短い話まとめ

カメラ




 目の前に置かれた朝食で1枚、その朝食の厚焼き玉子を頬張る恋人で1枚。松本は24枚撮りの使い捨てカメラを使い切った。
 カメラを向けられることに慣れている様子の堂本は何も言わずに普段よりも豪勢な朝食を食べ進め、松本もカメラを机の端に置いて目の前の味噌汁を一口飲んだ。

「また買わないとな」
 堂本の視線は朝食に向けられていて表情は読めないが、口調は穏やかで。松本もそんな彼を見ずに「帰り、下で買ってから帰ろうかな」と言いながら箸を進める。
「まだ撮る気か」
 今度こそ松本を呆れたような表情で見つめる堂本だが、やはり口調は穏やかだった。


 旅館を後にして帰路につく車内、お互い無言のなかラジオからは流行りの曲が流れ、ずり落ちる眼鏡を左手で直して大きく口を開けあくびをする堂本と、そんな恋人を、先ほど土産屋で購入した使い捨てカメラで撮りながら松本は笑っている。

「そんな写真ばっかり撮って勿体ないだろ」
「そんなことないです。......本当は全部写真に残したいくらいです」
「全部?」
 うつむき少し痩せている頬を赤く染め、カメラを左手で握りしめて右手で顔を隠し、松本は「今のなしで......」と眉間に皺を寄せている。

「すけべだなぁ」
 堂本は目を細めて笑い、先行車も後続車もいない赤信号でキスをした。


 二人分の荷物を部屋に運んだ松本は、まずはじめに朝使い切ったカメラに日付けを記入して、それ専用に用意された箱に丁寧な手つきで並べ、優しいまなざしで眺めている。
 遅れて部屋に入った堂本はソファーに勢い良く横たわり、数十個とたまったカメラが入っている箱を眺める恋人にむけ両手を広げている。
 松本はくすくす笑いながら広げられた先に歩み寄るとその腕に包まれ、満足そうに顔をほころばせる堂本の髭を撫でた。

「いい加減に現像したらどうだ?」
「しませんよ。先生との思い出は全部覚えてるから」
「こら、先生って呼ぶのやめなさい」
「五郎さん」

 言い終わると同時にキスをした。

「長生きしてくださいね」
「お前も、な」

 抱きしめる堂本の腕に力がこもり、二人で笑いあった。



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