mirage
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これといって普段と変わりない、穏やかな昼下がり
あたしは携帯電話を弄びながらソファに凭れかかっていた 唐突に画面が切り替わり、誤操作でタップしてしまった広告が開く
特に興味のある内容ではなかったけれど、暇だったのでぼんやりとその内容を目で追った
『あなたの身近なひとは、あなたの事をどう思っている? 占いコーナー無料 あなたとの相性は……』
俗っぽい占いの売り文句が並ぶ画面を見て、欠伸を零す なんだか眠くなってきてしまった
少しだけ眠ろうかと携帯を放ろうとしたその時、斜め上から聞き慣れた声が降りかかり顔を上げる
「何を見ている?」
見下ろしてくる碧眼の彼は、両手にマグカップを持っていた
「いや、特に何も」
「何か見ていただろう」
「えーと…… 何かのアプリの広告? あなたの身近なひとはあなたの事をどう思ってるでしょうとかなんとか」
「何だそれは」
片眉を上げて首を少しだけ傾けるバージルが、持っていたカップをひとつこちらに寄越してくる 珍しい
バージルがあたしにカフェオレを淹れてくれるなんて、滅多にあることではない
いや、よく見たらコーヒーだった……しかも好んでは飲まないブラック せめて砂糖ぐらい入れてほしかった
バージルはあたしのすぐ隣りに腰掛けて、一口淹れたものを啜る
「占いか?」
「え? あ、ああそう 登録すると一回は無料で出来る……のかな」
「身近な者がなんだと?」
「えっ、だから身近なひとは自分の事をどう思っているのか診断出来るっていう、よく生年月日とかで相性占うやつあるでしょ、多分あんな感じの……」
「やってみたのか?」
「ええ?」
隣りに座るバージルに顔を向けて、軽く困惑したような声を上げる
こんな話題にバージルは喰いつくのか いや、なんだかおかしい いつもならあたしが何を見ていようが特に気にも掛けないのに
しかも占いなんて明らかに興味外の分野なんじゃないのか 一体どうしてそんな事を訊いてくるのだろう
訝しげにバージルを見やったまま、マグを一度目の前の机の上に置いた
「やってはいないけど というか、こんなの当たる訳ないと思うし、別に知りたくもないし」
「どう思われているのか知りたくはないのか?」
「身近なひとに? まずどう思われているか知りたいと思う身近なひとが別段いないと言うか……」
そこではたと止まり、何気なくバージルに問い掛けてみる
「じゃあ、バージルがあたしの事どう思っているのか、占ってみようか」
本人の居る前でこんな事を実行するのは、多少馬鹿げている気もするけれど
話題に乗ってくれるのならこちらも乗るまでだと思い、携帯を持ち直す が、操作する前にバージルが口を開いた
「そんな事、占うまでもない」
カップに口をつけたままそう言うバージルの横顔を視界に入れながら、自身の動きがぴたりと止まる
「お前はこのままずっと変わる事なくいてくれれば、俺はそれでいいと思っている」
至極真顔でそう言いのけたバージルを見て、こちらの時間が止まってしまった
……え? 今の幻聴? なに、自分の願望が幻聴になって聞こえた? いや、別に今のは願望でもない 予想もしない台詞だったと思う
「え? あ、あの、ごめん、今のもう一回聞いても……」
「お前はこのままずっと変わらずにいて欲しいと「あああ、ごめん、分かった、もういい、もういいから」
続きを言われないように、慌ててバージルの言葉を遮った
なんだ、本当にどうしたんだ、この人?
さっきの質問が悪かったのだろうか、何がいけなかったのだろうか、今日のバージルは本当におかしい
いつもならだらしがないだとか、もっとちゃんとしろだとか、早く起きろだとか説教ばかり並べてくるのに
そんな鬼が変わらずにいてくれだなんて自分に言うだろうか いや、口が裂けても言わないだろう
しかし今現在、当の本人は焦るあたしを見てどうした? と心配そうな顔を向けてくる始末だ 正直どうしたはこっちが訊きたい
……いや、待てよ もしかしたら……
「バージル、熱でもあるんじゃ……」
「は?」
目を瞬かせるバージルの顔に、通常装備の不機嫌な表情がない
無表情といえばそれまでだが、今のバージルはどちらかというときょとんとしたような、不思議そうな顔をしている
こんな顔も珍しい やっぱりどこか体調が優れないのかもしれない あたしはバージルの額に手を伸ばして、熱を測った
「熱は……ううん、ちょっと分からないな」
少し熱く感じるけれど、元々自分より体温の高いバージルはこれが平熱なのかもしれない
むしろバージルの平熱って何度なんだ それが分からないと高温なのかどうかも分からないじゃないか
ひとり思案していると唐突に手を掴まれて、やんわりと額から手を離された
「、急に触るな」
少し驚いたようなその声色に気付いて、反射的にバージルの顔を窺う そして次の瞬間、目を見開いた
バージルはこちらから視線を外して俯きがちに顔を逸らしている けれど、その顔色がほんのり赤く染まっているのは一目瞭然だった
バージルの肌は白い 白いから少しでも頬に赤みが差すと、それがひどく目立ってしまう
今も頬から目元に架けて走った赤色は、彼の肌色を一層白く際立たせている
……いや、ちょっと待って欲しい
