トリプルフェイスとキスをする
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小さくみじろきをする。そっと視線を上げると、カウンターに肩肘をついてとっくりとこちらを眺める男の姿が。目が合うと面白そうに碧眼が細まり薄い唇の端が持ち上がった。薄暗い照明で視界が不明瞭だ。聴覚が過敏になっているようで、BGMに流されているジャズの合間に彼の細い笑いとも吐息ともとれる音が聞こえてしまう。見てはいけないものでも見た気分だ。たまらず視線をそらしてしまった。
「こういうところへはよく来るんですか」
透さんが聞く。当たり障りのない質問のはずなのに妙に色っぽく聞こえるのは何故か。喉が詰まったように声が出ない。やっとの思いで小さくかぶりを振った。成人済みなので問題はないのだが、それを誰より許してくれなかったのは他でもない恋人の安室透である。頭が良くて頼りになる年上の恋人の言いつけを破ったことはまだ一度もない。
「…そう。良かった」
満足そうに呟いた彼は褒めるように繊細な手つきで私の頬を撫でた。大きくて温かいそれは今は滑らかなシルクの白手袋に隠されている。薄い布の下が、彼のどことなく華奢で優美な見た目に似合わず武骨なことを私はよく知っているのだ。
「…透さんは、お仕事の帰りですか」
「そうですよ。…ああ、なにか頼みましょうか。」
戯れに髪を撫で唇に触れていた透さんが思い出したように言った。バーボンをロックで、それから彼女にミントジュレップを。聞いたことのない名前だ。少し不安になって彼を見やると綺麗な顔で微笑んだ。
「僕も丁度仕事が終わったところだったんです。帰ろうとしていたらあなたがいるのが見えたので、どうせならご一緒してもらおうかなと思って」
いたずらっ子のような顔で笑う透さん。何が何だか分からないままに連れてこられたがようやく理解できた。バーテンダーがお酒を差し出す。透さんは「飲んでごらん」と私にグラスを促した。
「ん、…おいしいです。すっきりしてて、すごく好きな味です」
「だろうと思った。気に入ってもらえてよかったです」
自分のグラスを傾けながら透さんは小さく笑った。しばらくの沈黙。その間も彼は甘ったるい瞳で私を見つめている。
「僕のも、少し飲んでみます?」
答えるより早く手の内に収められたものは濃い酒の色をしている。困ってしまって彼を見るけれど助け船など見込めそうにない。一口だけ。そっと口をつけた。
「っぁ、んん、こ、れは…」
「っふふ、」
堪えきれないといった風に笑う透さん。こうなることが分かっていたのだろう。じっとりした目で彼を見るが当の本人はどこ吹く風だ。
「かわいい」
彼の手袋に包まれた指先がグラスの縁をなぞる。薄く口紅がついているのに気が付いてはっとしたのもつかの間、彼は口紅に重ねるよう自分のそれを押し当ててグラスを傾けた。小さく上下する喉仏。白手袋とシャツの袖の隙間から覗く肌。伏せた青い瞳にかかった長い睫毛と流し目。呼吸を忘れるような色気にあてられて頭が回らない。不意に手を握られた。ゆっくり持ち上げられ、指先から何度も重ねてキスされる。
「っや、とおるさん…!待って…!!」
小さな声で制止するがそれが気に入らなかったようで指先に歯がたてられ、すぐに肉厚な舌があてられる。舐めているのだ、と気づいて泣き出しそうなほど顔が紅潮した。誰も気づかないほどしめやかな行為だ。けれどひどく背徳的で、情事を想起させる。
「おねが、おねがい…こんなところで、とおるさん…」
「バーボン、ですよ」
手が急に自由になった。しかし抱き合うような距離に彼がいて、耳元に直接言葉が流し込まれる。逞しい彼の体越しに置き捨てられたようなグラスが見えた。
「覚えておいて」
ぎこちなく頷くと息を抜くような笑いと瞼へのキスが降ってきた。
半分支えられるようにBarを出て促されるままについていく。いつもと違う彼の様子に戸惑い、着いていけない。しばらく歩いて、一軒のホテルの前で彼は止まった。腰に回った彼の腕に力が入ったのが分かった。
「いい?」
即答できない。彼は、私の恋人は、安室透は、こんな人だっただろうか。何かが違うような気がして返事ができなかった。彼を見上げ、驚いた。寂しそうな、しょげたような、叱られたような、落ち込んだような顔をしていた。
