黒田さんの姪っ子の彼女と彼女が大好きな萩原さん 長編
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例えるならそれはうっかり昼寝してしまった休日の午後。ふよふよっと浮かび上がった意識の切れ端が糸を結んで目を覚ます。生憎俺の目覚めはとことん悪い。寝汚いともいう。警察学校時代はよく半ギレの松田と降谷に叩き起こされたものだ。あまりに起きないものだから布団に簀巻きにされてブランコよろしく揺らされたこともある。最後の良心・伊達がいたから放られずにすんだ。悪いとは思うけどあれはないんじゃないかと今でも思っている。
「く、ぁああ……」
大きなあくびと大きな伸び。夢ちゃんの家がこたつを出したらしい。嬉しそうにその話をする夢ちゃんを可愛いなあなんて思いながら見ていたら、何を勘違いしたのか「研二くんも来る?」とお誘いを受けた。黒田さんに会ってからというもの夢ちゃん宅へお邪魔することが増えた。黒田さんとバッティングしたことはまだないけど、会ったとしても余程失礼なことをしない限り大丈夫かなあなんて思ってそれなりの回数夢ちゃんの言葉に甘えている。自分の向こう見ずというか、単純というか、楽観的なところはきっと大きな長所だ。そんなこんなでたしか俺は夢ちゃんの家に彼女の好きなケーキ片手に向かって、一緒にお昼ごはんを作って、並んで食べて、ちょっとお喋りして、うとうとしていたはず。夢ちゃんもぽかぽか温かかったし返事も途切れ途切れだったからくっついて昼寝したに違いない。
「あ~~~……めっっちゃかわいい~~~……!」
そんな夢ちゃんが目の前ですよすよ寝ている。起こさないように小声で感嘆する。顔にかかった髪を慎重に払いのけて寝顔を観察。俺の彼女めちゃくちゃ可愛い。世界一可愛い、間違いない。だってこんなに可愛い子他にいねえもん。うん、俺世界一幸せじゃん間違いねえわ。ピンク色のほっぺたを指先でつついてついでに唇もふにふにと触ってみる。わ、すっげえぷるぷるだ。こまめにリップクリームを塗ってるのは見てたけどそのおかげなのかなあ。
「……夢ちゃん夢ちゃん、起きてくれないとキスするよ」
3,2,1。夢ちゃんは起きない。にんまりと笑ってちゅ、と一回。なんだかたまらなくなっておまけにもう一回。心なしかただでさえ柔らかかった夢ちゃんの寝顔がもう一段階甘く柔らかくなった気がする。
「ぁあーーーー……むり、むりちょっとまってつらいかわいい」
本人が起きないのをいいことに俺は頭を押さえて天を仰ぐ。神様あんたなんて子を作ったんだ、超有能、グッジョブ。ご両親に足を向けて寝られない。
ひとしきり一人で悶えて「あれ?そういえばこたつに当たらないな??」と気づく。もっと早く気づけ?ごもっともです、でも俺夢ちゃんのことになると時間も人目も分からなくなるからこればかりは許してほしい。
「……お?おおお???」
おっと待ってくれここはどこだ?見覚えのない洋室にぎょっとしつつ、ひとまず夢ちゃんの傍に寄って行ってすぐに抱き上げられる距離まで近づく。何かあれば布団ごと夢ちゃんを抱えて走るつもりだ。足元のふわふわカーペットはまるでベッドのようで、なるほどこれは安眠間違いなしだななんて思った。
注意深く周りを見回す。人の気配はない、物音もしない。扉がいくつかあるけど一番目立つのは目の前のものだ。一見すれば出入口。他の扉は装飾も地味で物置のドアのようなイメージと言えば分かりやすいと思う。
「………なにあれ…」
目の前の扉のドアノブに何か掛かっている。インテリア用の大きめの黒板だろうか。なんであんなところに。そろりそろりと用心深く近寄る。床に一枚便箋があったので読んでみる。
「『〇〇しないと出られない部屋』?」
