黒田さんの姪っ子の彼女と彼女が大好きな萩原さん 長編
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東都の夏は暑い。太陽よ陰ってくれという人々の血を吐くような願いも空しく毎日のように最高気温を更新する。日本中の怨嗟の声が燦々と輝く太陽に向けられる8月、日本の平和を守るお巡りさんも例外ではない。
「あっ………ぢぃなぁ……」
「こんな日に訓練するのかよ……まじかよ……殺す気か……」
爆弾処理の訓練を終えた二人は唸りながら白いマフラーをはぎ取る。火傷防止のために絹で作られたそれは保温性が高く、季節に合わないことこの上ない。仕事柄鍛えている彼らでも堪える灼熱だ。続かない集中力と不快感からようやく少しだけ解放され、緊張感ばかりだった表情がようやく和らぐ。
「あ゛ー、……あ゛ぁ゛ーーー!!!」
「松田壊れてんなあ……。夢ちゃん大丈夫かなあ、体調崩してないといいけどなあ……」
鬱陶しそうに髪をかきあげ空を睨む。松田が横で「クーラー…ビール…シャワー…アイス…パンイチ…」と呟いているが萩原は通常運転だ。否、そう見えるだけである。40キロある防護服を着て体力を削りながら、キリキリと限界を告げる集中力に鞭打っていた彼らはまさしく疲労困憊だ。
「海…プール…焼きそば…かき氷…」
「……うみ…。海。海か、……おお…!海だ!」
「…………は?んだよ萩原…急に元気になりやがって」
心底暑苦しいと言いたげに顔を顰める松田。死んだ目で三途の川を眺めていた萩原が突然テレションを上げたことに気持ち悪そうな表情をする。
「そうだよ、夏だぜ松田!海くらい行かないと駄目だろ!!」
「……はあ?」
「俺夢ちゃん誘って海行ってくる!!」
「……お前さあ…、下心が隠しきれてないんだよ…。いや、別にどこに行こうが勝手だけどよ…」
萩原の瞳がキラキラと、いやギラギラと不穏に輝いている。いかがわしい魂胆を隠そうともしない。もう一度言おう。この時彼らはこれ以上ない程疲れていたのだ。
おかしなテレションを引きずったまま帰宅し、「えっ?いいけどそれ今週の話?」と戸惑う夢ちゃんを必死に説き伏せて海で水着デートの約束をした。我ながら引くくらい熱が入った説得だったと思う。普段はもう少し余裕なふりができるのだけどな。ちょっと今回は無理だったな。だって夢ちゃんの水着だ。めちゃくちゃ見たい。絶対可愛い。どんなの着てくるんだろう。いつぞやかの虫歯菌と白い服の俺があーだこーだと議論する。鉄板のビキニが見てみたい。下着みたいなドエロいやつ。黒で紐で、布面積が小さいの。いやいや、フリルがたっぷりついたザ女の子みたいなのも捨てがたい。可愛い水着着られて嬉しいってにこにこする夢ちゃんが見たい。なんならスク水だっていい。可愛い夢ちゃんが着るんだ、なんだって可愛いに決まっている。妄想の翼は止まらない。思い余ってその晩は3回抜いた。ごめんね夢ちゃん、男って馬鹿なんだ。
駅で待ち合わせをした夢ちゃんは夏らしい、ひらひらふわふわしたワンピースを着ていた。足首まで隠れる長い丈のスカートだけど生地が薄いようで風が吹くたびに裾が頼りなく揺れてチラチラと肌が見える。
「チラリズム最高」
「研二くん何か言った?」
「ううん、何でもない。夏っぽくていい服だよ、似合ってる」
ふわっとほっぺたがピンク色になった。あぁ~~~最高、俺この子のために命かけて日本を守ってるんだなあ…。地獄のような暑さのせいで理性のストッパーが緩まっている気がする。あまりにも素直になりすぎると嫌われるから程々にしないといけない。嬉しそうに笑いながら手を繋いでくる夢ちゃんの肩を抱いて電車に乗り込んだ。浜辺に近づくにつれて同じ目的地らしい人々がちらほら。心なしか社内の空気が明るく弾んでいる。待ちきれないような子どもとその様子を優しく見つめる親たち。無邪気な子の姿を車内の人たちが微笑ましく眺める。海が見えたと幼い歓声があがった。
