Gotta go
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古い悪魔祓いの魔法陣が床に描かれた、とある廃墟
わざわざ明るい昼間のうちに人気のないここに一生懸命陣を彫って、待ち伏せしていた甲斐があった
こしらえた罠に見事に引っ掛かってくれていたのは、おそらく受注していた依頼の小物で間違いないだろう
虫のように小さな、けれど禍々しいその低級悪魔は手製の罠から逃れようと暴れていた
「ほらほら、大人しくしてれば痛くはしないから 多分」
きゅぽん、と聖水が入った瓶の蓋を開けて、彫った魔法陣の溝に流していく するとそれは淡く光を帯び始めた
神聖なその光に悪魔はわたわたと益々暴れ出すが、抜け出すことは敵わない
光る陣の前で、地の奥底へと戻す古の呪文を抑揚なく唱える
何度と送還したことのある悪魔相手だったので、儀式は滞りなく終えられた
「よし、本日は無事に終了……っと」
悪魔が消えた後でも退廃的な周囲をぐるりと見回して、とりあえずは安堵の息を吐く__次の瞬間、ポケットに入れていた携帯電話が震えた
表示された着信相手の名前を見て、思わずうっ、と喉から変な声が出そうになった
鳴り止む気配が無い着信に安堵とは違う息をひとつ吐き出して、通話に出る
「はい、ニナですが……」
『俺だ 依頼は終わったか?』
「あ、はい 今終わったところです」
『そうか なら家まで送ろう』
「え、ああ 、……はい? いや、Vさんも依頼だったんですよね? 終わったんですか? 今一体どちらに ……」
「お前より早く終えて、もう迎えに着いている」
「……」
電話機の向こうで聞こえていた筈の声が後ろから掛かり、ぎこちない動きで振り返る
建物の隙間から姿を現した通話相手は、こちらを一瞥すると口端を吊り上げて手招きしてくる
その意味深な笑みを見て、数時間前の出来事が走馬灯のように脳裏を過ぎった
爽やかに晴れた日のどこかの路上で、立ち尽くす男女が一組
真昼の下が似合わない黒髪の長身痩躯男に対する私は、一見不気味にしか見えない自身の歯のペンダントを首元に提げたまま、半ば放心しかけていた
依然として頭が回らず固まり続ける私を見て、少しだけ不満げに彼は息を吐く
それから路上に放り出されたままだった、ダリアを拾い上げた
「これも一応は贈り物になる訳だが、要らないのか」
言って、花束についた土埃を軽く払い落とすと、固まる私の前に再び差し出す
片眉を上げてこちらを窺う視線にはっとして、やっと私は我を取り戻した
「え、……いや、あの、ちょっと待ってください、さっきのは本気なんですか?」
「さっきのとは?」
「だ、だから…… その、恋人にしてくれっていう話の……」
「ああ、」
半信半疑と言うか、先ほどまでの遣り取りが既に幻覚か何かじゃなかったのかと思うぐらいには、全てが突飛過ぎて私は何ひとつ展開についていけていない
しかし目の前の男は未だに困惑状態の自分とは違い、ひどく平常通りの顔で相槌を打つ
「言った通りだが 聞いていなかったのか」
「いや、聞いてましたけど、そ、その、なんでそうなったというか…… いや、本当に本気で言ったんですが?」
「勿論 本気だが」
尚も平然とそう言いのける彼は、私の首に提がっている禍々しいペンダントに目を向ける
「お前もそのプレゼントを欲しがったし、受け取っただろう 承諾したんじゃないのか」
「いや欲しがったんじゃなくて、私は、ただ返して欲しかったんですよ!」
「返して欲しい? 何故だ」
「何故だも何も、こんな変な事には使わないっていう約束だったじゃないですか!」
白を切るような物言いの彼に、私は堪らず声を少しばかり荒げて抗議した
確かに用途に不安はあったが、まさかこんな形で使われるとは夢にも思っていなかった
いくらお金で手離したと言っても、装飾品にされた自分の元一部を見て、私は良い気分はしない
しかしこの訴えは、彼にはどうも届かないようだった
「別に変な事には使ってないだろう 只、お前から買った物を加工して装飾品にしただけだ」
一体何が気に食わないんだ、とでも言うかのように、彼は淡々と自分の主張を述べるが、やはり自分には理解出来ない趣向だった
「……正直自分からしたら気味が悪いという感想しか持てないんですが、」
「そうか、趣味が合わないな」
