Let's自粛生活
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---ピンポーン
「はい?」
「あ、黒羽先輩こんばんは。隣の苗字です。突然すみません」
「おー、どうした?」
部屋から出てきた先輩は、スウェット姿で軽く頭に寝癖がついている。かくいう私も、異例の自粛生活でメイクをしない日々が続いていたため、ついそのままで来てしまった。改めて自分の姿を振り返ると、一応マスクはしてるけど顔は朝洗ったまま化粧水もつけていない。最近は手入れも放置してしまっている眉毛とか大丈夫だろうか?
(…ま、良いか。初めて会った日もスッピンだったし)
そんな事を脳内で考えながら、私はここに来る前に考えてきた台詞を口にする。
「えっと……実は、実家から買い物に行けないだろって野菜とかお肉とかたくさん送られてきて。良かったら少しいかがですか?この間、パソコン繋いでもらったお礼もかねて……」
「え?もらっていーの?」
「はい。というか、一人暮らしの冷蔵庫に入りきらないくらい来てて…」
「へー、貰えんならありがたいけど……」
そう言いながら、黒羽先輩は顎に手を当てて迷うように視線をさ迷わせる。
「あ、もしかして除菌とか気になりますか?そういえば、段ボールとか届いた荷物もアルコール除菌する人もいるってニュースで見ました!すみません、私そこまでは徹底してなくて……」
「いやいや!違う違う!……あー、えっとさ。名前ちゃんは、今日その届いた食材使って夕飯作るの?」
「はい、そのつもりですけど…」
「……俺の分も作ってくんない?」
「へ?」
「俺さ今まで自炊ほとんどしたことなくて。食材もらえんのは嬉しいんだけど、野菜とか何に使えば良いか分からないんだよねー」
頬を掻きながら恥ずかしそうに話す黒羽先輩は「肉はとりあえず焼いとけ!って感じだし、せっかくもらえるのに勿体ないじゃん?」と苦笑している。
「……それは、構いませんけど」
私は思いもよらない提案に目をパチパチしながらも、とりあえず了承する。
「えっと、じゃあ作ったらお持ちするので少し待っててください」
「んー、ちょっと待って」
「?」
私の言葉に、黒羽先輩は何かを考えるように腕を組む。
「名前ちゃんの自粛生活はどんな感じですか?」
「え、何ですか?いきなり……ここんとこ、二週間に一回スーパーに行くくらいで篭りきりですけど」
「あ、俺もそんな感じ。じゃあ、お互いほとんど外部との接触はないわけだ」
「そうなりますね」
「そして、俺達は一つ屋根の下で暮らしている」
「……屋根は同じでも、真ん中に強固で分厚い壁がありますけどね」
「ハハ、まぁまぁ。つまり簡単に言うと、俺らが一緒に飯食っても感染対策的にそこまで問題ないと思わない?家族がいる奴は、外出先から帰ってきたら家の中の同じ空間で一緒に過ごしてんだろ?それと変わらないじゃん」
「………まあ、そうですかね?」
自信満々にそう話す黒羽先輩の言葉に、私は思わず眉を寄せて黒羽先輩を見つめる。ノリの良さそうな人だな、とは思っていたけど今の話はよくわからない。その理論だとマンションの顔も知らない住民同士が、みな同居人だということになってしまう。しかし、大学の先輩を前にしている手前、首を傾げながらもとりあえず否定せずに肯定しておく。
「そうそう。いわば俺たちも(仮)家族みたいなもんじゃん」
「………はぁ」
(それもちょっと違う気がするけど……)
「だったら一緒に食おうぜ!もう一人で食べるカップラーメン生活も限界なんだよ!楽しく食事したいじゃん?」
「………確かに」
キラキラとした瞳を向けながらそう話す黒羽先輩。私自身、一人で食べる食事に虚しさを感じていたため、流されるままに了承してしまった。
