夏風邪
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ふ、と 意識が急速に浮上する
張り付く目蓋に力を入れてぼやける世界を視界に入れた瞬間、息を吐くような音がひとつ耳元で溢れた
「……気付いた?」
「……あ、れ 私」
「倒れたんだよ 覚えてないの?」
障子から薄い光が差し込む見なれた部屋で、横たわる自分
暫らく視線を彷徨わせた後、声のした方へと顔を向ければ、心底呆れた様な顔をする佐助さんを見つけた
不機嫌を隠す事もせず眉間に皺を寄せた佐助さんは、そっと私の額に手を伸ばした
「まったく、人に散々あれこれ言っといて結局自分が倒れるとか 呆れちゃう」
「私、は、別に疲れで倒れたわけじゃないと思いますけど……」
「そだね 風邪だってさ ねぇ、少し痩せたんじゃないの」
額に置かれた冷たい手が、するりと私の頬を滑る
輪郭を確かめるようになぞる指がくすぐったくて、思わず枯れた喉を震わせれば、笑うところじゃないと怒られた
「うぐ、さ、佐助さんがくすぐるから……」
「あのねぇ、自分の今の状態わかってる? 風邪引いたのだって、身体に栄養が足りてないからでしょ ちゃんと食べてるの?」
「……食欲がないんです、」
この時期は毎年毎年、夏負けして体調を崩す者は少なからずいる 暑さに滅法弱い私もその中のひとりで、食欲不振に陥るとすぐに風邪を引き起こしてしまうのだ
と言っても、寝込んでしまうほどに風邪を拗らせるのはこれが初めて
いくら調子が悪いと言ってもどうにか働けるぐらいには身体を整えておかないと、他の女中達にも迷惑を掛けるし、自分なりに自分の体調には気をつけていたつもりだ
けれど、今回は私の体力も限界を超えてしまったらしい
みっともないところを見せてしまったな、と思いつつも不調の原因を呟けば、ぐっ、と何かを口元に押しつけられた
「な、んですか」
「俺様特性の滋養粥 食べてくれるよね?」
「う、だから、あんまり食べたくないんですってば」
「駄目だよ、痩せた分、取り戻して」
「無茶言いますね……」
拒否するも、お手製らしい粥の入ったお椀をぐりぐりと佐助さんは押しつけてくる
堪らず逃げようとして上体を起こしたが、あっと言う間に肩を捕まえられ布団へ逆戻りさせられた
「はいはい、病人はお布団で大人しくしてましょーねー」
「いっっ……、ちょ、佐助さん肩いたいです、離してください」
「大人しくこれ食べてくれれば離してあげる」
にこにこと、笑顔を浮かべながらも黒い威圧感と共に言われれば、ひくりと喉を鳴らして逃げるのを諦めた
私の改まらない態度が気に入らないのか、佐助さんの機嫌は頗る悪い 薄暗い室内と霞む目のせいで、その表情の細かいところまでは分からないけれど
纏う空気からぴりりとしたものを感じる気がした
「さ、佐助さん、こんなところで油売ってていいんですか お忙しい身でしょうに」
「まーねー、この前ぶっ倒れたせいで、結構溜まっちゃったお仕事もあるしねぇ」
「で、でしょう だったら早く、」
「うん、りょうちゃんがしっかり食べて、しっかり眠りに就いたら出てくよ」
笑みを消して、真顔でそう告げる彼にようやく観念した私は、小さく頷いて食べる意思を見せる
再び起き上がる私を手伝って背に腕を回してくれる佐助さんの表情は、やはり窺い知れない 無音と無言が痛い
なんだか居た堪れなくなった私は、ほとんど無意識に謝罪を口にした
「……すみませんでした」
「駄目、許さないよ」
「え、……」
すぐさま返される冷ややかな言葉を聞いて、益々居た堪れなくなる
思いのほか怒っているらしい彼の返答に縮こまりつつ、視線をうろうろと彷徨わせてこれはまずいなぁ、と胸中で呟いた
と、僅かに落ち込んだ瞬間、不意に冷たい感触が私の手の甲を覆う
「……倒れてから謝ったって、しょうがないでしょ」
きゅ、と指と指の隙間に割って入る、ひんやりとした指の感触
絡まって、存在を確かめるような力が加わると、自然に目線が上がってしまう
今日初めて正面から捉えた彼の瞳は私の痩せた手に向けられていて じぃ、と一点だけを見つめるそれは何かを堪えるように光を蓄えて、揺らめいていた
「……佐助さん、」
「……なぁに」
私以上に掠れた声が、部屋に零れる
今にも決壊してしまいそうなそれに気付かない振りをして、私はもう一度、謝罪を口にした
(心配かけて、ごめんなさい)
2014.6.2
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