曰く、黒板に書いたことを5つこなさないとこの部屋は出られないという。他のドアの先はそれぞれキッチンとかお風呂とかトイレとか、あとテニスコートとか、信じられないことに扉の前で行く先を伝えると必要な部屋が出てくるらしい。まじで?どこでもドアかよ、国民アニメの某動く城でもそこまで便利じゃなかったぞ。あとで夢ちゃんと確かめてみよ。
「……5つ。5つねえ……っは!」
いいこと思いついた。色気のあること書いたら夢ちゃんといいことできるんじゃ?俺天才。途端にワクワクしながらそばのチョークを手に取って、
「研二くんどうしたの?」
「アッッッッ」
努めて何でもないように振り向く。横になったままぱっちりと目を開けた夢ちゃんがじっとこっちを見ている。俺の不自然な動きを訝しむような顔だ。
「お、おはよ、夢ちゃん」
「ん、おはよう…。ねえ研二くん、ここどこ…?」
起き上がった夢ちゃんが俺の隣に腰を下ろして寄りかかってくる。寝起きだからかどこかぼんやりしているのが可愛い。崩れた髪を撫でて整えるとほわんと柔和に笑んだ。
「うーん、俺も起きたらこんな状況でさ。この紙にはこんなことが書いてあるんだけど」
「……ふむふむ、不思議なこともあるねえ…。ひとまず何か書こうよ、研二くん」
「夢ちゃんてさ、結構肝が据わってるよね」
「私の叔父さんあの人だからね。家系みたいだよ」
「わあ、心強い」
目ざめのいい夢ちゃんはもういつもの調子で「おなかがすいたなあ」なんて言っている。スケベなこと書こうとしてたなんて絶対言わない。そっと胸の中に床に転がって悔しがる虫歯菌を閉じ込める。
「あ、ホットケーキでも作ってみようか」
「じゃあ生クリームとフルーツでトッピングも付けようよ」
黒板に「飾りつけしたホットケーキを作って食べる」と書き込むと了解の合図だと言うようにどこからか鐘の音が鳴る。丁度いい、俺も腹が減ってきたところだったんだ。扉の一つに向かって「キッチン!」と告げて開けると、あらまあ不思議。質素なドアからは考えられない立派なキッチンがあるではないか。
「研二くんー!ちゃんとヨーグルトもあるよ!分かってるね!」
愛しい彼女の笑顔も100点満点、それだけで俺は幸せ絶頂だ。一応フライパンとか皿とかを一通り洗って、食品の賞味期限も確認して。おや、段々楽しくなってきたぞ?
夢ちゃんはホットケーキ担当、俺はトッピング担当だ。理由は簡単。何故か泡だて機がなかったからだ。
「いいけどさあ、これだけ揃っててなんでハンドミキサーがないの…」
「自力でがんばれってことなんじゃない?研二くんがんばれー!」
ころころと鈴のような声で夢ちゃんが応援してくれる。ボウルを抱えて一心不乱に混ぜ続けて出来たものをホットケーキとフルーツに添えていただきます。美味しいねと顔を合わせて完食するとまた鐘の音がする。きっとこれが完了の合図だろう。
「なるほどねえ、こんな感じで進めればいいのね」
「ねえ夢ちゃん、次俺が決めていい?」
「いいよ、研二くん何したい?」
わくわくしているのを隠せないひーちゃんがめちゃくちゃ可愛い。よく分からない状況だけど楽しんで損はないだろう。
「テニス…は夢ちゃんやったことないんだっけ。野球、サッカー、バスケ、うーん…。あ、バドミントンならいけるよね」
「うん、大丈夫。……お手柔らかにお願いします」
「お任せください」
たくさん食べたから次は動きたい気分だ。「バドミントン」と書き込むとまた鐘の音。服装も問題ないだろう。扉をくぐると学校の体育館みたいな場所に出た。
「すっげえ、さっきまでキッチンだったのに」
「お片付けして出て良かったね研二くん」
夢ちゃんこんなところがあるのが良い。あまりの尊さに震えそうになる声で「そうだね」と返事をしてラケットを渡す。一応ネットも張ってあるけど初心者の夢ちゃんに合わせて使わないことにする。いつぶりかなあ、大学生のころは晴れた日とか公園でこうして遊んでたなあなんて思い出す。
「いーきまーすよーー!」
「どーうぞーー!」
