Still dreaming
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定位置にコートを掛けて軽くシャワーを浴びた後、適当な服に着替える
ギィ、と鈍い音を立てて寝室の扉を開けると、薄暗い部屋の中心にある白い膨らみからは規則正しい寝息が聞こえた
その膨らみの正体は、疲れ果てているらしい恋人だった
「……まだ寝ているのか」
熟睡しているようなニナの横顔を視界に入れて、ひとつ嘆息する
昨晩はお互いに入れ違いでデビルハントの依頼が入っていた訳だが、よく考えれば近頃ずっとそんな調子で、長く一緒に過ごせる時間がほとんどなかったように思う
明け方に戻っても、たいして睡魔に襲われなかった俺は帰宅後のルーティンを済ませて、眠るニナの様子を見にそっと寝室へと入った
既に時刻は早朝を過ぎている
起こしても問題はないはずだが、と思いつつベッドサイドに腰掛けてその寝顔を真上から見下ろした
(……クマがあるな、まだ起こすには早いか)
昨夜のニナの様子を思い返す
連日依頼続きだったのは知っている おまけに昨日は小物とはいえ、僅かに悪魔の残滓を憑けて帰って来た
問題なく駆除はしておいたが、憑かれていたという事は本当に肉体的にも精神的にもかなり疲弊していたのだろう
そんな彼女に構う事もなく家を出た俺は、やはり冷淡な男だと思われているだろうか
駆け寄って来たニナの、少し寂しそうな顔が頭を過ぎった
正面から甘えに来られると、どう反応したものかと困る 困っている事を悟られないようにしている内に、つい素っ気ない態度を取ってしまう
元々感情の起伏が薄いタイプだと向こうも分かっているからなのか
口では不満を言うものの、それで機嫌をあからさまに損ねたり不貞腐れたような態度を取る事はなかった
大抵、次の日には何事もなかったようにあっけらかんとしている彼女に、俺は無理をさせているのかもしれない
分かっている 自分でも、そろそろもう少し恋人らしく、せめて丁寧に接してやりたいと
「……」
薄っすらと残るクマの痕を指先でなぞる 起きていると騒がしいが、こうして大人しく眠る横顔には脆そうな印象を覚えるから不思議だ
(せっかく、早く帰って来れたんだ 次の依頼まで半日は時間がある たまには朝食を一緒に摂るか、気が済むまで寝かせておくか……)
「ん、……ううん、」
考えている内に、寝ている人物が身動ぎして寝返りを打つ 起きてはいない けれど俺が目元に触れたせいなのか、ぴくりと目蓋が震えて何やら寝言を溢し始めた
幼いこどものような反応をするニナに薄く笑って、もう一度そこに触れようとしたその時、
「だ、だめ…… は、なして、……ちょっと、だめ、やめて」
「……何がだ」
ぴたりと、目蓋に触れようとしていた指先が直前で止まった
はっきりとしたニナの寝言に思わず目を見開いて、反射的に問いかけてしまった
先ほどまで考えていた色々が全てどこかへと吹き飛んで、不審な呟きを溢した唇に視線が釘付けになる
「……おい、」
なぜか、苦悶の表情を見せるニナ
呻いているようにも見えるが、上擦った声と少し赤らめた頬は何か不穏なものを感じさせる
際どい反応を見せる寝姿に、ひくりと喉が引き攣った まさかとは思うが、いかがわしい夢でも見ているのではないかと勘繰ってしまう
一体何をしていて、誰といる夢を見ているのか 例えただの夢だったとしても、彼女の夢の中の相手が自分以外の誰かだとしたら__
「起きろ、ニナ」
あれだけ起こすか起こすまいか悩んでいたというのに、今はもうニナを夢から覚ます事だけで頭が一杯だった
軽く肩を揺すれば、眠る横顔の眉間に皺が寄る しかし中々起きる気配がない
「や、やめて、だめだって、……バージル」
「……」
尚も寝言を溢すニナの口から自分の名前を聞き取った瞬間、深く息を吐いた
(……相手は俺か)
ホッとしてしまった自分に辟易しつつも、とりあえず恋人のよからぬ疑惑は晴れた事に安堵する しかし、そうなると今度はニナの夢の中で自分が一体何をしているのかが気になりはじめる
つい、その寝顔を食い入るように観察してしまう 変わらず起きる気配のない彼女は頬を上気させたまま、時々何か言葉にならない呟きをする
正直、これがただの寝相で寝言だというのなら、今すぐにでも矯正させてやりたいと思うほどには俺の理性と心臓に悪い
(いや、待て そもそもまともに触れた事すらないというのに、なぜ俺は夢の中の俺に先を越されているんだ)
大切にするという事に縁がなかったからこそ、今まで敢えて不用意には触れずにきた訳だが
それに何の意味があったのかと嘲笑われているような気がして、ジリ、と不快なものが胸に広がっていく
(……試されているのだろうか)
そろりと、横顔を撫でて無防備な首筋に辿り着く
脈打つ感覚と、その白さと温かさに胸の内がざわつく けれどそれは決して不快なものではない
起きているニナなら一体どんな反応をしただろうか、と想像して そのまま引き寄せられるように顔を近付ければ、呻いていた口からまたはっきりとした言葉が漏れ出る
「だ、だめ…… 恋人に、バレたら、……ひどい目に、」
「……は?」
その、ニナが呻いた言葉を聞き取ったのと同時に、自身の心臓がどくりと強く脈打った
恋人……とは、勿論俺の事ではないのか 俺にバレたら? どういう事だ、つまり夢の中の相手は俺ではないという事か?
