最適化令嬢



第10話
『限界突破する胃壁と冷徹な最適化』


カレントリア王立技術高校パロディ特典小冊子 『推しの映像と引き換えに敵国に売られた16歳の私ですが、電子回路の知識で宰相府を最適化していたら裏社会の女王になっていました~今さら宗主国の磁場王が「返して」と言っても、もう遅いですわ~』
【第2.5話】

ソルフィア暦1282年4月、カレントリア王立技術高校。昨日の空調修理事件から一晩が明けた、放課後の生徒会室。

トランス・サイリスタは、机の前で胃を押さえていた。目の前には山積みの書類。しかし、彼の意識はそこにはなかった。彼の視線は、窓際で優雅に紅茶を飲むリミッタ・エラスタンス・ソレラントに注がれていた。

「トランス様」リミッタは涼しい顔で言った。「本日の予算案、既に最適化しておきましたわ」
彼女はタブレットを操作した。「ついでに、明日の生徒総会の資料も完成させました。印刷は夜間に自動で」

「ああ……ありがとう」トランスは力なく答えた。

リミッタの仕事は完璧だった。あまりにも完璧すぎて、もはやトランスがやることは何もなかった。それだけなら良かった。問題は、昨日から彼女と妙に息が合い始めた、あのヤンキー技術兵だった。

「あら」リミッタがスマホを見た。
「リアクトルさんから連絡ですわ」彼女は優雅に画面を操作した。「昨日の配線の件で、追加相談があるそうです」

トランスの胃が、キリリと鳴った。「ついか、そうだん……?」

「ええ」リミッタは微笑んだ。「昨日修理した第三系統について、負荷分散の最適化をさらに進めたいとのことです。わたくしの計算と、彼の現場実装を組み合わせれば、さらに効率が上がりますわ」

「そう、か」トランスは胃薬のボトルに手を伸ばした。

その時、生徒会室のドアがノックされた。
「どうぞ」

ドアが開き、泥だらけの作業着を着たリアクトル・トニトルスが入ってきた。工具箱を片手に、少し気まずそうな顔をしている。「よう、会長。リミッタも」

「いらっしゃいませ、リアクトルさん」リミッタは優雅に立ち上がった。「昨日の配線、順調ですか?」

「ああ」リアクトルは頷いた。「お前の計算通りだよ。電圧も電流も完璧に安定してる」彼は工具箱を床に置いた。「それでさ、第五系統も同じ方法で最適化したいんだけど」

「第五系統?」リミッタは興味深そうに首を傾げた。「あそこは負荷が大きいですわね」

「そうなんだよ」リアクトルは配線図を広げた。「だから、お前の計算が必要なんだ」

「分かりましたわ」リミッタは配線図を覗き込んだ。「では、まず電圧降下の計算から」

二人は配線図を囲んで、淡々と話し始めた。「ここの抵抗値は」「いや、現場だと負荷が変動するから」「ならば、余裕率を1.2倍で」「おお、それいいな」

トランスは、二人のやり取りを呆然と見ていた。

(なんだこの状況)彼は内心で呟いた。(昨日、あんなにバチバチやり合ってたのに……今日は完全に息が合ってる……!)

リミッタが計算し、リアクトルが頷く。リアクトルが現場の問題を指摘し、リミッタが即座に修正案を出す。二人の会話は淀みなく進み、まるで何年も一緒に仕事をしてきたかのようだった。

「なるほどな」リアクトルは配線図にメモを書き込んだ。「お前の計算、マジで助かるわ」

「あら」リミッタは微笑んだ。「あなたの現場感覚も、わたくしの理論を補完してくれますわ」

トランスの手が、震えた。
(やめて)彼は心の中で叫んだ。(やめてくれ、二人とも。それ以上、僕の目の前で完璧な相性を見せつけないでくれ……!)