夢ちゃんは俺が手加減しているのをいいことに急にスマッシュ打ってきたり短い球を打ってきたり自由奔放だ。そのたびに悪戯好きな猫のような目でこっちを見てくるのが最高に愛らしい。一つ残さず拾うとすごいすごいと手を叩いて喜ぶ。そんな夢ちゃんを見ていたらあっという間に時間は過ぎていく。
「あ、もういいみたい」
「夢ちゃん次何しようか」
元の部屋に帰ると夢ちゃんがうーんと唸ってうろうろと歩き回る。その足がぴたりと止まった先はやけに大きなクローゼット。少しだけ隙間をあけて中を覗いた彼女が悪い顔をして振り返った。なんだかまずい予感。
「はい、研二くんこれ着てね!こっちも見たいなあ、あっ軍服もある!」
一度に渡されたのは書生服、神父服、軍服。どこから探してきたのかカメラまで用意している。三つ目は「コスプレ大会」らしい。
「研二くんがっしりしてるから軍服似合うね…!」
「警察の制服のほうが嬉しいんだけど…」
「?当たり前でしょ?軍服も似合ってるけど次点だよ次点」
「……そういうことを急に言われると照れるので突然言わないでくださいーー!」
茶化して誤魔化したけど結構嬉しかった。そっか、似合ってるって思ってくれてるのか。結構、いやかなり嬉しい。俺が気を良くしたのをいいことに夢ちゃんはその後もリクエストを続けて俺はさながら着せ替え人形だ。勿論お返しは四つ目でやりかえした。俺のお気に入りは何かのゲームのキャラクターのものらしいアイドルっぽい衣装。超かわいかった。
「あれ、もう書いてある……」
「え?次最後だよな?それだけは決まってんの?……おお」
ラスト一つは何にしようねと話していたのだけどどうやらもう決まっているらしい。黒板には「お互いの好きなところを上げていく」と書いてある。夢ちゃんと目が合った。どうやら照れているらしく手で顔を隠してしまった。
「優しいところ。よく笑うところ。真面目なところ。言葉が丁寧なところ。良いこと見つけるのが上手なところ。目が優しいところ」
「…あの、研二くん、あの、」
後ろから夢ちゃんを抱きしめて一つ一つ上げていく。いくつだって上げられる。もぞもぞと夢ちゃんが動くけれど気にしない。
「おいしそうにごはんを食べるところ。目を見てお礼を言ってくれるところ。悪口言わないところ」
「う、ぅうう…ちょ、っと、」
「箸の使い方が綺麗なところ。子どもとか動物とかに優しく出来るところ。俺が呼んだとき嬉しそうに返事してくれるところ」
「まって、ってば…ねえ……」
「まだまだあるよ、もっと言おうか」
戯れに夢ちゃんの耳たぶを噛むと可愛い声で鳴いた。真っ赤だ。腕の中でぐるりと夢ちゃんが半回転。おや?
「……私の事大切にしてくれるところ、笑った顔が可愛いところ、いっぱい好きって言ってくれるところ、お仕事がんばってるところ、頑張り屋さんなところ」
「……うん」
「ちょっとかっこつけなところ、友達大切にできるところ、寝顔がちょっと幼いところ」
「ふ、ふふ、うん」
「忙しいのに時間取ってくれるところ、正義感が強いところ、荒っぽい言葉を使わないところ、誰にでも優しくできるところ、あと顔がかっこいいところ」
「夢ちゃんちょっとー?!」
「……ぜんぶ、ぜんぶ好き。大好き」
茶化そうと思ったのに夢ちゃんがあんまりにも綺麗に笑うものだから言葉が続かない。えへへ、と夢ちゃんがはにかむ。胸が一杯になった。
「夢ちゃん、キスしていい?」
「……ん」
ぎゅうぎゅうに抱きしめて触れた唇は妙に甘くて。ずっとずっと一緒にいたいな、なんて。胸が苦しくなるくらいそんなことを思った。
ふと我に返る。空気が変わった。あれ?と思ってうっすら目を開けると史上最高に可愛い俺の彼女とキスの真っ最中。ああ~~幸せ。いっかこのままで。全部放り出して脳みその容量を9割夢ちゃんに向ける。が、残りの1割が周りの景色が違うぞと訴えかける。……あっ分かった、夢ちゃんの家だ。帰ってきたのか俺たち。
「…………ヒッ」
「…………お……おじさん……」