これはこちらもどう反応していいのか、よく分からない
「え……あの、やっぱり熱がおありなんですか……?」
「……お前が触れるからだ」
「いや、ちょっっと、ちがうでしょ、ちがうって、だから病気かなんかなんじゃないのって心配してるのあたしは! さっきから!」
「俺が病気など、罹ると思うか 心配するな」
「いや、今ものすごく心配になってしまったんですけど……」
まだほんのりと目元を染めたまま、バージルはこちらに視線を向ける
同時に掴まれている手首に力が入り、思わず背が引き攣ってしまった あつい とんでもなく掴まれている手首があつい
喉までもが引き攣りそうになる中、バージルはじっとこちらを見詰めたまま口を開いた
「お前は、どう思っている?」
「え、は、はい?」
「お前は俺の事をどう思っているんだ?」
「は、あの、どうって……いやどうもこうも、」
なぜか突然尋問が始まってしまったことに焦りながら、あたしは視線を泳がせる
変わらずバージルから浴びせられる熱視線が痛い 痛過ぎる 掴まれている手首も熱いを通り越して、痛かった
話題を逸らしたいが、どうもそんな事は許されないような空気が張りつめている
逃げる事も出来ずに真っ白になりそうな頭の中で、上手い答えをつくろうと必死に頭を回転させたが
間を空けると目の前の人物はあからさまに溜め息を吐き出した
「どうした、答えられないのか」
「えっ、いやあの、こ、答えないと駄目ですか……?」
彷徨わせていた視線を少しだけ戻すと、悲しげな色の瞳と視線が合う
え、待って どうしたのその寂しい表情は
「……どうとも思っていない、という事か」
そう呟くと、バージルはふいっと視線を外した
え、ええ、なにこれあたしが悪いの!?
なんだか気まずい空気に飲まれつつある状況に、益々頭がパニックになる
まるで拗ねているようなバージルの横顔を見て、どうしたものかと盛大に首を傾げた いや、とにかく弁明しておくのが先だろうか
「ちがうちがう、どうとも思ってない事なんてないって、」
「では、どう思っているんだ」
「ええ、いやだから、どうって……」
ちらりとこちらを見やり、同じ質問を繰り返してくるバージル
どうやらこの話題からは抜けさせてくれないようだ
あたしは言葉を濁しながら頭を捻る どう思っているか……なんて、正直そこまで深く考えた事などない
バージルはバージルだ 自分にとってそれ以上でも以下でもない
……そうか、それならバージルが自分に言ったように、変わらずそのままでいてくれれば~の答えでいいんじゃないだろうか
変わらず今まで通り、時に怒られ怒鳴られ説教されて 時にはしばかれてって こう思うと割とやめて欲しい事項が多いことに気付く
え、どうしよう 素直にこういうのやめて欲しいと思っている、なんて言ってしまっていいのだろうか
目の前の人物をちらりと見やれば、どこか期待するような視線をこちらに向けている
いや、ここは空気を読むべきだろう
「ええと、あの、あ、あたしもバージルはそのままでいてくれればいいかなぁって、思ってる……よ」
挙動不審気味に言い切った後、恐る恐るバージルの様子を窺う
するとさっきまでの寂しげな雰囲気は失くなり、かわりに満足そうに目を細める姿が視界に入った
「そうか」
今の今まで掴まれっぱなしだった手首が一瞬だけ解放されて、けれどすぐに握り直される
ひどく嬉しそうな声色のバージルをぽかんと見詰めていると、今度はこちらの体温がじんわりと上昇していくのが解った
……もしかしたら、今自分はバージルにつられてとんでもない事を口走ってしまったのかもしれない そう思った途端、上がった体温が一気に頭に押し寄せてくるような感覚に襲われる
そんな、初めて味わう動揺を隠すために、すっかり冷めきってしまった苦いコーヒーを手に取ろうとした
「__夢オチっっ!?」
がばりと上体を起こした後、寝惚けた声を上げる
真っ先に視界に入ったのはソファのクッション 次いで奥のキッチンに佇むバージル
「……あ、そ、そうか、夢か」
「どうした」
眉根を顰めてこちらを窺うバージルの、普段と変わらない不機嫌そうな顔を見て一瞬で現実に引き戻された そうか、そうか やっぱり夢だったか
……あれ、一体なんの夢を見ていたんだっけ
「何を寝惚けている」
「いや 何か、けっこう心臓に悪い夢を見てたみたいで もう覚えていないんだけど」
「悪夢か」
「う、悪夢……だったのかな」
首を傾げながら頭を掻けば、日頃の行いを改めろという事だな、と言って馬鹿にしたような声色をバージルは吹っかけてくる
「寝起きに説教はやめてくれませんかね」
「説教ではない、忠告だ 大体こんな時間にそんな所で転寝などしているからくだらない夢を見るんだ、生活態度を見直せ」
「いやもう、全然説教じゃないそれ」
「いいからその寝惚けた顔をどうにかしろ さっさと目を覚ませ」
言うと、バージルはマグカップをひとつこちらへ寄越してくる 思わず目を見開いて、あたしは瞬きした
淹れてくれたのと訊けば、自分のカップに口をつけながらついでだと言って二階へ消えて行ったバージル
受け取ったマグの中身はあたしの好きな温かい、カフェオレだった
(甘い飴より誠実な鞭)
2020/9/18修正
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