」
「未熟だと!?」リアクトルは顔を上げた。「お嬢様、現場を知らないくせに口出しすんなよ!」
「お嬢様、ですって?」リミッタは眉を上げた。「わたくしは生徒会会計として、予算と安全管理の責任者ですのよ。あなたこそ、規定の手順を守ってくださる?」
二人がバチバチと睨み合っていると、トランス生徒会長が資料を抱えて現れた。
「二人とも、また喧嘩?もうやめてくれ。僕の胃が持たない」彼は疲れた顔で言った。
「会長」リアクトルが振り向いた。「この令嬢が、現場の判断に口出ししてくるんです」
「現場の判断、ですって?」リミッタは冷ややかに言った。「電圧設定ミスで火災が起きたら、責任は誰が取るのかしら?」
「起きねえよ!」リアクトルは苛立った。「俺はこの手で」
その瞬間、配線がショートした。
火花が散り、リアクトルの手元から青白い光が走った。
「危ない!」
トランスが叫んだ時には、リアクトルの身体が大きく揺れていた。感電。彼は後ろによろめき——リミッタが咄嗟に駆け寄り、彼の身体を支えた。
「リアクトル!」
彼女の声が珍しく感情を帯びていた。リミッタは彼を引き寄せ、そのまま体育館裏の壁に押し付けるように支えた。彼女の両手が、リアクトルの肩を壁に固定している。
完璧な「壁ドン」の構図だった。
ただし、壁に押し付けられているのは男子で、押し付けている側が令嬢という、逆パターンだったが。
「……っ」リアクトルが目を開けた。
目の前に、リミッタの顔があった。距離、約10センチ。
彼女の整った顔立ち。普段は冷徹な瞳が、今は心配そうに揺れている。淡いラベンダー色の制服のリボンが、彼の視界で揺れた。
「大丈夫?」リミッタが囁いた。「感電の症状は?意識は?」
「だ、大丈夫だ」リアクトルは答えた。「ちょっと痺れただけで」
「嘘」リミッタはきっぱりと言った。「あなたの手、震えていますわ」
彼女の指が、リアクトルの手首に触れた。脈を確認している。その指先が、やけに温かい。
「……お前」リアクトルは呟いた。「意外と、優しいんだな」
リミッタの頬が、ほんの少し赤くなった。
「優しいのではありませんわ」彼女は言った。「ただ、事故報告書の作成が面倒なだけです。それに」
「それに?」
「あなたが倒れたら」リミッタは視線を逸らした。「誰が配線を直すんですの。わたくしの最適化された設計図も、現場の『電流』がいなければ意味がありませんから」
リアクトルは、彼女を見つめた。
(こいつ……本当は、心配してくれてるのか?)
少し離れた場所で、トランスが二人を見ていた。
(……え?なにこの状況)
生徒会長の脳内が、激しく混乱していた。
(リミッタが、あのヤンキー技術兵を、壁ドンしてる?)
(しかも、すごく……少女漫画っぽい雰囲気出てる?)
(僕の婚約者なんですけど!?)
トランスの胃が、キリキリと痛んだ。
「あの」彼は声をかけた。「二人とも、そろそろ保健室に」
「トランス様」リミッタが振り向いた。
まだリアクトルの肩を壁に押し付けたままで。「救急車を呼んでくださいませんか?感電事故ですから、念のため病院で診てもらうべきですわ」
「え、ああ、うん」トランスは頷いた。「でも、その、リミッタ?そろそろリアクトルから離れても」
「離れられませんの」リミッタはきっぱりと言った。「彼が倒れるかもしれませんから」
「俺、立てるけど」リアクトルが言った。
「黙ってなさい」リミッタは命令した。「感電直後は急に症状が出ることもありますの。動かないで」
リアクトルは黙った。令嬢の腕の中で、大人しく壁に押し付けられている。
トランスは思った。
(なんで、俺の婚約者が、同級生の男子を心配そうに見つめてるんだ?)
(しかも、あのリミッタが、こんなに感情的になるなんて)
胃が、また痛んだ。
三十分後。保健室。
校医が簡単な検査をし、リアクトルに「念のため病院へ」と勧めた。
「血液検査もしておきましょう」校医は言った。「感電の影響で、電解質バランスが崩れている可能性がありますから」
リアクトルは渋々頷いた。
リミッタは彼の隣に座り、腕を組んだまま校医の説明を聞いていた。
トランスは二人の様子を、遠くから見守っていた。
(リミッタが、あんなに誰かを心配するなんて……初めて見た)
その夜。カレントリア中央病院。
血液検査の結果が出た。
担当医が、震える手で報告書を読み上げた。
「リアクトル・トニトルス君。あなたのDNAが、データベースと照合されました」
「はい?」リアクトルは首を傾げた。
「あなたのDNA」医師は続けた。「カレントリア王立技術高校の理科教師、ソルダ・サイリスタ先生と――99.99%一致しました」
病室が、静まり返った。
リミッタの瞳が、わずかに見開かれた。
トランスは、立ち上がった。
「ちょっと待って」彼は言った。「ソルダ先生って、僕の伯父だけど」
「ということは」リミッタが静かに言った。「リアクトルさんは、トランス様の」
「従兄弟」医師が言った。「そういうことになりますね」
リアクトルは、呆然としていた。
トランスは、複雑な表情で彼を見た。
(浮気じゃなかった)
(ただの、従兄弟だった)
(でも、それはそれで、なんか複雑だ)
リミッタは、静かに立ち上がった。彼女はリアクトルに近づき、優雅に微笑んだ。
「あら」彼女は言った。「ではリアクトルさんは、わたくしたちの『義理の弟(従弟)』ということになりますわね」
「げっ」リアクトルはベッドの上で顔を歪めた。「この血も涙もない鬼の最適化女が、身内になるのかよ!?」
「ええ」リミッタの笑顔が、完璧すぎて怖かった。「サイリスタ家という回路に組み込まれた以上、あなたの無駄な電流も、これからはわたくしが完璧に『制御・最適化』してさしあげますわ」
リアクトルは天井を仰いだ。
「……マジかよ」
トランスは、二人を見ながら思った。
(結局、うちの家族が、また一人増えたのか)
(しかも、リミッタと相性最悪な、電流タイプの従兄弟が)
彼は深く溜息をついた。
(胃薬、買い足さないと)
病室の窓から、カレントリアの夜景が見えた。電流が流れる都市の光。
サイリスタ家の回路に、新たな「核」が加わった瞬間だった。
カレントリア王立技術高校パロディ特典小冊子『第3話:学園祭事故と壁ドン従兄弟』完
【著者あとがき(令嬢V名義)】
「壁ドン」などという非効率的な行為は、現実には実行しておりません。あれは読者サービスです。実際の事故対応は、もっと合理的でしたわ。トランス様の胃痛も、若干誇張されております。ただし、従兄弟判明の部分は、ほぼ事実ですわね。
