誓いの言葉を最期に
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「こんなにくっつく必要がありますか?」
「何にもしねーんだから、別にいーだろ。これくらい」
「さて寝るか」と言った倉持は、当たり前のように私を後ろからぎゅうと抱き込んでいる。背中にはピッタリとくっついている倉持の身体の熱を感じるし、何なら私の右手は倉持の手と繋がれている。
まさか、これからは毎日こんな風に一緒に寝るつもりなのか。仮にも私も女である。これだけくっついて寝て、何にもしないって逆に倉持辛くならないのかな。
「余計なこと考えてないで寝ろ」
「………おやすみなさい」
「おー、おやすみ」
まるで私の考えが分かるようなタイミングで背後から声をかけられる。とりあえず挨拶を返すと、何故か更にぎゅうと抱きしめる力が強まった。思わぬ展開に動揺している私を尻目に、しばらくすると後ろから規則正しい寝息が聞こえてくる。
(倉持のやつ……本当に寝たのか)
私は倉持が寝た事で少し緊張が解けて、身体の力を抜きながら小さく息をつく。
いろいろ思うところはあるけれど倉持は本気のようだし、こんな風に暮らしながら結局最後は倉持と結婚するのだろうか。
(……先輩とこんな風に寝たことなかったなあ)
握られた右手をぼんやりと眺める、私より大きくて堅くて暖かい。今まで友人だったから意識したことはなかったけど、紛れもなく男の人の手だ。だけど先輩とは少し違う。先輩と同じ男だけれど、この手は先輩ではなく倉持のものだ。
先輩とは8年一緒にいた。
もちろん、それだけ付き合って仮にも結婚までしたのだ。何度も性行為はあった。だけど最初の頃は私は実家暮らしで先輩は寮生だったし、先輩の病気が分かってからは、入院してたり、先輩も自分の家族と暮らすようになったり。
思い返すとこんな風にくっついて寝て、朝まで穏やかに過ごす機会なんて本当になかった。
病気が見つかってから、特に再発してからは、先輩と私と病の3人で暮らしているみたいだった。身体が痛いとか、吐き気がするとか、夜も辛そうに起きることがあって、私もそれに付き合った。
(……あの頃は辛そうにしてたなあ。病院にはなるべくいたくないって言って、ギリギリまで家にいたけど…もっと良い方法がなかったのかな)
あの頃を思い出すといつも思う。もっと先輩に穏やかに過ごしてもらう方法があったのではないか、もっと出来る事があったのではないか。考えても考えても答えはでないし、きっと正解はないのだろう。それに、もし今正しい答えが分かったとしても先輩はもういないのだ。
そこまで考えて、私は無意識にギュッと倉持の手を握りしめる。
こんな風に先輩とも穏やかに夜を過ごして朝を迎えたかった。
もっと、もっと一緒にいたかった。
そんな風に思いながら、こうやって倉持と一緒にいることは倉持にも失礼だ。それに、先輩は今の私をどう思うだろう。
ポロポロと涙が溢れて来て、慌てて袖口で拭う。最近は、こんな風に泣くことも減ったのに。後ろにいる倉持に気付かれたくなくて、涙を止めようとギュッと目を閉じるがそれでもじわじわと目尻から溢れ落ちる。
(やば…一回離れよう)
止まる気配のない涙に慌てた私は、倉持を起こさないように、そっと身体にまわる拘束を解いてベッドから抜け出そうとする。
「…どうした?」
しかし起き上がりかけたところで、ぐっとお腹に倉持の手が伸びてきて引き戻される。
「あ、起こした?ごめん…ちょっと喉乾いたから何か飲んでくる」
「んー、」
平静を装ってそう言ってみるが、倉持の腕は緩む気配がない。そして倉持は、少し眠そうに目元を擦ったあとにその手を私の方に伸ばしてきて、ゆるりと私の頬を撫でながら私の身体を自分の方に向ける。ベッドの上で向き合ったまま両手で私の頬を包むと、倉持はジッと私の顔を覗き込んできて親指で優しく目尻に残る涙を拭われる。
倉持は高校の頃から、その見た目に似合わずに優しかった。だけど、こんな事を照れもせず出来る男ではなかったと思う。私が高校を出てから過ごした10年の間に、倉持にだっていろいろあって彼も大人なったのだ。
「何だよ、どうした?」
「……ごめん」
「謝んなよ、どっか痛えの?」
「違う、大丈夫。ちょっといろいろ考えちゃっただけ」
「ふーん」
倉持は私の頭に手を回すと、私の顔をグッと自分の胸元に押し付けてそのまま私を抱きしめる。
「話したくなきゃ別にいいから。気にしないで泣け」
「でも、」
「お前は高校の時から無理しすぎ」
「え?」
「何かあったら言えよって言っても、何にも言ってこねーからなあ、お前」
どこか寂しそうにそう呟きながら、倉持は私の背中をポンポンと優しく撫で続ける。倉持の言葉に高校の頃を思い出して余計に涙がでる。
今の私はぐちゃぐちゃだ。
倉持のせいで高校の頃の楽しかった思い出が蘇る、倉持の優しさに胸が痛くなる。先輩と過ごした時間や、何も出来なかった後悔、先輩がもういない寂しさ、戻ることの出来ない過去の思い出。どの感情で自分が泣いているのかわからないまま、私は黙ってボロボロと涙を流し続ける。
倉持は何も言わないまま、ずっと私の背中を擦ってくれていた。