Black
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トントントントン……
キッチンに響く、まな板の上に置かれた野菜を切る規則的な音 今は穏やかな昼下がり
包丁を手にしたままふぅ、と息をつく私の隣には多重人格の同居人が
普段通り綺麗な青い瞳をした彼は、わたしの横でコーヒーメーカーと格闘中だ
どうやら最近調子が悪いらしく、コーヒーの出が悪いと文句を零している
「それって、アパートの前の住人が置いてった物なんじゃないの?」
「違う これは俺の私物だ」
「へえ、そうだったんだ」
バージルの横顔から彼の手元へと視線を移しながら、適当に相槌を打つ
彼とは所謂ルームメイトというか、元々ダイニング、リビングが共有式になっているこのアパートの住人同士だった
一人に専用の部屋が一部屋ずつ 共有スペースを除けば四部屋あるこのアパートに、今現在住人は私と彼だけ
しかし二人だけだというのに、私の感覚で言えばそれ以上の住人がいるような気がするのは何かの間違いではなく、彼が多重人格者であるからなのだった
普段の彼は瞳が青くて髪の色は綺麗な銀色なのだが、人格が変わるにつれて少し外見も変わったりする、大分特殊な体質の持ち主だった
最初はその変わりようにひどく驚いたり戸惑ったりもしたけれど、今では慣れたもので瞳の色が変わろうが何が変わろうが大して驚きはしなくなった
彼の場合、問題なのは外見の変わりようではなく人格が変わった際の性格の変わりようが問題なのだから
「いたっ!」
そんな事をぼんやり回想している内に手元が狂ってしまい、気付けば包丁を誤って自分の指に下ろしてしまっていた
傷付いた人差し指の切り口から赤い血がぷっくりと覗く
それを見てやってしまった……と思うのと同時に、横から指を掴まれた
「馬鹿か、お前は」
舌打ちと共に掛かった言葉に反論する暇もなく、掴まれた指はそのまま水道の方へ持っていかれる
蛇口を捻り、流れる水に傷付いた指を浸された
「刃物を持っている時に呆けている奴があるか」
「いや、別に呆けてた訳じゃないんですけど」
「あれで呆けていなかったと? お前は普段眠ったままキッチンに立っているのか」
「寝てもいなかったっての! やめてよそうやってすぐ人をアホ扱いするの!」
「分かっている 馬鹿なんだろう」
「だから馬鹿でもないってば……!」
包丁で指を切ってしまうなんて事、誰だって一度や二度は経験する事だろうと言う私の抗議は見事に無視され
バージルは私の指を掴んだまま血を洗い流すと、手近にあったタオルを手元へ寄せる それを見て私は慌てて声を上げた
「まってまって、タオルに血が付いちゃうからいいよもう 絆創膏貼るから大丈夫」
「ちゃんと止血しろ まだ血が覗いている」
「大丈夫だよ、絆創膏貼ってる内に止まるから」
だから私の掴んでいる指から手を離せと言うのより先に、呆れ顔のバージルがひとつ息を吐く
またアホだのなんだの言われるかと身構えたが 罵倒が私の頭上に降ってくる事はなかった
代わりに、掴まれっ放しの指がぐいと引っ張られる
「ちょ、っと……」
何するの、という言葉は声にならなかった バージルは怪我をした私の指をぱくりと銜えて、そのまま傷口に舌を這わした
「え、ちょ、なっ!」
突然の行動に若干パニックになりながらも、私は衝撃的な光景に背筋を凍らせる事しか出来なかった
視覚的にもだが、バージルの舌が傷口を何度も這うものだから感覚的にも背筋が凍ってしまう
「は、は、はなしてっ……!」
「……」
「ちょっと! もう血、止まってるから! 大丈夫だから!」
言っても、バージルは中々口を離してくれない
一応止血してくれているのだろうかと思い、一旦は大人しくされるがままになっていたけれど
バージルは次第に傷口に舌を這わせるのではなく、傷口から血液を啜るように吸い付いてくる
その光景を目の当たりにして、赤かった私の顔は段々と青褪めていった
「あ、あの、もうそろそろまじで離してくれません?」
「……」
「ちょっと、もういいって! もう血止まってるから! 大丈夫だからっ!
ていうかあんたが吸ってたらいつまで経っても止まらないでしょ! ねえ、やめて! 私の血液、血液無くなるからやめてって……!!」
渾身の力を振り絞り、バージルから指を離そうとする するとバージルは顔を上げてやっと指から口を離した
見上げたバージルの瞳は、すっかり白目が黒く染まっている
「うう、やっぱりあんたか……」
「……お前の血は、塩辛いな」
「散々吸っておいてその感想!?」
しれっとした顔でそう言いのける彼は、先程までの彼とは人格が違う
彼の人格の中でも一番猟奇的で恐ろしい発言は愚か、恐ろしい行為まで平然と仕掛けてくる、私が一番苦手なタイプの彼だった
ちなみにこの人格のバージルを、私は心の中で黒バージルと呼んでいる
「塩分の摂り過ぎではないのか」
「んなっ、え、塩分過多でわるいかっ! マズイんだったら、味わうみたいにいつまでも吸わないでよ!」
「誰も不味いなどとは言っていない」
言うと、バージルはまだ血痕が残る私の人差し指をぺろりと舐め上げる
未だに指を掴まれているせいで逃げられない私は、その光景を引き攣りながら見守るしかなかった
「悪くはない味だ」
「う、い、いや、もうホントやめて、……」
「一日一回、啜りたい程度には美味いぞ」
「ばっ、や、やめて! 絶対やめてねそれ! 貧血になるから、絶対やめて!」
色々な意味で貧血になる、血液足りなくなる、そう叫ぶ私は首を全力で横に振った
が、嫌がる私を見て彼が素直に頷く筈もない ただ狂気が渦巻いている瞳を嬉しそうに細めるだけだった
「それなら足りなくなった分、俺の血をやる」
血痕まで綺麗に舐めとり、普段絶対に見せないような柔らかい笑みを零す彼は、本当に病気だと思う
END