「…大丈夫、なにもしませんから。約束します」
少し迷って、そろりと二人分の足が前に出た。
キスだけ。それ以上は本当になにもしません。そう強請られてしまえば拒否できなかった。
「……ふ、う」
「ぁ、…んん、」
ベッドの上に二人。息も絶え絶えに縺れ合う。しきりに体のラインを愛撫しては思い出したように離れる彼の手が寂しくて、強引に大きくてごつごつしたそれを掴まえた。
「ぁ、手袋、脱がせてください…。もっとちゃんと触りたい」
焦れる彼の顔が好きだ。とても、色っぽい。少しでも長くその顔を見ていたくて必要以上にゆっくりと彼の白手袋を脱がしていく。
「う、うぅ、」
意地悪、とでも言いたげに彼が唸った。それでもじわじわとゆっくり脱がせるばかり。高揚した皮膚の上を布が撫でる感触が堪えられないようで、美しく可愛らしい彼は熱い息を漏らし、ああ、と小さく喘ぐ。禁欲的で淑やかさを強調する白手袋から男性的な彼の大きな手がのぞくのは、それだけで官能を引き立てる。
「や、っと……」
どことなく恍惚とした声だ。表情はもっと甘い。吸い寄せられるようにキスの雨が降る。浅く互いの舌を触れあわせるだけだったものがあっという間に深くなる。脳髄が蕩けるようなそれはひどく心地良い。時間を忘れる。どのくらい時間がたったのか考えることすら忘れた。
「ぁあ、」
「うぅあ、んんっ、んっ」
酸欠の頭がぼうっと霞む。まって、まだ、まだ。ああ…。ふわり、視界がブラックアウトした。
意識が浮かび上がる。
「っわっ…!」
驚くほど近くに恋人の顔があった。不満そうな顔で、それでも「大丈夫ですか」と聞いてくる。
「え、…あ、はい…」
「酷い人ですね。僕一人を置いて眠ってしまうなんて」
いやそれは酸欠で、と訂正しかけて口を紡ぐ。余計なことは言わないに限る。彼の性格だと、じゃあもう一度やり直しましょうかくらいは言い出しかねない。大人しく「ごめんなさい」と謝ると彼はぷりぷりしながら「次はこういうことは無しですよ」と言ってきた。
「ああ、それから」
そういえば、体がすっきりしている。昨晩はシャワーを浴びることもなかったので朝に、と思っていたが必要ないくらいだ。するりとしなやかな動きで彼が隣に座り、髪の一房にくちづけた。
「次からは、なにもしないなんて信じちゃだめですよ」
にやりと悪い顔で笑う恋人。私は思わず固まった。そんな馬鹿な。
「こういうところへはよく来るんですか」
透さんが聞く。当たり障りのない質問のはずなのに妙に色っぽく聞こえるのは何故か。喉が詰まったように声が出ない。やっとの思いで小さくかぶりを振った。成人済みなので問題はないのだが、それを誰より許してくれなかったのは他でもない恋人の安室透である。頭が良くて頼りになる年上の恋人の言いつけを破ったことはまだ一度もない。
「…そう。良かった」
満足そうに呟いた彼は褒めるように繊細な手つきで私の頬を撫でた。大きくて温かいそれは今は滑らかなシルクの白手袋に隠されている。薄い布の下が、彼のどことなく華奢で優美な見た目に似合わず武骨なことを私はよく知っているのだ。
「…透さんは、お仕事の帰りですか」
「そうですよ。…ああ、なにか頼みましょうか。」
戯れに髪を撫で唇に触れていた透さんが思い出したように言った。バーボンをロックで、それから彼女にミントジュレップを。聞いたことのない名前だ。少し不安になって彼を見やると綺麗な顔で微笑んだ。
「僕も丁度仕事が終わったところだったんです。帰ろうとしていたらあなたがいるのが見えたので、どうせならご一緒してもらおうかなと思って」
いたずらっ子のような顔で笑う透さん。何が何だか分からないままに連れてこられたがようやく理解できた。バーテンダーがお酒を差し出す。透さんは「飲んでごらん」と私にグラスを促した。
「ん、…おいしいです。すっきりしてて、すごく好きな味です」
「だろうと思った。気に入ってもらえてよかったです」
自分のグラスを傾けながら透さんは小さく笑った。しばらくの沈黙。その間も彼は甘ったるい瞳で私を見つめている。
「僕のも、少し飲んでみます?」
答えるより早く手の内に収められたものは濃い酒の色をしている。困ってしまって彼を見るけれど助け船など見込めそうにない。一口だけ。そっと口をつけた。