(__俺じゃない、誰かといるのか)
そう思った瞬間
何かが全身を駆け巡り、目の前が赤く染まるような錯覚に襲われる 気づけば、曝け出されていた首元に思い切り噛みついていた
歯が薄い皮膚に当たるとニナはあからさまに肩を跳ねさせる
かなり過敏に反応したのを見て怒りは僅かに収まったが、同時に今まで感じた事のなかった凶悪な感情が、身体の内側から滲んでくるようだった
(……まだ起きない)
白い首を視界に入れながら、声には出さず呟いた 噛みついたまま、顎に少しだけ力を加える
更に深く、ニナの柔らかい首筋に己の歯が沈んでいく
「っ、」
息を詰めて首を反らす姿に、隠していた嗜虐心が煽られるようだった
普段、微塵もそういった感情を刺激するような反応は見せないくせに
無意識の彼女のほうが、どうやら自分好みの反応を見せてくれるらしい 途端に気分が高揚してくる
先ほどまでの苛立ちが消えて、今は目の前の口にした獲物をどう仕留めようか、という考えで思考が埋まりそうになる
俺ならこのまま起こさずに、ニナをどうにでも出来てしまう
あと少し、力を加えるだけで簡単に肌は破れて、赤い血が薄く滴るだろう
一筋だけ流れたそれをきつく吸い上げた時、夢の中にいるニナはどんな反応を見せてくれるのだろうか
想像しただけで、耳鳴りがしてくるほどに鼓動が速まるのがわかった
(駄目だ、こういったどうしようもない本性を出さない為に今まで我慢してきたのではないのか)
そう、微かな理性が自問してくるも、既に視界は歪みはじめて、噛んだ瞬間から口内に広がった肌の味に夢中になっている
止められる者はいない
「ニナ……」
一度口を離して、赤く色付いた噛み痕を緩くなぞる
決して生易しくないその咬傷は、果たして起きている彼女でも拒みはしなかっただろうか
鮮やかに痛々しく主張する所有印を見て、口角が上がる 自分の中に他者に対する支配欲がこれほどまでにあるとは知らなかった おぞましい発見に嫌気よりも興奮が勝る
さしあたって、まずはもう一度同じ箇所を口に含もうと顔を近づけた瞬間__
「ううっ……」
嗚咽に近い声が耳元で響いて、咄嗟にニナから顔を離した
さすがに痛みで起きてしまったかと思い、今更すぎるが後悔で身体に緊張が走る 距離を取ったまま、眠るニナの表情に神経を集中させる
やはり起きる事はなかったが、紅潮していた頬は色味をなくして少しうなされているようだった
そして今度は嗚咽ではなくはっきりと、懇願するような声でニナは呻いた
「……バージル、お、ねがい 起こして……」
「……」
そう苦し気に告げられて、まじまじとその寝顔を見詰める
今、自分が夢の中にいる事がわかっているようなニナの発言を聞いて、俺の消えかけていた理性が僅かに呼び戻された
「……起こして欲しいのか?」
(どんな夢を見ているのかと思ってはいたが、もしかしなくても単にうなされているだけだったのか)
夢の中で、一体誰にうなされているというのか
次第に高揚が消えて、再び苛立ちが芽生える
夢の中で何をしているのか、されているのか知らないが 起こして欲しいほどに自分以外の何者かに虐げられているのだとしたら
「……それは俺だけでいい」
夢でも現実でも、傍にいるのは自分だけでいい そして覚醒を俺に望むなら、叶えてやるまでだ
そう思い、悪夢を彷徨っているらしい恋人の肩を今度は強めに揺すった
「__おい、起きろニナ」
呼びかけて、何度か身体を揺するとニナは勢いよく飛び起きた
しばらく寝惚けている様子だったが、次第に意識がはっきりとしてきたのか、ベッドサイドにいる俺へと目を向けると、少し吃りながら帰宅していたのか、と言われた
寝起きとはいえ、なんとなく挙動不審気味なその態度がどうしても気にかかってしまい
徐にどんな夢を見ていたのか聞いてみたが、ニナの口からは覚えていないという言葉しか出てこなかった
しかしやはり、どことなく何かを隠しているように見えて様子を探っていると、ニナはなんともいえない顔で首筋を押さえた
瞬間、どっと背筋に罪悪感が押し寄せて、俺は思わず逃げるように腰を上げてしまった
「……とりあえず、俺は起こしたからな」
そう告げて、平静を装いながら寝室を出た が、俺の急な態度の変化に今度はニナが不審に思ったのか、訝し気な視線を送られて内心ひどく動揺する
(……いや、だったら最初からあんな事はするな)
衝動に駆られたとはいえ、後の事を考え無さすぎていた自分自身に心底呆れる
そもそも気づかない訳がない、すぐにバレる事をしておいて動揺する方がおかしいと、自分でも滑稽に思う
(どうする、言い訳のしようがない)
ニナが洗面所へと入っていく そして次の瞬間、姿が見えずとも確実に、盛大に驚いているようなニナの気配を背後で感じ取った
洗面所に響く叫び声を背に受けながら、俺は静かに掛けたばかりのコートに手を伸ばした
2021/8/8
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