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いつからだろう。「仕方ない」が口癖になっていた。どうしようもないのだから、諦めるしかない。感情に蓋をし、納得するしかない。本当は嫌だけれど。怒っているけれど。悲しいけれど。
日常生活に疲れていた。自分がこの世で一番不幸だとか、可哀想だとは思わない。でも私にはこれ以上抱えきれない。抱えたくない。
深夜の空気は冷たく、日中より綺麗に感じた。ギンは、ぐっと空気を吸い込み息を吐き出す。だが、それは深呼吸にもならなかった。気分転換にと購入したコンビニの袋も、今は重く感じる。
思考もままならない。誰でもいいから。
そう考えた時、頭上から声がした。
「あのー。もしかして、助けを求めてます?」
顔を向けると、黒づくめの青年が宙に浮いている。ギンの顔をじっと見ており、思わずギンも青年を凝視する。
「オレちゃんはブラック!悪魔系ヨーチューバーです!ふらついた様子なので、どうしたのかと思って声をかけました」
「……悪魔?えと、ぶ…」
「ブラックです」
ブラックと名乗る青年は、笑顔を崩さずに続けた。といっても、笑っているのは口元だけだ。
「こんな夜中に一人は危ないですよ。どうしたんです?」
首を傾げながらギンを見つめる。
悪魔でありブラックだと名乗る青年。怪しいが、宙に浮いているのを見ると信じないわけにもいかない。
むしろ、悪魔ならば都合が良いかもしれない。誰でもいいと言いつつも、他の人には話せないのだから。
ギンは藁にも縋る思いで、目の前の悪魔、ブラックに悩みを吐露した。
「なるほど。ギンさんはその人たちに困っていると。それで、どうしたいですか?」
ブラックにギラリと見つめられるが、口に出すのは憚られる。
大きな丸い目から逃れるように、ギンは視線を落とした。
「オレちゃん悪魔なんで。ギンさんがしたいことも、きっと叶えられますよ。そうですね…」
ブラックの纏う空気が重くなる。終始笑顔なのは変わらないはずだが、興奮を抑えられないかのように笑っている。
「ギンさんの言うことには従うようにしたり…相手が悪い未来を選ぶようにしたり…。あなたなら、鬼ヤバ動画が撮れそうです……!!」
気付けば、ギンとブラックの距離は僅かになっていた。ブラックは両腕を伸ばし、その手をギンの両頬へと添える。
手袋越しに伝わる指の感触。驚く暇もなく、ブラックによって顔を上げられ、瞳孔の開いた目に映る自分を見た。
「オレちゃんと、契約しませんか?」
尖った歯の隙間から赤い舌を覗かせる悪魔の囁きに、ギンの喉奥がヒュ、と鳴く。
張りつめた空気の中、ボトリ、と落ちる音がし、二人の視線が足元へと向かう。
ブラックはゆっくりとギンから手を離すと、コンビニの袋を拾い上げた。
「家まで送ります」
先程とは一変、ブラックは軽い口調で言った。
ギンは断ったが、結局強引さに負けてしまい、自宅までの道を並んで歩いている。
「ギンさん」
「は、はい」
「選択肢は沢山ある方がいいです。オレちゃんと契約したくなったら、いつでも言ってください」
気軽に話すブラックの姿に、先程の圧はなんだったのだろうとギンは考えた。だが、それも「悪魔だから仕方ない」と自身を納得させる。
選択肢は沢山ある方がいい。そう言われ、どうしようもなくなればこの悪魔に魂を売るでもなんでもすればいい、少なくとも現状は変わる、だって、私は一人では何もできないから。でも、この悪魔となら…。ギンはそう思った。
「ブラックさん」
「はい」
「ありがとうございます」
お礼を言われると予想していなかったブラックは、ギンの言葉に思わず固まった。だが、すぐにいつものように笑ってみせる。
「カカカッ。悪魔にお礼ですか」
人間は面白い。真実には気付けずに、目の前の事に懸命になる。彼女はいつか契約をすると言うだろうか。それとも耐え抜くだろうか。それとも、別の誰かを頼るのだろうか。…自分ではなく。
ギンは今、自身のデビルツールによって苦しんでいる。それはブラックにとって堪らなく嬉しいことだった。
契約者は彼女を苦しめている人だ。苦しんでいるのはギンだけではないが、彼女が一番の被害者だろう。
初めは、純粋に苦しむ姿を楽しんでいた。だが、次第に堪え忍ぶ姿に興味が湧いた。
諦めたように見せて、本当はこんなにも弱っていただなんて。なんていじらしいのか。
そろそろ契約者の裏側を撮ってもいい頃だが、先伸ばそうと決めた。
「ギンさん。また会いましょうね」
ギンの家に着き、ブラックはコンビニの袋を渡しながら言った。
丁寧なその様子と、久しぶりの優しさに触れたギンからは、悪魔といえどブラックへの恐怖心は消えかかっていた。
「…その、せっかくですし、コンビニのお菓子ですけど、一緒に食べませんか?」
「おや。いいんですか」
「ブラックさんが良ければ」
「オレちゃんは構いません」
ギンがブラックを頼り、求め、苦しみから解放された時。
どんな顔をしてくれるのだろう。
その為にやれる事がまだ沢山ある事を思うと、ブラックの口角は上がり、尖る歯がギラついた。