何とも言えない表情でリビングの扉を開けたまま直立不動になっている黒田さん。
「……悪気はない。許せ」
空気に耐えかねた黒田さんがそっと退室する。
「まっ待って待って待って叔父さん!!!」
「ああああああやっちまったああああああ」
賑やかな混乱の声が家に響いた。
「く、ぁああ……」
大きなあくびと大きな伸び。夢ちゃんの家がこたつを出したらしい。嬉しそうにその話をする夢ちゃんを可愛いなあなんて思いながら見ていたら、何を勘違いしたのか「研二くんも来る?」とお誘いを受けた。黒田さんに会ってからというもの夢ちゃん宅へお邪魔することが増えた。黒田さんとバッティングしたことはまだないけど、会ったとしても余程失礼なことをしない限り大丈夫かなあなんて思ってそれなりの回数夢ちゃんの言葉に甘えている。自分の向こう見ずというか、単純というか、楽観的なところはきっと大きな長所だ。そんなこんなでたしか俺は夢ちゃんの家に彼女の好きなケーキ片手に向かって、一緒にお昼ごはんを作って、並んで食べて、ちょっとお喋りして、うとうとしていたはず。夢ちゃんもぽかぽか温かかったし返事も途切れ途切れだったからくっついて昼寝したに違いない。
「あ~~~……めっっちゃかわいい~~~……!」
そんな夢ちゃんが目の前ですよすよ寝ている。起こさないように小声で感嘆する。顔にかかった髪を慎重に払いのけて寝顔を観察。俺の彼女めちゃくちゃ可愛い。世界一可愛い、間違いない。だってこんなに可愛い子他にいねえもん。うん、俺世界一幸せじゃん間違いねえわ。ピンク色のほっぺたを指先でつついてついでに唇もふにふにと触ってみる。わ、すっげえぷるぷるだ。こまめにリップクリームを塗ってるのは見てたけどそのおかげなのかなあ。
「……夢ちゃん夢ちゃん、起きてくれないとキスするよ」
3,2,1。夢ちゃんは起きない。にんまりと笑ってちゅ、と一回。なんだかたまらなくなっておまけにもう一回。心なしかただでさえ柔らかかった夢ちゃんの寝顔がもう一段階甘く柔らかくなった気がする。
「ぁあーーーー……むり、むりちょっとまってつらいかわいい」
本人が起きないのをいいことに俺は頭を押さえて天を仰ぐ。神様あんたなんて子を作ったんだ、超有能、グッジョブ。ご両親に足を向けて寝られない。
ひとしきり一人で悶えて「あれ?そういえばこたつに当たらないな??」と気づく。もっと早く気づけ?ごもっともです、でも俺夢ちゃんのことになると時間も人目も分からなくなるからこればかりは許してほしい。
「……お?おおお???」
おっと待ってくれここはどこだ?見覚えのない洋室にぎょっとしつつ、ひとまず夢ちゃんの傍に寄って行ってすぐに抱き上げられる距離まで近づく。何かあれば布団ごと夢ちゃんを抱えて走るつもりだ。足元のふわふわカーペットはまるでベッドのようで、なるほどこれは安眠間違いなしだななんて思った。
注意深く周りを見回す。人の気配はない、物音もしない。扉がいくつかあるけど一番目立つのは目の前のものだ。一見すれば出入口。他の扉は装飾も地味で物置のドアのようなイメージと言えば分かりやすいと思う。
「………なにあれ…」
目の前の扉のドアノブに何か掛かっている。インテリア用の大きめの黒板だろうか。なんであんなところに。そろりそろりと用心深く近寄る。床に一枚便箋があったので読んでみる。
「『〇〇しないと出られない部屋』?」
曰く、黒板に書いたことを5つこなさないとこの部屋は出られないという。他のドアの先はそれぞれキッチンとかお風呂とかトイレとか、あとテニスコートとか、信じられないことに扉の前で行く先を伝えると必要な部屋が出てくるらしい。まじで?どこでもドアかよ、国民アニメの某動く城でもそこまで便利じゃなかったぞ。あとで夢ちゃんと確かめてみよ。
「……5つ。5つねえ……っは!」
いいこと思いついた。色気のあること書いたら夢ちゃんといいことできるんじゃ?俺天才。途端にワクワクしながらそばのチョークを手に取って、
