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細い雨が地面を叩く
仕事帰りのふらつく足を進める私の視界にも、雨粒が流れる それを拭うことはせず、疲れきった身体を引きずるように家路を急いだ
「……疲れた」
玄関先で呟いた後、あまり役に立たなかった折り畳みの傘を閉ざす 本当に今日は疲れた
仕事が繁忙期なせいもあるけれど、ここ最近天気の悪い日が続いていて初夏だというのに肌寒く、少し体調にも影響が出てきている
洗濯物も溜まりっぱなしだし、帰りは全身びしょ濡れにされるし、些細なことで気が滅入る
はぁ、と重く息を吐いて暗くて寂しい部屋の扉を開けようと自宅のカギを取り出した そこではたと動きが止まる
「あれ?」
暗いはずの部屋の明かりが、点いている
今の今まで気付かなくて思わず顔を顰めた
今朝、家を出て行く時に消し忘れたのだろうか 少しひやりとした物を感じつつも、カギを挿し込む
ガチャリと施錠を解けば、何故か扉は開かなかった
「え、うそ」
開かない、ということはつまり私は今カギを開けたのではなく閉めてしまったという訳で
つまり元々カギは掛かっていなかったということになる
明かりを消し忘れた上にカギを閉め忘れたというのは洒落にならない まさか誰か侵入しているのでは……、と嫌な予感が頭を過ぎった
不安に圧されつつも、どうか最悪な事態が待ち受けているようなことはありませんようにと祈り、少しだけ開いた扉の隙間から部屋の中を窺う
明るい部屋の中にぽつんとあった、ひとつの影 何故か当たり前のようにそこに居る人物が視界に入った途端、またもや顔が強張った
「……ちょっと、なんでいるの」
「カギが開いていた」
「いやそんな訳ないでしょ、」
いるはずのない人物の出迎えに一瞬驚いて、それから脱力したように肩を落とす
記憶の限りではたしか合鍵は返してもらったはずだけれど… きらりと光る彼の手元を見て目を細める
そこには見慣れた鈍い銀色のカギが収まっている
どうやら返してもらったと思っていた物は、変わらず彼の手の中にあるらしい
「なんでまだ合鍵持ってるの、返して貰ったはずだけど」
少し責めるような声で言えば、彼はちらりと私を一瞥してから手の中にあった物を軽く投げて寄越した
それをキャッチして、私の手に戻って来たカギと彼とを交互に見やる
いや、やはりカギは別れる時に返してもらった記憶がある 一体、どうして彼はこれを持っていたのだろうか
「あのちょっと、これって一回返してもらったよね?」
「さぁ、どうだったか」
「さぁって、そんなあからさまにとぼけないでよ「それより」
私の言葉を遮ったバージルが、また私に何かを投げて寄越す ばさりと視界に被さった物は白くて柔軟剤の匂いがする、ふわふわした物
タオルかと気付いて無意識に頬を寄せ、水分を吸ったそれを見て自分がかなり雨に濡れていた事にも気づく
「まず着替えてこい 全身ずぶ濡れだぞ」
こちらを見ずにそう言ったバージルが淀みない足取りでキッチンの奥へと消えて行くのを、溜め息混じりに見送った
「……で、なんでうちに居たの」
慣れた手付きで我が家のキッチンを使い、お茶を淹れ始めたバージルに訊ねる
ハーブティーの香りがふわりと鼻を掠めると、そう遠くない記憶の中の景色が蘇り少しだけほっとした
けれど、その安堵を覚える彼との思い出はもう二度と蘇らない 別れたその日に終わったはずだった
なのに今私とテーブルひとつ挟んで正面に座る彼は、過去の景色をそのまま再現してそこにいる
質問に答えない彼は手元のティーカップにポットを傾けて、やはり慣れた手付きで中身を注いでいく
何も言う気がないのか、口を開かない彼を相変らずだなと思いながら私はわざと大きく息を吐いた
「いくら元恋人だからって、勝手にひとの家に侵入しないでもらえます? てっきり強盗かと思ったんだから……」
「だからカギは開いていたと言っているだろうが」
「いくら私が抜けてるって言っても、戸締りくらいはいつもちゃんとしてます」
「嘘を言うな 前にも家のカギを掛け忘れていた事があっただろう いつだったかは、リビングの窓も閉め忘れていた」
「あれは、だってバージルが一緒だったから……」
ついつい、不用心になってしまう時があったのだ バージルがこの家にいる限りはとにかく心強いことこの上なくて
普段なら確認する施錠を確認しなかったり、一人暮らしをする上で必要な警戒心が若干緩まっていたことは自覚している
でもそれも、前のこと 今はちがう
すっと差し出されたカップを前に、肩を落とす 視線をカップから目の前の彼へと移せば、かち合いそうだったそれが逸らされた
バージルはあまり視線を合わせたがらない それも相変わらずだなと思った瞬間、まだまだ色褪せそうにない気持ちがあの頃のように息を吹き返してしまいそうになる
「……今はひとり身なんだから、ちゃんと用心してます」
静かな葛藤を悟られまいと告げれば、バージルはまた閉口する 彼の沈黙は居心地が悪くない
付き合っていた頃はそう思っていたけれど 今はやはり多少気まずく思う そもそもなぜここに来たのか
先程から何度も訊ねる疑問に答えは帰ってこないが、バージルはもしかしたら私を心配して来てくれたのだろうか
「心配しなくても、ちゃんとひとりでやってけてるから」
「……」
「大丈夫だからさ、……偶になら来てくれてもいいけど、もうこうやって何の前触れなしに来るのやめてよね 本当にびっくりするから」
少しだけ虚勢を張って、でもこれ以上彼を留めないようにとそう告げた
すると突然バージルは立ち上がり、中々合わせなかった視線をこちらへと向ける 次の瞬間には複雑な色の瞳が目の前にあって、とても近い呼吸の音が耳を掠めた
テーブルから身を乗り出してぐっと距離を詰めてきた彼に思わず面喰う
「予告していれば来てもいいのか」
「いや、だから、偶にならいいって、」
「お前の偶にというのは、一体どのぐらいの期間の事を言うんだ」
じっ、と私を探るように窺うバージル
あまりにも近過ぎる距離での会話に、一気に頭が白くなりそうだった とにかく慎重に、正確な返答をしなければと言葉を選べば選ぶほど、焦りに拍車が掛かる
そんな私の心中を察したようにバージルはひとつ瞬きを落とすと、そっと私の頬に触れた 俺は、と少しだけ熱の入った声が間近で響く
「お前と別れたつもりはない」
「……」
「何が一体、大丈夫なんだ? 心配するなだと? その顔色で言われても説得力に欠ける」
声と同様に熱を感じる指先が私の目の下を擦った
白くて、綺麗で、だけど数え切れないほどの傷を負ってはそれを隠す彼の手が、今でもやはり恋しいと思ってしまう
「本当に大丈夫なら、そんな顔をするな」
すっぽりと彼の影に覆われた自分が、ぐちゃぐちゃな気持ちのまま意識を手放していくのがわかった
遠くで聞こえる彼の声に、また安堵をおぼえてしまう
それが堪らなく情けなくて、しんどくて、でも泣けてくるぐらい愛おしかった
2015.1.11
あとがき
バージルの側にいると自分が蟻んこみたいに思えるけどバージルの事は好きな夢主と、そんな夢主の自虐的なところは嫌いな諦めの悪いバージル みたいな設定です
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