最適化令嬢
第7話
『転校生は最適化令嬢』
カレントリア王立技術高校パロディ特典小冊子
『推しの映像と引き換えに敵国に売られた16歳の私ですが、電子回路の知識で宰相府を最適化していたら裏社会の女王になっていました~今さら宗主国の磁場王が「返して」と言っても、もう遅いですわ~』
【第1話】
ソルフィア暦1282年4月1日。カレントリア王立技術高校、2年A組。
新学期初日の朝、教室は新入生歓迎の準備と久しぶりの再会で賑わっていた。窓際の席では、泥だらけの作業着を着た男子生徒が机に突っ伏して寝ていた。リアクトル・トニトルス。特待生として入学したが、初日から遅刻常習犯の問題児である。
「おはよう、リアクトル」クラスメイトが声をかけた。「また地下配線室で徹夜したのか?」
「うるせえ」リアクトルは顔も上げずに呟いた。「昨日の漏電修理、朝までかかったんだよ」
「新学期初日から仕事かよ」別の生徒が笑った。「お前、本当に高校生か?」
「特待生の義務だ」リアクトルはようやく顔を上げた。「それより、担任はまだか?」
その時、教室のドアが開いた。担任教師が入ってくる。後ろには、見慣れない女子生徒が立っていた。
教室が、静まり返った。
淡いラベンダー色の制服に身を包んだ少女。整った顔立ち、肩まで伸びた栗色の髪、そして冷徹な青い瞳。彼女は優雅に教室を見渡すと、黒板の前に立った。
「皆さん、おはようございます」担任が言った。「今日から我がクラスに、転校生が加わります」
ざわめきが広がる。リアクトルも目を覚まし、前を見た。
「自己紹介をどうぞ」
少女は一礼した。「初めまして。ゼルフィア特区ソレラント公国より参りました、リミッタ・エラスタンス・ソレラントと申します」彼女は微笑んだ。「至らぬ点も多いかと存じますが、どうぞよろしくお願いいたします」
教室が、どよめいた。「ゼルフィア?」「公国?」「お嬢様?」
リアクトルは眉をひそめた。(なんだあの令嬢。こんな技術高校に何しに来たんだ?)
「リミッタさんの席は」担任が教室を見回した。「そうだな、リアクトル君の隣が空いている。あそこでいいか?」
リミッタは頷いた。「はい、ありがとうございます」
彼女は優雅に歩き、リアクトルの隣の席に座った。制服から漂う石鹸の香り。リアクトルの泥だらけの作業着とは対照的だった。
「よろしくね」リミッタは小さく微笑んだ。
「ああ」リアクトルは素っ気なく答えた。
◇
ホームルームが終わり、一時間目が始まる。理科の授業だった。担当教師は、ソルダ・サイリスタ。カレントリア王立技術高校で最も厳しいと言われる教師である。
「さて」ソルダは教壇に立った。「新学期初日だが、早速実験を始める」
彼は黒板に回路図を描いた。「これは基本的な直流回路だ。電圧、電流、抵抗の関係を理解しているか?」
生徒たちが頷く。リアクトルは興味なさそうに窓の外を見ていた。
「では」ソルダは続けた。「この回路の電流値を計算してみろ。リアクトル」
「はいはい」リアクトルは面倒くさそうに答えた。「電圧12ボルト、抵抗4オーム。電流は3アンペアだろ」
「正解だ」ソルダは頷いた。「では、転校生のリミッタさん。この回路の電力を求めてみなさい」
リミッタは立ち上がった。「電力は電圧と電流の積ですから、12ボルト掛ける3アンペアで、36ワットです」彼女は淡々と答えた。
「正解」ソルダは満足げに頷いた。「座りなさい」
リミッタが座ると、リアクトルが小声で言った。「お嬢様、意外と頭いいんだな」
「意外、ですって?」リミッタは冷ややかに答えた。「この程度の計算、中学生でもできますわ」
「はあ?」リアクトルは眉を上げた。「じゃあ、もっと難しい問題も解けるのかよ」