「研二くんどうしたの?」
「アッッッッ」
努めて何でもないように振り向く。横になったままぱっちりと目を開けた夢ちゃんがじっとこっちを見ている。俺の不自然な動きを訝しむような顔だ。
「お、おはよ、夢ちゃん」
「ん、おはよう…。ねえ研二くん、ここどこ…?」
起き上がった夢ちゃんが俺の隣に腰を下ろして寄りかかってくる。寝起きだからかどこかぼんやりしているのが可愛い。崩れた髪を撫でて整えるとほわんと柔和に笑んだ。
「うーん、俺も起きたらこんな状況でさ。この紙にはこんなことが書いてあるんだけど」
「……ふむふむ、不思議なこともあるねえ…。ひとまず何か書こうよ、研二くん」
「夢ちゃんてさ、結構肝が据わってるよね」
「私の叔父さんあの人だからね。家系みたいだよ」
「わあ、心強い」
目ざめのいい夢ちゃんはもういつもの調子で「おなかがすいたなあ」なんて言っている。スケベなこと書こうとしてたなんて絶対言わない。そっと胸の中に床に転がって悔しがる虫歯菌を閉じ込める。
「あ、ホットケーキでも作ってみようか」
「じゃあ生クリームとフルーツでトッピングも付けようよ」
黒板に「飾りつけしたホットケーキを作って食べる」と書き込むと了解の合図だと言うようにどこからか鐘の音が鳴る。丁度いい、俺も腹が減ってきたところだったんだ。扉の一つに向かって「キッチン!」と告げて開けると、あらまあ不思議。質素なドアからは考えられない立派なキッチンがあるではないか。
「研二くんー!ちゃんとヨーグルトもあるよ!分かってるね!」
愛しい彼女の笑顔も100点満点、それだけで俺は幸せ絶頂だ。一応フライパンとか皿とかを一通り洗って、食品の賞味期限も確認して。おや、段々楽しくなってきたぞ?
夢ちゃんはホットケーキ担当、俺はトッピング担当だ。理由は簡単。何故か泡だて機がなかったからだ。
「いいけどさあ、これだけ揃っててなんでハンドミキサーがないの…」
「自力でがんばれってことなんじゃない?研二くんがんばれー!」
ころころと鈴のような声で夢ちゃんが応援してくれる。ボウルを抱えて一心不乱に混ぜ続けて出来たものをホットケーキとフルーツに添えていただきます。美味しいねと顔を合わせて完食するとまた鐘の音がする。きっとこれが完了の合図だろう。
「なるほどねえ、こんな感じで進めればいいのね」
「ねえ夢ちゃん、次俺が決めていい?」
「いいよ、研二くん何したい?」
わくわくしているのを隠せないひーちゃんがめちゃくちゃ可愛い。よく分からない状況だけど楽しんで損はないだろう。
「テニス…は夢ちゃんやったことないんだっけ。野球、サッカー、バスケ、うーん…。あ、バドミントンならいけるよね」
「うん、大丈夫。……お手柔らかにお願いします」
「お任せください」
たくさん食べたから次は動きたい気分だ。「バドミントン」と書き込むとまた鐘の音。服装も問題ないだろう。扉をくぐると学校の体育館みたいな場所に出た。
「すっげえ、さっきまでキッチンだったのに」
「お片付けして出て良かったね研二くん」
夢ちゃんこんなところがあるのが良い。あまりの尊さに震えそうになる声で「そうだね」と返事をしてラケットを渡す。一応ネットも張ってあるけど初心者の夢ちゃんに合わせて使わないことにする。いつぶりかなあ、大学生のころは晴れた日とか公園でこうして遊んでたなあなんて思い出す。
「いーきまーすよーー!」
「どーうぞーー!」
夢ちゃんは俺が手加減しているのをいいことに急にスマッシュ打ってきたり短い球を打ってきたり自由奔放だ。そのたびに悪戯好きな猫のような目でこっちを見てくるのが最高に愛らしい。一つ残さず拾うとすごいすごいと手を叩いて喜ぶ。そんな夢ちゃんを見ていたらあっという間に時間は過ぎていく。
「あ、もういいみたい」
「夢ちゃん次何しようか」
