Red
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「あいたた……」
キッチンに備え付けられたちょっとしたカウンターテーブルに縋りつき、今しがたその角に打ち付けてしまった右足を擦る
ぐるぐる巻きの包帯で固定されている膝には力が入らない 既に負傷していた足に追い討ちをかけるような痛みが沁みて、思わず涙目になっていた
数日前、私は不慮の事故で右足に怪我を負った
幸い歩けないほどの重傷ではなかったので、普通に日常生活を送るには支障ない けれど数日は足に無理をさせないよう、安静第一と町医から言い渡された
なので、仕事で出掛ける時以外は大人しく、自室で過ごす毎日が続いていたのだった
そんなまだ好調とはいえない足に襲い掛かった鈍痛に嘆く私
自分のヘマだけれども、恨めしい気持ちでぶつけた角を睨んだ 呻くような声を漏らして、その場にずるずるとへたり込む
こんな私の有り様を見たら同居人は嘲笑って罵倒してくるにちがいない
あるいは、呆れ顔でしぬほど長い小言を漏らしながらも介抱してくれるか、絶好の機会だと言わんばかりに無事な足の方まで重傷を負わされるか
必要以上に心配したあげく強制的に外科病棟にぶち込まれるか、どれか 四択だ
どれも私の心を折るには充分そうだ
いや、百歩譲って罵倒も呆れ顔も慣れつつあるので、耐えられないことはない
何しろ物理的に恐ろしいことはして来ない、筈だから 多分
どちらかといえば後者のふたりが恐い 自分で思っておいてなんだが、身震いする程恐くなってきた 特に、黒い彼が現れたら私は一巻のおわりだと思う
途端に痛みよりも恐怖のほうが勝り出した私は、自力でなんとか立ち上がろうとする
健康状態ばっちりな時でも身の危険を感じる場面が何度もあるのに、こんな弱った姿でいたら何をされるか分からない
まぁ全ての原因を作り出してるのは自分なのだが
少し自己嫌悪に陥りつつ、それでもなるべく急いで立ち上がろうと膝に力を入れた次の瞬間、がちゃりとその音が家の中に木霊した
ぎくりと肩を揺らして中途半端に膝を突いた体制のまま、玄関を見やる 嫌なタイミングで同居人が帰って来てしまった
「……何をしている」
青いコートを羽織った人物は顔を歪めて、私を見据える その、ガラスのように透き通った白目の中心にある冷たそうな碧い瞳
それを見て、私はとりあえず安堵の息を吐いた 良かった、今は普段の彼のようだ
「お前は家の中でも大人しくしていられんのか」
「いや別に暴れてた訳じゃないんですけど……」
一目見て私の状況を把握した、同居人のバージル
予想通りに呆れの溜め息を吐いた彼は、硬直して変な体制の私の腕を引っ張りしっかりと立たせてくる
それから私を数度見やった後、これまた予想通りに長い説教をし始めた
「安静にしていろと言われたんじゃなかったのか? お前はもう片方の足まで使い物にならなくしたいのか」
「いやまだ負傷している方も回復の見込みはありますからね、勝手に使えないことにするのやめてね」
「その回復の見込みを、遅らせないように大人しくしていろと言っているんだ」
「だから、別に大人しくしてなかった訳じゃないんだって、たまたまそこでこけて、こっちの足ぶつけちゃっただけで……」
「悪化させているんだな」
「ちがっ、わざとじゃないし、別に悪化もしてないから!」
ふん、と冷淡な目を向けられてそれに対抗するように声を張ってみたものの、実際痛みは引かないままだった
帰って来て早々、心配しているんだか馬鹿にしているんだか分からない言葉を浴びせてくる彼に、少しだけ抗議する
すると私の視線を受けたその蒼い双眸に、陰りが生じた
「人の忠告は聞かない癖に、自分の言い訳だけは通す気か」
まずい、と思った時には既に遅かった
