落ちる音がした
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月明かりに照らされた窓辺に座り、何十枚と重ねられた紙にペンを走らせる。
普段ならとっくに終わらせているはずの仕事量だけれど、最近どうも調子が良くない。集中できず小さなミスも目立つ。周りの天使たちに心配される始末で、それもまた申し訳なくて気分が落ち込んだ。
なんとしてでも今夜中に終わらせたいのに、小さなあくびがでてしまう。
これでは結局集中できそうにない。一度外の空気でも吸いに行こうと立ち上がった。
「おや。残っている人がいたんですね」
自分以外は誰もいないはずの静かな部屋に、穏やかな声が響く。声の方を向くと、丸い目が珍しげに私を見ていた。
「Bさま…!お疲れ様です」
「お疲れ様です。まだお仕事ですか」
「はい。でも休憩しようかと」
私がそう言うとBさまはどこからかティーポットとカップを取り出し、あっという間に近くのテーブルへと並べる。
「わたしも休憩しようと思っていたんです。どうですか、一緒に紅茶でも」
目を閉じニカリと笑う顔を見て断れるはずもなく。初めてのお誘いに胸をどきどきさせながら、お茶の用意されたテーブルへと近づいた。
「…失礼します」
Bさまと向かい合う形で椅子に座る。
みんなの憧れである人を目の前にすると、どうしたものかと手をつけられない。ちらりとBさまの顔を見ると笑顔を向けられる。
「どうぞ。遠慮しなくて良いのですよ」
「……ありがとうございます。それじゃあ、あの、いただきます」
紅茶の温かい湯気と香りが鼻腔をくすぐり、ゆったりとした細い溜め息が漏れた。じんわりと胸までも温かくなるようだった。
「美味しいです…!」
「良かったです。アールグレイは眠気覚ましとリラックスにおすすめなんですよ。アールグレイはツバキ科ツバキ属のチャノキという葉で香りつけにベルガモットを使用していてベルガモットの花言葉には贅沢や特別な時間というものがあるんですよだからこういう時間にピッタリですよね……おや、どうしましたか」
淀みなく話すBさまに、つい呆気に取られていた。
「さすがBさま…。お詳しいんですね」
ほのかな柑橘系の香りは、たしかに気を落ち着かせてくれ、一息つく特別な時間かもしれない。
「たまにいるんですよ。あなたのように残業している人が」
Bさまは静かに言い、カップに口をつける。そのしぐさは妙に色気があり、高鳴る胸を隠すように目をそらした。
「…ご馳走さまでした。美味しかったです。ありがとうございました」
お礼を伝え席を立つ。それに合わせてBさまも紅茶を飲み終え、書類を広げる私の隣に座った。
「休憩してからお手伝いしているのです。だから気にしないでください」
驚いている私の方を見ることなく言った。
普段からこんなに遅くまで手伝っているだなんて、文字通り天使のような人だと思いながら、一緒に残りの書類へ手をつけた。
あれからミスもなく仕事を終わらせ帰ろうとした時。先輩天使が低姿勢で近づいてきたかと思えば、書類を渡される。
申し訳なさそうに両手を顔の前で合わせるので、仕方なく鞄を置いた。
それにしても、書類の量はあれど私でなくてもできる内容で。先輩もしてくれたらいいのに、と心の中で悪態をついた。
「こんばんは~」
書類とにらめっこしていると、明るい声が響く。Bさまだった。
「お疲れ様です、Bさま」
「今夜もお疲れ様ですね。休憩にしましょう!」
「え…でも、まだ少ししか」
「良いのです。さ、こちらに座ってください」
椅子へと誘導され、どうしようと思いながらも前と同じように座り、差し出されたカップを手に取る。
「これ…この前とは違いますね?」
湯気の立つカップの中は、前より赤い色合いに甘い花の香り。
「今日はローズレッドにしました。花言葉は言わずもがな愛情で、あなたを愛していますというプロポーズや告白に使われますが、自律神経を整え美容効果もあるので仕事で寝不足のお肌にも良いのですよ」
目を閉じ両手で自身の頬をムニムニとさせるBさまの姿に、思わず笑ってしまう。
「おや。何かおかしかったですか」
不思議そうな顔をするBさま。普段とは違う一面が見られて、なんだか得した気分で残業も悪くないと思える。
心身ともに温まりスッキリとした気持ちで書類へと取りかかる。ペンを持つ手も軽やか。
とはいえ隣では凄い速さでBさまが書類を終わらせるので、私の分は少しだけだった。
「終わった…!」
最後の一枚を終え書類をまとめ、封筒が見当たらないので棚へと取りに行く。
「ありがとうございました」
Bさまの声に振り向くと、机の書類を手に取り封筒へと入れていた。
「これ、わたしが頼んだのです。あなたにやってもらいたいと」
そして私に歩みを進め、封筒を手渡される。
「あの…どうして…」
触れた手が重なり、少しだけ首を傾けるBさまと見つめ合った。
「どうしてでしょうねえ」
悪戯に笑う顔は可愛らしい悪魔みたいで。
見惚れているとBさまの丸い目が近づき、小さな音が聞こえた。
「……ローズレッドを淹れたのは、あなただけなんですよ?」
