黒田さんの姪っ子の彼女と彼女が大好きな萩原さん 長編
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曰く、俺は冷めているらしい。ヒリヒリする頬に手を当てて冷やしながら、数分前まで彼女だった女の子の出て言ったドアをチラリと見る。大学二年生、春。大学生になって早くも6人目を数えた恋人は俺に強烈なものを一発お見舞いして部屋を出ていった。
「分ッかんねえわー…」
俺は女ごころが分かっていないそうだ。歴代の彼女たちとの別れ際、お決まりのように言われ続けたことである。あまりに何度も言われるので具体的にどういうことなのか聞いてみたことがあったが、眦を吊り上げて「そういうところ!」と怒鳴られて以来聞くのを止めた。
自分の名誉のために言っておくと、こんな面倒が頻発するようになったのは大学に入ってからだ。高校までは小学校から続けていた剣道に打ち込んでいてそれどころではなかったし、そこそこ勉強の出来る進学校だったせいか大人しい子が多かった。人並みに付き合ってはいたがあくまで常識の範囲内だ。昔から顔のいい自覚はある。「大学入ったら彼女とかできるかなあ」と呑気にしていた俺は見事に鴨にされた。いやあ肉食系の女の子怖い。最初こそ浮かれたり落ち込んだりしていたが、段々慣れてしまった。無抵抗が一番楽だ。誠意を持って対応するがそれは決して愛情ではない。最初はそれでもいいと言っていたはずの女の子たちは付き合う期間が長くなるにつれてそれが許せなくなるようだ。彼女たちの自己満足。イケメンを侍らせて貢がせたいだけ。自分がアクセサリーにでもなった気分だ。最近はずっとそう。俺の楽しみなんて二の次で義務感で動いているのは気に入らないが、確かに恋人がいる間は声を掛けられずに済む。それくらいかな、いいことって。
鳴り始めた携帯の画面を見てげ、と顔を顰める。大学の男友達の一人だ。友人の多い奴だからどこからか別れ話を聞きつけたのだろう。このタイミングでとは趣味の悪いことだ。無視しても良かったが余計面倒になるのが分かり切っている。ため息をついて通話を始めた。
「…なに?」
『そう機嫌悪そうにするなよ萩原、聞いたぞお前別れたんだって?』
「あー、うん。それはそうなんだけど、なんかもういいや。他には?」
『あいかわらずあっさりしてんなあ…。いや、別にないけど。大丈夫かなあって思ってな。大丈夫ならいいんだよ、うん』
「大丈夫。お前も知ってるだろ、元々あの子と取り巻きが無理やりくっつけたようなもんだったんだよ。断れないように周り固めてさ。勝手だよなあ」
『あーー…、なんかさ、お前見てると顔がいいのも大変だと思うわ。まあまた飯にでも行こうぜ。話聞くし、なんなら合コンも誘うし』
「飯は行く。合コンはいいや」
『おっけ。じゃあまた学校でな』
悪い奴じゃない。少し馬鹿で、少し小心者だ。でも人としては嫌いじゃない。今だってこうして心配して電話をくれた。だけど、こいつに限らず思うことがある。俺が友人と呼んでいる奴らは流行りを追いかけたり新しい服を求めるのと同じに恋愛を求めているのだ。まるでアクセサリーかイベントのよう。彼らは可愛くて優しくて一緒にいて面白くて、ついでにいうと具合のイイ彼女が欲しいらしい。目的と結果が逆なのだ。「好きだから付き合って恋人になる」じゃなくて「恋人がほしいから探して見つけて付き合う」。なんとも軽い生き方で、軽い理由だと思う。メルヘンチックだと言われるのが嫌ではっきりとは言わないけれど、そういうものじゃないだろ、と思っているが分かりあえる人間は今のところいない。
「だる、疲れた、寝よ」
もそもそとベッドに潜り込んで目を閉じる。泥のような倦怠感が体温に溶けていく。ああ、憂鬱だ。
