おやすみ世界
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
靄が晴れるように目が覚めた。かろうじて体と溶けて交わっていない温度の布団。優しく手招く微睡みに誘われなかったのは髪を梳く指の感触と体重分だけ沈んだベッドの端が見えたから。
「……すまない。起こしたか」
押し殺した低くて柔らかい声。意識を半分夢の世界に置いてきているけれど、決して忘れることはない。自然と口元が上がる。唇からゆっくりと「ゆうやさん」と彼の名前が零れた。ゆるゆると首を振ると大きな手がまた一往復。
「おつとめ、おつかれさま」
起き抜けの体では私を撫でる手に触れることすら難しい。それでもあなたを労わりたくて目に入った膝を撫でた。少し上から、喉の奥で笑う気配がする。人相があまり良くないから誤解されがちだが本当はとても穏やかで優しくて、愛情深い人なのだ。
一週間ぶりだ、とつぶやく声が聞こえた。聞かせるつもりなどないようなひとり言だが物音ひとつしない真夜中のこと。しっかり聞こえている。
私の年上の彼氏は謎の多い人だ。彼の口からはっきりと職業を聞いたことはない。いつも忙しそうで電話もLINEもデートも滅多にない。そういえば写真の一枚も持っていない。なのに時々こうしてこっそり私の顔を見に来るのだ。職場でそれを言うと同僚たちに口々に変だ、別れたほうがいい、いい人紹介するよと言われるのだ。笑って流しているが、正直とても悲しい。裕也さんはとても素敵なひとなのに。そりゃあ確かにいつも連絡のつかない職業不詳の30歳は怪しいかもしれないけど。
何を言うでもなく私を撫で続ける裕也さん。目を動かして彼を見る。目の下に隈が出来ている。また忙しかったのだろう。
「裕也さんもはやく寝ればいいのに、呑気にしてるね」
もう夜だよ、というと、彼の口元が柔らかく持ち上がって目が細められた。あ、このかお好き。単純なものだ。いつもはきりっとして凛々しいこの人が私の前でだけ優しい顔をするのがたまらなく愛しいのだ。
「充電中だ。もう少しかかる」
心が温かくなるのを感じた。きゅんとした、ともいう。ずるい。こういうところだよと叫びたいような気持ちになるけど、言葉になったのは唸り声だけ。残りの熱量は全部顔の赤みになってしまった。また笑う気配がする。
「君は寝てくれ。気が済んだら帰るから」
「……帰らなくていいのに」
咎めるように唇に彼の指があてられた。眉を寄せると今度は優しく眉間を揉まれる。なんだか悔しくなったのでスーツ姿のままの腰に抱き着いた。
「ジャケットだけ脱いでそのまま寝ようよ。目の下がすごいことになってるから寝たほうがいいって」
少しして「かなわないな」と降参宣言が聞こえた。ジャケットを放り投げるような音がして狭い一人用のベッドに彼が潜り込んでくる。しばらくもぞもぞして、ネクタイとシャツの第一ボタンを外す。時計と眼鏡が枕元に置かれる。ネクタイを放り投げたら彼は早々に瞼を落としはじめた。夢現に「おやすみ」と言った彼に「おやすみなさい」と返事を返す。静まりかえった深夜。夢のようで夢ではない時間。おやすみなさい、明日もいい日になりますように。
「……すまない。起こしたか」
押し殺した低くて柔らかい声。意識を半分夢の世界に置いてきているけれど、決して忘れることはない。自然と口元が上がる。唇からゆっくりと「ゆうやさん」と彼の名前が零れた。ゆるゆると首を振ると大きな手がまた一往復。
「おつとめ、おつかれさま」
起き抜けの体では私を撫でる手に触れることすら難しい。それでもあなたを労わりたくて目に入った膝を撫でた。少し上から、喉の奥で笑う気配がする。人相があまり良くないから誤解されがちだが本当はとても穏やかで優しくて、愛情深い人なのだ。
一週間ぶりだ、とつぶやく声が聞こえた。聞かせるつもりなどないようなひとり言だが物音ひとつしない真夜中のこと。しっかり聞こえている。
私の年上の彼氏は謎の多い人だ。彼の口からはっきりと職業を聞いたことはない。いつも忙しそうで電話もLINEもデートも滅多にない。そういえば写真の一枚も持っていない。なのに時々こうしてこっそり私の顔を見に来るのだ。職場でそれを言うと同僚たちに口々に変だ、別れたほうがいい、いい人紹介するよと言われるのだ。笑って流しているが、正直とても悲しい。裕也さんはとても素敵なひとなのに。そりゃあ確かにいつも連絡のつかない職業不詳の30歳は怪しいかもしれないけど。
何を言うでもなく私を撫で続ける裕也さん。目を動かして彼を見る。目の下に隈が出来ている。また忙しかったのだろう。
「裕也さんもはやく寝ればいいのに、呑気にしてるね」
もう夜だよ、というと、彼の口元が柔らかく持ち上がって目が細められた。あ、このかお好き。単純なものだ。いつもはきりっとして凛々しいこの人が私の前でだけ優しい顔をするのがたまらなく愛しいのだ。
「充電中だ。もう少しかかる」
心が温かくなるのを感じた。きゅんとした、ともいう。ずるい。こういうところだよと叫びたいような気持ちになるけど、言葉になったのは唸り声だけ。残りの熱量は全部顔の赤みになってしまった。また笑う気配がする。
「君は寝てくれ。気が済んだら帰るから」
「……帰らなくていいのに」
咎めるように唇に彼の指があてられた。眉を寄せると今度は優しく眉間を揉まれる。なんだか悔しくなったのでスーツ姿のままの腰に抱き着いた。
「ジャケットだけ脱いでそのまま寝ようよ。目の下がすごいことになってるから寝たほうがいいって」
少しして「かなわないな」と降参宣言が聞こえた。ジャケットを放り投げるような音がして狭い一人用のベッドに彼が潜り込んでくる。しばらくもぞもぞして、ネクタイとシャツの第一ボタンを外す。時計と眼鏡が枕元に置かれる。ネクタイを放り投げたら彼は早々に瞼を落としはじめた。夢現に「おやすみ」と言った彼に「おやすみなさい」と返事を返す。静まりかえった深夜。夢のようで夢ではない時間。おやすみなさい、明日もいい日になりますように。
1/1ページ