感触の離れた頬に手を当てると熱い。私の顔は紅茶のように、きっと赤くなっているのだろう。
普段ならとっくに終わらせているはずの仕事量だけれど、最近どうも調子が良くない。集中できず小さなミスも目立つ。周りの天使たちに心配される始末で、それもまた申し訳なくて気分が落ち込んだ。
なんとしてでも今夜中に終わらせたいのに、小さなあくびがでてしまう。
これでは結局集中できそうにない。一度外の空気でも吸いに行こうと立ち上がった。
「おや。残っている人がいたんですね」
自分以外は誰もいないはずの静かな部屋に、穏やかな声が響く。声の方を向くと、丸い目が珍しげに私を見ていた。
「Bさま…!お疲れ様です」
「お疲れ様です。まだお仕事ですか」
「はい。でも休憩しようかと」
私がそう言うとBさまはどこからかティーポットとカップを取り出し、あっという間に近くのテーブルへと並べる。
「わたしも休憩しようと思っていたんです。どうですか、一緒に紅茶でも」
目を閉じニカリと笑う顔を見て断れるはずもなく。初めてのお誘いに胸をどきどきさせながら、お茶の用意されたテーブルへと近づいた。
「…失礼します」
Bさまと向かい合う形で椅子に座る。
みんなの憧れである人を目の前にすると、どうしたものかと手をつけられない。ちらりとBさまの顔を見ると笑顔を向けられる。
「どうぞ。遠慮しなくて良いのですよ」
「……ありがとうございます。それじゃあ、あの、いただきます」
紅茶の温かい湯気と香りが鼻腔をくすぐり、ゆったりとした細い溜め息が漏れた。じんわりと胸までも温かくなるようだった。
「美味しいです…!」
「良かったです。アールグレイは眠気覚ましとリラックスにおすすめなんですよ。アールグレイはツバキ科ツバキ属のチャノキという葉で香りつけにベルガモットを使用していてベルガモットの花言葉には贅沢や特別な時間というものがあるんですよだからこういう時間にピッタリですよね……おや、どうしましたか」
淀みなく話すBさまに、つい呆気に取られていた。
「さすがBさま…。お詳しいんですね」
ほのかな柑橘系の香りは、たしかに気を落ち着かせてくれ、一息つく特別な時間かもしれない。
「たまにいるんですよ。あなたのように残業している人が」
Bさまは静かに言い、カップに口をつける。そのしぐさは妙に色気があり、高鳴る胸を隠すように目をそらした。
「…ご馳走さまでした。美味しかったです。ありがとうございました」
お礼を伝え席を立つ。それに合わせてBさまも紅茶を飲み終え、書類を広げる私の隣に座った。
「休憩してからお手伝いしているのです。だから気にしないでください」
驚いている私の方を見ることなく言った。
普段からこんなに遅くまで手伝っているだなんて、文字通り天使のような人だと思いながら、一緒に残りの書類へ手をつけた。
あれからミスもなく仕事を終わらせ帰ろうとした時。先輩天使が低姿勢で近づいてきたかと思えば、書類を渡される。
申し訳なさそうに両手を顔の前で合わせるので、仕方なく鞄を置いた。
それにしても、書類の量はあれど私でなくてもできる内容で。先輩もしてくれたらいいのに、と心の中で悪態をついた。
「こんばんは~」
書類とにらめっこしていると、明るい声が響く。Bさまだった。
「お疲れ様です、Bさま」
「今夜もお疲れ様ですね。休憩にしましょう!」
「え…でも、まだ少ししか」
「良いのです。さ、こちらに座ってください」
椅子へと誘導され、どうしようと思いながらも前と同じように座り、差し出されたカップを手に取る。
「これ…この前とは違いますね?」
湯気の立つカップの中は、前より赤い色合いに甘い花の香り。
「今日はローズレッドにしました。花言葉は言わずもがな愛情で、あなたを愛していますというプロポーズや告白に使われますが、自律神経を整え美容効果もあるので仕事で寝不足のお肌にも良いのですよ」
目を閉じ両手で自身の頬をムニムニとさせるBさまの姿に、思わず笑ってしまう。
「おや。何かおかしかったですか」
不思議そうな顔をするBさま。普段とは違う一面が見られて、なんだか得した気分で残業も悪くないと思える。
心身ともに温まりスッキリとした気持ちで書類へと取りかかる。ペンを持つ手も軽やか。
とはいえ隣では凄い速さでBさまが書類を終わらせるので、私の分は少しだけだった。
「終わった…!」
最後の一枚を終え書類をまとめ、封筒が見当たらないので棚へと取りに行く。
「ありがとうございました」
Bさまの声に振り向くと、机の書類を手に取り封筒へと入れていた。
「これ、わたしが頼んだのです。あなたにやってもらいたいと」
そして私に歩みを進め、封筒を手渡される。
「あの…どうして…」
触れた手が重なり、少しだけ首を傾けるBさまと見つめ合った。
「どうしてでしょうねえ」
悪戯に笑う顔は可愛らしい悪魔みたいで。
見惚れているとBさまの丸い目が近づき、小さな音が聞こえた。
「……ローズレッドを淹れたのは、あなただけなんですよ?」
感触の離れた頬に手を当てると熱い。私の顔は紅茶のように、きっと赤くなっているのだろう。
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