No Reason
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
山を下りる為に来た道を引き返そうとしたのはいいが、既に来た時よりも雪風は強まり、月明かりよりも夜闇が深まったせいで視界は悪くなっていた
俺一人なら時間が多少掛かろうと、下山するには問題ないが ニナを連れてだと話が変わる
このまま外を一晩中かけて歩き回るのは得策ではない そう思い、来る時に見掛けた小さな山小屋に一時避難する事に決めた
(あそこなら、大して距離はなかった筈だ)
ニナを半ば抱えるようにして、目的の小屋へと急ぐ 着いた頃には静かだった降雪は、それなりに強く吹雪くようになっていた
遠目で見た時にはあまり気付かなかったが、かなり長い間使われずに放置されていたのか、中々老朽化が激しい木造の小屋だった
かろうじて家具や薪ストーブが備え付けられていたのはわかるが、傷みきったそれらは使えそうにもなく、暖を取れるような代物もなにひとつない
それでも雪風を凌げるだけまだマシだと思い直して、ガラクタを適当に避けて腰を下ろすスペースを空けた
雪が染みて重くなったコートを脱ぎ捨て、足が一本折れた椅子の残骸の上へと無造作に投げる
ニナは暫く小屋の中を見回した後、俺が掛けたコートへと視線を向けた
「バージル、あの~、コートは……」
「濡れている」
「……ですよね」
そう言って自身の両腕を擦りながら、ニナは渋い顔をしてうろうろと部屋の中を徘徊する
何か暖が取れる物がないかと探しているようだが、やはり探すだけ無駄だったらしく ニナは大きく白い息を吐くと絶望した顔で肩を落とす
いや、それより……
(……こいつは、濡れていなかったら俺のコートを奪うつもりだったのか)
窮地だからこそなのか、目敏い事を平気でやってのける姿が普段通りのような気もしてきて、呆れを通り越し感心すら覚える
そんな俺の視線に、ニナは何、と少し訝し気な顔で返してくる それに俺は首を横に振って答えた
「俺が見込んだ通りの図太さで安心した」
「えっ ……今誉められてるんだよねあたし」
「ああ、喜んでおけ」
「ええ、ほんとかなそれ、……は、は、はっくしょい! ああ、図太くても寒いのだけはどうしようもないし、 毛布ぐらいあるかと思ったけど、ほんとに何もなさそうだね…」
「……」
一層震えて腕を擦る姿を見れば流石に、これ以上叱責する気も詰る気も完全に失せた
俺は上着を脱いで、それもコートと同じく壊れた椅子の上へと放り投げた
インナーのシャツだけは無事で良かったと思いつつ、一番隙間風の入りが狭い場所で腰を下ろした
薄着姿になったところでニナを手招く 呆気に取られた様子でニナは目を瞬かせた
「ん? なに、」
「来い 暖めてやると言ってるんだ」
「……え、ええええ!? な、な、なんでそれで上着を脱いでしまったんでしょうか……?」
「それも濡れているし、人肌に近い姿で暖めた方が早いだろ お前より体温が高い俺なら尚更」
「い、いやでも、流石にそれは…… バージルに悪すぎるっていうか、」
「防寒具も毛布も、火すらない こんなところで凍え死にたいのか?」
言えば、暫く固まりながら煮え切らない様子で俺と空虚を交互に見比べていたが
ひとつ息を吐くと観念したかのように、こちらへと歩み寄ってきた
恐る恐る、といった風に足の間に腰を下ろしたニナに何故か妙な笑いが込み上がりそうになる
遠慮がちな態度は珍しい
あからさまに気後れしているような態度と普段より大分狭くなった肩幅を見て、僅かに緊張を感じ取る それに気付かないふりをして、後ろから即座に腕を回した
「お、び、びっくりした 結構しっかり密着してくれるんだね」
「……じゃないと意味がないだろ」
覆うようにして回した腕から、細かな震えが伝わる それでもニナの声色は普段と変わりない もしかしたらそう努めているだけかもしれないが
「バ、バージル、本当に大丈夫?」
「間違いは間違っても起こさないから安心しろ」
「いやそれは分かってるんだけど、そうじゃなくて、バージルは寒くないの? この体制、きつくない?」
「全く」
わざと回した腕に力を入れれば、ぐえ、と目の前の後頭部が苦しげな声を漏らす
余計な気遣いはするなとの意味を込めて、俺も普段と同じように扱う
「……ほんとに手間かけさせてごめんね」
「もういい、説教は持ち越してやるから今は体力温存に集中しろ」
「ん、ありがとう」
言って、少しだけ身動ぎしたニナが、ぐす、と鼻を鳴らす
まだ寒いのかと思い、もう少しだけ密着するように肩を抱え直した