「じゃあ」リアクトルは立ち上がった。「明日、この計算通りに配線し直してみるわ」

「ええ」リミッタは頷いた。「結果を教えてくださいね」

「おう」リアクトルは工具箱を持ち上げた。「また何かあったら呼んでくれ」

「当然ですわ」リミッタは優雅に微笑んだ。「これからも、よろしくお願いしますわね」

トランスの胃が、限界に達した。
「待って!!」

彼は立ち上がった。椅子が倒れる音が、生徒会室に響いた。
リミッタとリアクトルが、同時にトランスを見た。

「ど、どうなさいましたの、トランス様?」リミッタは驚いたように目を見開いた。

「会長?」リアクトルも眉をひそめた。

トランスは深呼吸をした。彼の手は震えていた。顔は青ざめ、額には汗が滲んでいた。
「二人とも」彼は震える声で言った。「それ以上、僕の目の前で息を合わせないで……!」

「は?」リアクトルは首を傾げた。「なんだよ会長。俺たち、普通に仕事の話してただけだろ」

「普通じゃない!」トランスは叫んだ。「昨日あんなにバチバチやり合ってたのに、今日は完全に息が合ってる!配線の話してるだけなのに、なんでそんなに楽しそうなんだ!」

リミッタは少し困ったように首を傾げた。「あら。でも、昨日の作業で、お互いの長所を理解できましたから」

「それが問題なんだよ!」トランスは机を叩いた。「君たち、出会って数日なのに、もう完璧なチームワークじゃないか!」

リアクトルは呆れたように笑った。「会長、何言ってんだよ。別に仲良くなったわけじゃねえし」

「仲良くなってる!」トランスは涙目で叫んだ。「だって……彼女は、僕の許嫁なんだぞ!!」

生徒会室が、静まり返った。
リアクトルの手から、スパナが滑り落ちた。ガシャーン、という音が床に響く。

「………………は?」リアクトルは硬直したまま言った。

トランスは荒い息をついた。「リミッタさんは」彼は続けた。「僕の、許嫁なんだ」

リアクトルはゆっくりと振り向いた。リミッタを見る。彼女は窓際に立ち、優雅に紅茶を飲んでいた。まるで、何も驚いていないかのように。

「おい」リアクトルは震える声で言った。「お嬢様。今、会長、なんて言った?」

リミッタは紅茶を置いた。そして、優雅に微笑んだ。
「あら。トランス様、ようやく公表なさる決心がついたのですね」彼女は続けた。「ええ、リアクトル。わたくしはトランス様の婚約者ですわ」

リアクトルの顔が、見る見る青ざめていった。「はあああ!?」彼は叫んだ。「この血も涙もない鬼の最適化女が、会長の嫁!?」

「鬼、ですって?」リミッタは目を細めた。「失礼な表現ですわね」

「失礼もクソもあるか!」リアクトルは頭を抱えた。「お前、会長を完全に実務で支配してるじゃねえか!生徒会室の空気、完全にお前のもんだぞ!」

「支配?」リミッタは首を傾げた。「わたくしは、ただ最適化しているだけですわ」

「それが支配なんだよ!」リアクトルは叫んだ。

トランスは椅子に座り込んだ。
「リミッタ」彼は涙目で尋ねた。「君、自分が僕の許嫁だって……知ってたの?」

「当然ですわ」リミッタは即答した。

トランスの目が、さらに見開かれた。「え……?」

「わたくしを誰だと思っていますの、トランス様」リミッタは微笑んだ。「転校初日に生徒会の裏帳簿を整理した際、ソレラント公国からの送金ルートと、サイリスタ家への支払い履歴を照合いたしました」
彼女は続けた。「そこで、わたくしをこの高校に送り込んだ親たちの意図を完全に割り出しましたの」

トランスは呆然としていた。「つ、つまり……君、最初から全部、知ってたってこと?」

「ええ」リミッタは頷いた。「婚約は政略結婚の一環ですから、当然把握しておりました」

「なんで……」トランスは震える声で言った。「なんで、僕に言わなかったんだ……?」

「あら」リミッタは不思議そうに首を傾げた。「トランス様がご自分で気づくまで、お待ちしていましたのよ?」

トランスは机に突っ伏した。「僕……親から電話で知らされるまで、全然気づかなかった……」

リアクトルは二人を交互に見た。そして、深く溜息をついた。「……会長、マジで不憫すぎるだろ……」
彼は呟いた。「こんな女と結婚すんのかよ……」

「こんな女、ですって?」リミッタは冷ややかに笑った。「失礼な表現ですわね」

「失礼もクソもあるか!」リアクトルは頭を抱えた。「お前、会長を完全に実務で支配してるじゃねえか!」

「まあ」リミッタは優雅に歩み寄った。「でも、あなたの現場実装力は優秀ですから」彼女は微笑んだ。「これからも『生徒会の優秀な手足』として、わたくしの夫(予定)を支えて働きなさいな」