透き通っていた白目が真っ赤に染まり、獲物を見つけた猛獣のように物騒な目付きへと変わる
ひっ、と喉を引き攣らせた
あっという間に、二番目に苦手な彼が、出てきてしまった
「……随分、嫌そうな顔をするな」
そんな私の引き攣った顔を見て、彼は片眉を上げる
腕を取られたまま一歩近付く彼に合わせて一歩退がったけれど、腕を掴まれているので退がっても意味はない
距離が空いた分、引き寄せられはしなかったので退き続けていたら背に何かが当たった
驚いて振り返ろうとしたら、振り返れなかった 後ろにあるのは白い壁
壁際まで追い詰められた現状に一気に青褪める私 それを愉快そうに見詰める目の前の赤い鬼
どうしていつもこうなるんだ
「何をそんなに怯えているんだ?」
意地の悪い笑みと渇いた血のような色合いの目を向けられ、肩が竦む
何をそんなに怯えるって……通常時でさえそれなりに恐いのに、このモードの彼はそれに拍車を掛けたサディストだ
怯えないほうがおかしいだろう 目の色も恐いし発言も恐いし、してくる事は全部痛いし
これまでに何度泣かされたか分からない むしろ泣かないと引っ込んでくれない
思わず俯きそうになると、それを許さないかのように彼の長い指が迫る 簡単に顎を掴まれて、強制的に上を向かされた
普通に大分いたい その馬鹿力、もうちょっとセーブしてくれないと私の顎がいつか壊れる
苦しい声で呻けば、鬼は満足気にくつくつと笑い出す
同一人物なのでさっきまでの彼と顔かたちは変わらない筈なのに、その目と低い笑い声は、まったくの別人のように映るから不思議だ
「悪くない眺めだな」
「うう、あ、顎がいたいって! は、はなして、」
「痛くされるのが好きなんだろう? だから自分で痛む足を更に痛めつけていたんじゃないのか」
「誰がそんなマゾなの!? だから、たまたまぶつけただけだって言ってるでしょ!?」
「わざわざ自虐しなくても俺が存分に嬲ってやるが……それとも自分でしないと興奮しないのか?」
「た、頼むから私の話を聞いてくれー!」
本当に恐い発言しかしてこなくなった目の前の人物に、眩暈を覚える
異を唱えて脱出しようにも、この怪力の前で私の力は塵に等しい どうやっても抜け出せないし、抵抗も出来ない
むしろ抵抗するともっとひどい罵倒リンチが降ってくるだけだ かと言ってこのまま何も出来ずに屈しても、結局末路は同じな気がしてきて絶望する
この間視線をずっと彷徨わせていたら、唐突に顎を掴む手に力が入りより高く顔を上げさせられた
瞬間、嗜虐心が露わな瞳と瞳がぶつかり、竦んで動けなくなってしまう 思い切りびびっている弱い自分に、泣けてくる
再びひっ、と喉を震わせた後、ほとんど条件反射で目に涙が溜まる それを見て鬼は目を細めた
「泣くのか?」
「な、……い、いや、……泣きませんけど」
「震えているようだが」
「これは、ほら、ちょ、……ちょっと今日肌寒いからそれで」
「肌寒い? もう初夏も近い季節だが」
私の虚勢を見抜いている癖に、バージルはわざとらしくそんなに寒いか?と訊いてくる このゼロ距離感はむしろ体温上昇するから暑いのだろうけど、悪寒がするという意味ではやはり震える
そんな私を見透かしてか、目の前の鬼はもう一度愉快そうに目を細めると、とんでもない事を口にし始めた
「……そうだな、震えるほど寒いのは身体に障る 俺が温めてやろうか」
「え、……え⁉ い、いや、大丈夫、それは全然、大丈夫、大丈夫だから!」
「遠慮するな こういう時に頼ってこその同居人だろう」
「えっ……ちょ、ちょっと!」
柔らかく笑むと、何故か顎を掴んでいたその手が私の首元まで下がる
ちょっと、ちょっと待ってほしい 赤いバージルが温めるって、普通に温めてくれる訳がない__壮絶に嫌な予感しかしない!