それからしばらくは変わらず掛け持ちでバイトをしたり頼み込まれて合コンの客寄せパンダをしたりしていた。彩度の落ちたような日常を繰り返し、いい加減飽きがきていたある日のこと。スーパーで買い物を済ませて帰宅していると見知った顔に会った。
「!萩原のにいちゃん!」
「おお、雄介じゃん。学校帰り?」
バイト先の剣道の教室に通っている生徒が妙に興奮して駆け寄った。なにかと荒みがちな俺のメンタルを癒すバイトは毎週の楽しみでもある。子どもは好きだ。一生懸命な動作が可愛い。いつものように頭を一撫ですると顔をくしゃりと歪めて笑った。
「萩原の兄ちゃん、猫好き?」
「猫?まあ、好きだけど…。どうした?向こうにいた?」
「っ来て!こっち!」
これでもかと引っ張られて着いた先は公園だった。ベンチには若い女の子が一人座っている。
「夢ちゃーーん!」
「あれ、雄介くん…?また戻ってきたの、ん?あ…」
「あ。このあいだの」
何てことだ。この子、前の合コンで人数合わせに連れてこられてた子じゃないか。しかも膝の上の猫を撫でている。どんな顔をすればいいのか分からず固まる俺を雄介はグイグイと押してベンチに座らせる。
「ほら!萩原の兄ちゃん!猫だよ、子猫!」
ずいっと突き出された小柄な猫がにゃーんと一声鳴いてこっちを見る。逃げることも抵抗もしない。随分と人馴れしているようだ。可愛いなあと言うと「そうでしょ!」と嬉しそうな雄介が顔をのぞかせ、子猫を俺の膝に乗せた。……えっ?
「おーーいーー、雄介ーー?」
ニコニコとご満悦の表情で雄介が隣に座り、俺の膝でごろにゃんしてる猫を撫でる。あっくそ、可愛い。直接言うことはないが俺は気に入ったものにはめっぽう甘いのは自覚している。さてどうしたものか。バイトもないしあとは帰るだけだから問題ないが、膝に子猫をのせられ一度会っただけの顔見知りの横に放置されてしまった。困っていると横の女の子がクスクスと笑うのが聞こえた。
「…あ、ごめんなさい、つい」
「いや、俺も笑うしかないなって思ってたとこ。えぇっと、おひさしぶり。俺のこと覚えてる?」
「もちろんです。萩原さんですよね」
「よかったあ、忘れられてたらどうしようかと。黒田さんだよね」
ええ、と頷く子は数日前の合コンで人数合わせに連れてこられていた。部屋に入ると同時に男どもの視線を総浚いしたにも関わらず、鮮やかな手腕で場を盛り上げグループを作るという神業を披露した。しかも当の本人はいつの間にかお金だけ置いていなくなっている。一応幹事には一声かけたらしいがいつだったのかは分からない。とにかく俺は思わず拍手をおくりたくなるような手際の良さで彼女に強烈な印象を持ったのだ。柔和なのだけどどことなくひんやりしていて計算高そうな笑顔が頭に残っている分、今のミルク色の雰囲気に驚く。
「…ああ、もしかして雄介くんの言ってる剣道のおにいちゃんって萩原さんのことですか?」
「あーーーーー……、うん、俺だわ。若いの俺だけだから…」
夢中で子猫を撫でくりまわしてる子どもはどうやら色んなところで俺の話をしているらしい。うっわ恥ずかしい。気まずさで思わず目をそらすが、黒田さんが意外そうな表情でこっちを見ているのに気が付く。
「…なに?」
「いえ…。失礼だと分かってはいるんですけど、萩原さん、前に会ったときと雰囲気違うなと思って。今のほうが親しみやすいです」
「まあ、あの時はサクラだったし…。無暗にお愛想してると不便も多いんだよ。ていうかそれ言ったら黒田さんもだからな」
「なんか、お互い大変ですね」
苦笑いするその子に「黒田さんは雄介と知り合い?」と聞くと嬉しそうな表情で「友達です」と返ってきた。
「私がここのベンチがお気に入りで、たまたま話すことがあって。ほら、この子の通学路だから…。そこからですね」