暫く今日の事や俺の居ない間の出来事を話していたニナだったが、とうとう睡魔に負けたのか、俺の腕の中で深い眠りに就いた
起きていた時は会話も手伝って、今の状況をそこまで意識せずに済んでいたが
眠られてしまうとひとり残されたこの静かな空間で、抱えた人物の体温や息遣いが嫌でも気になり始めてしまう
間違いは起こさないと宣言はしていたが、正直ニナを安心させる為と言うよりも、己れに戒めとして言い聞かせていたという方が正しい
普段から異性としての意識が薄い人物ではあるが
こうして寝入って大人しくしていれば、やはり触れた部分の柔らかさや控え目な体温が、庇護欲と同時に別の欲を掻き立ててくるような気が、してこないでもない
そして自分を絶大に信頼して安眠する彼女を見て、優越感に浸ればいいのか、危機感を覚えればいいのかすら、最早わからなかった
(……こいつは本当に、警戒心というものが足りなさすぎている)
元はと言えばダンテのせいでもあるが、不用意にまた怪しげな物に近付くこいつにも問題がある 日頃からそうだ
とにかく無事に帰還したらまずは愚弟と魔鏡を葬って、それから改めてこいつにも言い聞かせなくてはならない
ニナへの不満や文句をつらつらと頭の中で浮かべて、不純な欲求を相殺させていく
これなら、変な気を起こす事なく朝を迎えられる筈だ
しかしそう思った矢先に、ニナの鏡の話が頭の中で反芻される
行きたいと願った場所に行ける、と言ういわく付きの鏡 勿論そう都合良く使いこなせる保証は無い
本当に、見事なまでに胡散臭い代物を平気で持ち帰る愚弟の気は知れない
が、ニナは実際その鏡を通ってここにやって来たと言っていた
つまり奇跡的に上手く使えてはいた訳だ ニナがその時行きたいと願った場所に、繋がっていた
「行きたいと、願った場所……」
ふと、思い当たった言葉を無意識に呟く そうだ
つまり俺がいる場所が、ニナが望んだ場所 なのだろうか
だから、つまり……
「……俺に会いたかったのか?」
寝入った後頭部に問いかけても、勿論返事はないが 自身の口端が嫌でも上がってしまうのが分かって、思わず頭を振った
(……駄目だ、絆されるな 正気を保て)
しかし結局胸の内が温まっていくのも、最早止めようがなかった
その繰り返しで、朝を迎えた
「……一睡も出来なかったな」
空気が柔らかくなってきた
朝日が昇っていくのを木造の小屋越しに感じる 背中はすっかり冷えていたが、ニナを抱えた腕はずっと暖かかった
その暖かさに、俺はひとつ疲れた溜め息を吐く
徹夜自体は特に大した弊害にはならない けれど精神的な疲弊がひどい
これだけ密着して一晩中耐えたんだ、何か褒美を貰っても良いぐらいだ
しかしニナから一体何を貰えば褒美になるのかも、よく分からなかった
日が昇り始めても、健やかに寝息をたてる後頭部を無意識に睨む
そこでふと、朝陽に射されて明るく浮かび上がったうなじを視界が捉えた
白い滑らかなその肌を目の前にして、疲れた頭でもはっきりと意識出来る欲があった
俺は欲に抗う事なく口を大きく開けて 目の前のそれに、ガブリと噛み付いた
「__いったぁ‼」
噛み付いた瞬間、ニナの絶叫が上がる
文字通り飛び起きたニナが腰を上げようとしたが俺の腕が阻止した為、反動で元の位置に逆戻りする
後ろ頭が俺の胸元に当たって、それから再び起き上がるとようやく背後の俺に気付いた
「お目覚めか? よく眠れただろう」
「え、ええ、…… あ、はい おはよう、ございます」
寝惚けて意識がはっきりしていない風なニナに、わざとらしく声を掛ける
置かれてる状況を見て、やっと覚醒してきたのか慌てて俺から身体を離した
「な、なんか、凄い衝撃で目が覚めたんですけど…… く、首裏が、痛い」
「寝違えたんじゃないのか」
「いや、そういうんじゃなくて なんか熊に襲われる夢を見た気が」
「誰が熊だ」
言って、ニナは首を押さえながら立ち上がる
傾いた窓から陽が射し込み、小屋の中を明るく満たしていく 今朝は雪も降っていない
問題なく下山は出来そうだ
ニナは首を擦りながら、未だに座している俺を一瞥するとすまなさそうな顔を向けてくる
「……あ、朝まで抱えてくれてたんだね、どうもありがとう、は、は、……はっくしょい!」
礼を言いながら、また盛大にくしゃみをするニナに俺も一瞥くれて腰を上げた
「礼はいい、動けるなら早く山を下りるぞ」
さっさと身支度をし始める俺を見て、ニナも痛めたと言う首から手を離し、おもむろに支度をし始めた
俺から背を向けた瞬間、顕になったその白い首裏
くっきりと歯型の痕が残ったそこを盗み見て、自分の口端が上がるのを今度こそ止められなかった
2020/12/15
3/3ページ