ギンは玄関の扉を開き、入るよう促す。
「おじゃましますね」
扉が閉じ、鍵の閉まる音が小さく響いた。
日常生活に疲れていた。自分がこの世で一番不幸だとか、可哀想だとは思わない。でも私にはこれ以上抱えきれない。抱えたくない。
深夜の空気は冷たく、日中より綺麗に感じた。ギンは、ぐっと空気を吸い込み息を吐き出す。だが、それは深呼吸にもならなかった。気分転換にと購入したコンビニの袋も、今は重く感じる。
思考もままならない。誰でもいいから。
そう考えた時、頭上から声がした。
「あのー。もしかして、助けを求めてます?」
顔を向けると、黒づくめの青年が宙に浮いている。ギンの顔をじっと見ており、思わずギンも青年を凝視する。
「オレちゃんはブラック!悪魔系ヨーチューバーです!ふらついた様子なので、どうしたのかと思って声をかけました」
「……悪魔?えと、ぶ…」
「ブラックです」
ブラックと名乗る青年は、笑顔を崩さずに続けた。といっても、笑っているのは口元だけだ。
「こんな夜中に一人は危ないですよ。どうしたんです?」
首を傾げながらギンを見つめる。
悪魔でありブラックだと名乗る青年。怪しいが、宙に浮いているのを見ると信じないわけにもいかない。
むしろ、悪魔ならば都合が良いかもしれない。誰でもいいと言いつつも、他の人には話せないのだから。
ギンは藁にも縋る思いで、目の前の悪魔、ブラックに悩みを吐露した。
「なるほど。ギンさんはその人たちに困っていると。それで、どうしたいですか?」
ブラックにギラリと見つめられるが、口に出すのは憚られる。
大きな丸い目から逃れるように、ギンは視線を落とした。
「オレちゃん悪魔なんで。ギンさんがしたいことも、きっと叶えられますよ。そうですね…」
ブラックの纏う空気が重くなる。終始笑顔なのは変わらないはずだが、興奮を抑えられないかのように笑っている。
「ギンさんの言うことには従うようにしたり…相手が悪い未来を選ぶようにしたり…。あなたなら、鬼ヤバ動画が撮れそうです……!!」
気付けば、ギンとブラックの距離は僅かになっていた。ブラックは両腕を伸ばし、その手をギンの両頬へと添える。
手袋越しに伝わる指の感触。驚く暇もなく、ブラックによって顔を上げられ、瞳孔の開いた目に映る自分を見た。
「オレちゃんと、契約しませんか?」
尖った歯の隙間から赤い舌を覗かせる悪魔の囁きに、ギンの喉奥がヒュ、と鳴く。
張りつめた空気の中、ボトリ、と落ちる音がし、二人の視線が足元へと向かう。
ブラックはゆっくりとギンから手を離すと、コンビニの袋を拾い上げた。
「家まで送ります」
先程とは一変、ブラックは軽い口調で言った。
ギンは断ったが、結局強引さに負けてしまい、自宅までの道を並んで歩いている。
「ギンさん」
「は、はい」
「選択肢は沢山ある方がいいです。オレちゃんと契約したくなったら、いつでも言ってください」
気軽に話すブラックの姿に、先程の圧はなんだったのだろうとギンは考えた。だが、それも「悪魔だから仕方ない」と自身を納得させる。
選択肢は沢山ある方がいい。そう言われ、どうしようもなくなればこの悪魔に魂を売るでもなんでもすればいい、少なくとも現状は変わる、だって、私は一人では何もできないから。でも、この悪魔となら…。ギンはそう思った。
「ブラックさん」
「はい」
「ありがとうございます」
お礼を言われると予想していなかったブラックは、ギンの言葉に思わず固まった。だが、すぐにいつものように笑ってみせる。
「カカカッ。悪魔にお礼ですか」
人間は面白い。真実には気付けずに、目の前の事に懸命になる。彼女はいつか契約をすると言うだろうか。それとも耐え抜くだろうか。それとも、別の誰かを頼るのだろうか。…自分ではなく。
ギンは今、自身のデビルツールによって苦しんでいる。それはブラックにとって堪らなく嬉しいことだった。
契約者は彼女を苦しめている人だ。苦しんでいるのはギンだけではないが、彼女が一番の被害者だろう。
初めは、純粋に苦しむ姿を楽しんでいた。だが、次第に堪え忍ぶ姿に興味が湧いた。
諦めたように見せて、本当はこんなにも弱っていただなんて。なんていじらしいのか。
そろそろ契約者の裏側を撮ってもいい頃だが、先伸ばそうと決めた。
「ギンさん。また会いましょうね」
ギンの家に着き、ブラックはコンビニの袋を渡しながら言った。
丁寧なその様子と、久しぶりの優しさに触れたギンからは、悪魔といえどブラックへの恐怖心は消えかかっていた。
「…その、せっかくですし、コンビニのお菓子ですけど、一緒に食べませんか?」
「おや。いいんですか」
「ブラックさんが良ければ」
「オレちゃんは構いません」
ギンがブラックを頼り、求め、苦しみから解放された時。
どんな顔をしてくれるのだろう。
その為にやれる事がまだ沢山ある事を思うと、ブラックの口角は上がり、尖る歯がギラついた。
ギンは玄関の扉を開き、入るよう促す。
「おじゃましますね」
扉が閉じ、鍵の閉まる音が小さく響いた。