Let's自粛生活
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4.July
『国内で新たに1570人超の感染者が確認されました。1000人超となるのは3日連続です』
「全くおさまりませんね…」
「むしろ増える一方だな」
夕食を黒羽先輩と食べながら、テレビから流れてきた感染者情報を渋い顔で眺める。
「もう7月ですよ…結局大学に行ったの、春に書類を提出に行った一度だけで夏休みになっちゃいました」
「本当だよなぁ。最近じゃ、近所に買い物に行くのも気が引けるよな。俺、最後に買い出しに行ったの半月前かも」
黒羽先輩は頬杖をついてため息をつきながらそう答える。確かに、毎日のように繰り返し「過去最多数の感染者」「医療体制の限界」と、センセーショナルに報道されると危機感も増してくる。
「あーあ。大学行って、バイトして、恋人作ってって楽しみにしてたのに…」
「大学行ったからって恋人が出来るとは限らねーぞ」
「分からないじゃないですか!凄く気の合う素敵な人に出会えるかもしれないし…」
「気の合う素敵な人には、もう出会ってんだろ?」
「……え?」
「いや、本気で分かりませんって顔すんなよ!!」
「アハハ、ごめんなさーい」
グリグリと頭を小突かれて、私は思わず声を出して笑う。黒羽先輩は先輩だけど、気を使わないで話せるし、面白くて好きだ。……もちろん、先輩として。顔が良い先輩に、たまにドキッとしてしまう事はあるけど、このリラックス出来る関係を崩してまで恋愛関係に発展させたいとは思わない。
「でも、今年は夏らしいこと出来そうにありませんね」
「海とかプールとか?」
「そうですね。あとは、花火とかお祭りとか。あと甲子園!!まさか甲子園まで中止になるなんて……こんな事もあるんですね」
「名前ちゃん、野球好きなの?」
ガックリと肩を落とす私を見て、黒羽先輩は意外そうに目を丸くする。
「野球っていうか、スポーツ見るのが好きなんです。サッカーとかバレーとか、フィギュアに陸上……とにかく何でも見ますよ。だから毎年甲子園見るのも楽しみにしてたんですけど……」
「へー、なんか意外だな。じゃあ、オリンピックも?」
「オリンピックも楽しみにしてましたよ!!来年に延期ですよね?選手の皆さんも、今年に合わせて調整してきたはずなのに。また選考会からやり直しになるのかな…年齢的に今年がピークの人もいるのに……むしろ来年もまた延期になんてなったら、もう皆さんモチベーションが……」
「おー、すげぇ熱量だな」
ブツブツと独り言のように考えを巡らせる私を見て、黒羽先輩は何故か可笑しそうに笑っている。
「でもイベント関係も軒並み中止だもんなぁ……。そういやこの間、俺ついにアレやったぜ」
「アレ?」
「今、流行りのリモート飲み」
「え?本当にやるんですね!!どうでした?楽しいですか?」
最近よくワイドショーで取り上げられるようになったリモート飲み会。お酒も料理も自分で用意して、自分の部屋で画面越しに友人や同僚と飲む。まだお酒を飲まない私からすると、何が楽しいのかよく分からない。
「んー、まあ久々に友達と大勢で話すのは楽しかったかな。自粛し始めの頃はちょこちょこ連絡とってたけど、最近はあんまりだったしな」
黒羽先輩はそのときの事を思い出しているのか、顎に手を当てながら言葉を続ける。
「でも、やっぱ画面越しだとワンテンポズレるっていうか…話始めが誰かと被ったりするんだよ。画面が急に固まったりするし」
「なるほど」
「ま、慣れりゃそういう違和感はなくなるのかもしれねーけどさ」
「またやるんですか?」
「アイツらはまたやりたそうだったな。やっぱ、家族とも友達とも会わないからみんなで話したいみたいだぜ」
「そうですよねぇ」
私が染々と相槌をうつと、黒羽先輩は「でもさ、」と言いながら私に視線を向ける。
「俺はそこまで会話に餓えてないなーって、思ってさ。名前ちゃんのおかげだよな」
「え?」
「こうやって飯も一緒に食うし、テレビ見たり、ダラダラ喋ったり。名前ちゃんのおかげで、意外とストレスもたまらずに自粛生活満喫してるわ、俺」
「……いや、それはこちらこそです」
ニカッと笑いながらそう話す黒羽先輩。思わずドキッとしてしまった私は、しどろもどろになりながらも何とか言葉を返す。
「ハハ、照れてんの?」
「いちいち言わないでくださいよ!」
ニヤニヤとこちらを見ている黒羽先輩から、ふいっとわざとらしく視線をそらす。この人は、照れもせずハッキリ物を言うからこういう時に反応に困る。
「でもさ、夏らしいこと全部諦める必要ないんじゃねーの?」
「え?」
「部屋で出来ることもあるって!」
黒羽先輩はそう言うと「うーん」と、腕を組んで考え始める。
「例えば…かき氷とか?俺の実家にかき氷作るやつあるから、今度送ってもらうわ!一緒に食おうぜ!」
「……確か、私の実家には流しそうめんの機械がありますね」
「まじ?いいじゃん!それ送ってもらえねーの?」
「誰も使わないから大丈夫だと思いますけど……私と黒羽先輩二人で流しそうめんやるんですか?ハハ、なんかシュールですね」
(……というか、一人暮らしなのにあんなの送ってって頼んだら親に変に思われそう)
「いやいや!絶対楽しいって!!俺さっそく頼んでみるわ!」
黒羽先輩はそう言うと、本当にスマホを取り出してメールを送っているようだ。それを見た私も、結局つられるように母親に流しそうめん機を依頼する。
「何なら浴衣も着ちゃう?」
「………それは、さすがに」
「ハハ、じゃソレはまた来年な」
「…一年後には、落ち着いてると良いですね」
(今の状況が落ち着いても、私と黒羽先輩が一緒に過ごす時間ってあるのかな)
当たり前のように一年後の話をする黒羽先輩に、私は少し複雑な気持ちになる。こんなに気さくで優しい黒羽先輩は、きっと友人もたくさんいるだろう。この部屋でしか黒羽先輩と会ったことのない私は、黒羽先輩の外での様子は何も知らない。この前代未聞の環境だからこそ、私たちは一緒にいられるだけなのかもしれないと思うと、何となく寂しい気持ちになった。