この子たちにとって何度目の夏で何度目の海なのだろうか。
「平和だなあ」
思わず呟くと夢ちゃんが幸せそうな、甘い目をしてこっちを見ていた。その顔があまりにも無垢で綺麗で、喉の奥がきゅっと締まる。雲のない真っ青な空と青くさざめく海を背中にせおう綺麗な綺麗な女の子。
「研二くんのその顔、すごく好き」
電車の中だから、俺も今同じこと思ってたよとも、そうやって伝えてくれる君のことが好きだよとも言えない。それでも何か伝えたくてぎゅっと手を握った。ああ、俺、この子のこと本当に好きだなあ。俺、今最高に幸せだなあ。暑い暑い東都の夏。毎日最高気温を更新して訓練の日なんかは地獄のよう。だけど、まあ、これはこれで悪くないかもしれない。
あの手この手で恥ずかしがる彼女に頼み込んで大きなパーカーを脱がせると、それはもう眩暈がするほどの感動を覚えた。オフショルダー、ハイウエストというWコンボだ。何だこれ、最高かよ。ちなみに明らかに夢ちゃんのものではないパーカーは俺のものだ。持ってきていて良かった。虫よけになるはずだ。
「……何か言ってよおお!!!」
「かみさまありがとう」
やっぱり似合ってないんだー!と更衣室に逆走しようとする彼女を宥めながら浜辺に向かう。抵抗できないくらいの力でそれでもガッチリと、半ば引きずるようになっているけど断じて強引なわけではない。借りたパラソルの影に入って舐めるように夢ちゃんの水着姿を網膜に焼き付ける。薄くて丸い肩が綺麗だ。首の後ろで結ばれた紐を支点に布地が胸元を隠している。フレアラインに広がった布地は鳩尾くらいまでしかないから、柔らかそうで真っ白なお腹がよく見えて、なんかもう語彙力が消えた。背中を見ると思った通りガッツリ開いていて、肩甲骨の隆起までしっかりと分かる。脚なんてほとんど隠していない。普段肌を出さないだけに効果抜群だ。かみさまありがとう。
「最っっ高、最高すぎて誰にも見せたくない」
「海水浴に来て言うことじゃないような気がするよ、研二くん」
合格点がもらえたとほっとした顔をする夢ちゃん。俺としては何を着てきても花丸満点の合格点なのにな。滅多にお目にかかれない白い肌をまじまじと見つめる。柔らかそう。触りたい。思うだけなら自由だ。
「研二くん、悪いんだけど日焼け止め塗ってくれない?」
「夢ちゃん俺夏って大好き」
前世でどんな徳を積んだらこんな良い目にあえるのだろう。分かっていないような顔でそう?と首を傾げる彼女から日焼け止めクリームを受け取る。カラカラと容器の中でクリームが混ざる音が祝福のベルのようだ。幸せすぎてむしろ冷静になってる自分がいる。変ににやけなくていいかもしれない。
「ちょっとひやっとしますよー」
「はーい、お願いしまーす」
すべすべの背中にクリームを塗っていく。胸が一杯だ。俺の夢は夢ちゃんに詰まっていたらしい。くすぐったいのか、照れているのか、クスクス笑いながら時折身をよじる彼女が可愛くて仕方がない。碌に日の下に出てもないし海水に触れてもいない、水着に着替えてパラソルの下で準備をしているだけなのにとてつもない充実感だ。この思い出だけでしばらくはどんなことでも耐えられる。
なるべくゆっくり丁寧に、極力時間をかけて背中を塗り終え、勢いで押し切って肩とお腹も担当した。俺は夢でも見ていたのかと呆然としていると夢ちゃんが「研二くんにも塗るから!」と気合の入った顔で言ってきた。
「ええ?俺?まあ、そうだな。適当に、ぉお!!」
「後から後悔するの研二くんだよ、ほら腕貸して!」
前触れなく体に垂らされたそれを満足そうな顔で塗り広げていく彼女。自分の時よりずっと生き生きしている気がする。ここだけの話だが彼女は筋肉フェチの気があるらしく、風呂上りの俺の背中をじっと見つめては熱い吐息を漏らしていることもしばしば。それでも正面切って触らせてほしいというのは恥ずかしいのだろう、今のところ熱のこもった視線を注ぐだけだ。それに気づいたときほど鍛えていて良かったと思ったことはない。
