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郊外にある公園の、更に少し奥まった場所に構えられた静かなカフェ
そのテラス席で、夏のじりじりとした太陽光を日除け越しに感じながら、休日の午後を過ごしていた
頼んだ冷たいレモネードを一口含んだのと同時に、手の中にある携帯電話が震えたのを確認する
『悪い、もう少しだけ仕事が長引きそうだ でも明後日までには終わると思う』
画面に映し出されたダンテからのメッセージを見て、ひとつ息を吐いた
珍しくダンテは大掛かりな依頼を請け負って、しばらく事務所を離れているところだった
もう三日になるだろうか 一週間はかからないと告げられてはいたけれど、例え依頼自体が連絡通り明後日で終わったとして
それで寄り道をせずにダンテが帰ってくるとも思えなかった なんだかんだで彼がこちらに帰ってこれるのは、一週間以上かかるかもしれない
「はやく無事に帰ってきてよね~……」
呟いて、携帯画面の文字の羅列をじっと見つめてからひとり嘆息する
どうにもそわそわとしてしまうのは、ダンテの安否を心配してるのも勿論だが、他にも今の自分には気が落ち着けない理由があるのだ
ふと、ダンテの顔からその理由の当事者の顔を思い出して、思わず頭を振る
彼に穏やかではない宣告をされてからも、数週間が経とうとしている
その間、何の音沙汰も進展もなし なし、というより、なにも起こらないようにしていたというのが正しい
ここ最近はなるべく考えないようにしていたし、接近する事も以前のように訪ねに行く事も止めていた
逆に意識してしまっているような気もするけれど、とにかく今は自意識過剰でも関わるのは控えたほうがいいと、そう思っていた
なにしろ彼の言う言葉のほとんどは、冗談なのか本気なのか判断するのが難しい
冗談だったのならそれはそれでいいのだが もしそうでなかった場合の時が非常に困るのだ
(いやいや、私はダンテの恋人で、私が好きなのも彼ひとり 何も不安に思う事なんてない……はずだ、)
そう頭では理解しているのに、自分の気持ちになぜか自信がもてなくなってしまっていた
それほどまでにあの日見た彼の眼差しが、鮮明に今でも脳裏に刻まれている
まるで魔法にでもかけられたかのように、忘れる事ができなかった
いや、もしかしたら本当に呪いか何かかけられてしまったのではないかと、どんどん思考がおかしな方向へと絡まって結局最後は停止してしまう
それの繰り返しだった
なのでしばらくは触らぬ神に祟りなし精神でやり過ごしたかった訳なのだが__
ふっ、と 突然目の前のテーブルに濃い影が落ちる 人の気配に気づいて顔を上げれば、テーブル脇に涼しげに立つ人影と視線が合った
瞬間、びしりと身体が固まってしまった
「ここは空いてるか」
……彼はバッドタイミングが読めるのだろうか
今まさに、考えないようにしていた人物を考えてしまった瞬間に、まさかの元凶が現れた
夏の暑さを感じさせない装いで、彼ことバージルは間抜け顔で口を開けている自分を冷たく見下ろしている
そしてこちらの確認を待たずに、対面するイスにあっさり腰掛けてしまう
まだ、何の心の準備も出来ていない
唐突過ぎる登場に心臓がばくばくと鳴って、暑さからくるものとは違う汗が背筋を伝った
いや、しかし、ここであからさまに動揺するのはまずい どうにか緊張を悟られないようにしなくては、
「バ、バージル、久しぶり~ ぐ、偶然だね、どうしてここに……?」
だめだった
どう聞いても不自然で、ぎこちない声しか出てこなかった
けれどもなんとか精一杯の引き攣った笑顔をつくり、声を掛ける そんな私を一瞥したバージルの片眉がぴくりと反応したのを見て、慌てて視線を下げた
テーブルを這うように見つめながら、下手に挨拶するんじゃなかったと瞬時に後悔する
対してバージルは、そんな自分の気まずい心境を見透かしているような声色で、わざとらしくああ、と呟いた
「ちょうどお前を捜していたんだ」
「……え?」
「相談に乗って貰いたい事があってな」
そ、そうだん…? と、言われた言葉を復唱して、引き攣った顔のまま首を傾ける
一体突然何をと言いたげな自分を視線で制して、まぁ話ぐらいは聞け、と静かに告げられる
その、至って以前と変わらない無機質だけどもそこまで威圧感はない彼を見て、私も少しだけ平常心を取り戻した
落ち着こう バージルの話の内容は知らないが、ここは落ち着いていつも通りに世間話をすればいいだけだ
