誓いの言葉を最期に
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「倉持じゃん」
「ヒャハハ、久しぶり~」
母親に無理矢理着物を着せられて、腹部から胸元を締め付けられる圧迫感から仏頂面でお見合いの席に向かった。未亡人で愛想もない女なんて、向こうから断ってくれれば良いなんて思っていたのに。
「え、あんた何してるの?」
「お見合い」
「はあ?本当に今日の相手って倉持なの?」
「名前、あんた倉持さんの前で失礼な態度はやめなさい」
「いいんすよ、お義母さん。俺ら高校の時からこんな感じなんで」
や、さっそくお義母さんじゃねーよ。
本当に何なの?
気の進まないお見合いに来てみたら、そこにいたのは高校の時の同級生の倉持だった。最後に会ったのは、高校の時か。いや、そういえばあの頃の記憶は曖昧だけど、どこで聞いたのか彼のお葬式に御幸と一緒に来てくれていた気がする。
「今日は本当にありがとうございます。これが娘の名前です」
混乱する私を尻目に、母は興奮気味に倉持と倉持のお母さんに話しかけている。
「この子ったら、若気の至りで馬鹿な相手と結婚をして結局この歳で未亡人ですから。本当に情けなくて…このまま1人寂しく暮らすのかと心配してたんですよ、だからこんないいお話があって感謝してるんです」
「………お母さん、そういう言い方はやめて」
「何よ、今さら隠したって仕方ないじゃない。本当の事でしょ?」
「だから、隠したいわけじゃなくて……」
「洋一君みたいな優しい方がいなかったら、あんたこのまま惨めに1人で暮らしていく事になったのよ」
「お母さん!」
家での調子と変わらない母親の言いように、私は思わず頭を抱える。チラリと前を見れば、倉持は眉間に深い皺を寄せているし、倉持のお母さんも何とも言えない顔をしている。
「まあまあ、苗字さん。洋一と名前ちゃんは元々友人同士ですし。堅苦しいのはやめにして、後は2人に任せましょう」
「そうですね。名前、洋一君にしっかりお願いしなさいね」
見かねたように倉持のお母さんがそう言うと、母は相変わらず嬉しそうに笑いながら立ち上がる。私がため息をつきながら目線を上げると、ニッコリと穏やかに笑っている倉持のお母さんと目があう。
「名前ちゃん、この子口が悪くてガサツだけどよろしくね」
「おい、うっせーぞ」
「本当の事でしょ。名前ちゃん、嫌なことがあったら我慢しないでちゃんと言うのよ」
「何を言ってるんですか!こんな子を受け入れていただけるだけでありがたいのに、こちらは何か不満を言えるような立場じゃありませんよ」
私が口を開く前に隣の母親が大声でそう返す。どれだけ私のことを厄介者だと思っているのだ。確かにこの歳で未亡人なんていう肩書きでは、好き好んで受け入れてくれることはないかもしれないけど。それにしたって、仮にも自分の娘だというのに。
母親の言葉に、倉持のお母さんは困ったように微笑んでくれたので私は申し訳なくなって深く頭を下げた。
◇◇◇◇◇◇
お互いの母親が退室してしまい、残された私たち。先ほどまで1人で喋りまくっていた母親がいなくなり、突然静まり返った室内。何となく気まずいまま私が黙りこんでいると、倉持が先に口を開く。
「お前そんな格好すんだな」
「母親に無理矢理着せられたの。苦しいから早く脱ぎたい」
「ヒャハハ、着替えてからどっか居酒屋とか行くか?ここじゃ俺も落ち着かねーし」
倉持はぐるりと周りを見回しながらそう言う。張り切った私の母親が顔合わせに選んだのは、かなり高級な旅館の個室だった。何としても、このお見合いを成立させたいらしい。私は気まずさを誤魔化すように、手元のティーカップをくるくるとまわしながら口を開く。
「倉持はさー、何かあったの?」
「何かって?」
「倉持なら、わざわざこんなハズレの縁談受けなくたって、もっと"普通"のいい子と結婚出来るでしょ。惚れ込んだ彼女に振られたとか、望みのない不倫してて自棄になったとか何かあったのかと思って」
「ハズレじゃねーだろ」
「え?」
「お前だって俺と同じ29歳の普通の女じゃん」
「………そんなことないよ」
「そうだろ、ハズレとか馬鹿な事言ってんじゃねーよ」
いつもの倉持とは違って、低い声で私を睨みつけるようにしてそう告げる。私はその目線に居心地が悪くなって視線をさ迷わせる。
「……倉持は今日の相手が私だって知ってたの?」
「最初に話が来たときは知らなかったけど、名前聞いてお前だってわかったから受けた」
「何で?……今さら再婚相手なんか探してる同級生に同情でもした?」
「お前なあ…まじでふざけんなよ。お前は同情されてーの?後悔してねーんだろ」
「うん」
「じゃあ、自分で自分を貶すような事ばっかり言うなよ」
「…………。」
「俺は結婚すんなら知らねーヤツより、前から知ってる苗字が楽だっただけ」
「それだけ?」
「お前はどうなんだよ、さっきの感じじゃ相手が誰だか知らずに来たんだろ?」
前から知ってるからという理由で、人生の大事な選択肢である結婚相手を決めるだろうか。不審に思って聞き返した私の問いには答えずに、倉持が逆に質問を返す。
「まあ、母親が再婚しろってうるさいから。とりあえず言うこと聞いてれば、文句言わないだろうし。この際、誰でもいいかなって」
「……じゃ、俺でも文句ないだろ」
「そうだけど」
「誰でもいいとか言って、40越えてるようなおっさんでもいーのかよ?」
「それは嫌かも」
「ハイ、じゃ決まりだな」
倉持はそう言って立ち上がると、私の頭をガシガシと撫でる。
その懐かしい感覚に、一瞬高校の頃に戻ったような気がして胸が熱くなった。
戻れるなら戻りたい。まだ、彼が元気だった頃に。家族とも仲良く毎日食卓を囲んでいたあの頃に。
「これからの事、決めよーぜ」
「うん」
私は滲み出そうになった涙を隠すように、倉持の言葉に小さく頷いた。