falling down
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「うわっ!」
一瞬の油断が招いた事故だった
それはするりとニナの手から転がり、金属音を響かせながら遥か下方の川へと落ちていった
ニナは咄嗟に橋の上から身を乗り出し、暗い暗い河川を上から覗き込む
「……嘘でしょ」
呟いて、まったくどこに落ちたのか分からないそれを見失ったまま、途方に暮れた
その日は珍しく早く、バージルは依頼から戻りアパートに帰り着いていた
時刻は夜の9時過ぎ
部屋の明かりが点いているのに気付き、バージルは合鍵を挿してドアノブを回す
ドアを開けると、真っ先に視界に入ったのは何故か棒立ちしたまま遠い目をしているニナだった
普段なら夕食を摂っているかソファで寛いでいるか、一人でテレビと話している姿しか見ないのだが
なにか尋常ではないニナの雰囲気を感じ取り、バージルは帰宅早々怪訝な顔を作った
「どうした、何をそんなところで突っ立っているんだ」
「あ、おかえりバージル、はやかったね……」
「……」
暗い 部屋の明るさとは対照的にニナの纏っているオーラがあからさまに暗かった
そして前にもこんな遣り取りがあったような気がして、バージルの背筋に嫌な予感がゆるりと這い登る
この暗さの理由を訊ねたほうがいいのか、それともそっとしておいたほうがいいのか
バージルは僅かに迷った後、ニナに声を掛けた
「……あまり聞きたくないが、なにかあ「実は、学校の帰り道で指輪落としちゃって……」
「……」
聞き終わる前に、ニナは顔を上げるとバージルに詰め寄った そのまま聞いてもいないのに事の経過を話し出す
バージルはそれを疲れた表情でとりあえず、聞いていた
ニナの話はこうだった
帰宅途中、いつも学校から帰る際に通る橋を渡っていた時のこと
着けていた指輪を何気なく外した瞬間、それがぽろりと手から落ちてしまったらしい
それは橋から転がり、橋の下に広がる河川に見事飲み込まれていって、完全に見失ってしまったとのことだった
話し終えるとニナは肩を落とした
「あれ、うちのお母さんから去年、誕生日に貰ったやつだったんだよね……
二十歳の誕生日に おばあちゃんが若い頃におじいちゃんからプレゼントされたもので、それをお母さんが受け継いでそれからあたしに、」
「おい、その指輪の話は今度にしてくれ とにかく、それを失くして死人みたいな顔をしていたんだな?」
ニナは冴えない表情のまま、こくりと頷く
どうやら直ぐに川に下りて探そうと試みたはいいが、如何せん暗くてよく見えない上に落ちたのは川の中だ
幾ら流れが緩やかでも、この冷え込む時期の夜に川に入って探す真似は出来ず、とにかく朝に出直そうと思い一旦アパートへとは帰って来たらしい
バージルは話を聞き終えると、軽く息を吐いた
一応、そのまま無謀にも川へと突撃しなかった事だけは褒めてやってもいい
何故なら、目の前の女なら普通に飛び込みはやりかねないからだ むしろよくやらなかったとさえ思う
「お前にしては珍しく、よく思い留まったな」
「え? あ、ああ だって、夕飯今日はあたしが作るって宣言してたし……」
そう言ったニナの手には、包丁が握られていた
今の今までニナの表情にばかり気を取られていたバージルは、握られている包丁に気付くと顔を強張らせた
「とにかく、その包丁を置け そんな気落ちしている時に無理に作ろうとするな」
「いや、別に無理じゃないよ そりゃちょっとはテンション下がってるけどさ」
「どこがちょっとだ 呆けた顔で棒立ちしていた時点で作れるような状態じゃないだろ いいからその包丁を置け」
「は~、やっぱりバージルにひもじい思いさせてでも、探しに飛び込めばよかったかなぁ……」
「お前はまず包丁を手から放せ 話はそれからだ」