「研二くん硬いねぇ、腹筋も割れてる、すごい…ああ、好き……」
「鍛えてなんぼの仕事だしね、あー分かった夢ちゃんこれしたかっただけでしょ!」
「なんか、すごく、いい……研二くん大好き…かっこいい……何から何まで好みの真ん中突いてくるのなんなの…」
最後のほうは本音が隠せなかったようだけど、無邪気な顔でえへへと笑った。本当に好きなようでうっとりしながらくまなく触っている。夢ちゃんそこクリーム塗ってないところだよ、気づいて気づいて。筋肉撫でるだけになってるよ。俺は別にいいけど建前が無くなってるよ。言ってあげたいが本人はフェチを隠したいようなので黙っておく。可愛いなあと思いながらされるがままになるのもまた一興だ。
そのあとは浮き輪をふくらませて二人でぷかぷか浮いていた。騒がしい場所から少し離れた場所で出来るだけ波に逆らわないようにしながら二人で何でもないことを喋る。ふと「あれ?これいつものデートが海になっただけじゃないか?海水浴場でこれする必要あるのか?」と思ったが楽しいので無視を決め込んだ。「くらげにでもなった気分だねえ」とは夢ちゃんの感想だ。これが松田たちと一緒だったなら強制参加の遠泳大会(一番遅かった奴は全員分の昼飯とかき氷をおごる罰ゲーム付き)になっていただろうが、夢ちゃんといるときはくらげで構わない。時々戯れに水をかけあうくらいだ。鈴が鳴るように笑う夢ちゃんを眺めて、時々水の下にある白い脚を見つめる。控えめに言って最高だ。また来年もくらげになりにこよう。俺はこっそりと心に決めた。
しばらくしてパラソルに帰って休憩をとっていると、目の前にビーチボールが飛んできた。
「すみませーーーーん!!!」
大学生らしい男五人でビーチバレーをしていて的がずれたようだ。
「気をつけろよーーーっ!」
大きくボールを放るとぐんぐん飛距離は伸びていき一番奥の男のところまで届く。しまった、少し力を入れすぎたようだ。
「研二くんすごいすごい…!!!何でもできるね!!」
頬を紅潮させて歓声を上げる彼女にきゅんとした。勿論何でもできるわけではないが、それでも嬉しい。単純なのは分かり切っているけれど鼻が高くなる。6キロの盾を持ってランニングしている甲斐もあるというものだ。
「あのう」
「ん?」
キラキラした目で先ほどの大学生が話しかけてきた。ビーチバレーをしていた他の4人も手を止めてこっちを見ている。なんか嫌な予感がするなあと思った。そして、大概そういう予感は当たるものなのだ。
「萩原さん強すぎだろ全ッッ然勝てねえ!!」
「おいくつです?ていうか何の仕事してるんですか??」
「しがないお巡りさんだよ、歳は25。おーい、そっちはもう降参かー?」
「警察の人ですか⁈うわっ悪いことする気にならねーわ…」
3対3でゲームをしたいから入ってくれないかと頼まれ、夢ちゃんに力強いサムズアップで送り出された。俺をゲームに引き込んだ五人は同じ大学の友人だそうで、つい警察学校の降谷班を思い出してしまい邪険にできなかったのもある。まあ結果ははっきりしていて、俺のついた側が負けなしだ。子ども相手ならまだ多少考えるけれど、この歳の相手との勝負事で手を抜いてやる気はさらさらない。しかも今日は他でもない夢ちゃんの前だ。
「……萩原さん」
「うわあ、なに。今度は何言うつもりだよ…」
「めっちゃ強いですね」
「えぇーー…まあ、うん、そうだね」
「5対1で一回やってみませんか」
「馬鹿なの??」
いつの間にかギャラリーが集まってきている。夢ちゃんもパラソルの下から出てきた。5対1を提案した彼は特段俺に恨みがあるわけではないらしく、純粋な好奇心からのようだ。それを周りが煽ってこんなことになってしまった。このノリ懐かしいなあ…と現実逃避する。高校とか大学とか、だいたいこんなだったなあ…。正直3対3はかなり楽しんでいたけど5対1は流石にしんどくないか…?ていうか、ビーチバレーのルールを考えると片側のコートに一人だけという状況自体意味が分からない。そのあたりのルールは柔軟に変えるつもりみたいだが。いい感じのところで引きあげておきたいのが大人の本音なのだけど敵前逃亡は以ての外。なにより自分は自覚のあるタイプの恰好つけだ。彼女にいいところを見せたい。できることなら何度だって惚れ直してほしい。心配そうな顔の夢ちゃんに笑いかける。ここまで来てしまえば後戻りはできない。気合を入れなおして構えをとる。
