Let's自粛生活
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5.August
「あれ?黒羽先輩」
「え、名前ちゃん!こんな時間に何やってんの!?」
ようやく日が登り始めた時間に、アパートの前で黒羽先輩と鉢合わせる。いつも部屋の中でしか会ったことがなかったから、何だか不思議な気分だ。私は黒羽先輩に近付きながら、ポケットから取り出したマスクをつける。しょっちゅう部屋で会っているとは言っても、誰が見ているかも分からない屋外で話すときは、さすがに着けた方が良いだろう。
「黒羽先輩こそ…」
「俺はコンビニ。さっきまでテレビ見てて、急に甘いもん食いたくなってさ……この時間なら、他の客もほとんどいないから良いかなーと思って」
「なるほど。完全に昼夜逆転してますね」
私は、チラリと黒羽先輩の持つコンビニのビニール袋を見ながら笑いをこぼす。
「いやいや、なるほどじゃなくて!!名前ちゃんこそ何やってんの?そんな格好で…」
「私はジョギングです」
「ジョギング!?」
そんな格好と言われて、自分の来ているジャージを見下ろしながらそう答えると、黒羽先輩は目を丸くしている。
「元々、自粛生活で運動不足なのに…先月黒羽先輩と、かき氷とか素麺とか食べ過ぎちゃって。このまま部屋にいるだけだと、どんどん太りそうだなーと思って」
「それで、わざわざ?」
「はい。部屋で運動して下の階の方に迷惑かけるのも嫌ですし。最近、自粛中の騒音トラブルが多いみたいですよ」
「や、それは知ってるけどさ。走るにしても、何でこんな時間に?」
「この時間なら、まだ外にほとんど誰もいないので。マスクしないでも気兼ねなく走れるんですよ」
私がそう答えると、黒羽先輩は盛大にため息をついて頭を抱える。
「……君は一体、どんな田舎から出てきたのかな?」
「まぁまぁな田舎ですけど、失礼ですね。何ですか、急に」
「何ですか?じゃねーの!!こんな時間に、女の子一人で危ないだろうが!!人がいないからこそ、変質者に何されても誰にも気付かれねーって事だぞ!!」
「………あー、」
「盲点でした。みたいな顔すんなって!!危ねーなぁ、もう……」
「す、すみません?」
思いの外真剣に注意されてしまい、私は戸惑いながらも頭を下げる。確かに感染対策ばかりを気にして、人に会わないようにと朝早い時間にわざわざ人通りの少ないところを選んで走っていた私は、わざと危険な場所に赴いていたようなものかもしれない。
「とりあえず、名前ちゃん一人でジョギングすんの禁止」
「はーい……でもこのままだと、いずれ大学が再開した頃には、ますます太って素敵な出会いも何もないかもしれません」
いつになるか分からない夢のキャンパスライフが、自粛太りで台無しになるのはごめんである。
「………素敵な出会いねぇ」
黒羽先輩は私の言葉にどこか呆れたようにそう呟きながらため息をつくと、「仕方ねーな」と頭を掻く。
「俺も一緒に走ってやるよ」
「え、先輩走るんですか?」
「おいおい、俺だって運動くらいするわ!このままだとスリムな名前ちゃんの横に、俺だけ腹が出たまま立つことになるからな。並んで歩くのに格好悪いじゃねーか」
「……はあ、」
(黒羽先輩と自粛明けに並んでどこか行くことあるのかな……?)
「ちなみに、どこまで走ってんの?」
「この先の河川敷に出て、橋の向こうの小学校のまわりをグルッとして戻ってきてます」
「………めっちゃ走ってるじゃん。明日からは、ゆっくり走ってね」
「本当に一緒に走ってくれるんですか?」
「おー、約束な。朝はピンポン鳴らして起こして」
そんな話をしながら、私は黒羽先輩と並んで階段をのぼって部屋に向かう。
「いいですけど、5回鳴らして起きなかったら中止にしますからね」
「大丈夫だって!……ところで、名前ちゃん」
「何ですか?」
階段を上りきった所で、ピタリと足を止めて私を見る黒羽先輩。私は首をかしげながらも、つられて足を止める。
「実は名前ちゃんにも、お土産買ったんだよなー」
「え?」
「コンビニの期間限定のスイーツ」
「え!」
わざとらしくガサガサとビニール袋を持ち上げる黒羽先輩。チラリと覗くビニールの中には、数日前にCMを見て食べたいなーと、二人で話していたパフェが見える。
「まさか、名前ちゃんがダイエット始めたなんて思わなくて。残念だけど、これは俺が……」
「うー、食べたいです!!」
「いいの?素敵な出会いが遠のいちまうぜ?」
「何ヵ月先になるか分からない出会いより、目の前のパフェ!」
「アハハ!!ま、今日食べた分は明日一緒に走ろうぜー。んじゃ、俺の部屋においでよ。昨日のドラマの続き見ながら一緒に食おう」
黒羽先輩はやけに楽しそうに笑いながら、そう言って廊下を歩き始める。自分の部屋の前まで来た私は、「あ、ちょっと待って下さい」と呼び止める。
「ん?どうした?」
「さすがに、お部屋に上がるには汗臭いと思うんで。先にシャワー浴びてきます」
「……おー」
「5分くらいしたら行きますね」
「いや、5分って早すぎない?」
「シャワーだけですから!!では、またあとで!」
バタンと勢いよく閉まった名前ちゃんの部屋の扉を見て小さく笑いながら、俺は自分の部屋に戻る。
(スポーツ好きとは言ってたけど、名前ちゃんも結構運動するんだな)
橋の向こうの小学校と言えば、往復だけでもかなりの距離があるはずだ。明日からソレに付き合うと思うと、やや不安が残る。
(ま、あの子一人で走らせて悶々と心配するよりは良いか……)
これまでは、部屋のなかでダラダラと過ごしていた彼女の姿しか知らなかった。しかし今日は今までとは違い、長い髪を高い位置で一纏めにしていて、短パンから伸びるスラリとした長い足に、額に滲む汗。健康的でもあり、年頃の男子大学生の心を揺さぶるくらいには魅力的だった。
(女の子のくせに、シャワーは5分で済ませるし。いろいろギャップやばいな、あの子…)
俺はそんな事を考えながら、5分後に備えて部屋に散らばったゴミを片付けるのだった。