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午後の日差しが窓から射し込み、部屋の中を柔らかい空気で満たしていく
それは眠気を誘う春の陽光
私はリビングのソファへ警戒しながら近付いて、辺りを見回した
誰も居ないのを確認して、次に玄関の手前にあるコートかけに目を向ける
__バージルの青いコートがない つまり、彼は今依頼に出掛けているようだ
ほっと息を吐いた後、ソファに座り込んでそのままそこに沈むようにして横になる
私の昼寝を邪魔する鬼の居ぬ間に、惰眠を貪る 普段なら確実に叱り飛ばされる行為が出来る、この時間を有効活用する
鬼が帰ってくるのは夜、早くても夕方くらいだろう 確実に1、2時間は昼寝が出来るはずだ
私は久々に安息の地を手に入れたかの如く、健やかな眠りへと落ちていった
それから幾らか時間が経過した、現在
眠りに着く前に感じていた暖かい空気が薄まっている気がして、私は無意識に身体を丸めた
と、その時 指に何かが触れた ざらりとした、謎の感触
それに促されて、閉ざしていた目蓋をうっすらと開けた 眼前に青い何かを捉えつつ、ゆっくり目を瞬かせる
次の瞬間、指に鋭い痛みが走って一気に意識が覚醒した
「! いった、な、なに!? なにしてるの!?」
驚いて飛び起きると、いつの間にやら帰っていたバージルが目の前にいて、尚且つ私の手を掴み私の指を口にしているというとんでもない光景がそこにあった
バージルはこちらに一瞬だけ目を向けるとすぐに視線を逸らし、何事もなかったように食んでいる私の指に歯を立てる
つまり、思いっ切り、噛み付かれた
「いてて! いたっ、ちょっと! 何平然とまた噛みついてるの!? やめてよ、いたいって!」
「……そうじゃないだろう、」
指から口を離したかと思えば、バージルは不機嫌そうに溜め息をひとつ零す
それから鋭すぎる眼光をこちらへ一刺ししてくる
「は!? なに、な、なんなのホントに……、」
寝起きの抗議は彼の耳には入らず、逆に何故か溜め息を吐かれる始末だ 意味がわからない
混乱したまま未だに掴まれている手を引こうとする けれどやはりというか、掴んだまま決して離してはくれなかった
また噛み付かれるのが恐くて再び抗議を口にしようとすれば、先に彼の口が開く
「俺に何か言う事がある筈だ」
「な、なに、言う事……? え?」
困惑した顔で彼を見返すと、私の反応が不満なのか鬼はおそろしく険しい顔でこちらを見返してきた
その視線に条件反射で身を縮める するとまたひとつ、うんざりとした顔で溜め息を吐かれる
……あんまりそう溜め息ばかり吐かれると、こちらとしてもかなり居た堪れなくなってくるのだけれど
「え、あの、ごめん 私何かした……?」
「した」
「ええええ、えっと~、出来れば何をしたのか教えて欲しいんですけど……」
まずい
こういった会話で返しが早い時の彼は、相当怒っている時だ
しかしバージルの怒りの原因が私には本気で分からなかった
なるべく下手に出て様子を窺うも、依然として彼の顔は不機嫌を刻んだまま、なんの変化も起こさない
自分が依頼に出向いている間に、私が悠々と昼寝をしていた事が気に食わなかったのだろうか
しかしそれは言ってしまえばいつもの事だ 小言を言われることはあっても、噛み付かれる程に怒られたことは一度もなかった
一体何を仕出かしたんだ、自分 バージルが答えてくれないので私は頭を捻り考え込む
すると、バージルは掴んでいる私の手の爪に指を這わせてきた
「これは一体なんだ?」
「え、これって、もしかしなくてもマニキュアのこと?」
聞くと、バージルは軽く頷いて肯定した後、眉を寄せて睨んでくる
……なるほど、目の前の人物はどうやら、私の爪の色が気に食わないらしい
「下品な色だ すぐに落とせ」
「えええ、ちょっと、マニキュアくらい好きな色で塗らせてよ」
「……好きな色?」
言ってすぐに、まずいと思った どうやら地雷を踏んでしまったようだ
バージルの周りからどす黒いオーラが漂い始めたのを感じながら、私はひっと喉を引き攣らせた
「……そうか やたらとこの色の物ばかり揃えていると思ったら、好きな色だったのか 今まで気付かなくて悪かったな」
「いてててて! いたい! 悪いとか言いながら指握りしめないでくれない!? ちょっと、指折れる!」
とんでもない握力で指を握られ悲痛な声でやめろと訴えるが、まったく力を緩めてくれずにバージルはぎろりとこちらを睨み付けてくる
それに怯みそうになったけれど、ここで負けたら私はこれから一生、赤いマニキュアは塗れなくなる
バージルは変なところで変な嫉妬をする 今回の嫉妬の矛先は赤いマニキュア
