Daydream
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いつもと何も変わらない、寂しいスラム街沿いに構えられた侘しい某事務所内で、ニナの盛大なくしゃみがひとつ響いた
「はっっっくしょい! ……うう、またソファで寝てしまった」
事務所として使われている部屋に置かれたソファの上で、寝惚け眼を擦りながら身動ぎする
時間は朝というには幾らか時間が経ち過ぎた、真昼間
昨夜延々と映画鑑賞をしていたニナは、寝所に向かうタイミングを逃したままソファで眠りこけてしまったらしい
途中まで同じく鑑賞していたダンテがオヤスミと言って二階へ上がるところまでは覚えていたのだが、その後の記憶がない
「いつの間に寝ちゃったんだろ…… あ~、いや、まだ眠いな」
ひとり呟くと、手近にあったタオルケットを手繰り寄せる
もしバージルがこの場に居たら恐らく昨日の時点で観ていた映画を途中でぶった切られ、強制的に寝室へと向かわされていた事だろう
しかし日常的に口煩い鬼は、昨日から依頼に出向いている為現在ここには居ない つまり、ぐうたらコンビを叱る者が居ない
二階で寝ているダンテがまだ降りて来ない事を良いことに、ニナは二度寝しようと再び目蓋を閉じた__その瞬間、
ガチャリ、ギィ……
「帰ったぞ」
鍵が開いた音と、事務所の扉が軋む音がニナの耳に届いた 次いで帰宅した、鬼の声 途端にニナは肩をびくりと揺らして、硬直した
まずい、なんてタイミングで帰ってくるんだと思いながらも突然の事に頭が回らず、動けないままきつく目蓋を閉じる
既に逃げも隠れも出来ないこの状況で、ニナは早々に諦めた
どうせ怒られるのだったらこの場は狸寝入りでやり過ごそうと、投げやりな方へと傾いた頭を起こさずにじっと構える
コツ、と聞き慣れた靴音が鳴り響く 徐々に側へと近付いてくるのが分かった
きっとソファで眠る自分を捉えた瞬間、バージルは呆れたように溜め息を吐いた後、手厳しく起こしに掛かるだろう
そう予想立てつつ、怒号が降り掛かるのを寝たフリで待機する もうすぐ側にバージルの気配を感じる 今か今かとバージルの声を待っていた
……しかし、予想に反して幾ら待ってもその声が掛かる気配がない あれ、と疑問を感じる間もなく、ふわりとした感触がニナの耳を掠める
「……こんな所で寝ていると、風邪を引くぞ」
頬に掛かる髪を優しく退けられると、そんな言葉が頭上から降ってきた そうして今一度、緩く耳を掠める指が頬まで擽る
何が起こったのか分からないままニナはびしりと固まった 先程までの硬直とは別に、金縛りにかかったかのように身体が強張る
え、なに、なにが起こったの、……バージル?
掛かった声は紛れも無くバージルの物だったが、その声質と言葉がひどく優しいのと、頬を撫でた感触が別人のようで思わず一旦思考停止する
ニナが寝たフリをしたまま思考停止している間に、バージルはソファを回り込み寝ているニナのすぐ側へとやって来ていた
特に叩き起こすでも怒鳴りつける訳でもなく、バージルはそっとニナの首裏と膝裏に腕を通す__そして次の瞬間、ニナの身体が浮いた
「!? わっ、ちょ、何!? なに、どうしたの!?」
突然浮いた身体に驚くと、ニナは堪らず目を見開き声を上げた バージルに抱えられた体制で、お互い驚いた顔を見合わせる
「何だ、起きていたのか」
「お、起きてました、すみません、起きてたんだけど、ちょ、ちょっと? なに、なにこれ新しい起こし方? これで次床に放り投げんの!?」
「? 何を放り投げる?」
疑問符を頭に浮かべたような顔をするバージルに、ニナも唖然とした顔を返す
目の前に映るのは、やはり間違いなくバージル本人だ 寝起きには正直眩しすぎる程の美貌がそこにはある
しかしどことなく、いつもの刺さるような視線と冷たい表情が薄い 薄いというより、ほぼ無いに等しかった 刺々しい雰囲気までもがない
目の前のバージルはひどく穏やかな色合いをした瞳の中に、ニナを映している
ニナははっとして、所謂お姫様抱っこをされた状態とこの状況に益々困惑した
「あ、あの、バージル、どうしたの? この体制は…… どうしたいの」
「まだ眠いのだろう? 寝室へ運んでやるからベッドで寝てろ」
「い、いや、もう眠くない、眠気吹っ飛んだから、大丈夫だから」
「そうか?」
「ていうか…… 運んでくれようとしたんだ?」
「そうだが、」
引き続き不思議そうな顔をするバージルに、ニナは盛大に首を傾けた
おかしい 普段ならソファで寝ている現場を発見した瞬間、怒号を上げて叩き起こすのが通常運転のバージルだ
ベッドで寝かせるにしても自分の足で向かえというのが基本で、運んだとしてもずるずると引き摺って移動させるのが大体なのに わざわざ抱えてまで自分を運ぶ事などない
__回らない頭を無理矢理働かせて必死に回想するニナを、バージルは心配そうな顔付きでじっと見詰める
「どうした? やはりまだ眠っていた方がいいんじゃないのか」
「え、いや、大丈夫、もう全然起きてるから… というかあの、もう降ろしていただけませんかね」