ふうわりと目を細めて笑う顔は穏やかだ。こっちが素なのかと納得しながら世間話をする。学校のこと、バイトのこと、趣味や最近あったおもしろいこと。帰るねと雄介がいなくなって猫がいつの間にかどこかに行ってもなんとなく二人で並んで喋っていた。空が赤み始めてはっとした。急いで帰りの支度をする。
「こんな時間までごめんなさい。じゃあ、お気をつけて」
送っていこうかと聞いたが今日は叔父さんと食事の予定があるらしくこのまま店に行くそうだ。彼女の背中を見送りながら思わずほうと息をついた。
「………どうしよ、めっちゃ楽しかった……」
夢現で荷物を持って帰宅する。いつまでたっても柔らかい日差しに照らされた笑顔が頭から離れない。頭からシャワーを被ってみてもそれは変わらなかった。いやいやまさか。いくらなんでも結論を出すのが性急だ、落ち着け萩原研二。
『黒田夢 xxx-xxxx-xxxx
とても楽しかったです。ご迷惑でなければお友達になってください。
P.S. 雄介くんに親切にしてくれてありがとうございます。 』
いつの間に入れたのだろうか。一度クールダウンしたはずの頭はかばんからヒラヒラと出てきたメモによって再び熱を持つことになった。
「なにかあったか」
「……んー?」
叔父さんの運転する車で帰宅していると、普段は黙っている叔父さんが口を開いた。いつにも増して機嫌のいい私に気づいたらしい。今日はとびきり良いことがあった。スッキリ目が覚めた。朝ごはんのお味噌汁の具を好きなネギにした。駅で友達に会ってそのまま一緒に大学に行った。久しぶりに会う子だったからとても楽しかった。ついでにご飯の約束もした。好きな講義のある日だった。お昼ご飯は人気でいつも売り切れている定食を食べた。沢山の猫と可愛い年下の友人に会えた。
「とまあ、今日一日なんだかすごくついてたの。お夕飯も美味しいし、叔父さんも今日は帰ってこられたし。あ、今日から新しい入浴剤なんだよ。ラベンダーの香り!」
「そうか。お前はいつも幸せそうにしているな」
「おかげざまで、ね」
笑いかけると叔父さんの口元が不器用に緩む。それをにっこり見届けてから心の中で小さく謝った。
ごめんね、叔父さん。本当は一番良いこと言ってないんだ。今日、とても素敵な男の人に会ったよ。前会ったときは軽い男かと思ってたけど、そうでもないみたい。柄にもなく連絡先も渡しちゃった。上手くいけばまた会えるかな。会えたらいいな。どうなるか分からないから、今はまだ秘密だけど。叔父さんをびっくりさせちゃ悪いから、もう少し様子見てからね。胸の中がほんのりと甘く温まる。ああ、なんだかドキドキする。
彼女と会った日の晩ひやひやしながら電話をかけ、そしたらやっぱりとても楽しくて真夜中まで話し込んでいた。次の日駄目元で公園によってみると黒田さんはあのベンチに座って、俺を見るなり手招きした。お互いバイトをしているからいつもというわけにはいかないけど決まって毎日連絡はとる。こういうのを波長が合うというのだろうか。妙に媚びることもなく、無理やり盛り上げるような空気でもない。自然体でいられるのが心地良い。彼女に伝えたいことを探すために周りをよく見るようになったと思う。ただ漫然と怠惰に過ごすだけだった日常はがらりと姿を変えて途端に輝き始めた。
「どうした萩原。何か心境の変化でもあったか」
剣道教室の後片付けをしていた時のことだ。師範に言われて手を止める。師範は引退した元警察官だ。警察を知っている人に話を聞きたかったこと、何らかの形で剣道を続けたかったこと、大学入学と同時にグダグダと情けなくなっていく自分への危機感。それらを総合して特に募集をかけているわけでもないここに頼み込んでバイトとして働かせてもらっている。見た目は厳つくてかなり怖いが芯の通った人で、バイトを申し込んだ経緯や今までの俺の様子を知っている。俺個人としては第二の父親のように感じている情に厚い、尊敬する師範だ。