中々包丁を放さないニナに痺れを切らして、バージルはその手から包丁を無理矢理もぎ取った
それに特に反応もせず、ニナは引き続き遠い目をしながら消沈する
バージルはキッチンに向かい包丁をしまうと、ニナを一瞥して溜め息をひとつ吐いた
「……おい、その失くした場所まで案内しろ」
「へ? 案内しろって……」
「探してやるから、案内しろと言っているんだ」
ニナはバージルの言葉にぽかんとした後、でも、と口を開く
「いや、いいよ 明日明るくなってから探すから」
「落としたのが川なら、時間が経てば経つほど流されてしまう可能性が高くなるぞ」
「……うん、まぁ そうかもしれないけど」
「大事なものなんだろう?」
バージルは真っ直ぐにニナの顔を捉えて訊ねる
ニナは戸惑いながらも顔を上げれば、遠慮がちに首肯した 素直に頷いたニナにバージルもよし、と軽く頷いて、再び玄関へ足を向ける
「なら、直ぐに出るぞ」
「え、うん あ、ちょっと待って 着替えてくる」
「別に着替える必要はないと思うが」
「いやバージルだけに探させる訳にはいかないし、とりあえず濡れてもいい服に着替えてくるから……」
「お前は探さんでいいから、早く案内しろ」
言って、自室へ入って行こうとするニナの首根っこを掴みずるずると玄関まで引き摺っていく
それに抵抗出来ずに、最後に部屋の明かりだけなんとか消して玄関の外へと強制的に引き摺り出された
ニナの案内でやって来た橋の下の河川に着くと、バージルは少しだけ顔を顰めた
思っていたよりも随分、対岸までが広い川だ
しかも川底は小石が敷き詰められていて、指輪程度の大きさの物は見事に紛れ込んでしまいそうだった
唯一救いなのは、大した水位ではないことくらいだろうか
軽く息を吐いた後、バージルはざっと辺りを見回した 外灯もなく夜闇が広がる中、川のせせらぎの音だけが周囲に零れている
夜目が利くバージルにとって、周りに灯りがないほうがかえって探し易い
ニナはバージルの隣りで流れる川を見つめながら、なんとはなしに近付いて行き、屈んで川の水に触れてみた
「つめた! ば、バージル、やっぱり明日出直そう 冗談抜きに、これで川の中入ったら絶対風邪ひく、」
「貧弱なお前と一緒にするな」
「な、あたしはこれでも普通に丈夫なほうですけど…… ってバージル!」
ニナの制止を聞かずに、バージルはブーツのまま川の中へと踏み入る
音もなく沈んで行くバージルを後方で見守りながら、ニナはバージルの代わりにとでも言うように冷たいを連呼していた
川の中央辺りまで入って行ったところで、バージルはニナを振り返る
「落としたのは、どの辺りだ?」
「あ、えーと、もう少しそっちの真ん中あたりかな……て、バージル、川の中見えてるの?」
「ある程度なら ニナ、持ってろ」
バージルは羽織っていたジャケットを脱ぎ、ニナへと投げた
ニナはそれを慌てて受け止める
ばしゃりと水を掻き分けつつバージルは水底に目を凝らす
小石の中に紛れていても、指輪なら光りを頼りに見分けられる筈だ
ばしゃばしゃと水飛沫を跳ね上げさせながら、より深くへと沈んで行く
一番深い所でも水位は精々バージルの腰に届くか届かない程度ではあったが、冬場の冷たい川の水はバージルから容赦なく体温を奪っていった
一方ニナは、じっとしていられずにその場でうろつく
「や、やっぱりあたしも探す……」
「やめろ 入って来るな」
川の中へ入って来ようとするニナの気配を感じ取り、バージルは振り返りざまに小石を投げる
「! うわ、あぶなっ!」
「お前は大人しく待っていられないのか」
「い、いや、一人で探すより二人で探したほうが、絶対早いって」
「ろくに周囲も見えてない奴がどうやって探すんだ 下手に入って歩かれると底が濁って逆に見つけ難い 絶対に、入って来るな」
