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特に予定もなく、ただ平穏に過ごしているだけの休日だった
夕飯の買い出しに外へと出て、馴染みのお店を巡り、街路樹を眺めながら大通りを歩いていた時の事
ふと見覚えがあり過ぎる後ろ姿と、その隣に寄り添う見覚えのない女性の後ろ姿が目に入った私は歩みを止めて、固まった
「……バージル?」
声に出して呟いた人物の名の通り、後ろ姿の青年は間違いなくバージルだった 背中しか見えていなくても私が見間違うはずがない
あの背格好と揺らめく銀髪の持ち主は、今現在私と同じアパートの部屋に住む、いわば同居人だ
そしてその隣にいる、全く見覚えのない後ろ姿の女性
やはり背中しか見えないが素晴らしくバランスのとれたスタイルの持ち主に見える
私はそのふたりから暫く視線が離せずに、買い物袋を提げたまま棒立ちになっていた
何故だろう、別にバージルが誰と居ようが自分には全く関係のない事なのに、何故かふたりから目が離せなかった
それはもしかしたら視界に入るふたりが、とても仲睦まじく見えるからなのかもしれない
(バージルって、女の人にあんな風に優しく寄り添う事も出来るんだ、知らなかった……)
呆然と、しかしどこか胸の奥で衝撃を受けながら私は遠目でその二人の後ろ姿を見ていた
不意に女性の方が首を回すと、その横顔が露わになる 女性の横顔を見た瞬間、私は踵を返して自宅のアパートへと向かう道を歩き出した
垣間見えた横顔__白くて滑らかそうな肌に映える、紅い色の瞳と綺麗な黒髪を持つ素敵な女性だった
今見た光景がぐるぐると頭の中を駆け巡る中、私は歩調を速めて帰路を急いだ
帰宅して、自室のベッドに沈んで深く息を吐く
未だに先ほど見た光景が目蓋の裏でちらつき、なんともいえない気分になる
暫くそうやって塞ぎこんでいると、ガタ、とドアを開閉するような物音が耳に入った
ああ、バージルが帰って来たのかな、と頭の隅で思いながらも私はそのままベッドに沈んでいた
足音がアパートの床を伝い、帰宅した人物がこちらへ迫るのと同調するように軋む ギシ、と床が鳴れば次いで部屋のドアを叩く音が耳に入る
「ニナ、帰って来ているのか」
先ほど見掛けた人物の声色がドア越しに響いた それに素直に反応出来ずに、視線を落とす
リビングからわざわざ私専用の部屋へ来たあたり、帰宅している事に気付いているのだろうけれど
バージルの問い掛けにわざと返事をせずに、私は押し黙る
「おい、そこに居るのだろう 返事をしろ」
やっぱり存在はバレていたかと胸中で呟いて、重く息を吐いた
バージルは尚も声を掛けてくる はっきり言って今はその声を聞きたくはなかった
しかし無視を決め込めば決め込むほどに、バージルはしつこく声を掛け続けてくる
「おい、ニナ ……まさか、体調でも崩しているのか?」
それまで無機質だった声色が急に焦りを含んだものへと変わり、私ははっとして立ち上がった
変な意地を張って心配を掛けさせてしまうのは流石にマズイと思い、ドアをそっと開いて顔を覗かせた
開けた瞬間、こちらを見て瞬く瞳と目が合う
「ニナ、」
「ごめん、ちょっと転寝してて気付かなかったの 大丈夫だから、」
じゃあ、と告げた途端にドアを閉めようと取っ手を引くが、それは差し込まれた手により遮られてしまった
「おい、待て」
「え、ごめん 何か用があるんだったら、後にして欲しいんだけど」
何かしら自分に用があったのかもしれないバージルに、出来れば後回しにして欲しいと言えば首を横に振られた
「別に、大して用があった訳ではない」
「……じゃあ、もういいでしょ 体調悪い訳じゃないから心配しないで」
「だったら、ちゃんと顔を見せろ」
ぎし、と手を掛けられたドアが軋む 未だに心配そうな視線を投げてくるバージルから、私は思わず視線を逸らした
「ほんとに何でもないから」
「顔を見せろと言っている 目を逸らすな」
「ちょっとひとりにして欲しいんだけど、」
「その前に、ちゃんと顔を見せろ」
「だからっ…!」
反射的に自分の中で何かが切れて、私は強くドアを引いた しかしバージルに押し留められている状態のドアはびくともしなかった