「……そんなに分かりやすかったですか」
「ああ。入ってきた時驚いたぞ。ここ数回の変化だな。子どもたちも何人か気づいているようだ」
うおお、恥ずかしい。滅茶苦茶恥ずかしい。早くゲロれと言わんばかりの視線を受けてポツポツと話し始める。この人に隠し事ができるとはハナから思っちゃいない。途中から段々如何にあの子が良い子か如何に素晴らしいかみたいな内容になっていて「あれ??」と頭の上に疑問符が浮かんだが続行だ。
「あの子、楽しいこととか面白いことを見つけるのがすごく上手くて。聞く限りでは普通の大学生活なんですけど、その中で沢山そういうのを見つけられるのは、多分、才能なんですよ」
あの春色の笑顔もある。ゆっくりおっとりと喋るからその上品さもある。言葉選びが丁寧なのもある。でもきっとそれ以上にあの子の上手に幸せを見つけて、それを素直に受け入れ喜ぶ姿勢が新鮮ですごいと思うのだ。
「俺はずっと外を見ていた気がします。何かがあるはずだと思って探し回っていたんだと思います。でも見つからなくて、それで、…はは、師範も知っての通り、不貞腐れてたんです。あの子に会ってそれに気づきました。自力じゃないのが恥ずかしいですけどまあいいかなって思えます」
手元を見る努力をしていなかった。つまらないのは周りじゃなくて自分だったのだ。確かに恥ずべきことだが気づけたのだから改めればいい。ささやかなことで人は幸せになれる。彼女がそうであるように、俺が彼女に出会って変わったように。
「師範、ご心配をおかけしました。俺は大丈夫です。これからもよろしくお願いします」
この人が俺を心配してくれていたのは感じていた。俺の勘違いでなければ、この人も俺を息子のように思ってくれていたのだろう。最初に警察官になりたいと伝えた時から手をかけてもらった。稽古も勿論、相談にものってくれた。今では俺にとって一番身近なカッコいいお巡りさんだ。いつかこの人のような大人に、警察官になれれば幸せだと思う。そうなりたいと思う。
「……本当に、若さは力だな」
精進しろと肩を小突かれた。笑って返事をする。手早く片づけを済ませて真っ暗な外に出る。東都の夜はあまりに明るく、星は見えない。あの子はそれが寂しいのだと言っていた。彼女の故郷では夜になると満天の星空が見えるらしい。ああでも。
『黒田さん、空見て』
受け取った通知を見て窓に駆け寄る。カーテンをそっと開いて顔を上向ける。
「ああ、月が綺麗だこと」
澄んだ空気にぽっかりと浮かぶ満月。黄金の柔い光があまりに美しくてため息が漏れた。あの人もこの月を見ているのだろうか。
『月が綺麗ですね』
書きかけて慌てて消す。間違ってはない。間違ってはないのだけど、あまりに有名であまりにあからさまだ。よくない、よくないぞ。
『素敵な贈り物です。ありがとうございます』
何度も書いては消し、推敲を重ねて読み直す。よし、これならいいだろう。送信できたのを確認して窓に寄りかかる。彼の連絡先を表示させて、通話ボタンは押さないままに携帯を耳に押し当てる。ゆっくりと宝物のように言葉を紡ぐ。言霊というものがあるのならどうか伝わってほしい。吐息に混ぜて、言葉にしない思い。
___あ、い、た、い
まっすぐな人だ。優しい人だ。最初に会ったときは欠片ほどの興味もわかなかったけれど、二度目に会ってすぐに気に入った。彼の憂いを含んだ表情がからりと変わる瞬間に目を奪われた。この人はどんな顔で笑うのだろう。最初が好意よりかは好奇心やそれに連なる興味だったことは否定しない。しかし彼の人柄は私を捉えて離さなかった。