「う、わ、わかりました」
渋々と引き下がったニナを一瞥すると、バージルは再び視線を落として水面と睨み合う
そんなバージルを横目で見やりながら、タオルを持ってくればよかったとニナはひとり後悔していた
それから暫く経った頃
橋の丁度真下に位置する場所で、バージルは水底にきらりと光るものを視認した
手を小石の群れの中に突っ込み、掻き分けてその光るものを手繰り寄せる
掴んだと思った瞬間に手を水面から引き上げて、手中にあるものを見つめた それはきらりと光る、シンプルなデザインのシルバーリング
「ニナ、これか?」
「! それだ!」
バージルが掲げた指輪を遠目で確認したニナは歓声を上げた その様子に少しだけ安堵して、岸へと足を向ける
「もう、失くすなよ」
川から上がったバージルはニナに指輪をそっと手渡した
「うう、ホントにありがと、正直ちょっと諦めてたからめちゃくちゃ嬉しい」
感極まったように口元を片手で覆いながら、受け取るニナ
手の中に戻って来た指輪を見つめて、心底ほっとしたように笑んだ そんなニナを見やり、バージルも薄く笑む
水を吸ってすっかり重くなったブーツとズボンは川から上がり外気に触れた瞬間、より一層肌に纏わりついて刺すような冷たさをバージルに味あわせる
バージルは一瞬だけ顔を顰めたが、特に気にする様子もなく軽く髪を掻き上げた
上半身もそれなりに冷たく濡れてしまっているバージルの有り様を見て、ニナは再度タオル持ってくればよかったと後悔しながら呟いた
「ごめんホントに ひとりだけびしょ濡れにさせちゃって、」
「謝るくらいなら最初から失くすな」
「うん、ホントその通りなんだけど……」
言って、ニナはどこか不思議そうな顔でバージルを見つめる
「? なんだ」
「いや、バージルがまさか率先して探してくれるとは思ってなかったから、ちょっと意外だった……あ、いい意味でね いい意味だから!」
何故か言った後で焦り出すニナとは反対に、バージルは少しだけ顔を俯かせると、静かに口を開く
「母親から、誕生日に貰ったものなんだろう」
「え、う、うん」
「……それがどれだけ大事なものなのかくらいは、俺でも分かる」
バージルは自分の首元に下がっているものを服の上から握り締め、視線を落として呟いた
暗がりの中、バージルの表情まではニナには分からなかったが
その言葉がまた意外に感じられ、同時にどこか嬉しく感じられて、ニナの顔には自然に笑みが零れる
「これ、見つけてくれて本当にありがとうね」
再度礼を言ったニナにバージルは視線を戻して、直ぐにまた逸らす
今はあまり、ニナを直視出来なかった
「ん? どうした?」
「寒い 帰る」
「え、あ、ちょっと帰るって、あたしも帰るよ!」
すたすたと歩き出すバージルの背中を追い、ニナは慌てて駆け出す
「あ、そうだ、バージル寒いんだったらジャケット羽織りなよ」
「いい 濡れる」
「え、ええと、ほら水も滴るいい男っていうの体現してくれてるのは目の保養になって有難いんですけど
今はめちゃくちゃ寒そうにしか見えないから、せめて上だけでも水滴らせないでさ……」
「……」
「いたっ! ちょ、その濡れたブーツで足踏まないで! やめっ、やめてって、濡れる!」
「誰の為に真冬の川に入ってやったと思ってるんだ、お前は」
「だからお礼言ったし謝ったし気遣って羽織りなよって言ってるじゃん!」
「煩い もう黙って歩け」
「! でたうるさい! なんでもかんでもそうやってうるさいで片付けるのやめて貰えまごふっ!」
「煩い」
「……いたい」
顔面を軽く叩かれ、ニナは隣で薄く笑っているだろう人物を睨みながら、ジャケットと手の中にある指輪を強く握り締めた
END
2014.5.6
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