大げさに溜め息を吐くと、まぁそこは追々お互い理解を深めていけばいいと彼は当たり前のように言う
やはり、会話が噛み合っていなかった
「いや理解を深める必要もありませんって、私は恋人云々についても承諾してませんから……!」
引き続き恋人関係が成立している体で話す彼に、慌てて違うと捲し立てる
何故そんな話になっているかもわからなかったが、彼は否定する私に対して少しだけ驚いたような顔をするから、逆にこちらが変に焦ってしまう
「嫌なのか?」
嫌、とは 恋人になる云々の話を言っているのだとしたら
勿論、こんな訳の分からない内にそういった関係になるのは不本意だし、何か自分にとって利益があるとも思えない
しかも目の前の相手は今まで好意的な人物でさえ、なかった筈だ 何故いきなりそうなるのか しかし理由を訊いても、なりたいからだ、としか答えてくれない
それでは私も首を横に振るしかなかった
何度か同じような応酬を繰り返すと、やっと彼は諦めたように息を吐いて片手を差し出してきた
「……ならペンダントは返してくれ」
「だ、だめです!」
与えたペンダントを返せと言う彼から、素早く一歩身を退く これは絶対に渡してはならないと胸元で握り締めた
「お金なら全額返します だからこれも、私に返してください」
それでとりあえず、全ては元に戻る 元凶であるこれさえ手元に戻ればいい
やはり最初から妙な交渉に乗るべきではなかった 自分が招いた事故なのだから後悔しても遅いけれど
彼は返金すると言う私を暫く見つめてから、そうか、と呟く
「わかった、そこまで言うなら仕方ないな」
言って、何故か見慣れた意地の悪い笑みを浮かべ始めた彼を見て、不穏な気配を感じ取った
「では支払って貰おうか 9,000ドル」
「へっ…… え? な、9,000ドル!?」
言われた金額に驚いて、思わずその場で叫ぶ
自分が彼に売った時の金額の、10倍以上の値上がりを聞いて堪らず詰め寄った
「な、なんでそんなに高くなってるんですか!? 私はそんな高額で譲ってませんよ!?」
「装飾する前はな だがもう、それは特注品だ お前の歯が入れてある容器もチェーンも、珍しい魔界の鉱物を含んだ物をわざわざ使って加工しているんだ」
ざっと総じてそのぐらいの値打ちはあるだろうと言われて、そのまま口を挟む隙も無くそもそも、と告げられる
「それはもうお前との交渉を経て正式に俺の物となった筈だ それを返せと言うなら、持ち主である俺の提示する金額を揃えるのが筋ではないのか」
じり、と退いた距離分逆に詰められて、先ほどまでの勢いはあっさりと萎えてしまった
(どうしよう、交渉前より大金欠になるパターンは考えていなかった……)
狼狽える自分に、目の前の痩せ男は一旦意地の悪い笑顔をやめると、比較的優しげな声を落としてくる
「……只それは、二人が何の関係性もない場合での話だ つまり__」
もう一歩、距離を詰められ見上げた先の視線が交差すると、目で言い聞かせるように彼はゆっくりと瞬きする
「恋人でないなら、返金して貰う 恋人になるなら無償でそれは、永遠にお前の物だ」
究極の選択を迫られ、思考がまた一気にオーバーヒート状態へと移りそうだった
状況を整理しきれない頭で狼狽えれば、また一段と柔らかくなった声が迫る
「……迷っているなら、期間を設けよう 2ヶ月間、仮でもいい 恋人として過ごせばそれはそのままお前に返してやる その後、関係を切るのも続けるのもお前の自由だ」
「えっ……?」
言われた事に益々困惑する まるで試用期間のような提案だった
「……2ヶ月、お試しって事ですか?」
「まぁ、そう受け取って貰っても構わない」
期限付きの恋人関係、という訳なのか
何故そんな事をするのか、そして何故相手が自分なのか 疑問に思う事は多いが、訊いたところでまともな答えが返ってくるとも思えない
相変わらず目の前の男は人を食ったかのような顔で、こちらの反応を見ている
「そこまで気負わなくてもいい 俺自身も2ヶ月後、どうなっているかはわからない」
つまりあくまでも恋人「ごっこ」で良いらしい ……いや、やはり何がしたいのかわからない
恋人になりたいというクセに期限を設けて、しかも仮でいいというのは、一体全体どういった遊びなのだろう
