看病
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「……頭がぐらぐらする」
「そりゃあこの熱ですからねぇ」
息苦しさと一緒にぼそりと呟けば、俺様の呟きに答える声を間近で拾った
視線をぼやける天井から外すと、すぐ横で膝を突く彼女の姿を捉える 呆れたような彼女の顔は、やはり濁る視界のせいでぼやけて見えた
「苦しいでしょうけど、一回起きて、薬を飲んでください」
「……なにそのくすり」
「熱を下げる薬だそうです わざわざ才蔵さんが調合してくださったそうですよ」
彼女の口から出た名前にむっと眉根を寄せて、滲む視界を払おうと力の入らない腕で目許を擦った
そのままその腕を彼女へと伸ばそうとして、しかしそれはすぐそこにある膝に届く前に、彼女の手によって阻まれる
そして温かい体温とは別の、冷たくて固い感触が手のひらの中に収まる
「ほら、薬 飲んでください」
言って、彼女が握り込ませてきたのは小さな薬瓶
あんまり気の進まない俺様は、起き上がらずに手の中の瓶と彼女を交互に見やった
「……こんなの飲んだって、たいして効かないよ」
「いえ、これなら佐助さんにも効くだろうと仰ってましたよ」
「ふぅん、もしかしたら症状悪化させる薬かも」
「何言ってるんですか 才蔵さんがそんなもの寄越してくるわけないでしょう」
「そんなのわかんないじゃん」
「せっかく効果のあるものを調合してくださったんですから、ぐだぐだ言わずに飲んでください」
「なんで才蔵の肩持つようなことばっかり言うのさ……」
腕と同じく力の入らない目に精一杯の非難を寄せて、困り顔の彼女を見詰める するとやはり、彼女の口からは呆れたような溜め息が溢れた
大人で、忍で、しかも他の忍たちを纏める位置にいる忍頭の男が、聞き分けのない幼子みたいに文句を垂れる姿は、さぞ滑稽に見えることだろう
けれど久方ぶりに対面する彼女の口から他の男の名前が出てくるのは非常に不愉快で、疲労で溜まった熱の作用もあってか、普段なら隠す不満もだだ漏れてしまう
しかし不機嫌を顕わにする俺様の心境などお構いなしに、彼女は才蔵のつくった薬を勧めてくる
「童子じゃないんだから、我儘言ってないでさっさと飲んでください」
「そんなの飲まなくたって、ちょっとすれば熱なんてすぐ下がるよ」
「いい年して薬がお嫌いなんですか」
「……飲ませてくれるなら飲まないこともないけど」
口移しでね、と付け加えれば軽く額を叩かれた
いて、と唇を尖らせつつ、拒否を示した彼女に益々不満を募らせる
「冗談言う元気あるなら、飲まなくても大丈夫ですかね」
「冗談じゃないし……」
「はぁ……こんな姿、他の方に見られたら佐助さんの沽券に関わるんじゃないんですか? いいんですか、忍隊の長がこんなありさまで」
「俺様だって、弱る時ぐらいあるんだよ」
「だから、弱ってるなら早く薬飲んでください」
「だから、飲ませてくれるなら飲むって」
「あー、わたし、そういえば女中頭に呼ばれてるんでした 佐助さん元気そうなんで、わたしはこれで失礼しますね」
「わ、……かったよ、飲むからさ……まだ行かないでよ」
立ち上がろうとする彼女の着物の裾を咄嗟に掴んで
みっともないかもしれないけれど、行かないで欲しいと上目で頼む するともう一度彼女は溜め息を吐いて、でも呆れたような素振りは見せずに腰を掛け直してくれた
口元にそっと薬瓶を近付けられたので、俺様は大人しく中身を飲み干す 口内に苦いものが広がり、毒や薬の味に慣れた筈の舌が悲鳴を上げた
「うわ、まっず……」
「よしよし、全部飲みましたね それじゃあ、もう暫らくは大人しくしててくださいね 直に熱も下がりはじめると思いますから」
言いながら、汗ばんだ額を拭う彼女の手のひらは心地良く、つめたいのに、あたたかい
どこか夢うつつな感触は視界を歪ませて、俺様を深い眠りへと誘う でも、それに抵抗したくて額にある彼女の手を緩々と掴んだ
「佐助さん?」
「ん、」
「眠いなら、寝た方がいいと思いますよ?」
「……うん、でも、まだ寝たくないの」
「心配しなくても、わたしなら暫らくここに居ますから」
宥めるように、握った手のひらへと優しい力が返される 彼女は静かに笑むと、それとも人肌恋しいんですか、と訊ねてくる
「……呆れた?」
「いいえ、まったく」
「たしかに、こんなんじゃ、部下に示しがつかないよねぇ……」
「普段働き過ぎなんですよ、佐助さんは だからこうやって身体が限界超えて、熱出すんです」
「まぁ、俺様こう見えてけっこう、頑張り屋さんだからさ~……」
「自分で言っちゃいますかそれ 佐助さんて熱出しても割と饒舌なんですね それも変な方向に」
「そ、かな 俺様、なんか変なこと言ってる?」
「変なことって言うか……いえ、言ってたとしても、全部熱のせいですよ」
だから今は何も深く考えずに、休んでくださいね、と
降りかかる柔らかな声に、握られたままの体温に、胸に掛かっていた靄は溶かされてしまった
だけど代わりにまたひとつ、視界がゆらゆらと切なげに霞む
「……そうだね、」
それは多分、熱のせいではないと思いながら
柔らかい手が自分から離れないように、つよく握り締めた
2014.5.31
1/1ページ