短い話まとめ
ともだち 松本くんと一之倉くん
大学卒業と同時に、高校時代の苦楽を共にした仲間との関係を自ら絶った。
同窓会の案内がきたと伝えられても反応の薄い自分をみて、本当は辛い高校生活だったのか?と両親を悩ませてしまう時期もあった。
そんな両親も、歳を重ねるごとに何も変化がみられない息子の私生活に堪らず口出しするようになり、そして諦め、連絡をしてこなくなった。
高校を卒業して十年以上が経ち、数年ぶりに再会した河田の肉体は逞しくなっていて、つい「でかくなったなー!」と芸能人を前にした中年女性のように声を上げ、はしゃぎ、筋肉を触ってしまった。
俺も隣に座る大柄な男も会わない間に酒の飲み方を知り、懐かしくも新鮮で和やかに、この場を楽しむことが出来ている。
河田がニヤリとしながらもうすぐ結婚すると話し、素直に祝福の気持ちが湧いてくる。
他の奴には絶対に見せないという、外国の青空の下で河田と恋人の肉体が美しく際立つ、体の線を隠さない服装で組体操のような、アクロヨガというらしいポーズをきめている写真を数枚、見せてくれた。
真顔の河田が祈りを捧げるような写真もあり、予想外の写真で思わず笑いそうになるのを目頭をおさえ堪える。「笑えるだろ」と酒を飲みながら話す河田は幸せそうだ。
偶然再会して誘われ、飲み交わすのも悩んだが、こうやって笑い合えるのは河田の器の大きさのおかげだ。
ふと、一番の友人だった男を思い出す。
一緒にいるのが当たり前だった。話をしていても逸れていき最終的に何の話だったのか分からなくなったり、お互いを一番理解しているからこその悪口を言い合い、しかし他の奴が言うと許さない。
仲間であり一番の友人だった。他の仲間とは違い、自分達の関係は一之倉から終わらせた。
高校時代、誰にも言えない感情をもち一喜一憂している姿を一之倉は一番近くでみていた。何に喜び、悲しんでいるかは聞かず「浮かれてんじゃん」「辛気臭い」とあえて軽口を叩いたり、何も言わず隣に居てくれる、そんな一之倉に救われていた。
酒が許される歳になり、酒の飲み方を知らない俺達は高校を卒業しても、トイレで、道路で、背中をさすり、介抱する関係で。一之倉が酔いつぶれ、背負って歩く俺に盛大に嘔吐した時は本気で泣いたし、一之倉も素直に謝った。
何年も何かを隠す様子に、我慢の限界だったのだろう。「俺はお前の友達じゃないのかよ」と言われ、何も応えることが出来なかった。拳を握り締め震える声で「もういーわ」と言った一之倉の姿を、今でもたまに思い出す。
色々なものを捨てて、生きてきた。捨てるたびに、失うたびに、幸せになる資格などないと生きてきた。
「なぁ松本、今幸せか?」
店を出て、そう聞かれた。どんな顔をしていたか分からないが、答える前に「まぁ、幸せならえがったわ」と河田は笑い、タクシーに体を小さくしながら乗り込んだ。
何となく歩きたい気分で、街行く人を視界の端に感じながら帰路につく。足取りは少し軽くて、長年巻き付けていた鎖が解かれた気分だった。
一之倉は、幸せだろうか。もう会うことはなくとも、一番の友人が幸せであって欲しいと願った。
ソファーに寝転がり眠っている恋人の手から落ちたであろう本が床にあり、その本は高校時代に借りて読んだことがある。借りた時にメモを差し込み、それは今も本の間にはさまれていて、本を読むたびに古びたメモを眺める恋人が好きだ。
「五郎さん、こんなところで寝てたら風邪引きますよ」
「んー⋯⋯あぁ、おかえり」
笑った恋人の目尻に刻まれたシワに触れた。きっとこれからも、このシワが増えていくたびに幸せを感じていく。心の中で一番の友人に、俺は幸せにやってるよ。そう伝えた。