Let's自粛生活
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8.November
「毬藻ちゃん元気?」
「元気ですよー」
今日は私の部屋で黒羽先輩と一緒に昼食を食べた。そのあと私が毬藻の水槽の手入れをしていると、黒羽先輩が後ろから覗き込むようにして尋ねてくる。
「あんまり大きくならねーんだな」
「丸く大きくしたい場合は、専用の餌とかがあるらしくて。私はそこまでしなくても、自然な感じで良いんです」
「へー、そうなんだ」
「でもしばらく天気が悪いみたいだから、お日様にあててあげられないのが心配で……」
『非常に強い勢力を保った台風13号は、明日の昼前に上陸する見込みです。突風、河川の氾濫、土砂災害に最大限に警戒してください。不要な外出は避け…』
「天気が悪いどころじゃねーな」
「本当ですね」
絶妙なタイミングでテレビから聞こえてきた天気予報。私たちは、一旦毬藻から離れてテレビの前に向かう。テレビの向こうでは、気象庁のおじさんが災害レベルの被害に備えるようにと、繰り返し説明している。
「ど、どうしましょう?こんなに大きいのが来るなんて…停電とか断水になっても、今は人の集まる避難所とか行けないですよね?」
「落ち着けって。なるべく避難所に行かなくてすむように備えとこうぜ。まだ、本格的に近付いてくるまで1日あるんだし」
「そうですね。一人で台風の準備なんてしたことなくて……」
「ま、実家にいる時はだいたい親がやってくれるもんな」
「今回は、黒羽先輩がいて良かったです」
「ハハ、それは何より」
そう言いながら、黒羽先輩はスマホで何かを調べ始める。
「とりあえず、ここは三階だから浸水の心配はなし。土砂災害も、近くに山とかねーから心配なし」
「はい」
「停電はあるかもしれねーな。名前ちゃん部屋に懐中電灯とか予備の電池置いてる?」
「懐中電灯はかろうじて小さいのが一本ありますけど……」
「俺の部屋も小せぇのしかないんだよな。……よし!台風の前で混んでるかもしれねーけど、ホームセンター行ってくるわ。カップ麺とか養生テープもいるだろ?あと、軍手とか?……どうかな?そこまでいらねーかな?」
「あ、じゃあ私も行きます!」
「え?俺が二人分買ってくるけど?」
「駄目ですよ!荷物も多くなりそうだし、一緒に行きます!!」
ガヤガヤとマスクをした人で溢れる店内。自粛生活が始まって、こんなに人が多い店内に入るのは初めてかもしれない。
「あーあ、まさか名前ちゃんとの初めてのお出かけがホームセンターとはな」
「ハハ、しかもジャージにマスク姿」
「仕方ねーな。あんまり長く人込みにいるのも良くないだろうし、さっさと買い物済ませようぜ」
部屋で必要物品をメモしてきた紙を手に、黒羽先輩とならんで店内をまわる。黒羽先輩の言うように、初めてのお出かけ先がホームセンターになるなんて少しガッカリだ。だけど、よくよく考えてみたら台風に備えた買い出しを一緒にするなんて、状況だけ見たら友人を通り越して恋人や家族のような親密さがある気がする。
「大きい懐中電灯、あんまり置いてありませんね」
「みんな慌てて買いに来たんだな……とりあえず、部屋にあるのよりは大きいからこれ買っておこうぜ」
「そうですね。あ、水も買いますか?」
サクサクと買い物を進めていき、店内をグルリと一周して必要なものを揃えていく。
「カップ麺も少ねーな」
「今日のうちに多めにお米炊いておきましょうか。おにぎりにするか、カレーとか作っても良いですけど……」
「お、いいじゃん!両方作ろうぜ!」
「何でちょっと楽しそうなんですか?」
そんな会話をしながら会計をすませ、二人でエコバッグに商品を詰めて店を出る。
「重くねーか?俺そっちも持てるぜ?」
「黒羽先輩の方は水のペットボトルが入ってるじゃないですか!これくらい私が持ちますよ!」
「そうか?無理すんなよ」
「ありがとうございます」
(相変わらず優しいなぁ…)
隣を歩く黒羽先輩をチラリと見ながら、私はグッとエコバッグを持つ手に力を込めて足を進める。
(おばあちゃんの時もそうだったけど、普段はおちゃらけてて楽しい人なのに……大事な時は冷静に対処出来てて、かっこ良いな。やっぱり)
黒羽先輩の良さを染々と感じながらも、アパートに向かっていく。
「明日の午前中には来るんだよな?帰ったら、早めに米とか食い物の支度した方が良いな。その後は、風呂入って早めに寝ようぜ。朝方からガタガタうるさくなって眠れないかもしれねーし」
「そうですね。お風呂も明日は入れないかも…」
「水も溜められるだけ溜めといた方がいいぞ。スマホの充電もな」
「黒羽先輩めちゃくちゃ頼りになりますね!先輩がいれば大丈夫な気がしてきました!」
「オメーなあ。俺は逆に、オメー一人だったらどうなっていたかと思うとゾッとするぜ」
---ゴォォォォ!!!