「…あなたのことが、好き」
ああ、眠る時間だというのに顔の熱が冷めない。
連絡を取っては会い、二人は徐々に距離を縮めた。二度目の出会いからしばらくした秋の日。思いを通わせ、互いを唯一で特別にしたのだった。
「分ッかんねえわー…」
俺は女ごころが分かっていないそうだ。歴代の彼女たちとの別れ際、お決まりのように言われ続けたことである。あまりに何度も言われるので具体的にどういうことなのか聞いてみたことがあったが、眦を吊り上げて「そういうところ!」と怒鳴られて以来聞くのを止めた。
自分の名誉のために言っておくと、こんな面倒が頻発するようになったのは大学に入ってからだ。高校までは小学校から続けていた剣道に打ち込んでいてそれどころではなかったし、そこそこ勉強の出来る進学校だったせいか大人しい子が多かった。人並みに付き合ってはいたがあくまで常識の範囲内だ。昔から顔のいい自覚はある。「大学入ったら彼女とかできるかなあ」と呑気にしていた俺は見事に鴨にされた。いやあ肉食系の女の子怖い。最初こそ浮かれたり落ち込んだりしていたが、段々慣れてしまった。無抵抗が一番楽だ。誠意を持って対応するがそれは決して愛情ではない。最初はそれでもいいと言っていたはずの女の子たちは付き合う期間が長くなるにつれてそれが許せなくなるようだ。彼女たちの自己満足。イケメンを侍らせて貢がせたいだけ。自分がアクセサリーにでもなった気分だ。最近はずっとそう。俺の楽しみなんて二の次で義務感で動いているのは気に入らないが、確かに恋人がいる間は声を掛けられずに済む。それくらいかな、いいことって。
鳴り始めた携帯の画面を見てげ、と顔を顰める。大学の男友達の一人だ。友人の多い奴だからどこからか別れ話を聞きつけたのだろう。このタイミングでとは趣味の悪いことだ。無視しても良かったが余計面倒になるのが分かり切っている。ため息をついて通話を始めた。
「…なに?」
『そう機嫌悪そうにするなよ萩原、聞いたぞお前別れたんだって?』
「あー、うん。それはそうなんだけど、なんかもういいや。他には?」
『あいかわらずあっさりしてんなあ…。いや、別にないけど。大丈夫かなあって思ってな。大丈夫ならいいんだよ、うん』
「大丈夫。お前も知ってるだろ、元々あの子と取り巻きが無理やりくっつけたようなもんだったんだよ。断れないように周り固めてさ。勝手だよなあ」
『あーー…、なんかさ、お前見てると顔がいいのも大変だと思うわ。まあまた飯にでも行こうぜ。話聞くし、なんなら合コンも誘うし』
「飯は行く。合コンはいいや」
『おっけ。じゃあまた学校でな』
悪い奴じゃない。少し馬鹿で、少し小心者だ。でも人としては嫌いじゃない。今だってこうして心配して電話をくれた。だけど、こいつに限らず思うことがある。俺が友人と呼んでいる奴らは流行りを追いかけたり新しい服を求めるのと同じに恋愛を求めているのだ。まるでアクセサリーかイベントのよう。彼らは可愛くて優しくて一緒にいて面白くて、ついでにいうと具合のイイ彼女が欲しいらしい。目的と結果が逆なのだ。「好きだから付き合って恋人になる」じゃなくて「恋人がほしいから探して見つけて付き合う」。なんとも軽い生き方で、軽い理由だと思う。メルヘンチックだと言われるのが嫌ではっきりとは言わないけれど、そういうものじゃないだろ、と思っているが分かりあえる人間は今のところいない。
「だる、疲れた、寝よ」
もそもそとベッドに潜り込んで目を閉じる。泥のような倦怠感が体温に溶けていく。ああ、憂鬱だ。
それからしばらくは変わらず掛け持ちでバイトをしたり頼み込まれて合コンの客寄せパンダをしたりしていた。彩度の落ちたような日常を繰り返し、いい加減飽きがきていたある日のこと。スーパーで買い物を済ませて帰宅していると見知った顔に会った。