それにさえ苛立ちを覚える私は、見下ろしてくる視線に冷たく答える
「大して用がないなら、放っといてよ いちいち私に声掛けてこないで」
僅かに声を荒げてそう言えば、バージルは訝しげな顔をする
「あのさ、私に構う暇があるなら、さっきまで一緒に居た人と過ごしてた方がいいって 私の事は構わなくていいから」
「……? 一体何の事を、」
「第一、あんな良い人が居るなら私に突っ掛かるのはもう、やめた方がいいと思う バージルだってあの人に誤解されるのは困るだろうし」
「何の事を言っているんだ、お前は」
「……何って、」
じろりと見上げるも、目の前の人物は珍しい困惑の表情をこちらへ返すばかり
本当に分かっていないのだろうかと思いながら、私は再び視線を下げて、いつもより数段低い声を零した
「……さっき、黒髪の女の人といたでしょう 綺麗な女の人 すっごくお似合いだったよ」
「……」
私の言葉を何も言わずに聴きとめるバージル
息を止めたかのような静けさに、居た堪れない居心地の悪さを感じつつも、私は言葉を続けた
「あんな良い人がいるのに私なんかに構ってたら、罰が当たるよバージル」
「……」
少なくとも、私と居るときのバージルの雰囲気ではなかった それよりもずっと親しいものが、二人の周りを包んでいた
私にはそう見えた いやきっと、誰が見てもお似合いな二人だと、そう感想を述べるだろう
あの時見た光景を思い出しながら、私は作り笑顔を浮かべる
「ね、だからもう私の事は必要以上に構わなくていいから 私も必要以上に、バージルには関わらないし」
言って、そのままドアを閉めようと腕を引いた瞬間、その腕にバージルの手が伸ばされ、がしりと掴まれた
「!? ちょ、」
「来い」
「……へ!?」
ぐい、と無理矢理ドアから引き摺り出され、そのまま腕を引かれて外へと連れ出される
「ちょ、ちょっと! どこ行くの!?」
「……」
「ちょっと、バージル!」
私の問い掛けを無視しながらバージルはすたすたと歩き続ける 引っ張られているせいで私からは前を歩くバージルの顔は窺えない
が、バージルから発せられるオーラが尋常でないほどにどす黒く染まっているのは分かった
ひとつ息を吐いて、掴まれている腕の熱さに少しだけ怯える 一体どこへ連れて行かれるのかと思いながら、私は街中を引き摺られていった
バージルに引かれて辿り着いた場所は、少し離れたスラム街寄りにある古びた建物だった
一見すると何かの店のようだが そこに手を引かれて抵抗する間もなく入らされる
中に入ると外観よりは幾らか綺麗めな店内が視界に入り、店というよりは事務所のようなところだと思って、私は未だに手を掴んだままの人物に視線を移す
「……あの、バージル?」
「……」
「ここ、何なの? こんなところに連れてきて、一体……」
なに、と言い掛けたところで奥のドアが開き、中から人が現れた 瞬間、現れた人物に目が釘付けになる
「……へ、」
「ん、誰だアンタ って、何いきなり訪問してんだよ」
バージル、と言って目の前の人物__青年は瞳を瞬かせる
その瞬く碧眼、煌めく銀髪、顔付きといい身体付きといい
どこからどう見てもバージルと瓜二つな容姿を持つ青年は、不思議そうに私とバージルを交互に見やる
一体どうしたんだ、と問い掛けて来るが、一体どうしたんだはこっちが聞きたい
「へ、あ、なに、あなた、あなたは一体……、」
「は? おい、どうしたんだよそのお嬢さん アンタの連れか?」
「……お前が見たのは、こいつではないのか」
「おい、」
目の前のバージルとそっくりな彼の質問を無視して、バージルは私に訊ねる
私は隣りのバージルを見上げて、彼の質問を頭の中で反芻させる
「え、見たのって……」
「俺は今日、黒髪の女などとは一秒たりとも会ってはいない」
「えっ」
「こいつと俺とを、見間違えたのではないのか」
もう一度そう言って、バージルは私から目の前の青年へ視線を移した その視線を受けた青年は、きょとんとした顔を作りこちらを窺う
「……なぁ、話が見えねーんだけど」
「貴様、先ほどまでどこで何をしていた」
「はぁ? なんでそんな事アンタに言わなきゃなんねぇんだよ」
「俺ではない、こいつに言って聞かせろ」
「……いやだから、一体誰なんだよ」