そう、遊びだ これは彼の遊びに付き合うかどうか、という話だ 何の為の遊びなのか、まるで見当もつかないが 自分にとってあまり良い遊びではない気はする
しかしだからと言って、この訳のわからない人物にペンダントを差し出すのも、なけなしの大金を払うのも、頭痛がしてくるほどに気が進まない
(……どうせ2ヶ月の関係と割り切るなら)
思って、私はぎこちなく首を縦に振った
「わ、わかりました ただしこちらからもひとつだけ、条件を出してもいいですか……?」
「なんだ、」
もう、こうなったら酔狂だとしてもいい
彼の挑発とも取れる遊びに付き合って、それで面白味もなく2ヶ月できっちり終わらせてやればいい
自分も腹黒に対抗するように、腹黒になればいいだけだ
「絶対に期限は2ヶ月間で あとその間も肉体関係は無しの方向でお願いしたいです 過度なスキンシップも無しで」
「……まったくひとつではないな」
しかし私からの提案に特に嫌な顔も拒否もせず、彼は軽く頷いて承諾してくれた
「__いいだろう」
二重を微かに緩ませた彼は、改めてダリアの花束をこちらへと手渡す
それを受け取って、いくつかの条件を前提に、私達は晴れて仮の恋人同士となったのだった
そして今現在
お互いに本日の仕事を終わらせた後、わざわざこちらの現場まで出迎えてくれた彼は、更に私を家まで送ってくれる気らしいのだが
正直今日の今日で既に疲労困憊状態の自分からすれば、送られるのも厚意というよりは悪意に近い
あからさまに疲れた顔をする自分とは反対に、隣に並ぶ顔がまぁまぁ愉快そうなのがまた余計に疲れを誘った
「……いや、家の通りまででいいですから 夜遅いんですから、Vさんも早く帰れる内に自宅に帰ってください」
「……心配してくれるのか? それならこのままお前の家に泊まらせてもらうのが一番、有難いな」
「勿論泊める気がないから心配してるんですよ」
引き攣った笑顔で言えば、やはり愉悦に近い笑顔で冷たいなと返ってくる
すっかり人気も無い時間帯の通りは、二人の話し声と彼が携えている杖をつく音だけが嫌に反響して聞こえて
なんだか隔離された空間にいるようだった
「仮の恋人だとしても、わざわざ迎えに足を運んでやったんだ 泊めるまでは無いにしても、相手にそれ相応の対応を期待するのは駄目なのか」
「それ相応の対応っていうのが、家に招き入れるっていうのを指しているんでしたら、駄目ですね 昼間ならともかく、万が一にも過度なスキンシップに発展しかねないので」
「その過度なスキンシップも無しだとは言ったが、そもそもどこからを過度と捉えるかは、個人によって違いがあるだろ」
「それはそうかもしれませんが、とりあえず私の中では無しですね まだ一日目ですし」
「……味気無いな」
流石に自分の返答が素っ気なさ過ぎたのか、並ぶ彼も笑みを消して落胆したような、つまらなそうな顔をする
「可愛気もなければ色気もない」
「は……、だ、だったらなんで私相手にこんな事するんですかっ!?」
突然浴びせられた不満に思わず、腕を振り上げる その振り上げた手には、昼間貰ったダリアの花束が握られていた
それが勢い余り彼の顔面目掛けて、ばさりと飛んでいってしまった 難なくキャッチするも、何枚か舞ったダリアの花弁が彼の前髪に被さる
慌ててその前髪にかかった花弁を落としたが、当の本人は目を押さえて歩みを止めてしまった
「目に、何か入った」
「え、ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」
顔を覆ってしまった彼を見て、途端に先ほどまでの怒りが消えて慌てる
当たりどころが悪かったのか、どうやら目に異物が入り込んでしまったらしい顔を焦りながら窺う
顔を押さえていた手が離れると、閉ざされた目蓋が微かに動いた
「見てくれないか」
「え、あ、はい」
言って、ゆっくりとその目蓋が開かれる
開かれた瞳の異変を探して彼の顔を覗き込むが、特に異常は見当たらなかった
「何ともなってないようですけど……」
「よく見てくれ」
そう言われて、もう一度確認するようにじっと瞳を見つめる
しかし、自分の目で見る限りは彼の眼球に異常は感じられなかった
「やっぱり、何もないとは思いますけど」
「もっとよく、見てくれ」
念を押すように、見てくれと続ける彼に若干怪訝なものを感じつつも、言われた通りにより至近距離で瞳を見つめる
