短い話まとめ


ともだち 一之倉くんと松本くん




 河田が結婚することになり、何か良い写真はないかと連絡をしてきて何年も見ていないアルバムを開いた。
そこには懐かしい顔や、今でもたまに会う顔が写っている。
 一ページに必ず三枚は写りこんでいる顔は、笑っていたり、ふざけていたり、寝ていたり表情豊かだ。そんな松本とは、もう会っていない。



 地元が近いって理由から、自然と話すことが多くて「こいつ、真面目だな」なんて思ってた。いつの間にか一緒にいるのが当たり前で、学校でも、部活でも、寮でも、松本の左隣は俺の定位置だった。
 松本がトイレに行くと言えばついて行き「女みてーだな」と笑い、俺がトイレに行くと言えば「仕方ねぇな」と笑いながらついて来る。
 一緒に買った大袋のチョコの中から松本が「これ、やるよ」と俺の好きなコーヒー味を寄越して、俺が「じゃあ、はいこれ」と嫌いなイチゴ味を渡す。ただ一緒にいるだけで面白かった。


 高校を決めたのは、過保護で過干渉な母親と離れたくて寮があるところを選んだ。
 小さい時からバスケをしていたから山王という存在は知っていて、母親は当然反対していたが頼み込み、父親の説得もあり渋々納得してくれた。

 バスケは楽しくても部活は厳しくて、それでも弱音は吐かなかったし逃げることもしなかった。そんな事をしたら「おかえり」「やっぱり無理だったでしょう」と母親が優しく微笑むのが想像できた。
 松本は他の部員と今日は辛かったと話はしても逃げることはなくて、誰よりも真剣に取り組んでいた。高校三年間で唯一負けた試合の後も、お互い何も言わず、ただ隣にいた。

 急性盲腸炎で救急車で運ばれた時、前日から腹に違和感があったと話すと松本は「俺にくらい何でも言えよ。気付かなくてわりぃ」と寂しそうに言った。
 俺も同じことを思ったけど。「わかった」とだけ返事をした。
 それ以来、松本に何でも話したと思う。母親のこと、犬の散歩をする可愛い女の子のこと、たまに傷跡が痒くなること、野辺の字が汚すぎて自分でノートを取るしかないこと、真剣な話からくだらない話まで、全て話した。
 松本も、俺にたくさん話した。生真面目は父親に似たこと、散歩している犬が誇らしげに歩く姿が可愛いこと、授業中の河田が鼻をつまんで息を止めて眠気と戦っていること、でも松本は全て話さない。ずっと一緒にいる俺に、隠し事なんか出来るわけないのに。


 別々の大学に進学して、松本はバスケを続けて俺は辞めた。
 バスケは好きだったけど、やりたい事や興味のある事が多くて続けるつもりはなかったし、母親の関心も年の離れた姉に子供が生まれて俺は解放された。

 松本はバスケ、俺はバイト。お互い忙しく過ごす中で、松本は大学では特別仲の良い奴を作らず、俺もやっぱり松本と一緒にいるのが面白かった。

 酒を飲むようになると、ゴキブリが住む美味くて安い焼鳥屋によく通った。味も分からないくせに金を出し合い高級なウィスキーを買って、味も分からないまま飲みきった。
 いつかの俺の誕生日、当日に彼女に振られて、松本と甘ったるいケーキを酒で胃に流し込んだ。
 いつかの松本の誕生日、当日は連絡が取れなくて、翌日に酒とケーキの混ざり物を松本の背中に浴びせてしまい、本気で泣いた松本を今でもよく覚えてる。

 いつだったか、いつものように酒をあおり、珍しく松本の方が先に酔いつぶれた日があった。背負うことが出来ない俺は公園のベンチまで引きずるように連れて行った。
 ベンチで俺にもたれながら「⋯⋯辞めるんだって」と呟いて松本はすぐに眠ってしまい、二人で朝までベンチで寝過ごした翌日「なんの事だ?」と呆けた顔で言っていた。一ヶ月後、野辺から監督が今年で学校を辞めると聞かされて、「松本は絶対に、絶対に酔うまで飲むな」と言い聞かせ、約束をした。


 俺が彼女と喧嘩して松本に愚痴っている時に、つい「お前はどーなんだよ」と苛立ちをぶつけたが、松本は「知ってんだろ、誰もいねーよ」と苦笑いするだけだった。

 ああ、知ってるよ、高校の時から堂本を好きなこと。

 どれだけ一緒に、どれだけ長く隣にいると思ってるのか。知らないはずがないだろう。
 きっと、そういう仲なのも知ってるよ。堂本が辞めるのを知っていたのは松本だけだから。
 でも酔って口滑らせて知らされたくなんかない。「言うの遅すぎ」って茶化してやるから、お前の口から聞かせろよ。嘘の似合わない顔で平然と嘘をつく。
 腹が立って「俺はお前の友達じゃないのかよ」と言った時の松本の悲しそうな顔も、よく覚えてる。



 それでも何も言わなかった松本に「もういーわ」と言い残して、それ以来会っていない。
 一緒にいた分恨んだし、隣にいた分苦しんだ。俺は何でも話したけど、松本は違う。隣に思い浮かべるのは俺じゃない。

 今なら少しは分かってやれる、人には誰にも言えない事や、知られたくない事がある。
 きっと本当は言いたかったと思う。俺がよく話したように、堂本のどこが好きか、どんな喧嘩をしたか、どんな風に過ごしてるのか、聞いてやりたかった。大切な人を守り抜く松本を、ずっと見守ってやりたかった。
 俺の話を聞いてくれてありがとう。お前の話を聞いてやれなくてごめん。



 アルバムから数枚写真を抜き取った。どれも、松本の左隣には俺がいて、二人とも笑ってる。
 松本は、幸せだろうか?もう会うことはなくても、いつまでも幸せであって欲しいと願った。



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