「顔色が悪いぞ 運んでやるからベッドで寝直せ」
「いや、大丈夫、大丈夫だから それと顔色悪いのは多分、身体が浮いてる所為だから早く降ろして…」
「分かった ベッドに降ろしてやる」
言うと、バージルは二階へと足を向ける
変わらず抱きかかえられるニナは抵抗を試みるも、本当に心配そうに此方を見やる視線に気圧され、結局ろくに抗議の声も上げられずに運ばれた
「顔色が戻るまで大人しく寝ていろ」
そっと来客用のベッドにニナを落とした後、毛布を掛けるバージルの動作が気持ち悪いぐらいに優しい
ニナはニナで、そんなバージルの変貌振りにじわじわと焦りが芽生え始めていた
「バ、バージル…… まさか、また何か変な呪いにでも掛かったんじゃ」
「? 何の話だ?」
「ちょ、ちょっと、ダンテに診て貰おう あたしじゃ何の処置も出来ないし、と、とにかくダンテ!」
「おい、急に起き上がるな 大人しく寝ていろと言っているだろう」
起き上がろうとするのを宥め、バージルは緩くニナの肩を押し付けて寝かし付けようとする
小さな子供レベルの扱いを受けて、いよいよ堪らずに叫んだ
「ダンテー! たすけてー! たいへんなのバージルがっ、」
「おい、ニナ……」
突然大声を上げ始めたニナにバージルも困惑の表情を向けながら、どうしたんだと再び宥める
ここまでされるともう呪いか何かに当たったのだと、勝手にそう決め込んだニナは声を張り上げてダンテを呼んだ
すると、自室から出て来たダンテがひょっこりと扉の隙間から姿を覗かせる
「なんだよニナ、呼んだかー? バージルがなんだって?」
ふああ、と欠伸を零しつつ起きたばかりのダンテが部屋へと踏み入った バージルに気付き、あんた帰ってたのか、と呟く
「一体どうしたんだよ…… ん? ニナ、具合でも悪いのか?」
ベッドに寝かし付けられているニナと看病体制のバージルを交互に見やり、ダンテは不思議そうに目を瞬かせた
「ダンテ! バージルがおかしいから早く診てやって!」
「は? 何言ってんだ、お前」
「ダンテ、ニナは見ての通り具合が悪い そっとしておいてやってくれ」
「ほら見てよこれ、おかしいでしょ!?」
「大声を上げるな 身体に障るぞ」
「だから別に具合なんて悪くないからっ…… 全然いつも通りだからあたしは! いやむしろバージルの方が具合悪いんじゃないの!?」
叫ぶとニナはバージルの頭をがしりと掴んで、熱を測るようにぺたぺたと額や首筋に手を当てる
しかし、ニナの手のひらでは特に熱い訳でも冷たい訳でもない肌の感触しか感じ取れなかった やはり半魔の不調具合は常人では測りかねる
困り果てた顔をしながら力なくバージルの肩に手を置けば、バージルがニナのその手を取った
「俺は別に、どこも悪くないぞ」
言って、ニナの両手首を緩く掴みながら自分の頬へと持っていく
ニナの手のひらに少しだけひんやりとしたバージルの頬が、押し当てられた
「バ、……」
「どうだ?」
瞬きをひとつ落とすと、柔らかい視線をニナへ注ぐバージル ニナは予想外過ぎる事が次々と為されるせいで、息をつくことすら忘れて硬直するばかりだった
そんなふたりの現場を間近で見やり、ダンテは自身の額に手を当てる
「……俺、まだ寝てるっぽいな わり、ちょっと起きる為にもっかい寝てくるわ」
「……え、あ、ちょ、ちょっと! ダンテ、戻らないでよちょっと!」
今しがた繰り広げられた冷血兄の有り得ない行動と態度に眩暈を覚えたダンテは、踵を返してふらふらと自室へ戻っていった
それを引き止められずに、ニナは撃沈する
「ちょ、ちょっとダンテさん……」
「どうした、俺ではなくダンテに看病されたいのか」
「ちがっ、だからあたしも別に、どこも悪くないんだってば……」
「悪くないと言うが、顔にはしっかり隈が出来ているぞ」
「え、」
指摘され、自分で目の下に触れる前にバージルの指がそっと隈が出来ているらしい箇所を撫でる
どきまぎしつつもされるがままのニナを見れば、ふっと綻ぶような息が形の良い唇から零れた
「……寝付けないなら、添い寝してやるが」
「は、……いや、いいです、大丈夫 大丈夫だから、分かったから、大人しく寝ますよ寝ればいいんでしょ!?」
「ああ、大人しくな」
自棄になったニナはがばりと毛布を捲ると、すっぽりとそれに包まりながら横になる バージルに背を向けて
普段の鬼のような仕打ちなら何でもないのに、理由の無い優しさを向けられるとどうも背中がむず痒くなってしまう
猫のように丸くなるニナのすぐ側、ベッドサイドに腰掛けるバージルはやはりと言うか、居なくなる気配がない
無言でそっと後頭部を撫で付ける彼の口元は、小さく弧を描いている
瞬間、ニナの背中がそわりとする バージルに背を向けたのは間違いだったかもしれない
これは多分、いやきっと絶対、夢オチだ …だから誰か、早くあたしを起こしておねがい……!
そう祈りつつ、とても眠れそうにない空気の中で、ニナも夢から覚める為に目蓋を閉じた
END
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