「当然ですわ」リミッタは微笑んだ。「あなたこそ、オームの法則しか知らないのではなくて?」
リアクトルの顔が強張った。「なんだと?」
「静かに」ソルダが二人を睨んだ。
◇
昼休み。リアクトルは食堂でパンを齧りながら、朝の出来事を思い出していた。
「なあ、リアクトル」クラスメイトが声をかけてきた。「転校生、すごいお嬢様だな」
「ああ」リアクトルは面倒くさそうに答えた。「鼻につくタイプだ」
「でも頭いいぞ?」別の生徒が言った。「午前中の数学のテスト、満点だったらしい」
「マジかよ」リアクトルは呆れた。「お嬢様の癖に、やるじゃねえか」
その時、食堂のドアが開き、リミッタが入ってきた。彼女は優雅にトレイを持ち、空いている席を探している。しかし、どの席も既に埋まっていた。
「あら」リミッタは困ったように周囲を見回した。
リアクトルは溜息をつくと、手を上げた。「おい、こっち空いてるぞ」
リミッタは少し驚いたようだったが、頷いて彼の向かいに座った。「ありがとうございます」
「別に。空いてるだけだ」リアクトルはパンを齧った。「それより、お前、本当にゼルフィアから来たのか?」
「ええ」リミッタは頷いた。「ソレラント公国という小さな国ですわ」
「小さいって言っても、公国だろ?」リアクトルは首を傾げた。「なんでそんなお嬢様が、こんな技術高校に?」
リミッタは少し黙った。そして、静かに答えた。「わたくし、共学の高校に通いたかったんです」
彼女は微笑んだ。「ゼルフィアでは女子校でしたから」
「共学がいいって?」リアクトルは意外そうに言った。「お嬢様なんだから、もっと格式高い学校があっただろ」
「ええ」リミッタは頷いた。「でも、わたくしは普通の高校生活を送りたかった」
彼女は窓の外を見た。「同世代の男子と机を並べて、普通に学びたかったんです」
リアクトルは、彼女の横顔を見た。冷徹な表情の奥に、何か寂しげなものが見えた気がした。
「ふーん」彼は言った。「まあ、頑張れよ」
「ありがとうございます」リミッタは微笑んだ。
◇
放課後。リアクトルは地下配線室に向かった。昨日の漏電修理の続きがある。階段を降りると、誰かの足音が聞こえた。
「誰だ?」
「わたくしですわ」リミッタが階段を降りてきた。「あなた、ここで何をしているんですの?」
「配線の修理だよ」リアクトルは工具箱を開けた。「昨日ショートしたんだ」
「まあ」リミッタは興味深そうに近づいてきた。「見せていただいてもよろしくて?」
「好きにしろ」リアクトルは配線を引っ張り出した。「ただし、邪魔すんなよ」
リミッタは黙って彼の作業を見ていた。リアクトルが配線を繋ぎ直し、電圧を測定する。
「ちょっと待ってくださいな」リミッタが口を開いた。「その配線、逆ですわ」
「は?」リアクトルは顔を上げた。
「プラスとマイナスが逆ですわ」リミッタは指差した。「そのまま電流を流したら、また漏電しますわよ」
リアクトルは配線を確認した。確かに、逆だった。
「マジかよ」彼は呆れた。「気づかなかった」
「わたくしが見ていてよかったですわね」リミッタは微笑んだ。「あなた、現場の技術は優れているようですが、理論が少し弱いのでは?」
「うるせえ」リアクトルは配線を繋ぎ直した。「お前こそ、理論ばっかで現場知らないだろ」
「確かに」リミッタは頷いた。「でも、理論がなければ現場も成り立ちませんわ」
リアクトルは黙った。確かに、その通りだった。
「まあ」彼は工具箱を閉めた。「お前の言う通りかもな」
「あら」リミッタは驚いたように目を丸くした。「素直に認めるんですのね」
「事実は事実だ」リアクトルは立ち上がった。「ありがとな、助かった」
リミッタは微笑んだ。「どういたしまして」彼女は続けた。
