黒田さんの姪っ子の彼女と彼女が大好きな萩原さん 長編
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「っか、っわ……!!」
携帯の画面を見た後、大げさな動作で萩原は机に沈み込んだ。隣に座っていた松田がめんどくさそうに舌打ちをする。
「ああああ…やっば天使かよ……俺の彼女最高…午後もがんばろ……」
「……おっっ前さあ、」
生意気な減らず口と口の悪さに定評のある松田が何か言いかけて「あーくそ、めんどくせえ」と匙を投げた。警察大学校からの腐れ縁であるこの男が盲目的に彼女を好いていることは同期のあいだでは有名すぎるほど有名だ。
「松田あ」
「やめろ」
「夢ちゃんがさあ、次の休みデートしようって」
「やめろっつってんだろ」
「はああああ、今めっちゃ恥ずかしがってんだろうなあ、昼休みかなあ…ああああ可愛いなああ」
独り身の同僚たちが空の弁当箱でポコポコと突っ伏した萩原の頭を叩いていく。「なにするんですか!」と萩原は起き上がるが、般若の顔をした先輩隊員たちに「うるせえでかい声でのろけやがって!」「うらやましいんだよこの野郎!」と返されるばかりだ。「おいちゃんと手綱握っとけよ松田あ!」何故か松田にまで飛び火した。
警視庁警備部機動隊に所属する萩原研二には愛してやまない彼女がいる。名前は黒田夢。同い年の二人が出会ったのは大学生のころだ。お互いが人数合わせ兼客寄せパンダに使われた合コンだった。そこで知り合った二人はあれよあれよという間に恋人関係に落ち着き、大学卒業後、彼女は都内に就職、萩原は警察大学校で学んだ後警視庁で警察官となった。全寮制のため簡単に会えなくなる警察大学校もなんのその、二人の仲が別たれることはなかった。それどころか会えないもどかしさがスパイスになったようで、周りに精神被害が及ぶ事態だった。
「萩原、お前不安じゃねえの?彼女普通の会社にいるんだろ?」
同期が何気なく聞いたときにも萩原はきょとんとして「ぜーんぜん?」と答える。
「だってあの子、俺のこと大好きだし」
なにを当たり前のことを、とすら思っていないような姿によろめいたのは一人や二人ではない。彼女との仲は良好だが、かといって友人関係や勉学を疎かにしているわけでもなく、彼特有の生来の器用さを遺憾なく発揮していた。盛大な惚気は、まあ、ご愛嬌だ。
機嫌よく笑み崩れながら愛しの彼女に返信する萩原。普段は余裕のある色男なのだが彼女が絡むとまるで別人だ。なまじ公私混同しないだけにたちが悪い。いや、悪くはないのだが。
「おい、そろそろ行くぞ」
「ん。りょーかい」
基本的には欠点らしい欠点のない奴なんだがなあ、と松田は頭を掻く。……ちらりと視界に入った携帯の待ち受けが明らかに盗撮の角度に思えたのは気のせいだと信じたい。
***
改札の向こうに恋人の姿を見つけ二人が足早に小走りに駆け寄った。
「研二くん!」
「夢ちゃん久しぶり」
二人きりなら抱き合っていたが、生憎ここは駅だ。露骨にいちゃつこうものなら嫌な顔をされるのがオチである。だから不審にならない程度に体を寄せ合い、どちらからともなく手を握った。ひなたが目じりを下げて笑った。彼氏として格好をつけたい萩原はぐずぐずに蕩けそうになる口元を押しとどめ、さわやかに笑って見せた。ハッとするほど男前な表情だが、時間がたてば忘れてしまうのが常である。
二人のデートは目的がない。目ぼしいデートスポットは時間のあった大学時代に網羅してしまったからだ。だから社会人になってからは晴れた日であれば公園を散歩しながら話したり、たまにスポーツをしてみたりする。雨の日にはウィンドウショッピングや萩原の家でのんびりする。二人で並んで歩いて、おしゃべりをして、間に美味しいものを食べればそれで幸せなのだ。
楽し気に会社の同僚の先輩(勿論女性である)と行ったカフェの看板猫の話をする彼女に萩原は大いに心を和ませた。淡いラベンダー色の膝丈スカートがよく似合う。冗談でなく萩原には彼女の笑顔が輝いて見えた。
「それでね、ふふ、その子おなか見せながらねちゃって、研二くん?」
「うん、めちゃくちゃ可愛いね」
「でしょー!また行きたいなあ」
どこぞの猫より夢ちゃんのほうが可愛い。伝えて照れる顔も見たいが今は楽しそうに話す表情を見たい。萩原はにこにこしながらゆっくりと歩く。やがて彼女に促され、職場の馬鹿話や何でもないことを話す。彼女は一人っ子で男兄弟がいないから新鮮なのだそうだ。
デートの日は時間が倍速どころでなく進んでいく。気が付けばもういい時間だった。
「今日どうする?」
「……研二くんの家に行く」
いたずらっぽくこっちを見て笑う。アッ可愛い。写真撮りたかった。同時に頭の中にハレルヤが鳴り響いた。脳内に住む虫歯菌のような姿をした自分が膝をついて両の拳を天高くつき上げる。いやいや、沈まれ俺。がっついたら嫌われるぞ!知るか!久しぶりだろうが浮足立って何が悪いー!虫歯菌が踊りだす。ギリシア風の白い布をまとった俺がガッツポーズして「ほどほどにな!」と笑った。お前仕事しろよ。嘘。存分に楽しんできます。俺はまだ25歳だ。仕方ないだろう!