リアクトルの顔が強張った。「夫、予定……?」

「ええ」リミッタは優雅に微笑んだ。「トランス様は生徒会長として多忙ですから、技術的な支援はあなたにお願いしたいのです」
彼女は続けた。「わたくしの計算と、あなたの現場力。この組み合わせは、完璧ですわ」

リアクトルは頭を抱えた。
(……この女、俺を『夫を支えるための優秀な部下』として組み込もうとしてる……!)彼は内心で叫んだ。(可愛げがミリもねえ……!!)

トランスは机の引き出しから胃薬を取り出した。手が震えている。
「はあ……」彼は深く溜息をついた。「僕の高校生活、どうなっちゃうんだろう……」

リミッタは優雅に紅茶を淹れた。
「トランス様、お疲れ様です」彼女はカップを差し出した。「どうぞ」

「ありがとう……」トランスは紅茶を受け取った。

リアクトルは工具箱を拾い上げた。
「……俺、帰るわ」彼は呟いた。「もう、何も聞きたくねえ」

「あら」リミッタは微笑んだ。「明日の配線作業、よろしくお願いしますわね」

リアクトルは振り向かずに手を振った。「ああ、分かったよ……」

彼は生徒会室を出ていった。廊下を歩きながら、彼は呟いた。
「あの令嬢……マジで恐ろしい女だ……」



生徒会室に残されたトランスとリミッタ。
トランスは紅茶を飲みながら、リミッタを見た。彼女は再び窓際に座り、タブレットを操作している。相変わらず、冷徹で完璧な姿勢。

「リミッタ」トランスは静かに言った。「君、本当に……僕のこと、どう思ってるの?」

リミッタは顔を上げた。「どう、ですか?」

「だって」トランスは続けた。「君、僕が許嫁だって知ってたのに、何も言わなかった」
彼は紅茶を置いた。「それって、僕のこと、どうでもいいってこと?」

リミッタは少し黙った。そして、静かに答えた。
「いいえ」彼女は微笑んだ。「わたくしは、トランス様を信頼していますわ」

「信頼?」トランスは彼女の言葉を繰り返した。

「ええ」リミッタは頷いた。「トランス様は、優秀な生徒会長です」
彼女は続けた。「わたくしの最適化を、きちんと理解してくださる」

トランスは少し笑った。「それって、褒めてるの?」

「当然ですわ」リミッタは微笑んだ。「わたくしにとって、トランス様は最も重要な『変圧器』ですもの」

トランスは溜息をついた。「変圧器、か」彼は胃薬を飲んだ。「まあ、いいけど」

窓の外、カレントリアの夕日が沈んでいった。生徒会室には、最適化令嬢と、不憫な許嫁の、新しい日常が広がっていた。

そして、トランスの胃痛は、これからも続くのだった。



カレントリア王立技術高校パロディ特典小冊子『第2.5話:限界突破する胃壁と冷徹な最適化』完

【著者あとがき(令嬢V名義)】 トランス様の胃痛は、若干誇張されております。実際の生徒会業務は、もっと効率的に進んでおりました。ただし、許嫁であることを最初から把握していた部分は、事実ですわ。情報処理速度の差は、致し方ありませんわね。一般的な恋愛小説では、許嫁の発覚でヒロインが顔を赤らめるのが定石のようですが、極めて非効率ですわね。わたくしは転校初日……いえ、着任初日の帳簿確認で、親たちの意図など100%割り出しておりました。 リアクトルがスパナを落として絶望するシーンは、エンタメとして少し誇張いたしましたが、わたくしが彼を『夫を支えるための優秀な部下(手足)』として回路に組み込もうとしたのは事実ですわ。ええ、彼は本当に優秀な『I(電流)』ですから。


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