「よぉし来い!!」
「覚悟おおおおおお!!!」
お前は戦国時代の武者かと言いたくなるような雄たけびをあげて鋭いサーブが放たれる。幸い体格にも運動神経にも恵まれているからネット際に張りついていれば大抵のものは何とかなるのはさっきの3対3で確認済みだ。心配するべきはスタミナ。自信はあるけれど人数比を考えると引き延ばすのは得策ではない。兵は拙速を尊ぶ。仕事にも直結する理屈だ。丁寧にボールを拾ってはラインギリギリやネットすれすれに落としていく。それで点が入ればラッキー、本命は崩れてがら空きになったところを狙うことにある。
色めき立つギャラリーをよそにゲームは進む。最初こそ翻弄されていた大学生たちだったけれど意図が分かってからはうまく対策してきて点数はイタチごっこになってくる。分が悪い。額の汗を乱暴に拭って、さてどうしたものかと考える。
「っあ”---、アイツらまじで容赦ないな!!ちょっとタイム!」
言うや否や真後ろで固唾をのんでいた夢ちゃんのそばに行く。研二くん、と不安そうな表情を見て、やっぱりこの子かわいいなと再確認。笑った顔が一番いいけどこの顔もなかなかだ。ただ、そんな表情をさせてしまって不満なのに変わりはない。
「夢ちゃん、この水空にしていい?」
「大丈夫だよ、あ、喉渇いた?」
差し出されたペットボトルを受け取って蓋を開ける。水分補給よりも今は汗を流したい。髪をかき上げて頭から水をかぶった。
「……ふぅーーっ…」
「わ、んん、ぁー・・・、ひゃあ…色っぽい、研二くん、」
「んん?ありがと、夢ちゃん。すっきりした。…夢ちゃん?」
「水も滴るいい男……うちの彼氏ほんと……好き……」
顔を真っ赤にして中身のなくなったペットボトルを受け取る彼女。この子は物を渡すときも貰うときも必ず両手を使う。細やかな癖なのだろうけど、俺はこの子のそういう丁寧さが好きだ。ぽんぽんと頭を撫でた。
「夢ちゃん、勝ってくるから見てて」
無言で何度も頷く彼女ににっと笑いかけてコートに戻った。一連の流れを見ていた大学生たちが「お前ら絶対に萩原さんを伸すぞおおお!!!」と張り切っていたが、勝たなきゃいけない理由が出来た男は強い。負ける気がしなくて自然と口の端が上がった。
僅かに海の匂いを残した車内、夕日を背にしながら二人で席に座っている。かすかな振動が心地いい。たくさん動き回ったから疲れたんだろう、夢ちゃんは俺の肩に寄っかかってうとうとしている。半分眠ったような声でおしゃべりをする。
「研二くん、かっこよかった。5対1で勝っちゃうんだもん、ほんとにすごい」
「夢ちゃんに言ってもらえると嬉しい。にしても、あいつら面白かったなあ」
あのあと怒涛の勢いで加点して勝ちをおさめた。数秒ポカンと口を空けていた彼らだがすぐにすげえだの何だのと騒ぎ始め、何故かそのまま昼食を一緒にとることになる。強情に払わせてくださいと言い張ったけれど大学生におごられる趣味はない。デザートのかき氷を食べながら機動隊所属だと伝えると納得したように頭を抱えていた。何をするにも賑やかな奴らで、自分もこうだったのかと感慨深い。
「…研二くん、お友達のこと思い出してたでしょ」
警察学校の同じ班の人たちのこと。いたずらっぽい表情で彼女が囁く。
「ばれてたかあ」
妙に恥ずかしくなって照れ笑いした。そういえば、あいつらとも何度か海に来たことがある。懐かしい。またいつか来たいなと、そんなことを思った。
「楽しかった。また、来ようね。海。」
「うん、また来年な。一緒に来よう」