「お邪魔しまーす!本当に名前ちゃんの部屋で良いの?」
「構いませんよ。料理するなら、自分の部屋の方が気楽ですし」
結局、私の部屋で夕食を共にする事になった。どこかご機嫌な黒羽先輩は、「俺の部屋、これくらいしか渡せるものなかった」と言って、二リットルのお茶のペットボトルとポテトチップスを持ち込んでいる。
「あれ、何これ?」
リビングに入ってきた黒羽先輩は、テーブルに置かれた小さな水槽を見て「この間来たとき、こんなのあったっけ?」と首を傾げる。
「あ、それ毬藻です」
「毬藻ぉ?」
「自粛生活で話し相手がいなくて悶々としてたら、気分転換と癒しにオススメってテレビでやってて」
「え、それで買ったの?まだ自粛始まって1ヶ月じゃん!!」
「いやー、深夜のテンションと勢いで…ついポチッと。今まで賑やかな実家暮らしだったから、余計に寂しくて」
「あー、そうか。俺は一人暮らし3年目だけど、名前ちゃんは来たばっかりだもんなー。そりゃ、毬藻にすがりたくもなるか……」
「でも、案外可愛いですよ。餌やりもいらないですし」
私はガサガサと食材を準備しながらそう言葉を返す。水も水道水で事足りるし、弱い日差しに当てるだけで基本的に世話は終わり。ふわふわと丸い毬藻をぼんやり見ていると、確かに癒される。一時期、クラゲブームもあったし同じようなものかもしれない。
「まじかよ。名前ちゃんも、結構堪えてんじゃん。自粛生活」
「黒羽先輩もですか?」
「もー、めちゃくちゃ独り言言いまくってるよ!生活は不規則になるし、意味もなくパズルとか買っちゃうし」
「ハハ、パズルですか?」
「でも毬藻で良かったぜ。俺、魚が苦手だからさ。金魚とか熱帯魚とかだったら、やばかった!」
ケラケラと笑って話す黒羽先輩の言葉に、私はピタリと手を止める。
「え?そうなんですか?」
「ああ。見るのも、触るのも、食うのも。魚全般は全部無理!」
「あららー、そうなんですか」
(これ、焼く前で良かった)
私は会話続けながら、干物をコッソリ冷蔵庫に戻す。
「それじゃ、デートで水族館なんて行けませんね」
フライパンで肉と野菜を火にかけながら、私は何となく思い付いたことを口にする。
「絶対無理だね!名前ちゃんは、デートで水族館行きたいの?」
「うーん。私はどちらかというと動物園派ですけど。水族館は、王道のデートスポットじゃないですか?」
「ふーん?ま、俺は名前ちゃんみたいに水族館より動物園派の子が好みだから問題ねーな」
「……ハハ、変な条件ですね」
サラッとそんな事をいう黒羽先輩に、私は菜箸を持つ手に変な力が入る。
(いやいや、今の何の意味もないでしょ。何で動揺してんの?私……)
私は一瞬ドキリと動揺したのを誤魔化すように、せっせと食事の支度を進めていった。
「ご馳走さま!!うまかった!久しぶりの食事って感じ!!」
仕送りで送られてきた豊富な食材で多めに作った料理をほとんど平らげて、黒羽先輩は満足そうに笑っている。
「本当にありがとう!生き返った!」
「大袈裟ですね…今まで食事はどうしてたんですか?」
「うーん。自粛生活前は外食とかコンビニ。今はそんなに頻繁に買い物も行けないから、納豆ご飯とかカップラーメン?かろうじて、ゆで卵つけたり」
黒羽先輩はそう話ながら、頬杖をついて私に視線を向ける。
「なあ、食材費は俺持ちで良いからまた作ってよ。んで、一緒に食おうぜ。このままだと、名前ちゃんせっかく上京して来たのに毬藻がお友達になっちまうよ」
「………確かに。毬藻は可愛いですけど、今日は久しぶりに人と喋れて楽しかったです」
「だろだろ?お互い自粛生活続けてれば、そんなにリスクも高くないだろうし!お隣同士楽しくやろうぜ!よろしくな!!」
ニカッと笑う黒羽先輩の笑顔につられて「よろしくお願いします」と、私はつい言葉を返してしまった。