元の部屋に帰ると夢ちゃんがうーんと唸ってうろうろと歩き回る。その足がぴたりと止まった先はやけに大きなクローゼット。少しだけ隙間をあけて中を覗いた彼女が悪い顔をして振り返った。なんだかまずい予感。
「はい、研二くんこれ着てね!こっちも見たいなあ、あっ軍服もある!」
一度に渡されたのは書生服、神父服、軍服。どこから探してきたのかカメラまで用意している。三つ目は「コスプレ大会」らしい。
「研二くんがっしりしてるから軍服似合うね…!」
「警察の制服のほうが嬉しいんだけど…」
「?当たり前でしょ?軍服も似合ってるけど次点だよ次点」
「……そういうことを急に言われると照れるので突然言わないでくださいーー!」
茶化して誤魔化したけど結構嬉しかった。そっか、似合ってるって思ってくれてるのか。結構、いやかなり嬉しい。俺が気を良くしたのをいいことに夢ちゃんはその後もリクエストを続けて俺はさながら着せ替え人形だ。勿論お返しは四つ目でやりかえした。俺のお気に入りは何かのゲームのキャラクターのものらしいアイドルっぽい衣装。超かわいかった。
「あれ、もう書いてある……」
「え?次最後だよな?それだけは決まってんの?……おお」
ラスト一つは何にしようねと話していたのだけどどうやらもう決まっているらしい。黒板には「お互いの好きなところを上げていく」と書いてある。夢ちゃんと目が合った。どうやら照れているらしく手で顔を隠してしまった。
「優しいところ。よく笑うところ。真面目なところ。言葉が丁寧なところ。良いこと見つけるのが上手なところ。目が優しいところ」
「…あの、研二くん、あの、」
後ろから夢ちゃんを抱きしめて一つ一つ上げていく。いくつだって上げられる。もぞもぞと夢ちゃんが動くけれど気にしない。
「おいしそうにごはんを食べるところ。目を見てお礼を言ってくれるところ。悪口言わないところ」
「う、ぅうう…ちょ、っと、」
「箸の使い方が綺麗なところ。子どもとか動物とかに優しく出来るところ。俺が呼んだとき嬉しそうに返事してくれるところ」
「まって、ってば…ねえ……」
「まだまだあるよ、もっと言おうか」
戯れに夢ちゃんの耳たぶを噛むと可愛い声で鳴いた。真っ赤だ。腕の中でぐるりと夢ちゃんが半回転。おや?
「……私の事大切にしてくれるところ、笑った顔が可愛いところ、いっぱい好きって言ってくれるところ、お仕事がんばってるところ、頑張り屋さんなところ」
「……うん」
「ちょっとかっこつけなところ、友達大切にできるところ、寝顔がちょっと幼いところ」
「ふ、ふふ、うん」
「忙しいのに時間取ってくれるところ、正義感が強いところ、荒っぽい言葉を使わないところ、誰にでも優しくできるところ、あと顔がかっこいいところ」
「夢ちゃんちょっとー?!」
「……ぜんぶ、ぜんぶ好き。大好き」
茶化そうと思ったのに夢ちゃんがあんまりにも綺麗に笑うものだから言葉が続かない。えへへ、と夢ちゃんがはにかむ。胸が一杯になった。
「夢ちゃん、キスしていい?」
「……ん」
ぎゅうぎゅうに抱きしめて触れた唇は妙に甘くて。ずっとずっと一緒にいたいな、なんて。胸が苦しくなるくらいそんなことを思った。
ふと我に返る。空気が変わった。あれ?と思ってうっすら目を開けると史上最高に可愛い俺の彼女とキスの真っ最中。ああ~~幸せ。いっかこのままで。全部放り出して脳みその容量を9割夢ちゃんに向ける。が、残りの1割が周りの景色が違うぞと訴えかける。……あっ分かった、夢ちゃんの家だ。帰ってきたのか俺たち。
「…………ヒッ」
「…………お……おじさん……」
何とも言えない表情でリビングの扉を開けたまま直立不動になっている黒田さん。
「……悪気はない。許せ」
空気に耐えかねた黒田さんがそっと退室する。
「まっ待って待って待って叔父さん!!!」
「ああああああやっちまったああああああ」
賑やかな混乱の声が家に響いた。
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