誘ってくれてありがとうと頭が押しつけられた。控えめな仕草で夢ちゃんから手を繋がれる。夏の夕暮れ、潮のかおり、心地良い倦怠感と柔らかい彼女の手。電車の景色を見ながら人知れず目を細めた。
「あっ………ぢぃなぁ……」
「こんな日に訓練するのかよ……まじかよ……殺す気か……」
爆弾処理の訓練を終えた二人は唸りながら白いマフラーをはぎ取る。火傷防止のために絹で作られたそれは保温性が高く、季節に合わないことこの上ない。仕事柄鍛えている彼らでも堪える灼熱だ。続かない集中力と不快感からようやく少しだけ解放され、緊張感ばかりだった表情がようやく和らぐ。
「あ゛ー、……あ゛ぁ゛ーーー!!!」
「松田壊れてんなあ……。夢ちゃん大丈夫かなあ、体調崩してないといいけどなあ……」
鬱陶しそうに髪をかきあげ空を睨む。松田が横で「クーラー…ビール…シャワー…アイス…パンイチ…」と呟いているが萩原は通常運転だ。否、そう見えるだけである。40キロある防護服を着て体力を削りながら、キリキリと限界を告げる集中力に鞭打っていた彼らはまさしく疲労困憊だ。
「海…プール…焼きそば…かき氷…」
「……うみ…。海。海か、……おお…!海だ!」
「…………は?んだよ萩原…急に元気になりやがって」
心底暑苦しいと言いたげに顔を顰める松田。死んだ目で三途の川を眺めていた萩原が突然テレションを上げたことに気持ち悪そうな表情をする。
「そうだよ、夏だぜ松田!海くらい行かないと駄目だろ!!」
「……はあ?」
「俺夢ちゃん誘って海行ってくる!!」
「……お前さあ…、下心が隠しきれてないんだよ…。いや、別にどこに行こうが勝手だけどよ…」
萩原の瞳がキラキラと、いやギラギラと不穏に輝いている。いかがわしい魂胆を隠そうともしない。もう一度言おう。この時彼らはこれ以上ない程疲れていたのだ。
おかしなテレションを引きずったまま帰宅し、「えっ?いいけどそれ今週の話?」と戸惑う夢ちゃんを必死に説き伏せて海で水着デートの約束をした。我ながら引くくらい熱が入った説得だったと思う。普段はもう少し余裕なふりができるのだけどな。ちょっと今回は無理だったな。だって夢ちゃんの水着だ。めちゃくちゃ見たい。絶対可愛い。どんなの着てくるんだろう。いつぞやかの虫歯菌と白い服の俺があーだこーだと議論する。鉄板のビキニが見てみたい。下着みたいなドエロいやつ。黒で紐で、布面積が小さいの。いやいや、フリルがたっぷりついたザ女の子みたいなのも捨てがたい。可愛い水着着られて嬉しいってにこにこする夢ちゃんが見たい。なんならスク水だっていい。可愛い夢ちゃんが着るんだ、なんだって可愛いに決まっている。妄想の翼は止まらない。思い余ってその晩は3回抜いた。ごめんね夢ちゃん、男って馬鹿なんだ。
駅で待ち合わせをした夢ちゃんは夏らしい、ひらひらふわふわしたワンピースを着ていた。足首まで隠れる長い丈のスカートだけど生地が薄いようで風が吹くたびに裾が頼りなく揺れてチラチラと肌が見える。
「チラリズム最高」
「研二くん何か言った?」
「ううん、何でもない。夏っぽくていい服だよ、似合ってる」
ふわっとほっぺたがピンク色になった。あぁ~~~最高、俺この子のために命かけて日本を守ってるんだなあ…。地獄のような暑さのせいで理性のストッパーが緩まっている気がする。あまりにも素直になりすぎると嫌われるから程々にしないといけない。嬉しそうに笑いながら手を繋いでくる夢ちゃんの肩を抱いて電車に乗り込んだ。浜辺に近づくにつれて同じ目的地らしい人々がちらほら。心なしか社内の空気が明るく弾んでいる。待ちきれないような子どもとその様子を優しく見つめる親たち。無邪気な子の姿を車内の人たちが微笑ましく眺める。海が見えたと幼い歓声があがった。
この子たちにとって何度目の夏で何度目の海なのだろうか。
「平和だなあ」
思わず呟くと夢ちゃんが幸せそうな、甘い目をしてこっちを見ていた。その顔があまりにも無垢で綺麗で、喉の奥がきゅっと締まる。雲のない真っ青な空と青くさざめく海を背中にせおう綺麗な綺麗な女の子。
