最適化令嬢
第9話
『オームの法則バトル』
カレントリア王立技術高校パロディ特典小冊子
『推しの映像と引き換えに敵国に売られた16歳の私ですが、電子回路の知識で宰相府を最適化していたら裏社会の女王になっていました~今さら宗主国の磁場王が「返して」と言っても、もう遅いですわ~』
【第2話】
カレントリア王立技術高校、放課後の生徒会室。
トランス・サイリスタは、書類を前に溜息をついていた。リミッタが会計に入ってから一週間。生徒会の実務は驚異的な速度で片付いているが、同時に彼の胃痛も悪化の一途を辿っていた。
「トランス様」リミッタは優雅に紅茶を飲みながら言った。「次の予算案、こちらで最適化しておきましたわ」
「ありがとう」トランスは書類を受け取った。
完璧な予算表。無駄が一切ない。
「君がいてくれて、本当に助かるよ」
「当然ですわ」リミッタは微笑んだ。「わたくしの役割ですから」
その時、生徒会室の天井から、ジリジリという異音が聞こえた。
トランスは顔を上げた。「何だ、この音?」
リミッタは天井を見上げた。
「空調ですわね」彼女は立ち上がった。「配線が劣化しているのでは?」
次の瞬間、天井からバチッという音がして、火花が散った。
「危ない!」トランスはリミッタを庇うように前に出た。
空調が停止し、生徒会室が静まり返った。
「漏電だ」リミッタは冷静に言った。「配線がショートしましたわ」
「マジかよ」トランスは頭を抱えた。「生徒会室の空調が壊れたら、明日の会議が」
その時、生徒会室のドアが蹴破られた。
「おい、誰か空調止めたのか?」
泥だらけの作業着を着た男子生徒が入ってきた。リアクトル・トニトルスだった。
「地下配線室の電圧計が異常値出してるんだけど」
トランスは驚いた。「リアクトル?なんでお前が?」
「特待生の仕事だよ」リアクトルは工具箱を床に置いた。「校内の配線トラブルは全部俺の担当」
彼は天井を見上げた。「ああ、やっぱり空調か。どうせ配線が腐ってショートしたんだろ」
リミッタは彼を見つめた。「あら、あなたは確か……同じクラスのリアクトルさんですわね」
「ああ」リアクトルは頷いた。「お嬢様も生徒会入ったのか」
「ええ」リミッタは微笑んだ。「会計を担当していますわ」
「ふーん」リアクトルは脚立を広げた。「じゃあ、邪魔しないでくれよ。すぐ直すから」
「待ってください」リミッタは手を上げた。「その配線、どう修理なさるおつもりですの?」
「は?」リアクトルは振り向いた。「普通に繋ぎ直すだけだよ」
「普通に、ですって?」リミッタは目を細めた。「配線のルート設計を確認なさいましたか?」
「そんなもん確認しなくても分かるよ」リアクトルは脚立に登った。「現場見りゃ一発だ」
リミッタは眉をひそめた。
「現場、ですって?」彼女は立ち上がった。「配線図も確認せずに修理なさるおつもりですの?」
「配線図なんか見なくても、電流の流れは分かるんだよ」
リアクトルは天井のパネルを開けた。「お嬢様には分からないだろうけどな」
リミッタの瞳が冷たく光った。「あら。わたくしの計算した最適な電圧を、あなたの無駄な電流で乱さないでいただけます?」
リアクトルは手を止めた。「なんだと?」
「この配線」リミッタは配線図を広げた。「最短ルートで繋げば、抵抗は最小化されます。なぜわざわざ遠回りなルートを選ぶのですか?」
「遠回り?」リアクトルは脚立から降りてきた。
「お嬢様、現場の負荷を分かってねえな」彼は配線図を指差した。「ここはあえて余裕を持たせないと、過電圧で焼き切れるんだよ!」
「過電圧?」リミッタは鼻で笑った。「100万ボルトの制御もできない未熟な回路ですこと」
リアクトルの顔が赤くなった。「未熟だと!?お前こそ、理論ばっかで現場知らねえだろ!」
「理論がなければ、現場も成り立ちませんわ」
リミッタは冷ややかに答えた。「あなたのような無秩序な配線では、効率が悪すぎます」
「無秩序?」リアクトルは工具箱を蹴った。「繋がりゃいいんだよ!お前の完璧な理論より、俺の泥臭い現場の方が確実なんだよ!」
「確実?」リミッタは微笑んだ。「では、その確実な現場で、なぜこの空調はショートしたのかしら?」
リアクトルは言葉に詰まった。
トランスは二人の間で頭を抱えていた。
「二人とも、やめて!」彼は叫んだ。「生徒会室でオームの法則バトルしないで!僕の胃壁がショートする!」
リミッタとリアクトルは同時にトランスを見た。
「会長、黙ってて」リアクトルは言った。
「トランス様、お静かに」リミッタは言った。
トランスは椅子に座り込んだ。(二人とも息ぴったりじゃないか……!)
