最適化令嬢



第6話
『共学という夢』

ソルフィア暦1282年3月。カレントリア王国首都コンダクタール、サイリスタ家の邸宅。リミッタ・エラスタンス・ソレラントは、応接室のソファに座り、目の前に並べられた三つの学校案内パンフレットを見つめていた。

「さて、リミッタ嬢」ソルダ・サイリスタは眼鏡を押し上げた。「カレントリアでの高校生活について、相談したい」

「はい、ソルダ様」リミッタは背筋を伸ばしたまま答えた。

ソルダはパンフレットを一つ取り上げた。「カレントリア王立女子高等学院。王国で最も格式高い女子校だよ。君のような令嬢にふさわしい環境だと思うが」

リミッタはパンフレットに目を落とした。立派な校舎、制服姿の女子生徒たち、優雅な図書室。しかし、彼女の視線は別のパンフレットに移った。

「あの」リミッタは静かに言った。「わたくし、こちらの学校に興味があります」

彼女が指差したのは、三つ目のパンフレット。『カレントリア王立中央高等学院』。共学校だった。

ソルダの動きが止まった。「共学校?」

「はい」リミッタは頷いた。「カレントリアに来たのですから、この国の普通の高校生活を経験したいと思います」
彼女は続けた。「ゼルフィアでは女子校でしたから、同世代の男子と机を並べて学ぶ機会がありませんでした」

ソルダは眼鏡の奥の目を細めた。「リミッタ嬢、君には宰相府の実務を担ってもらう予定だよ」彼は淡々と続けた。
「共学校では、余計な人間関係が生まれる。それは実務の妨げになる」

「しかし」リミッタは反論した。「わたくしはまだ16歳です。実務も大切ですが、学生としての経験も」

「学生としての経験は、女子校でも十分に得られるよ」ソルダは即座に答えた。「むしろ、女子校のほうが落ち着いた環境で学業に集中できるんだ」

リミッタは唇を噛んだ。彼女は窓の外を見つめた。コンダクタールの街並み。カレントリア王国。新しい国。新しい人生。しかし、またしても女子校という閉鎖空間に閉じ込められるのか。



応接室のドアが開き、アルケイオン・エラスタンス・ソレラント公爵が入ってきた。リミッタの実父だった。

「父上」リミッタは立ち上がった。

「リミッタ」アルケイオンは娘の肩に手を置いた。「学校の件、ソルダ殿から聞いた」彼は続けた。
「お前、共学校を希望しているそうだな」

「はい」リミッタは父の目を見つめた。「カレントリアで、普通の学生生活を送りたいのです」

アルケイオンは深く息をついた。「リミッタ、お前はエラスタンス家の令嬢だ」彼は静かに言った。
「平民と机を並べるなど、我が家の格式に関わる」

「しかし、カレントリアは実力主義の国と聞きました」リミッタは反論した。「血統ではなく、技術で評価されると」

「それはそうだ」アルケイオンは頷いた。「だが、お前は貴族の娘であり、トランス殿の婚約者だ」
彼は続けた。「その立場を考えれば、女子校のほうが適切だ」

リミッタは黙った。彼女はソファに座り直した。そして、三つのパンフレットを見つめた。女子高等学院、女子学園、そして中央高等学院。最後の一つだけが、共学だった。

「リミッタ嬢」ソルダは再び口を開いた。「君の気持ちは分かるよ。だが、現実を見てほしい」

彼は眼鏡を外し、レンズを拭いた。「君には、サイリスタ家の一員として、宰相府の実務を支える役割がある」
彼は続けた。「共学校で余計な人間関係を作れば、それは君自身の負担になる」

「余計な人間関係」リミッタは静かに繰り返した。「では、同世代の男子と話すことは、余計なことなのですか」

ソルダは眼鏡をかけ直した。「そうではない」彼は答えた。
「だが、優先順位がある。君の才能は、制御・復元・最適化だよ。その才能を、宰相府で発揮してもらいたい」

リミッタは深呼吸をした。彼女は父とソルダを交互に見た。二人とも、共学校を認める気はないようだった。



応接室のドアが再び開き、ダラフ・サイリスタが入ってきた。トランスの父であり、リミッタにとっては義理の父となる人物だった。

「失礼します」ダラフは丁寧に一礼した。「学校選びの件、兄から聞きました」

「ダラフ殿」アルケイオンは頷いた。「ご意見を伺いたい」

ダラフはリミッタを見つめた。「リミッタ様、共学校を希望なさっているとか」

「はい」リミッタは答えた。「カレントリアで、普通の学生生活を」

「なるほど」ダラフは頷いた。「お気持ちは理解できます」
彼は続けた。「しかし、兄の方針に従うべきだと思います」

リミッタの肩が落ちた。

「女子校のほうが、安全です」ダラフは静かに言った。「共学校では、様々なトラブルが起こりえます」
彼は続けた。「リミッタ様は、トランスの婚約者です。その立場を考えれば、女子校で落ち着いて学業に励むのが最善です」

リミッタは俯いた。彼女の手が、中央高等学院のパンフレットを握りしめた。

「リミッタ」アルケイオンは娘の肩に再び手を置いた。「お前の希望は分かった。だが、これは政略結婚だ」
彼は続けた。「お前はエラスタンス家の代表として、カレントリアに来た。その責任を果たすためには、女子校が適切だ」

リミッタは顔を上げた。「では、わたくしの希望は」

「却下する」ソルダは即座に答えた。「カレントリア王立女子高等学院に転校するんだ。来週、手続きを済ませる」

リミッタは深呼吸をした。彼女は立ち上がった。「承知いたしました」
彼女は静かに言った。「カレントリア王立女子高等学院に転校いたします」
三人の男性は満足げに頷いた。

「よろしい」ソルダは立ち上がった。「それでは、転校手続きを進める」彼は続けた。
「学業と並行して、宰相府での実務も開始してもらう」

「はい、ソルダ様」リミッタは一礼した。



応接室を出て、廊下を歩きながら、リミッタは窓の外を見つめた。コンダクタールの街並み。どこかに、共学の高校があるはずだった。同世代の男子と女子が、同じ教室で学び、笑い合っている。

「わたくしには、それが許されないのですね」リミッタは呟いた。

彼女は自室に戻った。机の上には、中央高等学院のパンフレットが置かれていた。彼女はそれを手に取り、表紙を見つめた。制服姿の男女が、校庭で笑顔を見せている写真。

「もしも」リミッタは呟いた。「もしも、わたくしが普通の学生だったら」
彼女はパンフレットを引き出しにしまった。そして、窓の外を見つめた。



ソルフィア暦1282年4月15日。リミッタ・エラスタンス・ソレラントは、カレントリア王立女子高等学院への転校手続きを完了した。彼女の希望した共学の高校生活は、幻となった。

しかし、その幻は、彼女の心の中に静かに残り続けた。そして数年後、その幻は一冊のラノベとなって、カレントリア全土に広がることになる。

『カレントリア王立技術高校』。共学の高校で、リミッタとリアクトルが同級生として机を並べる物語。
それは、16歳のリミッタが経験できなかった、もう一つの青春だった。


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