「研二くんのその顔、すごく好き」
電車の中だから、俺も今同じこと思ってたよとも、そうやって伝えてくれる君のことが好きだよとも言えない。それでも何か伝えたくてぎゅっと手を握った。ああ、俺、この子のこと本当に好きだなあ。俺、今最高に幸せだなあ。暑い暑い東都の夏。毎日最高気温を更新して訓練の日なんかは地獄のよう。だけど、まあ、これはこれで悪くないかもしれない。
あの手この手で恥ずかしがる彼女に頼み込んで大きなパーカーを脱がせると、それはもう眩暈がするほどの感動を覚えた。オフショルダー、ハイウエストというWコンボだ。何だこれ、最高かよ。ちなみに明らかに夢ちゃんのものではないパーカーは俺のものだ。持ってきていて良かった。虫よけになるはずだ。
「……何か言ってよおお!!!」
「かみさまありがとう」
やっぱり似合ってないんだー!と更衣室に逆走しようとする彼女を宥めながら浜辺に向かう。抵抗できないくらいの力でそれでもガッチリと、半ば引きずるようになっているけど断じて強引なわけではない。借りたパラソルの影に入って舐めるように夢ちゃんの水着姿を網膜に焼き付ける。薄くて丸い肩が綺麗だ。首の後ろで結ばれた紐を支点に布地が胸元を隠している。フレアラインに広がった布地は鳩尾くらいまでしかないから、柔らかそうで真っ白なお腹がよく見えて、なんかもう語彙力が消えた。背中を見ると思った通りガッツリ開いていて、肩甲骨の隆起までしっかりと分かる。脚なんてほとんど隠していない。普段肌を出さないだけに効果抜群だ。かみさまありがとう。
「最っっ高、最高すぎて誰にも見せたくない」
「海水浴に来て言うことじゃないような気がするよ、研二くん」
合格点がもらえたとほっとした顔をする夢ちゃん。俺としては何を着てきても花丸満点の合格点なのにな。滅多にお目にかかれない白い肌をまじまじと見つめる。柔らかそう。触りたい。思うだけなら自由だ。
「研二くん、悪いんだけど日焼け止め塗ってくれない?」
「夢ちゃん俺夏って大好き」
前世でどんな徳を積んだらこんな良い目にあえるのだろう。分かっていないような顔でそう?と首を傾げる彼女から日焼け止めクリームを受け取る。カラカラと容器の中でクリームが混ざる音が祝福のベルのようだ。幸せすぎてむしろ冷静になってる自分がいる。変ににやけなくていいかもしれない。
「ちょっとひやっとしますよー」
「はーい、お願いしまーす」
すべすべの背中にクリームを塗っていく。胸が一杯だ。俺の夢は夢ちゃんに詰まっていたらしい。くすぐったいのか、照れているのか、クスクス笑いながら時折身をよじる彼女が可愛くて仕方がない。碌に日の下に出てもないし海水に触れてもいない、水着に着替えてパラソルの下で準備をしているだけなのにとてつもない充実感だ。この思い出だけでしばらくはどんなことでも耐えられる。
なるべくゆっくり丁寧に、極力時間をかけて背中を塗り終え、勢いで押し切って肩とお腹も担当した。俺は夢でも見ていたのかと呆然としていると夢ちゃんが「研二くんにも塗るから!」と気合の入った顔で言ってきた。
「ええ?俺?まあ、そうだな。適当に、ぉお!!」
「後から後悔するの研二くんだよ、ほら腕貸して!」
前触れなく体に垂らされたそれを満足そうな顔で塗り広げていく彼女。自分の時よりずっと生き生きしている気がする。ここだけの話だが彼女は筋肉フェチの気があるらしく、風呂上りの俺の背中をじっと見つめては熱い吐息を漏らしていることもしばしば。それでも正面切って触らせてほしいというのは恥ずかしいのだろう、今のところ熱のこもった視線を注ぐだけだ。それに気づいたときほど鍛えていて良かったと思ったことはない。
「研二くん硬いねぇ、腹筋も割れてる、すごい…ああ、好き……」
「鍛えてなんぼの仕事だしね、あー分かった夢ちゃんこれしたかっただけでしょ!」