-----ガタガタガタ!!!
「うー、すごい音……」
黒羽先輩の言っていたように、朝方から既に大きな風の音と窓に叩きつける雨の音が鳴り響いている。テレビの台風情報をチェックしているが、外の音が大きくてほとんど聞こえてこない。
(今も凄いのに、これからもっとひどくなるなんて信じられない…)
---ガタガタガタ!!ブツッ!!
「へ?嘘…もう停電!?充電しておいて良かった……え?でも、もしかして台風が通りすぎるまで、今からずっと電気なしなの!?」
思いの外はやく台風の影響が出て、私は焦りを誤魔化すようにベラベラと独り言を言いながら懐中電灯を机に置く。スマホは電池の節約のために使えない、テレビも見れない。これから、どんどんひどくなる台風。雨や風の音が響くなか、何時間も暗い部屋の中で過ごすのか……。
---ゴンゴン!!
今までは実家で家族で過ごしていたため、一人で耐えるしかないこの状況に不安を感じていると、突然玄関を叩く音がする。
「え、黒羽先輩?」
「よー、停電したから来てみたけど大丈夫か?」
慌てて玄関を開けると、何やら大荷物を抱えた黒羽先輩が立っている。黒羽先輩は私の顔を見ると、ヘラリと可笑しそうに笑う。
「しょぼくれた顔してんなー。まだ停電しただけじゃねーか」
「だ、だって……」
「一緒にいた方が懐中電灯も一本ですむし、話し相手も出来て暇にならねーだろ?俺もやることなくてつまんねーからさ。良かったら付き合ってよ」
そう言う黒羽先輩を部屋に上げながら、私はチラリと横顔を盗み見る。
(こんな言い方してるけど、心配して来てくれたんだよな……)
「……ありがとうございます、黒羽先輩」
「ん?何だよ、俺も暇なんだって言ったろ?……それより、使えそうなものとか食い物も適当に持ってきたんだ。トランプもあるぜ」
「こんなに暗い中でトランプですか?」
「いいじゃん!暗闇で真剣にババ抜きとかやったら面白そうだろ?」
「アハハ、何かの映画みたい」
「な?こうやって二人でいろいろやってれば、あっという間に台風なんてどっか行くだろ。さすがに、夜寝るときになったら部屋に戻るからさ」
「え?」
「ん?」
「夜こそ一人じゃ怖いんですけど……」
「いやいや、さすがに泊まるのは…まずいだろ?そんなに心配なら、オメーが寝たら自分の部屋に戻るわ」
「え?黒羽先輩に見られてたら眠れませんよ!!」
「ったく。オメーなあ、どうしろって言うんだよ!!だいたい部屋に来てる俺が言うのもアレだけど、オメーは普段から危機感がなさすぎんだよ!」
「だって、夜はますます暗くなるじゃないですか……」
そんなやり取りをしながらも白熱したトランプ大会を終えて、大学の話や好きなアーティストの話で盛り上がり、夕飯には二人でカレーを食べた。
「これ見てみ、世界仰天映像。めっちゃ再生回数伸びてんの」
「わっ!?え…何これ、どうなってるんですか?」
「ハハッ!!名前ちゃん、反応イイから、こいいうの見せがいがあるな」
その後は、黒羽先輩が充電して持ってきてくれたパソコンでいろんな動画を見たりしているうちに、気付いたら二人ともソファとラグの上で寝落ちしてしまったらしく、私が目が覚めた頃にはスッカリ台風は通過していて、眩しい太陽が登り始めていた。
「結局二人とも寝ちゃったんだ……」
ソファにもたれて寝ていたために凝り固まった肩をまわしながら、小さく息を吐き出す。
(先輩がいれば大丈夫って本当だったな……風の音も雨の音も一人の時はあんなに怖かったのに、朝まで寝ちゃうくらい全然気にかからなかった)
クッションを枕にまだ寝ている黒羽先輩にブランケットをかけながら、私は昨日の事を思い返して思わず笑みをこぼす。黒羽先輩への好意を自覚しているのに、出会いが出会いのためか部屋の往来は普通に継続しているし、その事に対する緊張感はあまりない。今回は事情があったとはいえ、結局一晩一緒に過ごしてしまった。
(仲良くしてもらえるのは嬉しいけど、距離が近すぎて逆にどう進展させればいいのか分からないや……)
※昼間から停電しても、多分そこまで暗くならないですね。そう思いながらも、そのまま勢いで書いちゃいました。窓ガラス飛散防止でカーテンしめてるとか、段ボールでガラスの補強しててたとか、都合の良い理由で部屋の中は案外暗いって事にしてください……。