「!萩原のにいちゃん!」
「おお、雄介じゃん。学校帰り?」
バイト先の剣道の教室に通っている生徒が妙に興奮して駆け寄った。なにかと荒みがちな俺のメンタルを癒すバイトは毎週の楽しみでもある。子どもは好きだ。一生懸命な動作が可愛い。いつものように頭を一撫ですると顔をくしゃりと歪めて笑った。
「萩原の兄ちゃん、猫好き?」
「猫?まあ、好きだけど…。どうした?向こうにいた?」
「っ来て!こっち!」
これでもかと引っ張られて着いた先は公園だった。ベンチには若い女の子が一人座っている。
「夢ちゃーーん!」
「あれ、雄介くん…?また戻ってきたの、ん?あ…」
「あ。このあいだの」
何てことだ。この子、前の合コンで人数合わせに連れてこられてた子じゃないか。しかも膝の上の猫を撫でている。どんな顔をすればいいのか分からず固まる俺を雄介はグイグイと押してベンチに座らせる。
「ほら!萩原の兄ちゃん!猫だよ、子猫!」
ずいっと突き出された小柄な猫がにゃーんと一声鳴いてこっちを見る。逃げることも抵抗もしない。随分と人馴れしているようだ。可愛いなあと言うと「そうでしょ!」と嬉しそうな雄介が顔をのぞかせ、子猫を俺の膝に乗せた。……えっ?
「おーーいーー、雄介ーー?」
ニコニコとご満悦の表情で雄介が隣に座り、俺の膝でごろにゃんしてる猫を撫でる。あっくそ、可愛い。直接言うことはないが俺は気に入ったものにはめっぽう甘いのは自覚している。さてどうしたものか。バイトもないしあとは帰るだけだから問題ないが、膝に子猫をのせられ一度会っただけの顔見知りの横に放置されてしまった。困っていると横の女の子がクスクスと笑うのが聞こえた。
「…あ、ごめんなさい、つい」
「いや、俺も笑うしかないなって思ってたとこ。えぇっと、おひさしぶり。俺のこと覚えてる?」
「もちろんです。萩原さんですよね」
「よかったあ、忘れられてたらどうしようかと。黒田さんだよね」
ええ、と頷く子は数日前の合コンで人数合わせに連れてこられていた。部屋に入ると同時に男どもの視線を総浚いしたにも関わらず、鮮やかな手腕で場を盛り上げグループを作るという神業を披露した。しかも当の本人はいつの間にかお金だけ置いていなくなっている。一応幹事には一声かけたらしいがいつだったのかは分からない。とにかく俺は思わず拍手をおくりたくなるような手際の良さで彼女に強烈な印象を持ったのだ。柔和なのだけどどことなくひんやりしていて計算高そうな笑顔が頭に残っている分、今のミルク色の雰囲気に驚く。
「…ああ、もしかして雄介くんの言ってる剣道のおにいちゃんって萩原さんのことですか?」
「あーーーーー……、うん、俺だわ。若いの俺だけだから…」
夢中で子猫を撫でくりまわしてる子どもはどうやら色んなところで俺の話をしているらしい。うっわ恥ずかしい。気まずさで思わず目をそらすが、黒田さんが意外そうな表情でこっちを見ているのに気が付く。
「…なに?」
「いえ…。失礼だと分かってはいるんですけど、萩原さん、前に会ったときと雰囲気違うなと思って。今のほうが親しみやすいです」
「まあ、あの時はサクラだったし…。無暗にお愛想してると不便も多いんだよ。ていうかそれ言ったら黒田さんもだからな」
「なんか、お互い大変ですね」
苦笑いするその子に「黒田さんは雄介と知り合い?」と聞くと嬉しそうな表情で「友達です」と返ってきた。
「私がここのベンチがお気に入りで、たまたま話すことがあって。ほら、この子の通学路だから…。そこからですね」
ふうわりと目を細めて笑う顔は穏やかだ。こっちが素なのかと納得しながら世間話をする。学校のこと、バイトのこと、趣味や最近あったおもしろいこと。帰るねと雄介がいなくなって猫がいつの間にかどこかに行ってもなんとなく二人で並んで喋っていた。空が赤み始めてはっとした。急いで帰りの支度をする。