青年はバージルを見やり、説明するよう促す バージルは少しだけ閉口した後、俺の同居人だ、と呟いた
それを聞いて青年はああ、と声を上げる
「そうか、アンタが噂の同居人さんか」
「へ、噂って……」
何が、という私の言葉を遮ると、目の前の青年はにかっと人当たりの良い笑みを零した
「俺はダンテ アンタの隣にいる奴の弟」
彼の口から飛び出た言葉に、暫し思考が停止する アンタの隣にいる奴の弟……
私は隣で険しい顔をしているバージルを見上げて、それから目の前の青年__ダンテと名乗った人物へと視線を戻す
「お、弟さん……?」
「ああ、双子のな」
「ふ、ふたご」
なるほど双子か
私は衝撃を受けたように固まったままだったが、ダンテさんの言葉を聞いて納得した
双子、おそらく一卵性双生児だと思われる二人は、本当に外見はよく似ている
只、バージルと比べて弟のダンテさんは非常に明るい表情を作るものだから、普段無表情しか見慣れていない私にとってその顔は違和感の塊でしかない
しげしげと双子の二人を見比べて、私は感嘆の息を吐いた
「……本当に、そっくり、ですね」
「それで、貴様は先ほどまで一体何をしていた」
私の感想を拾う事なく、バージルは再度同じ質問をダンテさんへ投げ掛ける
ダンテさんは途端に愛想の良い笑みを崩して、怪訝そうな視線をバージルへ向けながら答えた
「何って ふっつーにお仕事で店離れてただけだけど? アンタも知ってんだろ」
「その後、どこへ行っていたのかと聞いている」
「別にどこにも行ってねーよ」
「女にでも会いに行っていたのではないのか」
「は? 女?」
ダンテさんはバージルの言葉を聞いて首を傾げる ややあって、思い出したかのように声を上げた
「帰り途中でレディには会ったけど」
「あの、黒髪の女か」
「ああ 黒髪でオッドアイのお嬢ちゃんだよ……で、レディがどうかしたのか?」
ダンテさんの問いにバージルは答えず、代わりに私へと視線を向ける
「……だそうだが、どうだ」
「……」
バージルの視線を受けて、私は思わず俯いた つまり、私が見たのはバージルではなくダンテさんとその、レディさんという女性で
完全に見間違いた上に勝手に誤解して不貞腐れていたと……そういうことなのか
確かに、今思えばあの時見たバージルだと思っていた人物の後ろ姿は、こうして見るとダンテさんのものだったと確心出来る
雰囲気がバージルよりもダンテさんの方が、数段柔らかい あの光景が必要以上に良く見えたのは、彼の持つ雰囲気のせいだったのかもしれない
思いながら、早とちりもいいところだと後悔の念が押し寄せてきた
「なんだよ、それでレディに何か用だったのか? 俺に用だったのか?」
「もういい、用は済んだ 帰るぞニナ」
「えっ、あの」
ぐいっと腕をバージルに引かれ、戸惑いながらもそれに続くと後ろからダンテさんの声が掛かる
「おい、結局何だったんだよ一体 アンタの同居人見せびらかしに来ただけか?」
「戯れた事を抜かすな」
「アンタなァ、急に来て何の説明もなしに自分の用だけ済ませて帰るなよ とりあえずそこのお嬢さんもうちょい詳しく紹介しろって」
「今後一切、こいつが貴様と関わる事はない 紹介する必要もない」
「もうアンタには聞かねーよ ニナって言ったっけ そんな無愛想な奴とさっさと帰んないで、少しここで俺とお喋りしてこうぜ」
「貴様……」
こちらへ笑い掛けるダンテさんとは対照的に、腕を掴むバージルの顔は鬼の形相に早変わりしていて
私は引き攣りながらええと、とまごつく するとバージルは私をそのまま強制的に外へ追い出した
「え、ちょ、ちょっと」
「お前はそこで待っていろ」
「へ、あの、」
ばたり、と店のドアが閉められて、私はお店の前にひとりぽつんと棒立ちになる
途端に中から「貴様の所為であらぬ誤解をかけられるところだった、死ね」というバージルの怒声と、
「ふざけんな、そもそも俺の事を話しておかないからそんな勘違いが起こるんだろ」というダンテさんの抗議の声が謎の破壊音と共に聞こえてくる
そのお店以外、辺りの店も住宅も静かなもので、喧嘩内容が丸聞こえのまま、二人の争いは暫く続いた
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