「これから、よろしくお願いしますわ、リアクトルさん」
「ああ」リアクトルは頷いた。「こっちこそ」
二人は地下配線室を出た。夕日が校舎を照らしている。
「なあ、リミッタ」リアクトルが声をかけた。「お前、本当にここでいいのか?」
「どういう意味ですの?」
「お嬢様なんだから、もっと楽な学校があっただろ」リアクトルは続けた。「ここは技術高校だ。現場作業も多いし、泥だらけになることもある」
リミッタは立ち止まった。そして、静かに答えた。「それでいいんです」彼女は微笑んだ。「わたくし、ゼルフィアでは女子校で、政略結婚の話もあって、自由がありませんでした」
彼女は続けた。「でも、ここなら。共学で、普通の学生として、自分の意志で学べる」
リアクトルは、彼女の目を見た。そこには、強い意志が宿っていた。
「そっか」彼は言った。「なら、頑張れよ」
「ええ」リミッタは頷いた。「あなたも」
二人は校門を出た。カレントリアの夕空が、二人を照らしていた。
◇
生徒会室。トランス・サイリスタは書類の山に埋もれていた。生徒会長として、新学期早々やることが山積みだった。
「会長」副会長が声をかけた。「2年A組に転校生が来たそうですね」
「ああ」トランスは疲れた顔で頷いた。「ゼルフィアから来たお嬢様らしい」
「聞きましたよ」副会長は続けた。「リミッタ・エラスタンス・ソレラントさん。成績優秀で、生徒会に勧誘したらどうかって話が出てます」
「生徒会に?」トランスは顔を上げた。「まあ、優秀な人材は欲しいけど」
その時、生徒会室のドアがノックされた。
「どうぞ」
ドアが開き、リミッタが入ってきた。
「失礼いたします」彼女は一礼した。「生徒会長のトランス様でいらっしゃいますか?」
「ああ」トランスは立ち上がった。「君が転校生の?」
「はい」リミッタは微笑んだ。「リミッタ・エラスタンス・ソレラントと申します」
トランスは彼女を見つめた。整った顔立ち、優雅な立ち振る舞い、そして冷徹な青い瞳。
(なんだこの子。ただのお嬢様じゃない)
「それで、何の用かな?」トランスは尋ねた。
「生徒会に入りたいのですが」リミッタは答えた。「募集はしていらっしゃいますか?」
「もちろん」トランスは頷いた。「でも、生徒会は仕事が多いよ?転校初日から大丈夫?」
「大丈夫ですわ」リミッタは微笑んだ。「わたくし、効率化と最適化が得意ですから」
トランスは、嫌な予感がした。
(この子……もしかして、生徒会を最適化する気か?)
「じゃあ」彼は言った。「まずは会計から始めてもらおうかな」
「承知いたしました」リミッタは優雅に一礼した。「精一杯努めさせていただきますわ」
トランスは溜息をついた。
(新学期早々、胃が痛くなりそうだ)
◇
リミッタは生徒会室を出ると、廊下で立ち止まった。窓から見える校庭。夕日に照らされた技術高校。
「ここなら」彼女は呟いた。「わたくしの理想の青春が、送れるかもしれませんわね」
彼女は微笑んだ。そして、階段を降りていった。
カレントリア王立技術高校の、新しい一日が終わろうとしていた。
カレントリア王立技術高校パロディ特典小冊子『転校生は最適化令嬢』完
【著者あとがき(令嬢V名義)】 第1話でお読みいただいた「4月1日からの共学での新学期」は、わたくしが本来送るべきであった、最も最適化された学生生活のシミュレーションです。現実のわたくしは、某大国の王の「推しの映像欲しさ」という理不尽極まりない取引のせいで、4月半ばに女子校の檻へ押し込まれましたが。 なお、リアクトルが泥だらけでガラの悪い不良として描かれているのは、あくまで『お嬢様と不良』という市場のニーズに合わせたマーケティング戦略ですわ。現実の彼は、もう少しだけ真面目な『電流』ですのよ。