「こんな時間までごめんなさい。じゃあ、お気をつけて」
送っていこうかと聞いたが今日は叔父さんと食事の予定があるらしくこのまま店に行くそうだ。彼女の背中を見送りながら思わずほうと息をついた。
「………どうしよ、めっちゃ楽しかった……」
夢現で荷物を持って帰宅する。いつまでたっても柔らかい日差しに照らされた笑顔が頭から離れない。頭からシャワーを被ってみてもそれは変わらなかった。いやいやまさか。いくらなんでも結論を出すのが性急だ、落ち着け萩原研二。
『黒田夢 xxx-xxxx-xxxx
とても楽しかったです。ご迷惑でなければお友達になってください。
P.S. 雄介くんに親切にしてくれてありがとうございます。 』
いつの間に入れたのだろうか。一度クールダウンしたはずの頭はかばんからヒラヒラと出てきたメモによって再び熱を持つことになった。
「なにかあったか」
「……んー?」
叔父さんの運転する車で帰宅していると、普段は黙っている叔父さんが口を開いた。いつにも増して機嫌のいい私に気づいたらしい。今日はとびきり良いことがあった。スッキリ目が覚めた。朝ごはんのお味噌汁の具を好きなネギにした。駅で友達に会ってそのまま一緒に大学に行った。久しぶりに会う子だったからとても楽しかった。ついでにご飯の約束もした。好きな講義のある日だった。お昼ご飯は人気でいつも売り切れている定食を食べた。沢山の猫と可愛い年下の友人に会えた。
「とまあ、今日一日なんだかすごくついてたの。お夕飯も美味しいし、叔父さんも今日は帰ってこられたし。あ、今日から新しい入浴剤なんだよ。ラベンダーの香り!」
「そうか。お前はいつも幸せそうにしているな」
「おかげざまで、ね」
笑いかけると叔父さんの口元が不器用に緩む。それをにっこり見届けてから心の中で小さく謝った。
ごめんね、叔父さん。本当は一番良いこと言ってないんだ。今日、とても素敵な男の人に会ったよ。前会ったときは軽い男かと思ってたけど、そうでもないみたい。柄にもなく連絡先も渡しちゃった。上手くいけばまた会えるかな。会えたらいいな。どうなるか分からないから、今はまだ秘密だけど。叔父さんをびっくりさせちゃ悪いから、もう少し様子見てからね。胸の中がほんのりと甘く温まる。ああ、なんだかドキドキする。
彼女と会った日の晩ひやひやしながら電話をかけ、そしたらやっぱりとても楽しくて真夜中まで話し込んでいた。次の日駄目元で公園によってみると黒田さんはあのベンチに座って、俺を見るなり手招きした。お互いバイトをしているからいつもというわけにはいかないけど決まって毎日連絡はとる。こういうのを波長が合うというのだろうか。妙に媚びることもなく、無理やり盛り上げるような空気でもない。自然体でいられるのが心地良い。彼女に伝えたいことを探すために周りをよく見るようになったと思う。ただ漫然と怠惰に過ごすだけだった日常はがらりと姿を変えて途端に輝き始めた。
「どうした萩原。何か心境の変化でもあったか」
剣道教室の後片付けをしていた時のことだ。師範に言われて手を止める。師範は引退した元警察官だ。警察を知っている人に話を聞きたかったこと、何らかの形で剣道を続けたかったこと、大学入学と同時にグダグダと情けなくなっていく自分への危機感。それらを総合して特に募集をかけているわけでもないここに頼み込んでバイトとして働かせてもらっている。見た目は厳つくてかなり怖いが芯の通った人で、バイトを申し込んだ経緯や今までの俺の様子を知っている。俺個人としては第二の父親のように感じている情に厚い、尊敬する師範だ。
「……そんなに分かりやすかったですか」
