Let's自粛生活
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
9.December
「メリークリスマス!!」
「……メリークリスマース」
ホールケーキを真ん中に挟んで俺の向かい側に座る名前ちゃんは、なぜか気まずそうに俺を見ている。
「どうした?」
「いえ…えっと、例え自粛生活仲間の私たちと言っても…」
「ハハ、自粛生活仲間」
「まさかのクリスマスまで、私と一緒で良いんですか?」
「何で?俺すげー楽しいよ!張り切ってホールケーキまで買っちゃったし」
「……それは、私も嬉しいですけど」
「だろ?ホールケーキは、さすがに一人じゃ食べきれないもんな」
ケーキを切り分ける名前ちゃんを、頬杖をつきながら眺める。ひょんな事から仲良くなった名前ちゃん。緊急事態宣言は解除されたものの、全く終わる気配のない自粛生活。感染者数は相変わらず増えてるし、今後の経過は全く読めない。そんな誰しもが手探りで過ごす異例の事態の中、春夏秋冬と様々な日々を名前ちゃんと過ごしてきた。俺としては、例え自粛仲間という名目だとしてもクリスマスまで一緒に過ごせるなんてラッキーだ。そう思うようになったのはいつからだろう?好きなときに出掛けられない、買い物にも大学にも行けない。そんな閉鎖的な環境で一緒に過ごすうちに、隣にいるのが当たり前のように感じるようになった。夏に泣き顔を見た時には、いつものように笑ってほしいと思った。田舎から出て来て、ちょっと世間知らずで抜けてるから世話を焼きたくなるし、守ってやりたくなる。困ったときに頼られるのも気分がいい。
「黒羽先輩、何見てるんですか?」
「ん?美味しそうだなーと思って」
名前ちゃんを眺めながらぼんやりとそんな事を考えていると、いつの間にかケーキを切り終えた名前ちゃんが不審そうに俺を見ている。
「え?美味しそうって……それなら、ケーキを見てくださいよ」
「ハハ、名前ちゃんも美味しそうだよ」
「それは太ったって事ですか?たしかに最近は寒くなってきて、ジョギングサボりがちでしたけど……」
そんな風に軽口を叩きながら、二人でケーキを食べる。俺の言葉に顔をしかめていた名前ちゃんだったが、パクりと一口食べると「美味しい!」と言って、あっという間に顔を綻ばせて機嫌が直っている。
「これは、ホールで買って正解だな!」
「本当ですねー!美味しい!」
「そういえば、これ買いに駅前に行ったら大通りでイルミネーションやってたぜ?」
「そうなんですか?そういうのは、もう普通にやるんですね」
「ああ。案外人も集まってて驚いたわ」
「自粛生活もここまで続くと、案外慣れが出ちゃいますよね」
そんな会話をしながら、パクパクと大きな口でケーキを頬張る名前ちゃん。頬をふくらませるその食べっぷりはおよそ女子らしさはないものの、その姿さえ可愛いと感じてしまう。もう認めよう。出会った頃は妹のように感じていたけど、今は違う。多分、俺は名前ちゃんの事が…………
「あの、黒羽先輩」
「ん、どうした?おかわり?」
俺がぼんやり考えを巡らせていると、いつの間にかケーキを食べ終えていた名前ちゃんが俺に視線を向けている。
「……いやいや。さすがに、これ以上は食べられませんよ」
「そう?んじゃ、残りは明日にすっか」
「そうですね。……あの、これ」
名前ちゃんは俺の言葉に頷きつつも、足元の鞄から小さな包みを出すと俺に向かって差し出してくる。
「え……これ、」
「クリスマスなので、プレゼントです」
「え、それって、つまりクリスマスプレゼントじゃん!?」
「そうですけど」
「ええーっ!?マジかよ!!俺、用意してねーよ!!」
予想外の展開に、俺はガンッと額を打ち付けるようにしてテーブルに突っ伏す。何で俺はプレゼントを用意しなかったんだ。
「いいんですよ。このケーキは黒羽先輩に買ってもらいましたし…いろいろお世話になったので、そのお礼です」
「……あー、うん。ありがとう。開けてもいい?」
「はい。そんな大したものじゃないですけど……」
ガックリと後悔の波に飲まれている俺に対して、名前ちゃんはヘラリと笑いながらプレゼントを差し出してくる。ガサガサとラッピングを開いていくと、お洒落なパッケージの小箱が出てくる。
「これって…」
「紅茶と珈琲のティーバッグセレクションです。お家時間を充実させるのにオススメらしいので」
「すげー洒落たやつじゃん。ありがとう、飲むの楽しみ」
ニッコリ笑ってそう告げると、名前ちゃんは少し照れくさそうにしながらも嬉しそうな笑顔を見せる。プレゼントを用意してくれたことも、プレゼントが思いの外お洒落で"クリスマスプレゼント"らしいものだった事も素直に嬉しい。
(あー、こんなことなら俺も用意したかった!!俺も名前ちゃん喜ばせたかった……)
しかしその事が一層、クリスマスの約束を取り付けたくせにプレゼントの事まで気が回らなかった自分の不甲斐なさを際立たせる。
「そういえば、黒羽先輩はお正月は帰省されるんですか?」
そんな俺の心中に気付かない名前ちゃんは、俺の手元のプレゼントからガラリと話題を変えてくる。せっかく用意したプレゼントなんだから、もう少し話を続ければいいのに。恩着せがましくしないところも、サッパリしてて好ましい。
「……いや、今回は諦めるよ」
「やっぱりそうですよねぇ…私も帰らない事になりました」
「また食材買い込んで、酒飲みながら年越して寝正月だな」
「アハハ、私は年明けの試験が不安ですよ。ろくに大学生活送れてないのに、試験だけはしっかりあるんですもん」
名前ちゃんは、大きなため息をつきながらも「でも、ゼミのみんなでリモート勉強会?しようって話になってるんです」と、言葉を続ける。
「へー、直接会わないわりに交流あるんだ?」
「そうですね。チョコチョコですけど、連絡とってますよ」
「ふーん……誰かイイ男いた?」
「え?」
「前にゼミのメンバー男が多いって話してたろ?」
「ああ、そうですね。……まあ、みんな良い人ですよ」
名前ちゃんは、何故か気まずそうに視線を下げてそう答える。
(え、何この態度。まさか、本当にイイ出会いがあったんじゃ……?)
「へー。ずっと、素敵な出会いのためにって話してたもんな?良かったじゃん」
思わぬ展開に焦っている心境とは裏腹に、口からは何故かそんな軽口が飛び出してしまう。名前ちゃんは俺のその言葉にパチパチと目を瞬かせたあとに、困ったように目尻を下げて微笑む。
「………そうですね。こんな状況ですけど、周囲の人には恵まれてます」
そして感情の読めないトーンで、ポツリとそう呟いたのだった。