「なんか、すごく、いい……研二くん大好き…かっこいい……何から何まで好みの真ん中突いてくるのなんなの…」
最後のほうは本音が隠せなかったようだけど、無邪気な顔でえへへと笑った。本当に好きなようでうっとりしながらくまなく触っている。夢ちゃんそこクリーム塗ってないところだよ、気づいて気づいて。筋肉撫でるだけになってるよ。俺は別にいいけど建前が無くなってるよ。言ってあげたいが本人はフェチを隠したいようなので黙っておく。可愛いなあと思いながらされるがままになるのもまた一興だ。
そのあとは浮き輪をふくらませて二人でぷかぷか浮いていた。騒がしい場所から少し離れた場所で出来るだけ波に逆らわないようにしながら二人で何でもないことを喋る。ふと「あれ?これいつものデートが海になっただけじゃないか?海水浴場でこれする必要あるのか?」と思ったが楽しいので無視を決め込んだ。「くらげにでもなった気分だねえ」とは夢ちゃんの感想だ。これが松田たちと一緒だったなら強制参加の遠泳大会(一番遅かった奴は全員分の昼飯とかき氷をおごる罰ゲーム付き)になっていただろうが、夢ちゃんといるときはくらげで構わない。時々戯れに水をかけあうくらいだ。鈴が鳴るように笑う夢ちゃんを眺めて、時々水の下にある白い脚を見つめる。控えめに言って最高だ。また来年もくらげになりにこよう。俺はこっそりと心に決めた。
しばらくしてパラソルに帰って休憩をとっていると、目の前にビーチボールが飛んできた。
「すみませーーーーん!!!」
大学生らしい男五人でビーチバレーをしていて的がずれたようだ。
「気をつけろよーーーっ!」
大きくボールを放るとぐんぐん飛距離は伸びていき一番奥の男のところまで届く。しまった、少し力を入れすぎたようだ。
「研二くんすごいすごい…!!!何でもできるね!!」
頬を紅潮させて歓声を上げる彼女にきゅんとした。勿論何でもできるわけではないが、それでも嬉しい。単純なのは分かり切っているけれど鼻が高くなる。6キロの盾を持ってランニングしている甲斐もあるというものだ。
「あのう」
「ん?」
キラキラした目で先ほどの大学生が話しかけてきた。ビーチバレーをしていた他の4人も手を止めてこっちを見ている。なんか嫌な予感がするなあと思った。そして、大概そういう予感は当たるものなのだ。
「萩原さん強すぎだろ全ッッ然勝てねえ!!」
「おいくつです?ていうか何の仕事してるんですか??」
「しがないお巡りさんだよ、歳は25。おーい、そっちはもう降参かー?」
「警察の人ですか⁈うわっ悪いことする気にならねーわ…」
3対3でゲームをしたいから入ってくれないかと頼まれ、夢ちゃんに力強いサムズアップで送り出された。俺をゲームに引き込んだ五人は同じ大学の友人だそうで、つい警察学校の降谷班を思い出してしまい邪険にできなかったのもある。まあ結果ははっきりしていて、俺のついた側が負けなしだ。子ども相手ならまだ多少考えるけれど、この歳の相手との勝負事で手を抜いてやる気はさらさらない。しかも今日は他でもない夢ちゃんの前だ。
「……萩原さん」
「うわあ、なに。今度は何言うつもりだよ…」
「めっちゃ強いですね」
「えぇーー…まあ、うん、そうだね」
「5対1で一回やってみませんか」
「馬鹿なの??」
いつの間にかギャラリーが集まってきている。夢ちゃんもパラソルの下から出てきた。5対1を提案した彼は特段俺に恨みがあるわけではないらしく、純粋な好奇心からのようだ。それを周りが煽ってこんなことになってしまった。このノリ懐かしいなあ…と現実逃避する。高校とか大学とか、だいたいこんなだったなあ…。正直3対3はかなり楽しんでいたけど5対1は流石にしんどくないか…?ていうか、ビーチバレーのルールを考えると片側のコートに一人だけという状況自体意味が分からない。そのあたりのルールは柔軟に変えるつもりみたいだが。いい感じのところで引きあげておきたいのが大人の本音なのだけど敵前逃亡は以ての外。なにより自分は自覚のあるタイプの恰好つけだ。彼女にいいところを見せたい。できることなら何度だって惚れ直してほしい。心配そうな顔の夢ちゃんに笑いかける。ここまで来てしまえば後戻りはできない。気合を入れなおして構えをとる。