「ん、分かった。久しぶりだな」
繋いだ手が温かい。ふと二人の目が合う。何を言うでもなくそろって笑った。
***
「研二くん、お風呂あがったよー?」
入れ替わり際に温まった彼女を腕の中に閉じ込める。温かい。幸福感に包まれながら萩原はシャンプーの香りのする髪に顔を突っ込み深呼吸した。クスクスと小さな笑い声が聞こえて柔らかい体がもぞもぞと動く。
「俺も入ってくる」
「いってらっしゃい」
ただでさえ烏の行水な入浴は彼女が家に来たときは輪をかけて短くなる。萩原研二は案外分かりやすい男なのだ。
彼女は大学進学を機に上京した。その折、東都で働き居を構えていた叔父の家に住んでいたという。彼女の叔父は多忙なうえ典型的なワーカーホリックで中々家に帰ってこない。昔から大変な思いもたくさんして、何より随分お世話になった人だからせめて帰ってくるときくらいは待っててあげたくて、と少し恥ずかしそうに言った彼女を萩原は聖母か何かのように感じた。優しい。好きだ。俺の彼女最高。忙しくて予定も合わせづらいけれど萩原は苦ではなかったし、比較で言えば警察学校にいたころのほうが辛かった。
「研二くん、さあ」
風呂を上がって何となく二人でくっついて、碌に聞いてもいないテレビをつけて安い酒を傾けていた時、彼女が控えめに声をかけた。
「んー?どうした?」
「……んんーー?」
ほんのり赤らんだ顔が誤魔化すようにへらりと崩れた。
「なに、どうしたの?気になる、教えて?」
うぅんとまた唸る。もごもごと何度か口ごもって彼女はようやく口を開いた。
「うちのおじさんと会ってみる気ない?」
「っぅおっ!」「っわあ!大丈夫?!」
驚きすぎてビールを落としかけた。二人で向かいあって缶ビールを支えるおかしな体勢をとりながら、萩原は彼女をじっと見た。どことなく顔が赤い。彼女は彼女で目線をふらつかせながら言い訳じみた言葉を言っている。やはり、顔は赤い。
「えっとね、前にそういう話になって!別にたいしたことじゃないんだけど、ほら、叔父さんも気になるみたいで…。親より先っていうのも変な話だけど…!研二さんが、…嫌じゃ、なければ…その……」
「……嫌じゃない。いつなら都合がいい?」
「ま、……また聞いてみる。その時は連絡するし、…あの、よろしくお願いします…」
「…うん。よろしくお願いします…」
いそいそと元の位置にかえる。二人とも黙って安酒を煽っていたが少し落ち着いてきたのか彼女がしゃべり始めた。
「研二さん、警視庁で働いてるでしょ…?」
「…うん」
「叔父さんも警察官でね」
「えっ、そうだったの」
そうだよお、と柔く笑う。少し酔っているのかもしれない。ふにゃふにゃとした笑みだった。
「あんまり自分のこと話さない人だし、忙しいから詳しくは知らないんだけど、元々は警察庁にいたらしくて」
「へえ…!」
「その後長野県にいて。で、今は警視庁で働いてるんだって」
「おお……」
「今は、なんて言ったかなあ。管理官?ていうお仕事してるみたいで。……研二くん?」
「…………………夢ちゃん、ちょっと聞いていい?もしかしてさ、刑事部の捜査一課の黒田管理官のこと…?」
「あれ、知ってたの?……研二くんー?」
「いや、大丈夫。大丈夫だよ。…ああーー…そういう…。ああーーーぁ……黒田管理官…ああー…なるほど、なるほどね、うん……おおーー…??そう、そうきたかあー……」
萩原は頭を抱える。事情の分からない彼女が彼の頭を撫でた。こんなときでさえ、萩原は俺の彼女可愛い、と心の底から思うのだった。
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