falling for you
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コツコツと、路地を歩く自分の靴音が夜のしんとした空気を震わせる
夜、と言っても深夜に近い時間帯 本当なら出歩かないほうがいいと分かってはいたのだけれど
買い溜めしていた筈の冷蔵庫の中身が全く無い事に帰って来てから気付いて、仕方なく私は食料調達の為に外へと繰り出していた
そして今現在、再び自宅へ戻ろうとしている
「……やっぱり明日にしておけばよかったかな」
ところどころ切れかかった外灯に照らされた静かな夜道は、自然と歩く速度を急がせる
遠くで犬の遠吠えのようなものが聞こえて、思わず肩を竦めた かなり後悔し始めていたが、買い出しに行かなければ今夜の夕食にはありつけなかったから仕方ない
手提げ袋を持ち直して、人気のない道をとにかく早くと歩き進めた
もう少し、あともう少し あの角を曲がれば比較的住宅の多い、明るい路地へと出られる そう思った矢先__
角を曲がろうとした瞬間に、その反対側からぬっと黒い人影が現れた
「! わっ、」
ぶつかる、と思い反射的に目を瞑って硬直する 現れた人影がまさかの危険人物ではないことを祈りながら、恐る恐る目を開けると
「……何をしている」
「え?」
聞き覚えのある声が降り掛かる
目の前にいたのは危険人物などではなく、よく見知った顔だった
「あれ……、バージル?」
驚きと安堵が入り混じった視線で、ぶつかりそうだった人物をまじまじと見上げる
向こうも僅かに驚いているようだったが、私を上から下まで見やると暗い中でも彼の眉間に皺が寄るのが分かった
「こんな時間に何をしている」
「えっとー……買い物?」
「買い出しなら昼間にしろ」
淡く光る銀髪を撫で付けながら、バージルは呆れたように息を吐く
こんな時間に外をうろつくな、と責めるように向けられたその視線に苦笑いで応えた
「だって家になにも食べるものなくて」
「一食ぐらい、我慢出来るだろ」
「それが、今日は朝からあんまりまともに食べてなかったからさぁ、お昼もちょっと食べ損なっちゃってて」
「……」
ものぐさな私を日頃から非難してくる彼の、呆れを通り越して軽く引いているような視線が突き刺さる
まぁ、家に少しも食料を常備しておかない自分が悪いので、それもはははと苦笑いでやり過ごした
バージルは暫らくじっと怪訝そうにこちらを見やった後、徐に背を向けて私の前を歩き出す
彼の自宅は確か逆方向……そのまま動かずにいる私を振り返り、早くしろと言わんばかりに一瞬だけ視線を寄越す
どうやら、家まで送ってくれるらしい
***
「バージルは、依頼の帰り?」
「ああ」
「悪魔退治の?」
「……そうだが」
「そっか、それにしては、なんていうか……」
「なんだ、」
私の視線が気に障ったのか、バージルは顔を顰めて私の言葉の先を促す
「いや、あんまり汚れてないなと思って」
「汚れ……?」
言えば、バージルは首を少しだけ傾けた 相変らず訝しげにこちらを窺うバージルを見返しながら、私は彼の双子の片割れのことを思い出していた
前に彼の弟のダンテが今夜のように私と遭遇した時のこと
やはりデビルハント帰りだと言った彼は、顔こそ疲れてなさそうだったものの、見てくれはかなりボロボロだった
なんの汚れか定かではないが、元の色とは違う色でところどころ染まり、汚れて裂けたコートを羽織っていた彼は、まるでゴミ収集車にでも放り込まれたのかと思うような有り様で
「大体悪魔関連の依頼の後は、いっつもこんな感じだって言ってたから……バージルもそうなのかなぁと勝手に思ってただけ」
「あれと俺を一緒にするな」
あからさまに不機嫌な顔つきになったバージルは、あの時のダンテとは正反対に普段の装いと全く変わらなかった
さきほどまで悪魔と交戦していたとは思えない
返り血はおろか土埃ひとつ付いていない真っ青なコートは、彼の潔癖さをそのまま表している
「大物ならともかく、低級相手に毎度服を汚しているようでは話にならんな」
「毎度かどうかは知らないけど まぁダンテは何しても派手そうだし、派手に退治する分、派手にコートも汚して帰ってくるんじゃない」
見事に裂けたコートを少し弱った顔で見やるダンテを思い出して吹き出しそうになっていると、横に並ぶ人物の眉間にまた皺が寄った
ああ、ダンテの話ばかりだと彼は面白くないかと思い、慌てて別の話題を振ろうとわざとらしく咳払いをして
しかし次に私が口を開くのよりも早く、前方に彼の腕が突き出され突然の通行止めを喰らう
「? なに、」
「止まれ、動くな」
静かに、けれど有無を言わせない圧力を持って言われた瞬間、彼の声色に少しだけ緊張が含まれているのに気付いた
険しい顔つきの原因は道中の話ではなく、彼の視線の先にあるようで
「え、な、なに、も、もしかして」
「……運が悪かったな」
不穏な気配を感じ取った彼の腕に押されながら数歩後退して、私も事態を察した