そう自分に言い聞かせながら、目の前のグラスを取る
「で、その相談、話したい事って?」
「少しからかっただけで嫌味なぐらい顔を見せなくなった女の話を聞いて貰いたいんだが」
「ぐっっ……‼ げほっ、」
平静を装うために口に含んだレモネードが逆流して、嚥下されずに喉で詰まる
動揺をまったく隠せずげほげほと咽る自分を、もうすでに不満しかなさそうな目でバージルはじっと見据えてきた
避けてきた話題を振られて見事に焦る自分を見やり、呆れたように腕を組む
「どうした、何か心当たりでもあるのか」
「い、いや、心当たりっていうか……、その、何と言いますか……」
いきなり核心に触れてきたバージルは、この話の続きをする為に私に会いに来たのだろうか
わざわざ捜しに来たぐらいだ バージルも何が原因で自分がぱったりと姿を見せなくなったかなんて、分かりきっているんだろう
分かっていて、会いに来たという事は…… と思い、また追い込まれるような展開になりそうで、動揺と冷や汗が止まらなかった
「え、え~と、そういった話は今ちょっと精神衛生上受け付けていないと言いますか……」
目の前の突き刺さる視線と振られた話題から逃れるようにして言葉を濁すが、流石にそれを許すほどこの男は甘くない
探るようにこちらを上から下までねめつけながら、ゆっくりと口を開く
「人には散々好き勝手につまらん相談をしておいて、俺の相談は聞けないのか 随分と薄情な奴だな」
「い、いや それはその、もう本当に反省してるし二度とその手の相談、というか愚痴こぼしはしないから……!」
「別に話を聞かないとは言っていないだろ 気にせず、愚弟との痴話喧嘩を話しに来てくれても構わないとは言った筈だ __それ相応の覚悟があるなら」
「だからそんな覚悟ないから行かなくなったんだってば!」
もうすっかりとバージルのペースに乗せられて、触れたくなかった話題に思い切り触れてしまっている自分に呆れてしまう
が、どっちにしても今言った事が嘘偽りのない本心だ
バージルの嘘かほんとか分からない警告を聞いた上で今まで通りに会うなんて、そんな度胸も自信もないし、浮つくような気持ちだってない
だから、何事もなかったようになるまで会いたくなかったのだ
「ていうか、か、からかってる自覚あるならもうやめてよ 冗談でも趣味わるいでしょ……!」
「からかった自覚はあるが、冗談を言ったつもりはない」
しかしこちらの望みとは反対に、目の前の人物は先ほどからあの時の言葉を肯定するような事ばかり言い放つ
腰掛けたイスから背中を離すと、バージルは少しだけこちらを覗き込むように首を傾けた
それに驚いて縮まった距離を離すように身を退こうとすれば、その前に掴んでいたグラスに手を掛けられて動きを止められる
グラスの縁を片手で掴むバージルの力が強くて、堪らず顔を上げた 相変わらず冷たい色の双眸と視線がかち合うと、本気で魔法にかかってしまう
そうなる前に、最後の抵抗として私は恋人の名前を呼んだ
「……だ、だから、そういうの反応に困るんだってば 私はあくまでダンテの、」
言おうとした言葉はバージルがこちらに鋭く視線を向けた事で、また遮られてしまった
前回彼の家で喚いていた時に急変した雰囲気と同じように、圧迫感のあるその視線を受けると息をするのも忘れそうになる
今、この空間の絶対的な支配者になった彼の前では、自由に話す事さえ叶わなくなってしまうかのようだった
日射しより熱く突き刺さる視線は息苦しいほど痛いのに、銀箔に縁取られた瞳はひどく綺麗で一度見てしまうと自分からは、逸らせない
「怖いのか?」
そんな、全ての体力を奪われる一歩手前状態な自分を試すように、バージルは訊ねてくる
虚勢も張れない自分を哀れに思ったのか、少しだけ張り詰めていた空気を緩めてくれた
なんとか余力を振り絞って彼の質問に何が、と口を開けば、目の前で整った口角がゆっくりと上がる
「ダンテから、俺に心変わりしそうな自分が」
__言われて、今度こそ自分の体力が底を尽きた
「……そうだな、今までの行いを反省してる自覚があるなら今度は手土産を持って家に来い」
相談の礼にな、と付け足して、バージルは席を立つと何を思ったのか、私の手元にあった飲みかけのグラスを掴んだまま、取り上げる
それからすでに氷が溶けてかなり薄まったそれを、全て飲み干してしまった
2020/9/8
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