短い話まとめ
やきもち
眉尻を下げ無言でこちらを見つめる瞳は、明らかに不満を訴えている。猫背にあぐらで座る姿は、普段の松本を知る者からすれば想像がつかないだろう。
二人で過ごした時間の分、距離もずいぶん縮まった。
はじめて家に招いた日は、背中に定規を入れているかのように背筋を伸ばし正座していた。周りを見る余裕もなく、真っ直ぐまえを向き固まる松本の緊張をほぐすのに苦労したことを思い出す。
年相応に貞腐れている様子が可愛らしくて、つい頬が緩みそうになるが、それでは不満が膨らむのは明白だ。松本の好きな梅こんぶ茶を入れながら、なにかしたかと考えたがまったく見当がつかなかった。
「可愛いな」
「は、なにを急に」
「そんな顔して……なにふくれてるんだ?」
「……はぁ」
どの程度の不満なのか探りをいれると、大きなため息をつき両手で顔を隠し俯いてしまった。可愛いという予想していなかった言葉に照れているのか、耳がほんのり色づいている。からかいたい衝動に駆られるが、なにを訴えたいのかはわからないままだ。せっかくの時間は大切にしたい。
テーブルに梅こんぶ茶を置いて、松本の後ろにまわり抱きしめた。
石鹸と松本の香りがして、自然と吸い寄せられてしまう。うなじに髭が触れると小さく体を反応させるが、なにも言わないままで、それをいいことに何度も唇を押しつけた。
しばらく沈黙していたが、どうやら観念したようだ。松本はふたたび大きくため息を吐いた後、向かいあうように座り直した。不満を訴えていた瞳は、今では寂しさを滲ませている。まるで飼い主が出かけて行くのを寂しそうに見送る子犬のようだ。
ぽつりと。少し尖らせた薄い唇から、言葉が漏れた。
「⋯⋯チョコ」
「ん?」
「部活前に、女子から貰ってましたよね。食べたんですか?」
鞄に入ったままのそれを思い出す。同時に、松本がなにに不満を持っているのかがわかり、今度ばかりは口角が上がるのを防げなかった。
二月十四日、少年少女達にとっては心弾む特別な日だ。すっかり大人になった今は、過去を懐かしみながら浮かれた生徒達を見守る立場で、対象ではないつもりだった。問われたように女子生徒から貰ったが、だからといって、そんな目で見ることもない。
さて、目の前の寂しがり屋の可愛い子犬のご機嫌を取るにはどうするか。
恋人が来訪することに浮かれ、部屋を片づけるうちに鞄から取り出すことさえ忘れていたと伝えれば、その少し尖らせた唇に触れることが許されるだろうか。
試してみるのも悪くないと手を伸ばした。
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「松本、ほら。ハッピーバレンタイン」
「貰ったやつじゃないですか……最低ですよ」
「はは、嫌いになったか?」
「……なった」
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「嫌いな奴ともキスできるんだな」
「嫌いになんか」
「好きだよ」
「オレも⋯⋯好きです」
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