「ああ。入ってきた時驚いたぞ。ここ数回の変化だな。子どもたちも何人か気づいているようだ」
うおお、恥ずかしい。滅茶苦茶恥ずかしい。早くゲロれと言わんばかりの視線を受けてポツポツと話し始める。この人に隠し事ができるとはハナから思っちゃいない。途中から段々如何にあの子が良い子か如何に素晴らしいかみたいな内容になっていて「あれ??」と頭の上に疑問符が浮かんだが続行だ。
「あの子、楽しいこととか面白いことを見つけるのがすごく上手くて。聞く限りでは普通の大学生活なんですけど、その中で沢山そういうのを見つけられるのは、多分、才能なんですよ」
あの春色の笑顔もある。ゆっくりおっとりと喋るからその上品さもある。言葉選びが丁寧なのもある。でもきっとそれ以上にあの子の上手に幸せを見つけて、それを素直に受け入れ喜ぶ姿勢が新鮮ですごいと思うのだ。
「俺はずっと外を見ていた気がします。何かがあるはずだと思って探し回っていたんだと思います。でも見つからなくて、それで、…はは、師範も知っての通り、不貞腐れてたんです。あの子に会ってそれに気づきました。自力じゃないのが恥ずかしいですけどまあいいかなって思えます」
手元を見る努力をしていなかった。つまらないのは周りじゃなくて自分だったのだ。確かに恥ずべきことだが気づけたのだから改めればいい。ささやかなことで人は幸せになれる。彼女がそうであるように、俺が彼女に出会って変わったように。
「師範、ご心配をおかけしました。俺は大丈夫です。これからもよろしくお願いします」
この人が俺を心配してくれていたのは感じていた。俺の勘違いでなければ、この人も俺を息子のように思ってくれていたのだろう。最初に警察官になりたいと伝えた時から手をかけてもらった。稽古も勿論、相談にものってくれた。今では俺にとって一番身近なカッコいいお巡りさんだ。いつかこの人のような大人に、警察官になれれば幸せだと思う。そうなりたいと思う。
「……本当に、若さは力だな」
精進しろと肩を小突かれた。笑って返事をする。手早く片づけを済ませて真っ暗な外に出る。東都の夜はあまりに明るく、星は見えない。あの子はそれが寂しいのだと言っていた。彼女の故郷では夜になると満天の星空が見えるらしい。ああでも。
『黒田さん、空見て』
受け取った通知を見て窓に駆け寄る。カーテンをそっと開いて顔を上向ける。
「ああ、月が綺麗だこと」
澄んだ空気にぽっかりと浮かぶ満月。黄金の柔い光があまりに美しくてため息が漏れた。あの人もこの月を見ているのだろうか。
『月が綺麗ですね』
書きかけて慌てて消す。間違ってはない。間違ってはないのだけど、あまりに有名であまりにあからさまだ。よくない、よくないぞ。
『素敵な贈り物です。ありがとうございます』
何度も書いては消し、推敲を重ねて読み直す。よし、これならいいだろう。送信できたのを確認して窓に寄りかかる。彼の連絡先を表示させて、通話ボタンは押さないままに携帯を耳に押し当てる。ゆっくりと宝物のように言葉を紡ぐ。言霊というものがあるのならどうか伝わってほしい。吐息に混ぜて、言葉にしない思い。
___あ、い、た、い
まっすぐな人だ。優しい人だ。最初に会ったときは欠片ほどの興味もわかなかったけれど、二度目に会ってすぐに気に入った。彼の憂いを含んだ表情がからりと変わる瞬間に目を奪われた。この人はどんな顔で笑うのだろう。最初が好意よりかは好奇心やそれに連なる興味だったことは否定しない。しかし彼の人柄は私を捉えて離さなかった。
「…あなたのことが、好き」
ああ、眠る時間だというのに顔の熱が冷めない。
連絡を取っては会い、二人は徐々に距離を縮めた。二度目の出会いからしばらくした秋の日。思いを通わせ、互いを唯一で特別にしたのだった。