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「珍しくめかしこんで、どうした」
彼とルームメイトになって、暫らく経った頃のはなし
少しだけ変わった形式のあるアパートで暮らす私は、共有スペースである広いリビングで彼と出くわしてしまった
彼は私と同じアパートに住まう住人で、そこまで頻繁に顔を合わせることはないものの、それなりに日常会話をする程度には面識のある人物だ
最初は神経質そうな気性と冷たい物言いが苦手で、なるべく関わらないようにしたほうがいいかと思っていたりもしていたけれど
なんだかんだで彼にもこの暮らしにも慣れてきてはいた そんなある日の事
いそいそと出掛ける準備をしていた私に、丁度帰宅したらしいバージルの声が掛かる
言われた通りに珍しく気合いの入ったメイクと余所行き姿の私を見たバージルは、なんだか不可解なものでも見たかのように奇妙そうだった
それに若干イラッとしつつ、私はお気に入りのパンプスを引っ張り出す
「ちょっと人と会う約束をしててね」
「会う約束?」
「そ、今からひっさびさのデートなの」
そう高らかに告げて、綺麗にセットした髪をくるりと指に巻き付けながら笑う
とびっきりのぶりっこ笑いをすれば、バージルの顔が死ぬほど歪んだ うん、まぁ、そうなるわな
「お前と付き合うような物好きがいたのか」
「ちょっと失礼なこと言わないでよ 私にだってれっきとした恋人のひとりやふたり…… いやひとりだけど だっているんだから」
フン、とひとりもんじゃないんだと言わんばかりに鼻を鳴らせば、バージルもだからどうしたと言わんばかりに鼻で嗤う
普段男っ気がまったくない私に恋人がいたなんて 確かに信じられないというか、疑わしく思うのも無理はないかもしれない
が、事実は事実 私にだって恋人はいる ただそんな熱烈的に交際をしているようなラブラブカップルではないだけだ そう、むしろ若干淡白…
いや、今は無粋な事は考えないでおこう 本当に久々のデートなのだから、空いた分の日々を今日埋めればいい
そんな、少し浮かれている私にバージルは胡散臭そうに目をやった後、顔を歪めたままぼそりと呟く
「化粧をして着飾ったところで、まるで代わり映えがしないな」
「なんか普通に貶されるよりもむかつくんですけど」
私も思いっきり顔を顰めれば、バージルはもう一度馬鹿にしたように鼻で嗤った
まぁこれも分かりきっていた反応だけど 普段から人の心を抉るような言葉しか浴びせてこない冷徹悪魔にふいと背を向けて、私は足早に部屋を出た
そう、今日は久しぶりの、恋人との大事な一日になるはずだった__はずだったのに
「まさかのドタキャン……」
がっくりと項垂れて、向かう筈だった駅のホーム手前で足を止めた 携帯に受信された、キャンセルと簡単な謝罪のメッセージ
あまりにも突然の連絡に電話を掛ければ、これまた適当な感じに謝られてこの埋め合わせはするからと告げられた
それと同時に電話の向こうで聞こえたのは、自分ではない女の人の焦れたような熱っぽい声 一気に頭に血の上った私は、もう連絡するなと怒鳴りつけ一方的に電話を切ってしまった
「……最悪」
まさか久々のデートに向かう前に、そのデート相手を失うなんて
いや多分、自分が知らなかっただけでとっくに相手は心変わりしていたのかもしれない
聞き慣れない女性の声が通話混じりに聞こえたのは、これが初めてではない 聞こえなかった振りをしたこともある
「……雨、」
なんというか、最悪な事態は一度起こると拍車を掛けてしまうようだ
失恋映画定番の、雨が降る街中を駆けて家へと逆戻りする
正直失恋とも言えない終わり方だったせいか、悲しみよりも遥かに怒りのほうが大きい しかしそれも長くは続かなかった
「あーあ……」
アパートの階段前で思わずしゃがみ込む 段差に腰掛けてどんよりとした空を仰げば、冷たい雨粒が顔に落ちた
「もうメイク全部落ちちゃったかな」