「よぉし来い!!」
「覚悟おおおおおお!!!」
お前は戦国時代の武者かと言いたくなるような雄たけびをあげて鋭いサーブが放たれる。幸い体格にも運動神経にも恵まれているからネット際に張りついていれば大抵のものは何とかなるのはさっきの3対3で確認済みだ。心配するべきはスタミナ。自信はあるけれど人数比を考えると引き延ばすのは得策ではない。兵は拙速を尊ぶ。仕事にも直結する理屈だ。丁寧にボールを拾ってはラインギリギリやネットすれすれに落としていく。それで点が入ればラッキー、本命は崩れてがら空きになったところを狙うことにある。
色めき立つギャラリーをよそにゲームは進む。最初こそ翻弄されていた大学生たちだったけれど意図が分かってからはうまく対策してきて点数はイタチごっこになってくる。分が悪い。額の汗を乱暴に拭って、さてどうしたものかと考える。
「っあ”---、アイツらまじで容赦ないな!!ちょっとタイム!」
言うや否や真後ろで固唾をのんでいた夢ちゃんのそばに行く。研二くん、と不安そうな表情を見て、やっぱりこの子かわいいなと再確認。笑った顔が一番いいけどこの顔もなかなかだ。ただ、そんな表情をさせてしまって不満なのに変わりはない。
「夢ちゃん、この水空にしていい?」
「大丈夫だよ、あ、喉渇いた?」
差し出されたペットボトルを受け取って蓋を開ける。水分補給よりも今は汗を流したい。髪をかき上げて頭から水をかぶった。
「……ふぅーーっ…」
「わ、んん、ぁー・・・、ひゃあ…色っぽい、研二くん、」
「んん?ありがと、夢ちゃん。すっきりした。…夢ちゃん?」
「水も滴るいい男……うちの彼氏ほんと……好き……」
顔を真っ赤にして中身のなくなったペットボトルを受け取る彼女。この子は物を渡すときも貰うときも必ず両手を使う。細やかな癖なのだろうけど、俺はこの子のそういう丁寧さが好きだ。ぽんぽんと頭を撫でた。
「夢ちゃん、勝ってくるから見てて」
無言で何度も頷く彼女ににっと笑いかけてコートに戻った。一連の流れを見ていた大学生たちが「お前ら絶対に萩原さんを伸すぞおおお!!!」と張り切っていたが、勝たなきゃいけない理由が出来た男は強い。負ける気がしなくて自然と口の端が上がった。
僅かに海の匂いを残した車内、夕日を背にしながら二人で席に座っている。かすかな振動が心地いい。たくさん動き回ったから疲れたんだろう、夢ちゃんは俺の肩に寄っかかってうとうとしている。半分眠ったような声でおしゃべりをする。
「研二くん、かっこよかった。5対1で勝っちゃうんだもん、ほんとにすごい」
「夢ちゃんに言ってもらえると嬉しい。にしても、あいつら面白かったなあ」
あのあと怒涛の勢いで加点して勝ちをおさめた。数秒ポカンと口を空けていた彼らだがすぐにすげえだの何だのと騒ぎ始め、何故かそのまま昼食を一緒にとることになる。強情に払わせてくださいと言い張ったけれど大学生におごられる趣味はない。デザートのかき氷を食べながら機動隊所属だと伝えると納得したように頭を抱えていた。何をするにも賑やかな奴らで、自分もこうだったのかと感慨深い。
「…研二くん、お友達のこと思い出してたでしょ」
警察学校の同じ班の人たちのこと。いたずらっぽい表情で彼女が囁く。
「ばれてたかあ」
妙に恥ずかしくなって照れ笑いした。そういえば、あいつらとも何度か海に来たことがある。懐かしい。またいつか来たいなと、そんなことを思った。
「楽しかった。また、来ようね。海。」
「うん、また来年な。一緒に来よう」
誘ってくれてありがとうと頭が押しつけられた。控えめな仕草で夢ちゃんから手を繋がれる。夏の夕暮れ、潮のかおり、心地良い倦怠感と柔らかい彼女の手。電車の景色を見ながら人知れず目を細めた。