多分、真っ赤なコートを羽織る双子の片割れを連想させるこの色が、彼は嫌いなのだろう
なまじっかダンテと面識のある私が、その色をつけているのが不快なのか
前にも、お気に入りの赤いパンプスを勝手に捨てられた事があった さすがにそれには私も驚いて怒りはしたのだけれど
その後彼は代わりにとでもいうように、上品なデザインの青いショートブーツを差し出してきたのだった
結局その時はそれで許してしまったのだが、今回のこれはどうしようもないと言えばどうしようもないんじゃないかと思う
私はひとつ疲れた溜め息を吐いて、バージルにそっと視線を移した
「あの、なんとなく怒ってる理由は分かるんですけど でもマニキュアくらい、別に何色塗ってたっていいんじゃないんですかね」
「数ある色の中で、何故これをわざわざ選ぶのかが理解出来ない」
「いやわざわざ選ぶっていうか…… 別に赤が特別好きって訳でもないんだけど、さっと塗るならやっぱ赤が一番しっくりくるっていうか」
「全く似合っていない」
きっぱりそう断言する彼に、少し辟易する
まあ、確かに似合ってないかもしれないけど、そこまで言わなくてもいいんじゃないのか
マニキュアなんて、それこそ塗った本人の自己満足で為すものだ 大体、この人はいつもあらゆる事に対して文句が多い
「……バージルって、私が何言っても傷付かないとか思ってるでしょ」
「……」
方向を変えた私の反論に、バージルは珍しく無言でただ赤い爪を見つめていた 私は続けざまに、日頃の不満も少し含めて言ってみる
「気に食わないなら、見なきゃいいよ」
見つめる彼に食ってかかる様に浴びせた言葉は、その倍の威力でもって返された
「……落とさなければ、この指ごと食い千切るぞ」
これが、果たして恋仲の相手に向かって吐く科白なのだろうか という事はこの際置いておくとして
鬼バージル得意の脅し文句に怯えて従いそうになるのを堪えた私は、やってみろとでも言わんばかりに鬼を見返した
中々折れない私を見れば、バージルもより一層顔を険しくさせながら凄む
こういった押し問答にも正直、慣れてはきていた 大体は私が最後に折れるのだが、今回ばかりは引き下がれない
何故なら、私の使ったこのマニキュアは決して安物ではない ここで折れたら目の前の鬼はボトルごと捨てろと言い出すに決まっている
それは断固拒否したいし、何よりこんなことにまで文句を言われていたら、そのうち私の拒否権が本気で失くなってしまう
要は、私も少なからず嫉妬が過ぎる彼にまた怒っていた
暫くお互い無言で睨み合っていると、先にバージルが痺れを切らし、わたしの腕を引いて無理矢理立たせてきた
「! ちょっと、」
「リムーバーを持って来い 自分で落とす気がないなら俺が落としてやる」
「リムーバーなんて、持ってない」
「……お前」
見え透いた嘘で未だに抵抗する私を見やると、バージルは瞳の色を少し変えた どうやら本気で苛立ち始めているようだ
それでも、私ももう後には引けなくて口からは挑発するような言葉ばかりが飛び出る
「なに、食い千切るんじゃなかったの ただの脅し? それでいっつも私が簡単に言う事聞くと思ったら大間違いなん……」
言い終わらない内に、がりっと耳に痛い音が辺りに響いた 何が起こったのか理解出来ずに、私は数秒固まる
音のしたほうに目を向けると、バージルが再度私の指に歯を立てているのが見えた
次の瞬間、さっきの比ではない痛みが走り、指先にマニキュアとはちがう赤が、たらりと零れた
驚愕してその光景を見つめながら、声も出せずに私はただ固まっていた
食い千切られてはいないがとうとう出血する程深くバージルの歯が指に食い込んだのを見て、さすがにじんわりと目に涙が溜まっていく
「……い、いたい」
小さな声で呟くと、バージルは我に返ったかのようにはっとして、慌てて指から口を離す
私の指から赤い血が零れたのを見れば、やってしまったという顔をした
「__っ、悪い、」
言って、すぐさまその噛み痕に舌を這わせようとしてくるのを拒み、私はバージルの腕から逃れた
「、おい!」
「うるさい、触んないで!」
引き止めようとする彼の腕を振り払い、私は二階の自室へと逃げ込んだ 扉を乱雑に閉め、鍵をしっかりと掛けてから部屋のベッドに頭から突っ込んで倒れた
未だに指からは痛みを感じるが、もう知ったことではない なんだか何もかも嫌になり私は不貞寝することに決めた
バージルなんか知るか 勝手にひとりで怒ってろ!
ぶつけようのない怒りに支配されて
冷静な思考なんて出来ない私はこの後どうするかなんて事は頭の中から追い出して、無理矢理目蓋を閉じると早すぎる就寝についた
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