彼がゆっくりと瞬きする度に、彼の瞳の中に何とも言えない顔をした自分が映るので気が散るが
やはり、彼の目に何かが入ってしまっているようには見えなかった
普段と変わりない、むしろ間近で見る瞳の美しさしか確認出来ない
そして段々と、それに不穏な空気を感じ始めていた
吸い込まれそうなほど神秘的な色合いをした彼の瞳は、まるでテンプテーションの魔力を宿しているかのように見る者を捕らえて放さない
その眼力に、囚われるのがむしろ心地良いかもしれない……と
まんまと術中に嵌りそうになった瞬間はっとして、慌てて縮まっていた距離を後退して離した
「……何故離れる」
離れた自分に対して、不満げな声を漏らす目の前の人物 私は危なかった、と思いながら首に搔いた冷や汗をぬぐった
もう少しで、彼の魔力に取り憑かれてしまうところだった
「な、何か私にかけるつもりだったんですか……?」
「かける?」
「凄まじい圧力を感じました 私に魔術か催眠か何か、かけるつもりですか」
「俺に人心を操るような魔力はないぞ」
ただ目を見て欲しいと言っただけだろ、と言ってなぜか呆れたように肩を落とされる
「だって何も入ってないし、別に痛がってないじゃないですか その眼力で何かかけようとしたとしか、思えませんでしたけど」
あんな気迫で人の事を見ておいて何を言っているんだと、逆にこちらも呆れてしまう
しかも結局目は何ともなっていなかった訳で、またからかわれただけなのだろう
訝しんで見上げれば、彼は不服そうな視線を返してきた
「物理的に恋人らしいことをしたかっただけだ」
そう独り言のように静かに溢した後、再び歩き出す その背中を追いつつ、言われた言葉に浮かんだ疑問をそのまま口にした
「……今のがですか?」
「お前が動かなければ出来ていた」
言うと、やはり彼は少しだけ不満そうな表情を見せる けれどすぐに深く息を吐いて、気にするなとでもいう風に首を横に振った
その様子に、本当に何かかける気ではなかったのか? と首を傾げる
(自分が動かなければ、出来ていた……)
彼の言葉を反芻した後、先ほどまでの状況をよく思い返して はたと、思い当たってしまった
瞬間、あ、と口に出そうになってしまったのを、なんとか堪える
そこまで初心な自覚もなかったけれど、流石に顔が徐々に赤くなってしまうのは条件反射だ
なんだかんだ言って、この世界に身を置いてからは自分もそういった事については無縁に等しい
慣れない事をされそうになって、動揺してしまうのは仕方ないと自分に言い聞かせる
それが例え意中の人物でもなく、仮の恋人だったとしても__
なんとか気付かれないように顔を背けるも、すぐ隣を並行する彼からは全部丸見えだったようで
豊かな睫毛に縁取られた目が、わかりやすく山なりに細まるのが嫌でも見えてしまった
そして先ほどと同じ台詞を楽しげに吐くのだった
「また目に何か入った、見てくれ」
「……見ました、何も入ってないですよ」
「全然見てないだろ もっとよく見てくれ」
「__っ何もないですよ‼」
しつこく同じ事を繰り返す彼に思わず声を張り上げれば、しっ、と人差し指を口元に当てて静かにと注意される そしてその顔はやはり、__笑っていた
駄目だ、彼のペースに乗せられては
とにかく自身を落ち着つかせるように肩で深く息を吐いて、なんとか興奮を宥めた
「まったく過度なスキンシップは無しだと言ってるそばから……」
「いや待て、キスが過度なスキンシップに入るのは流石に許容出来ないぞ」
「私の中では、無しですね」
「厳し過ぎる もっと規制を緩くしろ」
と言いつつも、彼からは特にそのスキンシップを強行してくる気配もないので、冗談と受け取っていいのか警戒したほうがいいのかもよくわからなかった
ただ、ごっこ遊びの意図は依然として読めないが、他愛もない話をこうも続けられるのはまぁまぁ恋人らしいんじゃないかと思いつつ
昼間通りかかった花屋の前まで彼と並んで歩いて、その日の恋人ごっこは終了した
2020/10/26
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楽しそうに笑う女王様系のVちゃん
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