「っぁ、んん、こ、れは…」
「っふふ、」
堪えきれないといった風に笑う透さん。こうなることが分かっていたのだろう。じっとりした目で彼を見るが当の本人はどこ吹く風だ。
「かわいい」
彼の手袋に包まれた指先がグラスの縁をなぞる。薄く口紅がついているのに気が付いてはっとしたのもつかの間、彼は口紅に重ねるよう自分のそれを押し当ててグラスを傾けた。小さく上下する喉仏。白手袋とシャツの袖の隙間から覗く肌。伏せた青い瞳にかかった長い睫毛と流し目。呼吸を忘れるような色気にあてられて頭が回らない。不意に手を握られた。ゆっくり持ち上げられ、指先から何度も重ねてキスされる。
「っや、とおるさん…!待って…!!」
小さな声で制止するがそれが気に入らなかったようで指先に歯がたてられ、すぐに肉厚な舌があてられる。舐めているのだ、と気づいて泣き出しそうなほど顔が紅潮した。誰も気づかないほどしめやかな行為だ。けれどひどく背徳的で、情事を想起させる。
「おねが、おねがい…こんなところで、とおるさん…」
「バーボン、ですよ」
手が急に自由になった。しかし抱き合うような距離に彼がいて、耳元に直接言葉が流し込まれる。逞しい彼の体越しに置き捨てられたようなグラスが見えた。
「覚えておいて」
ぎこちなく頷くと息を抜くような笑いと瞼へのキスが降ってきた。
半分支えられるようにBarを出て促されるままについていく。いつもと違う彼の様子に戸惑い、着いていけない。しばらく歩いて、一軒のホテルの前で彼は止まった。腰に回った彼の腕に力が入ったのが分かった。
「いい?」
即答できない。彼は、私の恋人は、安室透は、こんな人だっただろうか。何かが違うような気がして返事ができなかった。彼を見上げ、驚いた。寂しそうな、しょげたような、叱られたような、落ち込んだような顔をしていた。
「…大丈夫、なにもしませんから。約束します」
少し迷って、そろりと二人分の足が前に出た。
キスだけ。それ以上は本当になにもしません。そう強請られてしまえば拒否できなかった。
「……ふ、う」
「ぁ、…んん、」
ベッドの上に二人。息も絶え絶えに縺れ合う。しきりに体のラインを愛撫しては思い出したように離れる彼の手が寂しくて、強引に大きくてごつごつしたそれを掴まえた。
「ぁ、手袋、脱がせてください…。もっとちゃんと触りたい」
焦れる彼の顔が好きだ。とても、色っぽい。少しでも長くその顔を見ていたくて必要以上にゆっくりと彼の白手袋を脱がしていく。
「う、うぅ、」
意地悪、とでも言いたげに彼が唸った。それでもじわじわとゆっくり脱がせるばかり。高揚した皮膚の上を布が撫でる感触が堪えられないようで、美しく可愛らしい彼は熱い息を漏らし、ああ、と小さく喘ぐ。禁欲的で淑やかさを強調する白手袋から男性的な彼の大きな手がのぞくのは、それだけで官能を引き立てる。
「や、っと……」
どことなく恍惚とした声だ。表情はもっと甘い。吸い寄せられるようにキスの雨が降る。浅く互いの舌を触れあわせるだけだったものがあっという間に深くなる。脳髄が蕩けるようなそれはひどく心地良い。時間を忘れる。どのくらい時間がたったのか考えることすら忘れた。
「ぁあ、」
「うぅあ、んんっ、んっ」
酸欠の頭がぼうっと霞む。まって、まだ、まだ。ああ…。ふわり、視界がブラックアウトした。
意識が浮かび上がる。
「っわっ…!」
驚くほど近くに恋人の顔があった。不満そうな顔で、それでも「大丈夫ですか」と聞いてくる。
「え、…あ、はい…」
「酷い人ですね。僕一人を置いて眠ってしまうなんて」
いやそれは酸欠で、と訂正しかけて口を紡ぐ。余計なことは言わないに限る。彼の性格だと、じゃあもう一度やり直しましょうかくらいは言い出しかねない。大人しく「ごめんなさい」と謝ると彼はぷりぷりしながら「次はこういうことは無しですよ」と言ってきた。
「ああ、それから」
そういえば、体がすっきりしている。昨晩はシャワーを浴びることもなかったので朝に、と思っていたが必要ないくらいだ。するりとしなやかな動きで彼が隣に座り、髪の一房にくちづけた。
「次からは、なにもしないなんて信じちゃだめですよ」
にやりと悪い顔で笑う恋人。私は思わず固まった。そんな馬鹿な。