リミッタは配線図を指差した。「この配線、第三系統から第五系統へ最短ルートで繋げば、抵抗は4オームです」
「だから!」リアクトルは反論した。「現場は計算通りにいかないんだよ!負荷が偏ったら、4オームじゃ足りねえんだ!」
「ならば」リミッタは目を細めた。「負荷の偏りを計算すればよろしいでしょう」
「計算?」リアクトルは呆れた。「お前、現場で負荷が変動するのを、いちいち計算すんのかよ?」
「当然ですわ」リミッタは微笑んだ。「リアルタイムで計算し、最適化します」
リアクトルは黙った。そして、小さく笑った。「お前……マジで言ってんのか?」
「ええ」リミッタは頷いた。「わたくしの計算は、常に正確ですわ」
リアクトルは彼女を見つめた。冷徹な瞳。完璧な姿勢。そして、揺るがない自信。
「なあ、お嬢様」リアクトルは言った。「お前、現場見たことあんのか?」
「ありませんわ」リミッタは即答した。「でも、理論があれば十分です」
「じゃあ」リアクトルは脚立を指差した。「登ってみろよ。この配線、実際に触ってみろ」
リミッタは少し黙った。そして、脚立に近づいた。「分かりましたわ」
彼女は優雅に脚立を登った。天井のパネルに手を伸ばし、配線に触れる。
「どうだ?」リアクトルは下から見上げた。
リミッタは配線を握った。そして、僅かに目を見開いた。「……振動していますわ」
「そうだ」リアクトルは頷いた。「負荷の不均衡で、配線が共振してる。これ、配線図には載ってねえだろ?」
リミッタは黙った。確かに、配線図には振動のデータはない。
「現場はな」リアクトルは続けた。「理論通りにいかないんだよ。だから、余裕を持たせる。無駄に見えても、それが現場を守るんだ」
リミッタは配線から手を離した。そして、脚立を降りた。
「……分かりましたわ」彼女は静かに言った。「あなたの言う通り、現場には理論だけでは見えないものがありますわね」
リアクトルは驚いた。「お前……認めるのか?」
「事実は事実ですわ」リミッタは微笑んだ。「ただし」
彼女は目を細めた。「理論がなければ、現場も最適化できません。あなたの現場感覚と、わたくしの理論。両方があれば、完璧な配線が作れますわ」
リアクトルは黙った。そして、小さく笑った。「……まあ、そうかもな」
トランスは二人を見ながら呟いた。(なんだこの状況……バチバチやり合ってたのに、急に息が合ってる……!)
「では」リミッタは配線図を広げた。「協力して修理しましょう。わたくしが最適ルートを計算します。あなたが現場で実装してください」
「ああ」リアクトルは工具箱を開けた。「お前の計算、信じるよ」
二人は配線図を囲んだ。リミッタが計算し、リアクトルが頷く。
トランスは椅子に座ったまま、腹部を押さえた。(なんで、僕の許嫁が、同級生のヤンキー技術兵と、こんなに息が合ってるんだ……?)
胃が、キリキリと痛んだ。
◇
一時間後。空調は完璧に修理された。
「よし」リアクトルは脚立から降りた。「これで大丈夫だ」
「ええ」リミッタは頷いた。「完璧な配線ですわ」
空調が再び動き出し、生徒会室に涼しい風が流れた。
「やった!」トランスは立ち上がった。「これで明日の会議も大丈夫だ」
リアクトルは工具箱を片付けた。
「じゃあ、俺は帰るわ」彼はリミッタを見た。「また何かあったら、呼んでくれ」
「ええ」リミッタは微笑んだ。「ありがとうございました、リアクトル」
リアクトルは少し照れくさそうに笑った。「別に。仕事だし」
彼は生徒会室を出ていった。
トランスはリミッタを見た。「リミッタさん、君……リアクトルと、仲良くなったね」
「仲良く?」リミッタは首を傾げた。「ただ、協力しただけですわ」
「そっか」トランスは溜息をついた。(ただの協力に見えなかったけどな……)
リミッタは紅茶を淹れた。「トランス様、お疲れ様です」彼女はカップを差し出した。「どうぞ」
「ありがとう」トランスは紅茶を受け取った。(この子、本当に僕の許嫁なのに……)
彼は胃薬を取り出した。
「また胃痛ですの?」リミッタは心配そうに尋ねた。
「うん」トランスは苦笑した。「最近、ちょっと色々あってね」
リミッタは微笑んだ。「お大事になさってくださいませ」
窓の外、カレントリアの夕日が沈んでいった。生徒会室には、最適化令嬢と、ヤンキー技術兵と、不憫な会長の、新しい関係が生まれていた。
そして、トランスの胃痛は、これからも続くのだった。
カレントリア王立技術高校パロディ特典小冊子『オームの法則バトル』完
【著者あとがき(令嬢V名義)】 読者の皆様、「リミッタとリアクトルの息がぴったりでときめきました」といったご感想をいただき、誠にありがとうございます。ですが、あれは恋愛ではありません。電圧(V)と電流(I)が完璧に噛み合い、最大電力(P)を生み出すという、純粋な電気工学の現象を言語化しただけですわ。わたくしたちがバチバチと火花を散らす横でトランス様が頭を抱えているのも、疑似三角関係などではなく、『変圧器』としての正常な過負荷反応です。どうか、物理法則として美しくお読みくださいませ。
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