In any case
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ほんっとに今回ばかりはない!」
ダン、と酒場で出されるジョッキを荒々しく置くかのように、テーブルの上を盛大に揺らす
但し置いたのはビールが注がれたグラスではなく、紅茶の入ったティーカップだ
普段コーヒーを愛飲するバージルがわざわざ紅茶を淹れてくれた事に、彼なりの気遣いを感じる
だからなのか、目の前の彼と怒りの対象である人物とを嫌でも比べてしまって、余計に視界が鬱憤で濁るのを止められない
「一週間前なの、一週間前……いや、それよりももっと前から今日は空けとけってあんなに言ってたのに、随分帰りが遅いと思ったら案の定また酔っぱらって帰って来て……」
「あいつがそういったところに入り浸るのは今に始まった事ではないだろう それとも、浮気でもされているのか」
「さぁ、口ではただの付き合いだとかなんだとか言ってるけど、それがホントかどうかなんて分かりゃしない」
「一度酒場に潜んで監視でもしてみたらどうだ」
「いやだよ、それじゃ本格的に修羅場迎えるだけでしょ」
ぎりりと歯を食いしばって文句を垂れる私に、バージルは呆れたような顔を向ける
だいぶ見慣れたその表情は一見冷めていて、けれどほんの少しだけ心配してくれているような気配も感じるから、結局私は甘えて愚痴を吐き散らしてしまうのだ
いっそ迷惑極まりないと追い出してくれれば大人しく帰りもするのだが いや、どっちにしろ怒りの吐き出し場所を変えるだけで、彼のいる事務所へ帰ろうなどとは、思わないだろう
「あーあ、ダンテがバージルぐらいストイックなら毎回こんな風にはならないだろうに……」
「無理な相談だな いっその事本気で別れてみたらどうだ」
「別れ話ならもう何十回もしてるけど でも最終的には丸めこまれるんだよね、私ってちょろいのかなやっぱり」
「そうかもな」
「お願いフォローして……」
ううう、と頭を抱えながら思わずテーブルに突っ伏した
まぁ、見抜かれている通り私がどれだけ怒ろうが最後は上目遣いのごめんですべてを許してしまうのが私であって、そんな私の事を知り尽くしているのがダンテという男である
彼が、他の誰かに手を出してるだとか現地妻をつくってるだとか、そんな事は正直ないとは思っているし、私の事をちゃんと大切にしてくれているのも知っている
喧嘩の原因のほとんどは、そういった事ではない
「あと何回約束すっぽかせば気が済むんだか……」
はぁ、と頭を沈めたまま、疲れの濃い溜め息を零す ダンテはよく約束事を忘れる 急に出向かなければならない仕事を生業としているのだから、約束を守れない時だってあるのは分かる
けれどダンテはそうでない時でも約束を忘れたり、連絡するのを忘れたりと、とにかくなにかと忘れっぽい男なのだ
まぁそれが二桁以上の回数でなければ私もここまで毎回憤りはしない
でも、実際そろそろ三桁いくんじゃないのかという回数まで昇り詰めているから、こうして私は嘆くのだ 嘆くというより、ただただ喚いているだけだけれども
「どうせさ、私といるより酒場でだべってるほうが楽しいんだよダンテは」
「また今回は随分と卑屈になっているな」
「そりゃあ私みたいなガキっぽい女より、モデル体型のセクシーダイナマイトな酒場の女の人のほうが? 色気もあって見ごたえもあっていいでしょうよ!」
「俺は、お前のガキ臭いところは嫌いではない」
「ありがとうバージル…… そっか、バージルってロリコンの気があったんだね」
「訂正する お前の全てが嫌いだ」
「いいよ訂正しなくて!」
わっ、と泣き真似をし出す私を見れば、呆れを通り越したらしいバージルの可哀想なものでも見るような視線が突き刺さる
痛いけど、今はそんなバージルでもダンテよりは随分とマシに思えるから重症だ いや、文句を言いつつ構ってくれるバージルは、なんだかんだで優しい
こんな女、ダンテでなくても相手にするのは面倒臭いだろうよ
「バージルって冷たいけどまぁまぁ優しいよね すごく分かりにくい優しさで見落としそうになるけども」
「そうか なら今度からは何か手土産でも持って来るんだな」
「バージル、無償の愛って知ってる?」
「お前、俺がここまで優しくしてやっているのは善意からだとでも思っているのか?」
ぎぃ、とイスを引いたような音がしたと思ったら、不意に頭上を覆う影
イスから立ちあがったバージルに真上から見下ろされて、座ったままの私は思わず固まった
先ほどまでの雰囲気からがらりと変わって本気で冷たい気配を纏うバージルを前に、私は蛇に睨まれた蛙状態になる
……何故、いきなりこんな、緊迫した空気に?
「愚弟の女が泣き喚いていたところでそれを俺がわざわざ慰めてやる義理などない……そうだろう」
「え、で、でもバージルさん、今日までしっかり愚痴聞いてくれてたじゃないですか……」
「そうだな、何故だと思う」
冷たい、けれど静かに揺れる瞳の奥に今まで感じた事のないバージルの燻りを目の当たりにして、不自然に喉が引き攣った
降り注ぐ重圧感に圧し潰されそうなのに、目が離せない
「何かあるとしたら、それは本来、俺のものになる筈のものだったからだ」
「……へ、」
「次俺のところに泣きに来た時は、もう優しく話を聞いてやれはしない 覚えておけ」
と言った瞬間、張り詰めた空気が霧散していつもの彼に戻った
まるで何事もなかったかのようにイスに掛け直し、テーブル上にあった書物に目を通し始めるバージルを固まったまま見つめる
今、なにか私はとんでもない宣告をされたのではないのだろうか
ぎぎぎ、と動きの悪い身体を浮かせて、席を立とうとする
が、立とうとすると目の前の視線が本から離れて、すっと私に向けられてしまい、途端に身体はイスへと逆戻りした
無言の中、急に大人しくなった私を盗み見る彼の口元が、愉快そうに歪む
ダンテとは比べ物にならないほどの加虐心に染まったそれと視線を合わせないようにしながら、私は震える手でティーカップを取った
(そ、そろそろ帰ろうかなー……)
(茶ならまだあるぞ 遠慮する事はない、寛いでいけ なんなら、向こうのソファに場所を移すか)
(ぎゃあああ、ごめ、ごめんなさいっ、もう愚痴零しに来たりしないから、勘弁してくださいーっ!)
(……そうだな、今度からは愚弟に泣かされる前に俺のところへ来い)
2014.7.26
_
1/1ページ