噂をすれば影とはよく言ったものだが、出来れば彼の双子のほうが来て欲しかった
「囲まれているな 数は然程多くないが……どうする?」
「いや、どうするも何も、そこはどうにかして頂きたいんですが…」
「そうか では、お前からの依頼ということでいいんだな」
「え? いや、あ、わかった、それでいい、それでいいから、とにかく安全に家まで帰して欲しいです……!」
緊急事態にも関わらず中々動かないバージルを急かすように捲し立てれば、彼は一瞬だけこちらを見やった後、いいだろう、と小さく笑った
彼の呟きが耳を掠めたかと思ったら、一瞬にして目の前の景色が変わりぐらりと身体が傾いた
遅れてやってきた浮遊感に驚いた上体が倒れそうになるのを、背後からしっかりと片腕で支えられる
「ここで待っていろ」
と、続けざまにバージルの声が掛かり振り向けば、すでに彼はいなくなっていた
さっきまで自分達が居たところからどれだけ離れたのかは分からないが、一応彼は私を比較的安全な場所へと避難させてくれたらしい
年季の入ったアパートの脇に設けられた、非常用階段と思われしきそこに置いていかれた私は、遠くで微かに聞こえる金属音を頼りに目を細める
夜の暗闇の中、何が起きているかなんて常人の私ではまったくわからないけれど 確かに彼は私からの依頼を遂行してくれているようだ
暫らく経って、周囲がまた静寂に包まれだした頃
元々本当に交戦しているのかどうか判断つかないほど、バージルと現れた悪魔との攻防は静かなもので
それがとうとう本当に静まり返ってしまい、何の音沙汰もないのが段々と不安になってきていた
「……もしかしなくても忘れられてる?」
と、悲しい予感が頭を過ぎり無意識に溜め息が漏れる
いや、流石にそれはないだろうと思うものの、あまり他人にそこまで意識を向けない彼が、果たしてちゃんと私の存在を頭の片隅に残してくれているだろうか
そこは不安なところだった そして若干不安定で足場が悪い場所に残されたせいで、自分で降りることも出来ない
バランスが取れないのと、夜の寒さが身に沁みはじめたせいで、両足が徐々にだるくなってきている
「バージルさーん……」
寂しいところに突っ立ったまま、よわよわしく消えた人物に呼び掛けた
「……頼むから忘れないで〜」
「ニナ」
「ぅわっ!」
ないだろうと思っていた返事が突然、背後から聞こえて思わず叫びそうになる
肩を揺らして振り返れば、消える前と何も変わっていない姿の彼が立っていた 衣服の乱れもなければ、驚き顔の私とは反対に涼しげな表情でこちらを見据えている
「び、びっくりしたー、いきなり後ろから声掛けるのはやめてくださいよ」
「呼んだのはお前だろう」
また呆れたようにひとつ息を吐いてから、終わったぞと告げるバージル どうやら悪魔退治は無事に完遂してくれたようだ
余裕綽々、というか 疲労など微塵も感じさせない彼を見て流石だな、と思いながら私もとりあえず安堵の息を吐く
戻って来てくれたことにも感謝しつつ、ご苦労さまと声を掛けて一歩踏み出せば、いきなり膝が折れて咄嗟に腕を掴まれた
「おい、気をつけろ」
「あ、ごめん なんか足がふらついて」
言うと、バージルは私の状態を察してすぐさま安定した場所へと降ろしてくれた
平らな地面へと戻った瞬間に緊張がほぐれて、益々足がよろよろとふらつく
「どうした」
「あ、ちょっと足場の悪いとこにいたせいでなんかバランス感覚が……いや、大丈夫」
暫らくすれば収まるふらつきだろうから、問題ないと頷く
しかし酔っ払いのように左右に揺れる私を、バージルはどこか不安げに見つめてくる
「……抱えて家まで送ってやろうか」
「か……い、いや流石にそれはちょっと……」
思わぬ申し出に、慌てて首を横に振った 流石に恥ずかしいし、何よりバージルに自分の重量感をたっぷり知られるのが嫌過ぎる
大丈夫を連呼してふらつきながら姿勢を正すが、丁重にお断りをしても中々彼の視線は外れない
「その調子だと家まで時間が掛かるぞ」
「そ、そうかもだけど……」
す、と手を差し出されて思わず目を瞬かせた 彼の手と顔を交互に見やり、冗談でもなさそうな彼の視線に本気なのか?と、戸惑う
ええと、とあきらかに困惑しながらまごつけば、溜め息がひとつ漏れた そして次の瞬間、あっさりとその手に私の片手が捕まる
「嫌なら、せめてつかまっていろ」
そのまま片手を引かれて、帰路を再び歩き出すバージル
手を握られた途端、一気に緊張感が押し寄せたけれど、おぼつかない足取りの私に合わせて歩いてくれる彼に、段々とそれはほぐされていった
ありがとうと小さく呟けば、繋いだ手から返事が返って来る なんだか妙に優しいのは、私の手が彼よりずっと冷たいからだろうか
予想外のアクシデントにも遭ったけれど、今夜は遅い買い物に出てよかったと思い直してしまった
END
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