Let's自粛生活
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7.October
「あ、黒羽先輩!こんにちは!」
買い物袋を手に階段を上がっていると、前を歩く黒羽先輩を見つけて声をかける。
「………え、名前ちゃん?」
「?」
振り返った黒羽先輩は、何故か目を丸くしてピタリと固まってしまう。
「えー?びっくりした。そんなにおめかししてどうしたの?」
「今日、初めて大学に集まる日だったんです!まだ全員じゃなくて、時間差で登校でしたけど」
「あー、そっか。少しずつ大学でも講義始まるんだったな」
黒羽先輩はそう言いながらも、まじまじと私の事を見つめてくる。
「……何ですか?」
「いや、今までジャージ姿とスッピンしか見たことなかったからさ。……普段はそんな感じなんだ?」
そう言われて、私は改めて自分の姿を見下ろしてみる。今日は初日とだけあって、新しいワンピースを着てメイクもバッチリして行ってきた。
「いや、これは…さすがにいつもじゃないです。今日は初日だったんで…」
冷静になってみるとかなり気合いの入った自分の姿。今更ながら恥ずかしくなって戸惑いながらも、曖昧にそう答える。
「……ふーん」
「何ですか?」
「いや、別に。どうだった?新しい友達出来たか?」
「とりあえず同じゼミの子とは、片っ端から連絡先交換したんですけど。まだ、名前だけだと誰が誰だか……」
「ハハ、そりゃそうか」
「それに、今日一緒だったのは男の子が多くて。気軽に話せる女の子の友達がほしいんですけどね」
「男とも交換してきたの?」
「あ、はい。一応。今後グループ課題とかあるらしいので」
「……ふーん」
「?」
(何だか、今日の先輩変な感じ)
私はいつもより口数の少ない黒羽先輩に首を傾げつつ、ふと自分の持っている買い物袋を思い出す。
「そうだ!今日大学の方まで行ったんで、チャンスだと思って駅前のケーキ買ってきたんです。一緒に食べませんか?」
「え、まじ?久々だなー!俺のもあんの?」
「はい。先輩の好きなチョコケーキ買ってきました!」
「おー、嬉しい!好きなんだよ、そのケーキ。ありがとな!」
「黒羽先輩、ここのケーキ食べたことあるんですか?」
「ああ。大学の帰り道だからたまに買ってたんだ。こんな事になってからは行ってなかったけどな」
「そうなんですね」
「マジで嬉しい!ついでにドラマの続き見ようぜ!俺の部屋おいでよ。……つーか、こんな事言うのもアレだけど、ダイエットはどうなったの?」
「アハハ…大学も少しずつ始まるみたいだし、また頑張って走ります」
「素敵な出会いのために?」
「……そうですね」
前までは自信を持って頷いていたその質問に、私は何となく戸惑いながらも小さく頷いて肯定する。
「ふーん、まだ諦めてねーの?俺はそのままでも十分可愛いと思うけどな」
「……え?」
「見た目だけに釣られるような、変な男に引っ掛からないか心配だよ」
黒羽先輩はガチャンと鍵を差し込みながら、サラリとそんな事を言ってのける。私は突然の言葉に、ドクンと鼓動が早くなるのを感じる。
「大学入りたての男なんて、みんなろくな事考えてないからな?そんな可愛い格好してっと、すぐ引っ掛かるぞ。気を付けろよ」
「………先輩もそうだったんですか?」
私たちは当たり前のように一緒に黒羽先輩の部屋に入りながら、そんな会話を続ける。
「バカ言え!俺は昔っから硬派だわ!」
「えー……怪しいなぁ」
(そもそも、彼女がいないのも不思議なくらいだし)
私はそんな事を考えながら、ずっと気になっていた事を聞こうと思い「黒羽先輩」と改めて声をかける。
「どうした?」
キッチンで珈琲を入れていた先輩は、チラリと私に目を向ける。
「これから先、普通に大学に通えるようになって…自粛生活が終わったら…」
「?」
「そのあとも、こうやって一緒にご飯食べたりしてくれますか?」
ジワリと嫌な汗が滲むのを感じながらも、何とかそこまで言い切る。気まずく感じながらもチラリと黒羽先輩の方に目を向けると、黒羽先輩は感情の読めない表情で私を見ている。
「何でそんなこと聞くの?」
「えっと……」
不思議そうに尋ねる黒羽先輩に、私は何と答えるべきか視線をさ迷わせる。やっぱり、こんな変な事を聞くべきではなかっただろうか。そんな不安が押し寄せてくるなか、キッチンにいる黒羽先輩は小さくため息をついて沈黙を破る。
「当たり前じゃん。つーか、普通にどっか出掛けたりしようよ!え、むしろしないつもりだったの?」
「だ、だって…先輩お友達多そうだし。大学が始まったら、学年も違う私といなくても…」
戸惑いながらもそう答えていると、黒羽先輩が徐に私の言葉を遮る。
「名前ちゃん」
「?」
「俺は好きで名前ちゃんといるの!まさか、自粛期間中の暇潰しだけの関係だと思ってたわけ?逆に傷つくわ!」
「ご、ごめんなさい」
わざとらしく拗ねたような表情を見せる黒羽先輩に、私は慌てて頭を下げる。黒羽先輩は、そんな私を見て小さく笑うと珈琲を手にキッチンから出てくる。
「ほらほら、変なこと言ってないで。早くケーキ食べようぜ」
「は、はい!」
こんな状況じゃなかったら、きっとここまで仲良くなれなかった。むしろただのお隣さんとして日々を過ごして、顔をゆっくり合わせることも話をする事も名前を知る機会さえなかったかもしれない。顔を見ないまま、どんな人が隣に住んでいるのかすら知らずに終わっていたかもしれない。
だからこそ、元の生活に戻ったら私達の関係がどうなるのか不安がある。新生活なのに大学にも行けず、気が滅入りそうな自粛生活を楽しく過ごせているのは黒羽先輩のおかげだ。あの日、ベランダ越しに黒羽先輩が声をかけてくれたおかげだ。顔も合わせたこともなかったお隣さんの為に、声をかけてパソコンの設定までしてくれた。私の心配をして、毎日ジョギングにまで付き合ってくれる。泣いてる私の頭を撫でて、力になってくれる。
(………これからも、ずっと先輩と一緒にいれたらいいな)
この数ヶ月の間にじわじわと膨れ上がった黒羽先輩への感情。この思いを、いつか先輩に伝える日が来るのだろうか。