誓いの言葉を最期に
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「今回はブラウニー?」
「はい、前に先輩ナッツが入ってるお菓子が好きだって言ってたからナッツも入れてみました」
「おお、美味そうじゃん」
私はラッピングで包んだブラウニーを鞄から出して先輩に手渡す。
先輩はニコニコしながら受け取って、すぐにビリっと袋を開けている。ラッピングの袋もいろいろ悩んだりしたけど、まあ先輩は少しガサツなところもあるから今さら気にしない。美味しいと喜んでもらえるだけで満足なのだ。
「お、美味いよ。マジで美味い」
「本当に?」
「ああ、名前が作ってくれたかと思う余計に美味い」
先輩は私の頬をサラリと撫でて、ニッコリ微笑んでくれる。頬を撫でるのは、照れ屋な先輩がよくする控え目な愛情表現だ。普段はガサツで、部活でマメだらけの大きな手が私の頬に触れるときだけ、すごく慎重に優しく触れてくれる。私はこの瞬間がすごく好きだ。
「そっちのタッパーは何?」
「あ、合宿に差し入れようと思って、ついでに多めにつくったんです。」
「おお、あいつら菓子なんてもらったら喜びそうだな」
「どうかな、みんな食べ物なら何でも喜びそうですけど」
「よく差し入れすんの?」
「これが初めてです。今回はたまたま材料がたくさんあったから」
「ふうん、あいつらが名前の菓子食べると思うと妬けるな」
「え、先輩もそんな事思うんですね」
「ハハ、そりゃ思うよ」
「……じゃあ、この大量のブラウニーを先輩が消費してくれるなら差し入れやめようかな」
「うっ、この量はさすがに…」
「部員全員分ですからね、冗談です。でも差し入れはこれで最後にしようかな」
「おお、名前が菓子作るのは俺だけにしてくれ。あいつらは夜食の握り飯作ってやってるんだから、それで充分だ」
「はーい、お菓子は先輩にだけ作ることにします」
「お、言ったな~約束だそ!」
先輩がこんな風に焼きもちを焼いたりするのが珍しくて、私は嬉しくて先輩に抱きついた。先輩は照れ屋だから、私より年上なのにそれだけで真っ赤になる。それでも、いつも慣れない手付きで抱きしめ返してくれるのだ。
◆◆◆◆◆◆◆
「名前?」
はっと目を開けると、倉持の顔が目の前にあって小さく息をのむ。
「何回か声かけたけど、起きねーから。あんま眠れなかった?」
「ううん、なんか夢見てたのかも」
「覚えてねーの?」
「うん」
「寝不足なら買い物やめて家にいるか?」
「ううん、ちゃんと寝たから平気。着替えたらそっち行くよ」
私がそう言うと、「無理すんなよ」と軽く私の頭を撫でて倉持が先にリビングに向かう。倉持が部屋から出ていくのを見届けて、小さくため息をつく。
「この間言ってたのはあの時の事か」
咄嗟に忘れたと言ったけど、本当はしっかりと覚えている。夢に見た懐かしい先輩の笑顔と笑い声。
私はあの約束通り、部員に個人的に差し入れしたのはあのブラウニーが最初で最後だ。私は倉持に言われて、夢に見るまで忘れていた些細な出来事なのに、倉持はその時の事を覚えていたのか。
倉持は美味しかったと10年越しに誉めてくれたけど、あの時はどんな顔をして食べていたんだろう?年頃の男の子は、素直に誉めないと言っていたけれど、それでも私に何か声をかけていただろうか?
何も思い出せない。
先輩の喜んでいた嬉しそうな笑顔も、些細な会話も夢を見たのをきっかけに、夢で見た場面以外の事も次々と鮮明に頭のなかに甦ってくるのに。
倉持はあの頃、どんな顔をしていたんだろう。