雨に降られたせいで既にメイクも髪もボロボロ
あんなに気合いを入れて時間も掛けて顔も作ってきたのに 結局、空いた分の距離は一日じゃ戻らなかった
なんとなくそういう雰囲気は感じ取ってはいた 連絡もどんどん数が減っていたし 急な約束のキャンセルもやっぱりこれが初めてではない
もしかしたら、なんていう予感はたしかにあった けれど自分の思い過ごしだと、そう思っていたかった
ただ今になって思えば気持ちが離れていたのは向こうだけじゃなかったのだ あっさりと諦めた時点で、私の気持ちもたかがしれている
「……いった」
お気に入り過ぎて履き慣れなかったパンプスに収まっていた足が異常に痛い ふぅ、と息を吐くと皮が剥けた足の小指が視界に入る
なんだか情けないこの状況に、段々と目頭まで痛み出した
「こんなとこ、バージルには見せらんないなぁ」
ぽつりと浮かんだ、ルームメイトの顔 こんな自分を見るや否やまた意地悪く詰ってくるにちがいない
男に捨てられた、哀れな女だとここぞとばかりに貶してくるか呆れてくるか
とりあえずあのサディストは容赦なく追い討ちをかけてくるだろう そう思うと、アパートに入り辛い
いやいや、別に私の恋愛事情がどうなろうとバージルにとやかく言われる筋合いはない筈だ
思うものの、腰は中々上がらず、最終的には今日のことを振り返ってまた落ち込んで、その場から動けずにいた
けれど不意に突然、視界に映っていた地面に影が落ちる
視線を上げれば、会いたくない人物が何故か目の前に憮然とした顔でいた
傘を差したバージルと目が合った瞬間、うっ、と喉が引き攣る バージルは私の姿を見ると片眉を上げて、徐に口を開いた
「どうした? 会う約束をしていたんじゃなかったのか」
「うん、まぁ、してたんだけど……」
咄嗟に目を逸らして、けれどどう言ってしまえばいいのか分からずに自然と苦笑う
あった事をありのまま話せば傷を抉られる……かもしれなくて、続きを言い淀んでしまう
(それにしてもバッドタイミングで見つかったな……)
偶然でも間が悪過ぎるなと思いながら、私は顔を俯けた 押し黙った私にそれ以降何も問い掛けず、バージルはじっとその場を動かない
珍しく突っかかって来ない彼にどこか違和感を覚えながらも、どちらも口を開かずにいた
そういえば、なんでバージルは外に居るのだろう 私と入れ違いで帰って来たから、てっきり部屋に居るのかと思っていた
ふと、傘の柄を握るバージルの手が視界の端に映る
コートの袖の色が少し濃くなっていて、かなり濡れていることが分かった あれからバージルも出掛けていたのだろうか
沈黙が少し痛く感じた私は、思った事をそのまま口にした
「バージルも、出掛けてたの?」
「ああ」
「また依頼でも入ったの?」
「依頼ではない 知り合いに、忘れ物を届けに行っていただけだ」
「忘れ物?」
バージルの普段とちがう、静けさだけが残る声につられて無意識に視線が上がる
僅かに腰を折ったバージルと目が合うと、雨で額に張り付いた前髪を柔らかく払われた
「傘を持って行かなかっただろう」
言って、バージルは握っていた傘の柄を私へと渡してくる
ぽかんと傘とバージルとを交互に見た後、目で問い掛ければ届けられなかったが、と告げられた
「入れ違いになってしまったみたいだからな」
ひとつ息を吐いてそう呟いた彼から、手渡された傘へとじっと視線を移す
……もしかしなくても、わざわざ傘を届けに追ってくれたのだろうか
何も言わない彼をちらりと見やると、バージルは既にこちらから視線を外していた
なんとなく、今の私を直視しないようにしてくれているような気配に、思わず鼻の奥がつんとしてしまう
「……ごめん、ありがとう」
「なら、こんなところに居座らずに早く部屋に入れ」
促されて、重たい腰をやっと上げた
入り辛かった部屋へとバージルと一緒に向かえば、目頭の痛みは引き始める
着替えて、化粧も落としていつもの姿に戻ったら、傘のお礼にバージルの好きな紅茶を淹れようと思った
END