「細い首だな 片手で収まる」
「や、やめ、ちょっと、本当に、そのポジションは生命の危機を感じるから!」
「少しでも力を入れると折れそうだ」
「う、うわわわ、ちょ、間違っても力入れないでください……!」
「さて、どうしたものか」
「どうしたもこうしたも、ないでしょ!? やめてください! あんたが思っている以上に私はか弱いんだからっ……!」
「まぁ、見てくれからして頑丈そうには見えないが……しかし自分でそう言ってしまうと、信憑性に欠けるとは思わないか?」
「なっ、ぅぐえっ」
ぐっと掴んでいる手に力が加えられたのを感じる
思わず変な声を漏らして苦痛と怯えの表情をする私を、間近で見下ろしてくる鬼
まさか本気で絞めてくることはないだろうと思っていたけれど 一気に恐怖感が身体を這い上がり、目に溜まる涙が溢れそうになる
が、負けない心でなんとか耐え凌ぐ 白旗はまだ上げない、上げてたまるか
唇を噛んで、精一杯の抵抗を表すように鬼を睨む 対する鬼はまったくもって動じる事なく、私を見詰め返すと何故か微笑んできた
恐い やめればよかった
「__本当にお前は良い度胸をしているな」
至極穏やかな声でそう言われた途端、強張った身体の緊張が一瞬解けそうになる
が、首を掴んでいた力が緩んだかと思ったら、その指がそのまま首筋を滑り、何度も往復するように這い出した
冷たい指の感触と至近距離で刺さる視線に早くも心が折れ始める というか、折れた
「それでこそ嬲り甲斐がある」
「ひいぃ……! すみませ、すみません! わかった、私が悪かったです! 悪かったから、もうやめてあげてください!」
「まだ騒ぐ余力があるんだろう もう少し抵抗してみせろ」
「なにそれ、無理です……! 余力も気力も残ってません、もう心折れたんで勘弁してください!」
「それは本当か? まだ、泣いてもいない癖に……何を言っている」
私の耳元に口を寄せた彼の、低くて底冷えするような声が鼓膜を揺らしてくる
なんだかもう、その声自体が恐くて言葉の内容が頭に入ってこない
けれどとりあえず、私が泣くまでこの生命の危機一歩手前ごっこを止めてくれないのだろうという事は、理解できた
……だから泣きます
「うっ、う、う、もう、やだ、ほんとこわい……」
「……」
泣くというよりぐずるといった感じだったけれど、鼻を啜って涙声で零せば、鬼は漸く口を閉ざして静かになった
が、未だに視線だけは突き刺さってくるのを感じる
顔を下げたままちらりと目線を上げれば、こちらを食い入るように見詰める顔が視界に入った
「う、うう、うわあああ! もう、泣いたんだからいいでしょ!? もう気が済んだでしょ!? いい加減首から手離してよ!」
私の中で何かが切れて、本気で泣き喚きながら叫ぶ
すると流石に少し驚いたのか、鬼は首から手を離すと僅かに狼狽したような顔をした
「おい、泣き過ぎだ」
「そっちが泣かせたんでしょう!? なに言ってんのほんとに、こっちはほんとに、ほんとにびびったんだから……!」
涙声と怒声を混ぜて非難すれば、目の前の人物はやっとまともに苦笑しながら、私の涙を拭ってきた
「……少しやり過ぎたか」
「あ、あのね、少しって、どこら辺が少し……!?」
怒った声のまま俯こうとすると、またもやそれは彼の手によって阻止された
がっちりと顔を両手で掴まれ、強制的に目線を合わせられる だいぶ苦しい、というか恥ずかしい
ちょっとは戸惑ってくれたのかと思っていた鬼の顔は悪怯れる様子など微塵もなく、真顔に戻っていた
「この程度で泣くとは思っていなかったんだ」
「ぐふっ、なに、この程度って……どの程度で泣くと思ってたんですかね一体」
「少しからかっただけだろう」
「な、あ、あのね……! 少しからかっただけでそもそも泣く訳ないでしょう! さっきからあんた何言ってぶふっ」
「からかったのは悪かったが、お前が先に言い訳したのも悪い」
「ぐむむむむ!(言い訳じゃなくて事実を言っただけでしょ!)」
「元はと言えば、お前が常時注意力散漫なのが悪い」
喋ろうとする度に両手で両頬をぐいぐいと引っ張られて、まともに発音させてくれない
どうやら苛めは続行するらしい 本当に理不尽過ぎる 泣いても泣かなくても、やっぱり結果は同じじゃないか
確かに注意力散漫なのは認めるけれど、それで詰られるのは全然納得いかない
そんな不満げな私を見れば、鬼は再び満足そうに目を細めた
「痛みなら与えてやるから、俺の知らないところで怪我を負うな」
「え、いや、いらない、いらないからそんなの 怪我はしないよう心掛けますからそんなの与えないで!」
「ついでに無駄な言い訳もしないよう、心掛けろ」
言って、さっきまでの暴行が嘘のように柔らかい手付きで、両頬を包み込んでくる鬼
その視線も嗜虐心が隠れて穏やかなものに変わり、それを向けられるこっちが途端に恥ずかしさで居た堪れなくなる
が、彼の瞳から赤が引くことはなく、結局その後しばらくは赤い彼とじりじり過ごさなくてはならなくなって、私の精神ライフは一気に瀕死状態まで追い込まれた
end
修正 2020/7/23